人は、生まれながらにして平等じゃない。これは生後一日で知った社会の現実。そして避壁回避の、最初で最後の元凶である。
事の始まりは中国軽慶市、“発光する赤児”が生まれたというニュースだった。以降、各地で「超常」は発見され、原因も判然としないまま時は流れる。
いつしか「超常」は「日常」に……「架空」は「現実」に。
世界総人口の約八割が何らかの“特異体質”である超人社会となった現在。混乱渦巻く世の中で。かつて誰もが空想し憧れた一つの職業が、脚光を浴びていた。
「来るんじゃねえええ!」
通勤で大活躍する電車、その電車が通る線路の上で、怪物の様な敵が、ヒーローに向かって叫ぶ。
ヒーローの名は「シンリンカムイ」。人気急上昇中の若手実力派。
「通勤時間帯に能力違法行使、及び強盗致傷。まさに邪悪の権化よ」
シンリンカムイは敵の攻撃を避けると、田等院駅の屋根に着地する。そして眼下の敵に向けて、必殺技を発動する。
「懲戒」
シンリンカムイの右腕の樹木が、まるで木の枝が広がる様にギチギチと蠢くと、敵を捕縛する為にいきよいよく伸びる。
「先制必縛……ウルシ鎖牢!!!」
「キャニオンカノン!!」
「!?」
突如として現れたシンリンカムイとはまた別の巨大なヒーローが、シンリンカムイから手柄をかっさらうかの様に敵を蹴り飛ばした。
「本日デビューと相成りました!」
敵蹴り飛ばしたヒーローは、野次馬に向き直りながら言う。
「Mt.レディと申します! 以後お見シリおきを!」
彼女は、倒れた敵のズボンを摘まみ上げながら、野次馬達に向けてそう言った。
「……はぁ」
これは日常、まるで当たり前となってしまった。
ヒーローと敵との戦闘風景。
その様を見ながら、一人の男は溜め息を吐いた。
野次馬に紛れる様に立ち尽くす男の名は、「避壁回避」。当たり前の様に敵であるこの男は、今現在、Mt.レディと呼ばれるヒーローを見詰めながら、頭の中で一人の少女を思い浮かべていた。
「……会いたいなぁ」
とても敵とは思えない、まるで幸せ溢れんばかりの笑みを浮かべて、その男は呟く。
「渡我被身子」
呟きは野次馬の喧騒に呑まれ、人知れず消えていった。
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避壁回避という男は、産まれながらにして気持ち悪い男だった。
彼の親は子を望んでおらず、お腹の中にいた回避を、堕胎しようとすらしていた。
もし回避が普通の赤子、つまり無個性の赤子だったなら、彼は日の目を見る事なくその生涯を終えていただろう。けれど彼の個性が、その事を赦さなかった。
避壁回避の個性は、〈自動回避〉。
個性が堕胎を“攻撃”と認識し、彼は母親のお腹の中で暴れに暴れ、そのまま堕胎は中止、その後、堕胎、暴走、堕胎、暴走を繰り返し、最終的に避壁回避はこの世に産まれた。
もうその時から彼には自我があり、その時には自らの人生の意味について自問自答していた。
限り無く悲観的な彼は、彼の予測通りに、産まれてすぐに、路地裏に捨てられた。
普通なら死ぬであろうその状況に、しかし産まれた瞬間普通ではなくなった彼は、それこそ当たり前の様に生き延びた。
その後、彼の人生は自分との自問自答の連続で進んでいく。
生きる意味とは何か。
生きて自分は楽しいのか。
やがて彼が、ナイトメアアリィと呼ばれるチンピラ以上敵未満と言った存在になった頃、彼の人生の転機共言える事が起こった。
「一目見た時から好きです! 結婚を前提にお付き合いして下さい!」
今までの悲惨な過去などまるで知らんと、幸せ一杯の微笑みを浮かべて、しかしその顔を隠す様に黒いニットキャップを口元迄被り、低く見積もっても不審者の彼は、とある少女に向かって走る。
走るというより、追いかける。
「やーーそんな急に言われてもぉ」
そんな服装すらも全身黒ずくめの避壁の前方、薄暗い路地裏の中を困惑顔で疾走する少女、渡我被身子。
連続失血殺人犯である彼女は、可愛らしい見た目とは裏腹に凶悪な敵……であるのだが、明らかに不審者の避壁に追われるその姿は、どう見たって凶悪な敵には見えない。
不審者に追われる哀れな女子高生にしか見えなかった。
「待って! せめて靴下だけでも!」
「やです!」
自らが凶悪な敵である渡我被身子は、自分と対極共言えるヒーローや警察と、遭遇したり、対立したり、逃走したりと、様々な場所で接触した事はあった。しかし、彼女の真後ろに位置する避壁みたいな存在、所謂変態と呼ばれる存在に追われた事は一度もなかった。
(何か、やです!)
