グランドライン・キューカ島近海────
海軍G―9支部の軍艦が一隻航行していた。
キューカ島近辺の海域を巡視中の軍艦だ。
その甲板の先端で大海原を見渡している将校。
将校は両手を水平に広げ全身に風を感じながら、海に異常が無いかどうかを確認していた。
そこに、ひとりの海兵が駆け寄って来る。
「タイタニック准将!支部から連絡です!巡視をひとまず切り上げ、このままスプロケット島へ向かえとのことです!」
「スプロケット?どうしてまたあんな辺鄙な島に……事件か?」
海兵の報告を受けた将校・タイタニック准将の表情が一層のこと引き締まった。
「いえ、事件では無いそうですが、本部から何かしらの連絡があった模様です!目的地に一番近い海域を航行中だったのが本艦だったようで……まだ、支部とは電伝虫が繋がっておりますので、詳しい内容はそちらで!」
「わかった。行こう」
艦内へ向かって速足で歩くタイタニック准将。
「ここからスプロケットまでの所要時間は?」
海兵に問いかける。
「この海域からですと、1時間もすれば到着かと思われます」
海兵は懐中時計をパカリと開けながら答えた。
「よし、ひとまず進路をスプロケットに変更して全速前進!」
「ハイッ!」
軍艦はザザーッと波を切りながらスプロケット島へ向かって進んで行くのだった。
ホイール・メカニック・カンパニー────
半壊したガレージに、トントン・カンカン小気味の良い音が響く。
はしごに登ったクランクが屋根の骨組みにトタン板を打ち付けていた。
「ふぅ、もうちょっとスね!これが終わったらイングリットちゃんが作ってくれたマフィンが待ってるっス!楽しみっスね~……って、ラチェットさんまたサボってるじゃないっスか!ふざけんなっス!オレたち1週間メシ抜きの刑に処されるっスよ!?」
クランクがラチェットに目くじらを立てる。
ラチェットはというと壁の補修作業も疎かにして、作業台の上で何かの製図作業に夢中になっていた。
「メシなんてそこらへんで魚釣って食ってりゃいいだろ?明日もできるようなこと、わざわざ今日やらなくてもいいんだよ、片付けなんていつでもいいじゃねーか」
余裕綽々なラチェット。
「だから部屋汚いんスよアンタ」
クランクは軽蔑の眼差しを向けた。
「片付けると何処に何があるのか分からなくなるからそのままにしてんだよ……あれ?手帳どこだっけ?」
ラチェットはゴソゴソとツナギのポケットの中にあると思っていた手帳を探している。
記憶を辿ると入り江に放り投げてきたままだった様な気がしないでもない。
「ほら、結局はどこでもかしこでもポイポイ投げっぱなしにするからわからなくなるんスよ」
クランクは呆れながら額の汗を拭うと、再び屋根の補修作業に取りかかった。
しばらく作業を進めるクランク。
手持ちの釘が無くなったことに気がついた。
「あ、ラチェットさん?釘が足りなくなったんで、そこにあるやつこっちに投げてもらっていいスかね?」
はしごの上から、ラチェットがいる作業台に置いてある箱を指差す。
「何本?これで足りるか?」
ラチェットは箱を開け釘を掴むと、はしごの上のクランクに向かってシュッと投げつけた。
「ギャアアア!危ないっス!何するんスかアンタ!」
クランクはハシゴの上でなんとかバランスを取りつつ、飛んでくる釘を避ける。
釘が勢いよくカッカッカッと音を立てて屋根の骨組みに刺さった。
「殺す気っスかァ!!」
クランクがバクバクする心臓を押さえながらラチェットを怒鳴りつける。
「ハァ?釘よこせっつたろーがよ!!」
言われた通りの事をして怒鳴られたラチェットはカチンときている。
「言ったっスけど!!どこの世界にそのまんまむき出しの釘を殺人級のスピードで投げてくるアホがいるかって話っスよ!キャッチできてもおれの手に刺さるっス!痛いっス!普通はその箱ごと投げるっス!」
「じゃあクギの入った箱をよこせって言えばいいだろォがよ!テメェの言葉が足りねーんだよ!その結果だろ、その結果!」
「ハァ!?こっちから言わせてもらえば、ラチェットさんに常識と思いやりが決定的に足りねぇ結果っスよ!アンタ見てると、知性のレベルと人格の間に一切の相関性が無いことをつくづく感じるっス!」
はしごを降りてきたクランクと作業台から立ち上がったラチェットがギャアギャアもめる。
そんな2人を呼ぶ声が聞こえた。
「ラチェット~!」
「クランク~!」
双子のチッチとピッピがニコニコしながらガレージの入口で手を振っていた。
「たびげいにんつれてきた~」
「げいのひと~」
訳のわからぬ発言をしている双子。
「はァ?旅芸人?」
ラチェットが眉間に皺を寄せながら首を傾げる。
「ゲイの人!?」
クランクは少しビクッとしながら目を見開いた。
「こっち~」
チッチとピッピが誰かに手招きをしている。
少し遅れて、見かけない男たちと白クマがガレージの入口付近に現れた。
ゲイかどうかは判断がつかないとしても、どう見ても堅気ではない雰囲気を男たちは醸し出している。
リーダー格であろう男の持つ雰囲気は独特で威圧感すら覚えた。
腕や手にはビッシリとタトゥーが入れられているうえに、身の丈ほどの大きな刀を抱えている。
両サイドに立つ男たち2人はイモを抱えてはいるものの、どこか殺伐としているような気もしないでもない。
白クマがいるが、かわいい様でいて極寒の地の猛獣。
むき出しにされた牙、ポヤっとしている表情が得体の知れない不気味さを感じさせる。
