ONE FINE DAY   作:パンク侍

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LOG12……往生際が悪いから

 

 キッチンの窓からイングリットが身を乗り出した。

 

 シャチとペンギンはイングリットの方を見ながらソワソワしている。

 

 「グランドラインに入ってから見かけた女の中で今のところ一番かわいいかもなァ~」

 

 シャチが頬を染めながらデレッとする。

 

 「でも、家の中からロケットランチャーぶっ放してる時点であの子も普通じゃねェんだよなァ~」

 

 ペンギンは現実を踏まえつつもイングリットの容姿を眺めてデレッとしている。

 

 「ラチェット~、いつも往生際が悪いわね~」

 

 引き摺られてきたラチェットに向かってニコニコしているイングリット。

 

 「イングリットォ……今日アタシらの友情にヒビ入ったからな……絶交だ絶交!」

 

 逃走に失敗したラチェットは捕縛ネットの中から恨めしげにイングリットを睨みつける。

 

 「うふふ~、もうラチェットから100回以上絶交されてるから、これからも仲良しでいられる気がする~」

 

 イングリットはフリフリなレースのエプロンの裾でランチャーを磨きながら家の中に顔を引っ込めた。

 

 ホイールが玄関先でハートの海賊団のメンバーにラチェットを紹介する。

 

 「ワシはもう指がよく動かんようになってしまってのう、今はうちの孫が仕事の依頼を全部引き受けておるんじゃ」

 

 クランクの助けを借りながらホイールは捕縛ネットからラチェットを引っ張り出した。

 

 意にそぐわない事態が発生してしまったラチェットはネットから出た後も、地面にあぐらをかいたまま仏頂面を決め込んでいる。

 

 「嫌だね無理だね出来ないね……特に…殺しの道具なら絶対やらねェ……」

 

 ラチェットがぼそぼそ言いながらごねる。

 

 「勝手に決めつけるな、お客人に失礼じゃぞ」

 

 ホイールはラチェットをギロリと睨み付けた。

 

 イモを抱えたペンギンがラチェットを見て首を傾げる。

 

 「なんだ?結局おまえじゃねーか?」

 

 「オイ、鼻血出てるぞ」

 

 顔面を強打しながらスッ転んだラチェットから鼻血が垂れ流しになっていることをシャチが指摘した。

 

 ベポは双子たちに遭遇した後に喋ることを封じられたまま、ただのクマのふりをしている。

 

 ラチェットの小脇に抱えられたグシャグシャの製図用紙がローの目に留まった。

 

 ちらりと見えた書きかけの文字は、入り江で拾った手帳と同じ筆跡をしている。

 

 「……へぇ……アンタの方か……意外だったぜ……」

 

 ローはふてくされているラチェットを見下ろしながら面白そうに呟いた。

 

 ホイールがラチェットに向かって咳払いする。

 

 「ゴホン……!ひさびさに仕事にありつけてよかったのうラチェットや。誰かさんの所為で大赤字じゃて……借金がどんどん膨らんで家計を圧迫しとるしのう……倒産寸前の我が社に有り難い話し。彼等は船に積んである医療機器の修理を依頼したいそうじゃぞ」

 

 「医療機器?」

 

 顔付きが微かに変化するラチェット。

 

 「ふーん……直せるかどうかは見てみなきゃ何とも言えねェ……けど……いいぜ……やる……」

 

 医療機器と聞いて興味が出たのか、ラチェットは鼻血を両穴からタラリ垂らしたまま不敵な笑みを浮かべた。

 

 「オイ、おまえ鼻血出てるからな」

 

 鼻血垂れ流し状態でニヤリと笑っているラチェットにシャチが再度指摘する。

 

 「ズズッ……それで、医療機器っつても色々種類があんだろーが?何が故障してんですか?」

 

 ラチェットは鼻血をゴシゴシ拭きながら立ち上がると、“お客さま”に向かって彼女なりの敬語を使って問いかけた。

 

