ONE FINE DAY   作:パンク侍

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LOG17……誰かが運命を変えるとき

 

 ローが向かう先にいる病床のクルー・ゴッツはハートの海賊団が結成されて間もない頃から在籍している古株のクルーだった。

 

 その付き合いはローにとってベポ、シャチ、ペンギンに次いで長い。

 

 ローたちとはひとまわり以上も年齢の離れたゴッツだったが、ローの才覚に惚れ込み、ハートの海賊団の中心メンバーとして活躍してくれていた豪快で朗らかな性格の人物だった。

 

 そのゴッツが身体の不調を訴えてから、わずか1ヶ月たらずでみるみるうちに病状が悪化していき、もはやローのオペオペの実の能力だけでは手の施しようが無い状況に陥っている。

 

 グランドラインで医療機器を修理できるメカニックを探していたのも、ゴッツの治療の為だった。

 

 「意識はあんのか?」

 

 通路を歩くローは、ゴッツの容態が悪化したことを伝えに来たクルー・ホグに問い掛けた。

 

 ハートの海賊団の中で医療班に属しているホグの目にうっすら涙が堪る。

 

 「はい……!ただ、えらい苦しみ様で……刃傷を受けたって大笑いしてたあのゴッツが……ウウッ……見てるこっちが辛いです……キャプテン……」

 

 「……今のところ鎮痛剤で痛みを抑えてやるぐらいしかできねェな……」

 

 ローはホグと共に診療室の様な部屋に入っていった。

 

 そこに設えられたベッドの上には、丸太のような巨体をした大男・ゴッツが苦悶の表情を浮かべながら横たわっていた。

 

 どれだけの苦しみを押し堪えているのか、ゴッツが手で握り締めているベッドのシーツはビリビリに破けていた。

 

 「あ…アァ…ァ…………ガ……ガハッ……!!」

 

 ゴッツがゲボリとドス黒い血の塊のようなものを吐いた。

 

 ドロリとしたその小さな塊を見たローの表情が一瞬だけ小さく引きつる。

 

 ゴッツに駆け寄るホグ。

 

 「ああ……何てこった………ゴッツ!!」

 

 悶え苦しむゴッツを見ながらホグが声を詰まらせる。

 

 「キャプテンが来たからがんばれ!」

 

 ホグは白目を剥いている大男の口元の血を布で拭き取った。

 

 ローは医療用の手袋をはめるとベッドに吐き出された塊を拾い上げる。

 

 腐った肉片のような臭いを放つドロドロとした黒い塊。

 

 病に蝕まれるゴッツの身体は限界を迎えていた。

 

 ドス黒い顔色をしながら苦しそうに呼吸するゴッツ。

 

 苦痛と脂汗でグシャグシャになったゴッツの顔を見つめながら、手袋を外すロー。

 

 ローはベッドの脇にある机の上に置いてある箱から注射器と鎮痛剤の入った薬瓶を取り出した。

 

 薬瓶から液体を注射器で吸い上げ、ゴッツの腕に流し込む。

 

 ホグは水で冷やしたタオルでゴッツの汗や、顔まわりにこびりついた血を拭った。

 

 苦悶に満ちた表情が少し緩むゴッツ。

 

 「………ぐ…ぅぅ…………キャプテンか……」

 

 うっすらと目を開け起き上がろうとした。

 

 「起き上がるんじゃねェ。余計な力を入れると腹に詰まってる臓物が潰れちまうぞ」

 

 ローはゴッツを制止すると、ベッドの横の椅子に座った。

 

 「ワッハ……ハ……キャプテンの冗談は悪趣味極まりねェぜ………」

 

 ゴッツは荒い呼吸を繰り返しながらローを見た。

 

 沈黙しているロー。

 

 「……へへ………へ……こんなときに冗談が言えるような男じゃなかったな……もうヤバいんだろうな……こりゃあ………」

 

 ゴッツはドス黒くなった自分の手を震えながらかざした。

 

 「……………うちの親父もよ……こうなっちまってから死ぬまで…………あっという間だったんだ……いや……あっという間だなんて簡単に言える程良い往生じゃ無かったな……苦しんで苦しんで…………死んだ…………」

 

 口元をヒクヒクと痙攣させる。

 

 「は、はは、縁起でもねェ話しするなよゴッツ……」

 

 ホグはゴッツに背を向けながらタオルを洗面器の水で洗った。

 

 洗面器の中でドス黒い血がジワリと滲み出し、ゆらゆら揺れながら水と同化していく。

 

 仲間の死を予感するホグの背中は小刻みに震えた。

 

 

 ベッドから腕を伸ばしローの手を握るゴッツ。

 

 「キャプテン……おれはベッドの上でなんかくたばりたくねェ……死ぬならせめて最後によ……アンタにもう一度手合わせ願いてぇな…………“死の外科医”トラファルガー・ローの刀の錆になんなら本望だ………」

 