いずれにせよ、かなりハードな雰囲気が彼らにはあった。
(どう見ても旅芸人じゃねーよ……)
ラチェットとクランクは心の中で突っ込んだ。
クランクがラチェットにコソコソささやく。
「ラチェットさん……双子ら完璧に勘違いしてるっスよね……」
「白クマがいるから旅芸人の可能性を完全に否定できねェけど……その他諸々の要素がそれを肯定することを全力で否定してんだよな」
ラチェットが険しい顔をしながら男たちを眺める。
「うちに何しに来たんスかね!?たぶんヤバい人達っスよね……もはや恐怖しかないっス……!」
クランクがアワアワしながら手をくわえた。
「怯んでんじゃねーよ」
ラチェットはスッと立ち上がるとガレージの前へ進んでいった。
とりあえず、チッチとピッピを男たちの側から引き離したいと思った。
どんな経緯で男たちと行動を共にすることになったのかは謎だが、危ない目に遭わせられない。
この後、人質にされたりしたもんなら助けてやれる自信がラチェットには全く無かった。
「ホラ、双子!もう帰んな!」
いつもより目に力を入れて2人を見下ろすラチェット。
「え~っ!やだ~!いるも~ん!」
「ロッキーの散歩でもしてろ」
不満そうにするチッチとピッピの尻を無理矢理押す。
「ラチェットのけち。ロッキーのうんこふめ」
双子はラチェットに向かってあっかんべーした。
「もうとっくに踏んでんだよ」
中指を立てるラチェット。
「うんこののろいがふりかかるぞ」
チッチとピッピは捨て台詞を吐きながら自分たちの家に帰って行く。
その様子を見届けたラチェットはゴホンと咳払いをすると、男たちの正面に立った。
なるべく穏便に追い払いたいラチェット。
「あの~、ウチでしたら芸は間に合ってますんで~」
訪問販売を断るような感じでガレージのシャッターをガラガラ下ろし始めた。
リーダー格らしき男がラチェットの方に向かって身を乗り出す。
「まぁ、待てよ」
下りてくるシャッターをガシャリと頭上で押さえた。
「そう邪険にするな、修理を依頼してェんだ」
嵐が来る前に立ち込める暗雲のような色をした切れ長の目で男がラチェットを見つめる。
そこら辺で普通に生活しているような人間には無いような眼光の鋭さを感じた。
「修理?」
ラチェットも強気な瞳で男を見つめ返す。
「それだったら向かいの家にいるじーさんだ!」
すぐさまラチェットはガレージの向かいにある自宅を指差した。
「あそこんちのじーさんが何でもぜ~んぶやってくれっから!ここはスクラップ置き場!」
ラチェットは顔面にこびりついてるかのような笑顔をつくりながら男たちに向かってバイバイと手を振る。
「そうか……」
リーダー格らしき男はラチェットが指差した方向に視線を向けた。
嘘なんて簡単に見破ってきそうな目をしている……が、ボロボロのガレージに助けられた感がある。
こっちはスクラップ屋にしか見えなかっただろう。
男たちが同じ敷地内にある自宅の方へ移動して行くのを見てラチェットは小さくガッツポーズした。
(ジジィ……すまん……!グッド・ラック……!)
ラチェットは自宅に向かって合掌する。
「ちょ、アンタの考えが読めたっス!ホイールさんに押し付けて自分は逃げるつもりっスね!?」
クランクがラチェットのツナギの裾を引っ張る。
「面倒くさそうなことに巻き込まれそうな予感しかしねーだろ!アタシはか弱い乙女なんだ!あんなヤバそうな奴らと関わりたくないね!無理だね!離せ!逃げる!」
ラチェットはクランクを振り払うと、作業台の上の製図用紙をそそくさと丸めてに小脇に抱えた。
自宅前でドアをノックしている男たち。
ホイールが扉を開けて顔を出す。
門前払いせずに何やら話を聞いているホイール。
もう時間が無い……バレないように逃げなければ、仕事を任されるのは確実に自分だ……ラチェットはガレージからダッシュで飛び出した。
その様子に気がつくホイール。
「まてぇぇぇぇい!ラチェットッッッ!!」
ホイールがラチェットを呼び止める。
ラチェットが止まる様子は無い。
「イングリットちゃん!いつものやつ頼む!」
家の中に向かって声をかけるホイール。
自宅のキッチンの窓がバターンと開いた。
ホイールとお茶を飲んでいたイングリットが、肩撃ち式のロケットランチャーを構えながら、照準器越しにラチェットを見つめている。
信心深いイングリットは、走るラチェットに狙いを定めながら神へ祈りを捧げた。
「大海の上に地の基を置き、潮の流れの上に世界を築きし主よ~。腰を痛めたホイールさんにかわって親友ラチェットへ武器を向ける罪深き私を御許しください~、ごめんね~」
イングリットは可憐な乙女の指先でランチャーの引き金を強く握った。
ズッガァァァァァァン!!
ロケットランチャーから発射された鋼鉄製の捕縛ネットが空をブワッと舞う。
「げっ!イングリットォォ!?マジかよ!!」
ラチェットの頭上へ捕縛ネットが落下してくる。
ネットに絡まり、派手にスッ転ぶ。
がんじがらめになってしまったラチェットはピクリとも動けないでいる。
ホイールの合図で、クランクが地曳き網漁の要領でズルズルとネットを自宅前まで引き寄せた。
「お客人じゃぞ、ラチェット」
ホイールが自宅前で男たちを紹介する。
「うん、知ってる………」
うつ伏せのまま捕縛ネットに絡まったラチェットは、地面に顔を擦り付けながらボソリと呟いた。
トラファルガー・ロー率いるハートの海賊団とラチェット──運命の出逢いであった。