 「輸液ポンプだ。重病人がいるんだが、そいつが使えないことには助からねェ……急いでる」

 

 ローがラチェットに説明する。

 

 「はぁ?重病人!?なんだよ、それなら最初からそう言えよ!すぐ準備する!オイ、クランク!手伝え!」

 

 ラチェットが速歩でガレージに向かう。

 

 「ハ、ハイっス!」

 

 クランクは急に心変わりしたラチェットに面食らいながらもそれについていった。

 

 ラチェットにとって重病人というキーワードがかなり効いた。

 

 近所に住む姉貴分マギーの父親・トムが亡くなったのも重病を患ったせいだった。

 

 ラチェットにとっての初めての身近な人物の死であり、彼女なりに悲しく、なんとも歯痒い想いをした出来事だったのだ……

 

 

 

 ──9年前・スプロケット島──

 

 ラチェット13歳。

 

 この頃のラチェットは髪も短く少年のようだった。

 

 やんちゃなラチェットにも優しかったトムはベッドの上で冷たくなっていて、二度と目を開いてくれなかった。

 

 まだ50代後半、悔やまれる死だった。

 

 沈痛な面持ちのホイールや村の人々がマギーの家に集まっている。

 

 男手ひとつで育ててくれた父を亡くしたマギー。

 

 いつも気丈な彼女が恋人に支えられながらベッドの脇で泣き崩れていた。

 

 飼い犬ロッキーも悲しそうに鼻を鳴らす。

 

 ベッドに横たわるトムを囲んだ大人たちが涙ながらに故人を惜しむ言葉や別れの言葉などを口々にしている。

 

 ラチェットは拳をギュッと握りしめた。

 

 「……さよならなのか?」

 

 どうしてみんな“死”を受け入れてるんだ?

 

 ラチェットには、ただひたすらに別れを悲しんでいるこの部屋の空気がとても滑稽に思え、無償に腹が立った。

 

 「納得できねェッ!!」

 

 ラチェットが憤慨する。

 

 集まっていた人々はギョッとした。

 

 クランクが引き止めようとしたが、ラチェットは物凄い勢いで部屋を飛び出していく。

 

 ホイールは頭を抱えた。

 

 「マギー…このようなときにすまなんだ……」

 

 その言葉を聞いたマギーはゆっくりと首を振る。

 

 「いいのよホイールさん……あの子の性格わかるでしょ?うちの父さんが死んだことが悲しくて悔しくて…でも意地っ張りだから、泣かないかわりに怒っちゃうのよ」

 

 マギーは苦笑いしながら涙を拭いた。

 

 ラチェットは口を尖らせながらガレージに向かって走る。

 

 「“死んだ”ってわかったら“さよなら”なのかよ!泣くだけなのかよ!何とかしようとしねーのかよ!」

 

 激怒しながら作業台へ向かうラチェット。

 

 夕飯時になってもガレージのシャッターは内側から鍵がかけられていて、ホイールたちは中でラチェットがどうしているのかわからないまま夜が更けていった。

 

 「ラチェットさん出てこないですね……僕も両親が亡くなったときは誰とも話したくなかったから、気持ちわかります……」

 

 マッシュルームのような髪型をした少年クランクがガレージを見つめた。

 

 「うむ……多感な時期じゃからのう……トムの死がよっぽど堪えたか……クランクなぞもっと幼い頃に辛い目に遭ったというのに全く……」

 

 少しだけフサフサ髪が生えているホイールが困った顔をする。

 

 「ホイールさん、気にしないでください。悲しい気持ちって、比べられませんから……」

 

 ホイールとクランクがガレージの前にそっとおにぎりを置いた。

 

 

 深夜、ガレージのシャッターがガラガラと開いた。

 

 大きなリュックを背負ったラチェットが出てくる。

 

 おにぎりを頬張りながらラチェットはマギーの家に向かってテクテク歩いて行った。

 