初めての胸騒ぎ、勿論良い意味ではない。
顔をニットキャップで隠した避壁に、彼女は言い知れぬ感情を抱いていた。
好きと言われて嬉しいのか。
いきなりなので困るのか。
それとも他の何かなのか。
「せめて! せめて髪の毛だけでも!」
「とにかくやーーです!」
いやこれ、生理的嫌悪感だわ。
普通の人なら一瞬で分かるであろう彼女の胸騒ぎの正体に、しかし普通ではない彼女は気が付かなかった。
もしかしたら、普通ではない彼女の胸騒ぎの正体もまた、普通ではないのかも知れない。
一般的に嫌悪する程の熱烈な愛が、凶悪な彼女に届くかも知れない。
「やーー!」
これは一般的には気持ち悪い、しかし変態の彼にとっては普通に純愛の物語。
凶悪な敵である渡我被身子に、生きる意味を見出だした彼の、何処までも理解出来ない破綻した奇劇の物語である。
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緑谷出久と呼ばれる無個性の少年が、オールマイトと呼ばれる最高のヒーローと出会う前日。奇しくも、避壁回避というちっぽけな敵モドキに遭遇したのは、まさしく運命の悪戯と言えるだろう。
豪遊出来る程ではないが、それでも恵まれた環境に産まれた緑谷出久。しかし、環境は恵まれていても才能には恵まれなかった彼と、不遇な環境に産まれ、しかし、そこそこ恵まれた才能によって生き延びた避壁回避。
対極とも言える彼らは、ヒーローと敵との戦闘を見守る野次馬の中で遭遇した。
「誰、戦ってます!?」
出久の視線の先には、デステゴロと呼ばれるヒーローが敵と戦っていた。
その戦闘を見ながら、出久は凄いと思い、それと同時に羨ましいと思った。
個性無き無個性である彼は、憧れのヒーローにはなれない。そう知っていながら、ヒーローについて自分なりに解析し、ノートにまとめるその行為をやめないのは、彼がまだヒーローを諦めていない証拠でもあった。
「ああ、デステゴロが戦っているよ」
興奮気味の出久に、微笑みを浮かべながら避壁は教える。そんな避壁の顔を見て、出久は照れくさそうに「ありがとうございます」とお礼を言った。
「デステゴロと言えば持ち前のパワーを活かし、警備から戦闘まで何でもこなす、体格を活かした力仕事が専門のヒーロー……工事中の看板に起用されたり……」
出久はノートにデステゴロについて書き込んでは、ブツブツと一人言を呟く。そんな出久の様子に、避壁はデステゴロの戦闘を見ながら口を開く。
「そんなにデステゴロについて詳しいなんて、もしかして君、あのヒーローのファンかい?」
「えっ?」
「いや、あまりにも詳しいからさ」
話し掛けられた出久は、一瞬驚き、避壁の顔を見詰める。避壁は既にデステゴロの戦闘に興味を無くしたのか、出久の方に顔を向けていた。
「あ、ああいやべ、別にデステゴロのファンと言うか何と言うか……」
「?」
恥ずかしそうに手をあたふたと振る出久に、避壁は首を傾げる。
避壁にとってそんなに恥ずべき話題ではないし、そもそも出久と会話するのも気紛れの延長線に過ぎないのに、何故出久がこんなにも困惑しているのかが不思議に思う。
「そ、その、僕ヒーローオタクと言うやつで……」
「ああ、成る程、だからヒーローについて詳しいんだね」
「は、はいそうなんです」
「じゃあ将来はヒーロー志望?」
何気無い避壁のその一言に、出久は固まる。
出久の気持ちとしてはヒーローになりたい。しかし現実、無個性でヒーローを目指すにはあまりにも障害が多すぎる。
出久の前にある無個性という壁は大きすぎた。
そんな揺れ動く葛藤に苛まれる出久を見て、避壁はにっこりと笑う。
「迷っているのかい?」
「あ、そ、その……」
「無責任な言い方かも知れないけれど、人生は一度切り、自分がやりたい方に進んでみなよ」
「やりたい方に……」
避壁の言葉に、出久は考え込む。
「あの」
「うん?」
