現在構成している、条件付けそのものが「壊れた」オリジナル主人公、試作0号義体・ユーリカによる
GUNSLINGER GIRL再構成モノの習作となります。
オリ主×ヒルシャーさん注意。

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恋愛指南

穏やかな風が吹き抜ける。

古い大樹を中心線としてデザインされた落ち着いた庭園。落ベンチの隣には吸い殻捨てのボックス。

--喫煙スペース。

ここ—社会福祉公社の施設は古い修道院の敷地を転用して造られたものらしく、使える建物は改装された上でそのまま使われる一方、分煙、禁煙を始めとした最近の風潮にも律儀に答え、わざわざ新規に増設していた。それも相当に凝ったデザインで。このような組織でもこういったものに金と手間暇を掛けるのはイタリア人らしいと思ってしまうのは、ドイツ人の僕の勝手な偏見だろうか。

 

普段の昼時は職員たちで騒めかしいが、何事もない日曜日の今日は基本的に閑散としており、それこそフルで働いているのは「彼女」が未だ眠っている病練のスタッフだけだろう。

彼女にとって希望の地であるはずだった社会福祉公社。

ラシェル・ペローの遺志と善意を実現するはずだった場所は、蓋を開けてみれば地獄の底だった。

力ない僕は彼女を血と硝煙と鉄の地獄に叩き込もうとしている。先日二人の義体の担当官であるマルコーに説明を受けた言葉の数々もうまく自分の頭に入っていかない。

 

条件付け。こどもの脳をぐじゅぐじゅに搔きまわし、盲愛と服従を強要する洗脳。

戦闘による傷と大量投薬により蓄積される脳のダメージと破壊。

想定されて設計された3、4年程度の寿命。

 

「君は、どういう感覚でふたりと接しているんだ。耐えられなくならないのか」

「……まともな感覚じゃこんな所でやっていけないぞ。なるべくストレスを与えないようにコミュニケーションをとってやりながら、「使える道具」になってくれるように指導してやるしか俺たちには出来ない。そうだろ? --最初アンジェはユーリカと一緒に御伽噺を読み聞かせてやることしかできなかったのが外で遊べるようになって本格的な射撃訓練を検討できるまでに回復したし、一番最初に義体になって問題行動ばかりだったユーリカも最近はめっきり懐いてきた」

 

--おとうさんみたいって言ったんだぞ、この俺を—

 

壊れている、と直感で思った。親の子に対する愛情と、道具として使う愛着と非情を同時に抱えている。そしてそれを公言することになんのためらいもない。

 

 

「……君に対する彼女たちの愛情も、全て条件付けからくるものだろう」

「……そうだな。アンジェに関してはそうなんだろうな。だがな—」

マルコーは、一呼吸おいて言った。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

「ユーリカは壊れているんだ。アレの条件付けは失敗していてな。

アイツは「生前」の記憶も、自意識も、自律も全部そのままだ。

アイツは完全に100パーセント。自分の意識で言ったんだよ、「おとうさんみたい」ってな」

 

息を飲む。

 

「同じ担当官のもと、条件付けされたアンジェリカと、最初の条件付けに失敗してそのままそれっきりのユーリカ。メンタルと脳に対する影響を比較研究するためのデータ収集、それが俺が二人受け持っている理由だ」

「どっちが先に壊れるかはわからんぞ?条件付けは公社や担当官に対する盲愛と服従の他に殺人を始めとした様々なストレス発生行動に対してのメンタルプロテクトが掛けられる。

ユーリカはそういったプロテクトやガードが何もないまま、人殺しや異常な組織で使われているストレスを直に受け続けているんだ。義体化以前の記憶や倫理感を持ったままな。現にあいつは強烈な頭痛や嘔吐がクセになっちまってやがる。アンジェはそう言った症状は全く出てないのに関わらず、だ。クソみたいな話だが、条件付け技師の間ではどっちが「先」か、賭けが盛り上がっているらしい--わかったろ?あいつらや仕事の事を大真面目に考え始めたらこっちが壊れちまう。そうなったらあいつらも壊れちまうんだ。俺は後々のあいつらの問題は後々の俺にまかせる事にしている。そうするしか、他に方法はないんだよ—」

 

せいぜい、お前のお姫様も都合のいいところでやさしくしてやれ。

深く考えすぎるとお姫様まで鬱になるぞ?