 マギーの家の窓には、まだ灯りがともっている。

 

 「……ワウ?」

 

 ラチェットに気づいたロッキーが犬小屋から出てきた。

 

 「シーッ……」

 

 ロッキーの背中を撫でながらラチェットは家の中の様子をそっと覗く。

 

 マギーが力無くテーブルに平伏していた。

 

 「………マギー……おっちゃんのこと生き返らせてくるから待ってろよ……」

 

 ラチェットはギュッと口を真一文字に結んだ。

 

 「ロッキー、一緒に来い」

 

 犬小屋から鎖を外すラチェット。

 

 「バウ?」

 

 首を傾げるロッキーを引き連れてマギーの家を後にした。

 

 「今からおっちゃんを生き返らせるミッションを遂行する。死んだら棺に入れられて、墓場にある石台の上で一晩置かれる習わしがあるのは知ってんだ。前にイングリットが言ってた」

 

 「バウッ!?」

 

 ラチェットが並びながら歩くロッキーに説明する。

 

 「別に夜の墓場が怖ェから連れていくんじゃねーぞ!アタシ全然ビビってねーし!ロッキーだっておっちゃんにまた遊んでもらいてェだろ?」

 

 「バウバウ!」

 

 強がるラチェットに向かって、ロッキーが尻尾を振った。

 

 「インポッシブル・イズ・ナッシング!科学の力は偉大なんだ!」

 

 暗い夜道、月明りを頼りにしながら墓地を目指すラチェットとロッキー。

 

 しばらくして、海が見える墓地に到着した。

 

 墓地の中央にある石台の上には棺が安置されている。

 

 「ワンッ!ワンッ!」

 

 ロッキーが棺に向かってダッシュした。

 

 「待てロッキィィィ~!置いてくんじゃねェよぉぉぉ!夜の墓場怖ェェェ~ッ!怖いから変な想像しちまったし!死霊のはらわた……とか!オエッ!ガチ怖ェ!!」

 

 ラチェットはガッチガチに強ばった表情で墓地を駆け抜ける。

 

 「……クゥゥゥン……」

 

 石台に辿り着いたロッキーが棺を見上げる。

 

 「ゼエッ……!ゼエッ……!!」

 

 ラチェットが冷や汗を拭う。

 

 「よし!これがおっちゃんの棺だな」

 

 大きなリュックを地面に降ろした。

 

 リュックの中から、沢山のコードがついた輪の様なメカを複数個取り出す。

 

 「大急ぎで作ったんだ、すげぇだろ!」

 

 ラチェットがロッキーにメカを自慢した。

 

 「これをつければ、おっちゃんはまた動くんだぜ?電気の刺激があれば、人間の身体は動くし、心臓だってまた動く。脳だって微弱な電気刺激のやり取りで活動してんだ。静止電位とか知ってっかロッキー?」

 

 「アオン!」

 

 ロッキーがとりあえず返事だけする。

 

 ラチェットは棺の蓋をズリズリとずらしながら開けた。

 

 棺の中のトムはいつもの様に眠っているだけに見える。

 

 「おっちゃん、来月マギーの結婚式だぞ!寝てる場合じゃねーよ!」

 

 ラチェットは遺体の手足や頭、胴体などに輪の様なパーツを取り付ける。

 

 「あのマギーがウエディングドレス着るんだぜ~?笑うよな!おっちゃんだってあんなに楽しみにしてたじゃねーかよ!」

 

 心臓の部分には小さめの四角い金属製の箱をガムテープでペタリとくっ付けた。

 

 「アタシもクランクも、またおっちゃんと釣り行きてぇしさ~、おっちゃんがいなくなったら怒られたときに庇ってくれる人いねぇしさ~」

 

 トムの口許に自動呼吸器を取り付ける。

 