中学三年、もう出久は進路について考えなければいけない。
出久の中にある葛藤と、決着をつけねばいけない。
見ず知らずの彼に、こんな事を聞くのはあまりにも場違いであり、しかし出久もそれを承知の上で、彼にこう聞いた。
諦める為に。
「僕、無個性なんです」
「……」
「“個性”がなくても、ヒーローは出来ますか!?」
「出来るよ? 個性があろうと無かろうと」
「え!?」
だが聞いた相手が悪かった。
避壁回避は敵モドキ、腐っても敵である彼の考えは、欲しいものは奪う。やりたいことはやる。が基本であり、出久と根本的に考えが違っていた。
保護者も戸籍すらもない避壁では、絶対にヒーロー科の高校、というより全ての高校に入学する事は出来ない。けれど、保護者も戸籍もある出久はヒーロー科に入学する事が出来る。
そんな恵まれた環境にいるのに、何でそんな事を聞くんだろうと、避壁は本気でそう思い首を傾げる。
個性の有無等、保護者と戸籍、その両方を所有する事に比べたらどうでもいい事だと、避壁は身を持って知っている。
それはどうしようもない、避壁と出久とでの価値観の違いで。
「で、でも僕は無個性で……」
「ははは、個性の変わりなんていくらでもある」
それはどうしようもない、避壁と出久とでの環境の違いだった。
個性の変わりになる機械や兵器を、避壁は知っている。
そもそも銃さえあれば、大抵の個性は意味を無くすと、避壁はそう考えている。
「?? そっそんなものがあるんですか!?」
「うん、ほら、エアジェットのバックパックとか」
「!? ……そうか、サポートアイテムを使えば……」
一般的な価値観に縛られた出久には、それは衝撃だった。
サポートアイテムをメインに使うヒーローなど、けれど無個性の出久にはそれしかないと思わせる程の。
言うなれば、避壁の気紛れの延長線である会話の、その中のたった一言が出久にとってヒーロー志望の盛大な後押しになった。
その後押しを敵である避壁がするというのは、何という皮肉だろう。
「あ、あの、ありがとうございます!」
思考の海から出久が浮き上がる頃には、避壁の姿は無く、戦闘を終えたデステゴロが野次馬達に手を振っていた。
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避壁は薄暗い路地裏を歩く。
路地裏は彼にとっては家も同然。
故郷と呼んでも過言ではない。
路地裏の共通点、路地裏の死角、路地裏の隠れ場。
路地裏の全てを、彼は把握している。それこそが彼の敵名、ナイトメアアリィの由来。
彼は路地裏の悪夢そのものと言えるだろう。
路地裏の死角から急に現れては、敵もヒーローも一瞬の内に気絶させるそのやり方は、追い剥ぎとなんら変わらない。
急に気絶し、次に目が覚めると財布の中から金が無くなっている何て、悪夢以外のなにものでもない。
財布は置いといてくれるのが、せめてもの幸いと言った所だろう。
「……今日も、違った」
避壁はそう呟くと、ほっと胸を撫で下ろす。
デステゴロと敵の戦闘、もしその敵が渡我被身子だったなら、彼は直ぐ様助けに行っただろう。
例えデステゴロがオールマイトだったとしても、彼は渡我被身子を助ける為に、戦闘に参加していただろう。
けれど敵は渡我被身子ではなく、ならば避壁が助ける道理は存在しない。
ただその胸を安堵に撫で下ろし、気紛れに野次馬に興じるのみだ。
「……よかった」
安堵の笑み、心の底からの安堵は、見惚れる程の笑みを浮かべさせる。もしその笑みを渡我被身子に向けれたならば、少しは心惹かれるかも知れない。
しかし避壁は、敵モドキとは言え一応は敵。顔は隠すし、そもそも渡我被身子に顔を見られるなんて、恥ずかしくて堪らない。
「……」
だからこそ彼は、今日も今日とていつも通りに、黒いニットキャップで顔を隠し、ナイトメアアリィとして活動するのだ。
「会えるかなぁ、渡我被身子」
愛しい彼女と鉢合わせる事を願いながら。