 充血した目でローを見つめる。

 

 「今は余計なことを考えるな……そんだけ喋れりゃまだ心配ねェかもな……」

 

 無表情のローがゴッツの手をベッドに戻した。

 

 

 

 コンコンと部屋のドアがノックされる。

 

 「キャプテン、ちょっと………」

 

 ペンギンの声がする。

 

 ローは立ち上がると部屋のドアを開けた。

 

 「ゴッツの容態は?」

 

 ドアの外でペンギンがヒソヒソと囁く。

 

 「末期症状だ。内臓が腐りかけてる」

 

 ローが声のトーンを落とした。

 

 その言葉に動揺を隠せずにいるペンギン。

 

 「メカニックの女、部品が無いけど修理する算段つけてるみたいで……」

 

 ラチェットの行動をローに伝える。

 

 「そうか………ポンプが使える様になるなら上等だ………ゴッツの体力が持つか、修理が早いか……賭けみてェなもんだな……」

 

 そう言うとローは部屋に戻り、再びベッドの側に座った。

 

 「……なぁ……キャプテン……まだまだアンタの悪フザケに付き合いてェのによ…………人生ってのは……ままならねェもんだなァ……ゲホ……ゲホッ!」

 

 ゴッツが咳き込む。

 

 「まぁな……でも……何ともならねェと思ってた人生も、“誰か”が関わった瞬間で変わることもある……」

 

 ローは壁の時計の針が進んでいくのを静かに見つめた。

 

 

 

 

 一方、ラチェットが修理作業を進める手術室──

 

 

 部屋の扉を開けるペンギン。

 

 シャチがあわただしくゴミ箱を持ってダッシュしている姿が目に入ってきた。

 

 「どわーッ!とりあえずこれ使え!!」

 

 ラチェットにゴミ箱を差し出すシャチ。

 

 「オエェェェェ~!ゲロゲロゲロ~ッ!」

 

 ゴミ箱に顔を突っ込んで盛大に嘔吐するラチェット。

 

 「どうした!?」

 

 こっちはこっちで凄惨な状況になっていることに泡を食うペンギン。

 

 「こいつ船酔いだ!酔い止めの薬飲ませたんだけど、効く前に吐いちまう!」

 

 シャチがゴミ箱を押えながら答えた。

 

 ペンギンはコップに水を用意してラチェットに渡す。

 

 「大丈夫かよ!?ホラ!水だ、口濯げ!」

 

 ラチェットは口に含んだ水をペッと吐き出すと、口許を袖で拭った。

 

 「あ、ありがとう……悪いな……」

 

 ヨロヨロしながら再び作業を始めるラチェット。

 

 「だいぶ顔色悪いぞ!?」

 

 ペンギンとシャチはオロオロしながらラチェットを気使う。

 

 「大丈夫……胃の中に吐くもんが無くなっちまえば問題ねぇ……アタシはこれくらいじゃ死なねぇけど……アンタらの仲間は違うだろ……おい……工具箱の中から一番小さいサイズのニッパー取ってくれ…………ウブッ!」

 

 「お、おう!これか!」

 

 ラチェットをサポートするシャチ。

 

 「ちっ……手元が揺れる……」

 

 ラチェットは船酔い以上に、航行する船の微妙な揺れに苦戦していた。

 

 精密な部分の細かい作業。

 

 わずかに手元が狂うだけでもパーツの破損に繋がる。

 

 かなり集中して神経を使っているラチェットの額から汗が流れた。

 

 ラチェットは汗が基盤に滴り落ちないように袖で拭う。

 

 「うっ……!!」

 

 青ざめながら口許を押さえて頬を膨らませるラチェット。

 

 「気持ち悪い!でも、吐かん!」

 

 作業をするラチェットには鬼気迫るものがあった。

 

 「お、おい無理すんなよ、ちょっとでも休んだほうがいいんじゃねェか!?」

 

 シャチとペンギンはラチェットが不憫すぎて、休憩するように勧めたが彼女はそれを拒否して作業を続けた。

 

 「もたもたしてる暇はねェ……1時間だ……テスト運転で上手く作動しなかった場合の調整を考えて……あと30分……それで何とかする……!!」

 

 船の揺れだけではなく、自分自身の手もわずかに震えていることに気がついたラチェットは深呼吸をした。

 

 自分の行動ひとつで、自分の力ひとつで、状況がすべて変わっていく。

 

 見知らぬ誰かの命ではあるが、それが尽きる瞬間を食い止められるかどうかは自分の手にも懸かっている。

 

 他人事とはいえラチェットもプレッシャーを感じていた。

 

 「くそっ!間に合わなかったら寝覚めが悪いぜ……」

 

 ラチェットは不甲斐ない自分にイラついて舌打ちをした。

 

 

 

 

 1時間後────

 

 やや船酔いが治まったものの、グロッキーさ極まるラチェット。

 