 「そうなったらアタシいつもホイールさんやマギーとガチマッチだぜ。特にマギーのキャメルクラッチが技のきまり具合いハンパねぇんだ……………つーか、おっちゃんマギーのこと置いてくなよ………アタシだって……おっちゃんがいねぇと……すっげぇ悲しいし、寂しいじゃねーかよ……」

 

 あまりにも硬く冷たくなったトムの身体に触れているうちにラチェットは涙が出そうになった。

 

 顔をゴシゴシと腕で擦する。

 

 「よし!見てろよロッキー!」

 

 ラチェットはトムの身体に取り付けたメカのスイッチを押した。

 

 「おっちゃん起きろ!!」

 

 ラチェットがリモコンを操作する。

 

 月に照らされたトムがぎこちない動きで棺から起き上がった。

 

 「キャイ~ン!ワンワンワン!」

 

 「やった!成功だ!!」

 

 ロッキーもラチェットも大喜びしながらトムの姿を見つめた。

 

 「おっちゃん身体硬くなってんなー……だからまだ自分で動けないんだろ?ちょっとほぐすか!」

 

 ラチェットのリモコン操作でトムは両手で万歳したり足を動かしたりと、棺の上で体操を始める。

 

 「…………クーン」

 

 トムは動くけれども、こちらへ対しての反応が何も無いことにロッキーがガッカリしている。

 

 ロッキーは大好きな主が笑顔を向けてくれることを期待していたのだ。

 

 笑顔の主がアタマをいつものようにワシャワシャ撫でてくれると思っていた。

 

 「おっちゃんそろそろ自分で動けるか?これじゃあアタシが操作してるだけのおっちゃんロボじゃねーかよ」

 

 自発的に動かず、何も喋らないトムの目をラチェットが覗き込む。

 

 瞬きはしている……が、瞳はうつろで何を見ているかわからない。

 

 「生き返ったよな?」

 

 ラチェットはトムの胸元に耳をあてた。

 

 心臓がドクンドクンと脈打ちながら動いている、呼吸もしている。

 

 「うん、生命反応が戻ってる……生き返ったってことだよな……なのにどうしておっちゃんが変なんだ?」

 

 難しい顔をしながら一生懸命考えるラチェット。

 

 「えーと、意識が無いから脳のせいだな……刺激だけじゃ脳がちゃん機能してねーから意識が戻らねぇのかな……死んでからまだ1日も経ってねぇけど細胞とかもダメージうけてんのかな……どうすればいい……おっちゃんの思考パターンとか行動パターンとか記憶なんかをプログラミングした電気信号を脳に組み込めば…………」

 

 ラチェットは色々な方法を必死で考える。

 

 しかし、しばらく沈黙したあと彼女は嗚咽し始めた。

 

 「………うっ……ひっぐ……結局……そんなことしたら……おっちゃんじゃなくなっちまう……そんなの……人造人間じゃねーか……おっちゃんの偽者にしからなねぇ…………うあああああん!おっちゃんに戻ってきて欲しいのに、どうして科学で生き返らせれねぇんだよぉぉぉぉ!もう“さよなら”なのかよ、うああああああん……!!」

 

 「ワオォォォォーン!!」

 

 ラチェットの大号泣する声とロッキーの悲しげな遠吠えが半月夜の墓地に響いた────

 

 

 この時のラチェットはメカを発明さえできればトムを生き返らせれると本気で思って実行したのだが、結局はトムの遺体を冒涜してしまっただけの行為にしかならなかった。

 

 

 死んだ人間の肉体を動かす機械なら簡単に作れる……ただ、その精神はどこか遠くに消えてしまったままで呼び戻す事が出来ない。

 

 一度死を迎えてしまった人間を、元通りに復活させることは不可能だった。

 

 

「まだ生きてるうちになんとかしねェと……アタシは機械しか修理できねーからな!」

 

 自分とロッキーしか知らない苦い想い出が、久しぶりに脳裏に過ってきたラチェットは、普段より真剣な顔で工具やらパーツの詰まった箱やらを鞄に詰め込んだ。

 

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