あと名前も決めとけよ?

 

マルコーの言葉が頭から離れない。

「彼女」をどうすればいいのか、考えがまとまらない。

いっその事、未だ眠り続ける彼女をこの地獄で目覚める前に殺して、僕も死んだ方が誠実なのか。

僕は吸いきったタバコを潰して—

 

「えっと。ヴィクトル・ヒルシャーさんだよね?」

少女がいた。大樹の枝の上で。枝を足で引っ掛けて逆さになっている。

「よっ、と」

自然に少女は体の力を脱力し落下、まるで猫のように回転しながらのやわらかな着地を見せる。

三つ編みにしている艶やかな黒髪に、義体には不釣り合いに思える黒縁のめがね。

何も知らずに見たら大人しいクラスの図書委員としか見えないだろう少女は、顔をグッと寄せ、

にまっと笑った。

「まるで世界で一番苦悩してございますって感じ」

「なんでそう思うんだ?」

「顔にそう書いてある。く・の・う・し・て・ま・すって」

なんだそれは。と思うと同時に思わず吹き出してしまった。

「時たまさ、見かける事はあったし。「あの子」見に行った時も見たけどさ、ずっと四角四面でブスっとしてたから怖い人かなって思ってたけど、うん。今の顔の方がずっと似合うよ」

彼女—ユーリカは手に持った柿のドライフルーツを僕に渡し、隣に座る。

 

「はじめまして。私はユーリカ。ねえ、お話できない?」

 

ユーリカ。

現在社会福祉公社で「稼働」している唯一の義体。

社会福祉公社設立以前にテストヘッドとして造られた試作0号義体。

はじまりの少女。そしておそらくは最初に—

 

「……どうして僕に興味が?」

「だってマルコーに続く二人目の担当官でしょ。どんな人なのかなって、興味あるじゃない。

--できれば優しい、ううん、最後まであの子から目をそらさない人だったらいいなって思うけど—

色々噂もあるしね」

「噂?」

「あの子との。娘だとか、恋人だとか」

「--それはひょっとして僕の、という事か?」

「うん」

「ありえない。彼女とはそういう関係じゃない」

「イタリア人の嫌なところよね。男と女がいたらすぐ愛だの恋だので盛り上がれずにはいられない。そしていちいちロマンチックな名前をつけて悲劇や死で盛り上がるの。

フラテッロ

兄妹なんて最たるものね。気持ち悪いったらありゃしない」

「君もイタリア人だろう」

「だから嫌なの」

 

それでもさ、と前置きして彼女は言った。

 

「あの子とは特別な関係で、あなたは彼女にどう向き合うべきかで悩んでる」

そうだよね? と尋ねる彼女に僕は頷く事しかできなかった。

 

「……彼女も目が覚めたら君のように銃を撃つようになるんだろうか」

「そうだね。でも正確にはちょっと違う。人を殺すようになるし、させるの、あなたが」

強烈な返しが返ってくる。

「……そうだな。確かにそうだ。すまない」

「結局話を聞いてみたら条件付けをどうするか、あの子にどういう風に接するか、名前すら決めかねてるみたい」

 

ユーリカは、ニヤニヤ笑って言った。     

                   ハードボイルド              ソフトボイルド

「ヒルシャーさんって外目はカッチカチの固茹で玉子なのに、中身はぐちゅぐちゅの半熟玉子だね」

「--それはどうも」 ソフトボイルド ハードボイルド

「あら、嫌いじゃないわ半熟玉子。固茹で玉子ばかりだとノドが乾いちゃう」

 