 死に体のようにヨレヨレしているくせに、作業は手際良く、ミス無しで完璧にこなしていった。

 

 「これ…取り付ければ……完成だ……押えてくれ………その赤いコード気をつけろよ……外れたら面倒くさいことになるからな……あと……四つ角んとこに穴あるだろ……そこにちゃんとピンが填まってねェとな……ピンが折れちまうから……そしたら、さすがにもうアタシの心も折れて二度と戻らねェと思うから気をつけてくれ……」

 

 「よし!ここだな!まかせろ!よくやった!!」

 

 「この短時間でスゲェな!ありがとうよマジで!」

 

 シャチとペンギンがラチェットの頑張りを讃える。

 

 ラチェットはシャチに押さえてもらっている基盤を機械内部に取り付け、最終調整に取り掛かった。

 

 機器の様子を見ながら何回か微調整を繰り返す。

 

 「あとは……チェックしてもらってくれ……」

 

 ラチェットは土下座の状態でゼエゼエ息をした。

 

 「ああ、わかった!」

 

 ペンギンが駆け足でローを呼びに行った。

 

 

 

 

 ペンギンに連れられて戻ってきたローが動作をチェックする。

 

 「使えるな、異常はねェ………」

 

 ローは直ぐ様クルーに指示を出した。

 

 「すぐ手術に取り掛かる!ゴッツを連れてこい!それと、輸血の準備をしろ!腕部の動脈からバイパスして血液を循環させる!」

 

 手術室に集まった数人のクルー達が各自バタバタと動き始める。

 

 存在感がほぼ空気になっているラチェットは四つん這いになりながら、なんとか部屋の外へ出ていった。

 

 担架に乗せられた大男が手術室へと運ばれていく。

 

 苦しそうな表情と黒く変色した顔色。

 

 「……おいおい、かなり深刻そうじゃねーかよ……」

 

 バタンと閉まった手術室の扉を見つめながらラチェットは通路の壁にもたれ掛かるように座った。

 

 「アタシの状況も深刻だけどよ……」

 

 ラチェットはポケットからゴソゴソと子電伝虫を取り出す。

 

 クランクや自宅に通信を試みたが念波が届かない。

 

 「へっ、もう繋がりやしねェ……」

 

 ラチェットは諦めた様にパタリと手を廊下に降ろして、そのままズルズルと寝そべった。

 

 

 再び手術室の扉が開き、シャチ、ペンギンが中から出てくる。

 

 扉が閉められる前に、ローと、残ったクルーの姿が見えた。

 

 「……あんた……ご苦労さんだったな」

 

 「具合いはどうだ?水でも持ってくるか?」

 

 シャチとペンギンが廊下に寝そべるラチェットを労った。

 

 「まぁまぁ大丈夫だ……飲み物いらねぇ……少し休むから動作に異常があったら呼んでくれ、寝る!」

 

 眉間に皺を寄せながら腹をボリボリ掻くラチェット。

 

 シャチとペンギンも廊下に座った。

 

 

 シーンとした空気が流れる中、なんだかんだ手術室が気になって寝れないラチェットが2人に話しかける。

 

 「……なんか……すげぇ顔色だったな……あんなゴツいオッサンでも、病気になっちまうんだな…………」

 

 ラチェットは手術室からわずかに洩れてくる灯りを見つめた。

 

 「ああ、遺伝的な血の病気らしい」

 

 「おれたちだって驚いたさ……それまで風邪だって引いたことねェ屈強な男だったんだからな……」

 

 シャチとペンギンも手術室の扉を見つめる。

 

 「あのオッサン助かるといいな……」

 

 そう呟くラチェットの目の前にヌッと、大きな鮭が丸ごと一匹そのまんまの状態でぶら下げられた。

 

 「ぐわっ!臭ェェッ!」

 

 鼻を摘まみながら飛び起きるラチェット。

 

 何事かと見上げてみると、白クマがブラーンと鮭を差し出していた。

 

 「おまえ、ゴッツのために頑張ってくれたんだろ?差し入れだ、食えよ!フンパツしたぞ!」

 

 ラチェットに向かって親指をグッと立てるベポ。

 

 唖然としながらベポと鮭を見つめるラチェット。

 

 シャチとペンギンも口をあんぐり開けている。

 

 「や、やめろベポ!こいつ船酔いしてんだよ!」と、ペンギン。

 

 「丸ごと食えるかッ!生臭ェ!」と、シャチ。

 

 「すみません……生臭くて……」と、ベポが落ち込んだ。

 

 

 廊下は鮭の塩漬けの生臭い香りに包まれていく。

 

 みるみるうちに顔が真っ青になっていくラチェット。

 

 その様子に気ががついたシャチとペンギンがゴミ箱を差し出す。

 

 「お、おい!しっかりしろ!」

 

 「オ、オエェ~ッス!ゲロゲロゲロ!」

 

 ラチェットの船酔い地獄はまだ続きそうなのであった。

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