ユーリカは持っていたよく冷えた紅茶のボトルをクイッと飲んだ。

 

「—名前は「生前」のをそのまま使うつもり?」

「いや、彼女に名前はない—ちがうな、失ったんだ」

 

あの地獄から彼女を救出した時、既に彼女は人間ではなく、単なる供物、肉として扱われていた。

祖国から売られ流浪の果てに辿り着いたであろう地獄の底で幾度も抉られた生傷に執拗に繰り返された陵辱のあと。腕中に広がる注射跡。

乱雑かつ悪趣味に耳につけられた無味乾燥な数列のナンバータグ以外、彼女に関する情報は無い。

「つけてやらなければならないのはわかっている、わかってるんだが—」

「--そうか、そういう子もここに来るんだ。そうだよね…ごめん、名前に関しては何もアドバイス

               アンジェリカ

できないや。一つ言えるとしたら「天使」なんてセンスはやめてねって事くらいかな」

「それは君の友人の名前じゃないのか」

           アンジェリーナ

「あの子は元々の名前が「天使」だったから……元々私が付けられそうになった名前を使いまわしてるだけなの。ユーリカが本当の名前。お母さんに付けてもらった本当の名前」

 

私はそれだけは失くしたく無い、と自分自身に言い聞かせるように少女は呟く。

 

「じゃあ、続きをしましょう、ヒルシャーさんと「あの子」との恋愛指南」

 

「僕は彼女にはできうる限り最低限の条件付けで済ませたいと思っている。僕が言えるべき事ではないかもしれないが、彼女は人間としてあってほしいし、できうる限り命をつないで行ってほしい。

--そもそも条件付けという発想や考えそのものに僕は賛同できない。人間として接したいんだ」

僕はユーリカに押されるように、ありのままを言った。

確かにユーリカの言う通り、彼女に人を殺すよう教え、人を殺させるのは僕だ。

血と苦痛の地獄の底の底に突き落とすのは僕だ。

こんな言葉はユーリカにとっても、彼女にとっても。

どうしようもない虚偽に満ちた偽善にすぎないのかもしれない。

だが、それでも、諦めたくは無い。

「そっか。ヒルシャーさん、あなたってとんでもなく優しいんだね」

いつのまにか新しいドライフルーツが手もとに来ていた。

「そしてとんでもなくこの仕事に向いてない」

 

「私が受けた頃の条件付けはまだ未熟かつ荒っぽくてね、記憶どころかそれまで人格・習性その他諸々を全て剥ぎ取って、公社が望むお人形としての寄生人格を強引に焼き付けるものだった。洗脳というより、脳みそを丸ごと剥ぎ取って付け替えるイメージに近いのかな。まあ見事に失敗して、寿命だけがゴリッと削られたわけだけど。そこから研究が進んで、アンジェの頃にはそれまでの人格や習性を残しつつ公社や担当官への忠誠と服従、公社がお人形として求める知識やスキル、人殺しを始めとしたタブー行為の非禁忌化、そこから本来発生する過剰なストレス要因へのプロテクト…まあそんな感じにまではソフトになった…みたい。私たちの脳みそをぐちゅぐちゅにするのには変わらないから、脳の寿命にすごい負荷をかけるし、副作用としてそれまで生きていた記憶はたいてい消えちゃうんだけどね。……それでもそれまで生きてきた人格や習性は残るの。どれくらい残るかは条件付けの「強さ」次第」

「--本当を言えば条件付けなどしたくはないんだ」

「……それは正直言ってオススメできないし、現実的じゃないと思う。記憶が消える、というのは私はものすごく恐怖を感じた。けど、心に本当にどうしようもない、じゅくじゅくと血がでていつまでも止まらない深い傷を負っている子の場合、もしかしたらそれは救いになるかもしれないし、

そのトラウマが残されたままだと、それを抑えるために大量の薬が必要になるかもしれない。

人を殺すのだってプロテクトが掛けられてないからそれに関しての薬も必要になる。

そうなったらどれだけ薬が必要になるかわからなくなる……リスクが高すぎるかな」

「記憶を失うのが救い、か」

「そうかもしれないって思っただけ。だからヒルシャーさんの考えはベストではなくてもベターかなって思うよ。ただね、これだけは覚えていてほしい」

 

ユーリカは瞑想でもするかのように息を吐く。

 

 ・・・・・・・・・・・

「あなたに彼女は救えない。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 なぜならここは砂糖菓子で出来たアウシュヴィッツなんだから」

 

「……アウシュヴィッツか」

「そう。私やアンジェや「あの子」は囚人。そしてヒルシャーさんやマルコーは看守なの。あの子が人間であればあるほど無残に傷つけあうかもしれない。どこまで行っても分かり合えないかもしれない。もし分かり合えたとしても、きっと私たちは無残に壊れる—私にはアンジェを、アウシュヴィッツじゃなくて砂糖菓子で出来た空想のお城で幸せにくらしていると思い込ませることしかできない。ヒルシャーさん、「あの子」が無残に壊れても目をそらさずにいられる?今の様に誠実でいられる?」

 

「多分その時には、私はもういないよ?」

 

「それは—」

 

沈黙。

僕はなんと言えばいいのか。

答えが。

答えが見つからない—

 

と、突然彼女は吹き出した。

「そうだよね。いきなりそんな事言われても困っちゃうよね」

 

そして彼女は小指を差し出した。

「だから約束をしようよ。困ったら色々相談できる関係になれれば嬉しいなって。

正直、マルコーとアンジェしか信じられない関係性って、息がつまるの」

 

そうか。

彼女も欲していたのか。

自分一人で世界の全てを抱え込まない様に。

この異常な世界で自分の弱さも認めた上で誠実でいられる様に。

 

「--ああ、約束しよう」

 

僕も小指を差し出す。

僕の無骨な小指と、ユーリカの小さな小指が静かに絡み合った。

それは誓約の証。

 

「--ありがとう。なんだかすごく気分が楽になった気がするよ」

「それはどういたしまして。ヒルシャーさんの言葉、信じたいから」

 

風が吹く。

幼い少女の呼ぶ声が聞こえる。

「アンジェ!今行くね!」

立ち上がったユーリカに、僕は声をかける。

 

「最後に一つだけ聞きたい」

「なに?」

「君にはこの世界はどう見える? そういう風に「壊れて」しまって、ここの生活は平気なのか?」

 

ユーリカは満面の笑みを浮かべ、

「そりゃあもう!」

言った。

「今にも気が狂いそう!」

 

少女は駆けていく。

僕はそれを見送ると受け取ったドライフルーツを一口に食べ、立ち上がった。

「そこにいたんですか、ヒルシャーさん」

「……トリエラ」

「こんな所でサボりですか、珍しいですね」

「僕だってたまには息を抜きたくなるときだってある。食べるかい?」

「--これは?」

「柿のドライフルーツ。日本原産で“ホシガキ”というんだそうだ。まあ僕の場合は自分で作ったんだが」

「へえ。ヒルシャーさんってそういう事もするんですか」

「教えてもらったんだよ。丁度、君と同じくらいの子に」

「そうですか。その子は今どこに?」

「--覚えていないのか?」

「--?」

「いや、なんでもない。これ、ヘンリエッタに渡したら喜ぶかな」

「きっと喜びますよ。あの子、こういうタイプの甘いものはあまり知らないですから」

「--そうか。それならいいんだ」

 

空はあの時と同じ澄み渡った青い空で。

僕と彼女は穏やかな凪風を受ける。

 

あの少女はもう、どこにもいない。

 

La Fine.

 


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