ONE FINE DAY   作:パンク侍

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LOG18……Beyond The Sea

 

 

 スプロケット島・入り江───

 

 岩場にひとりでポツンと座りながら水平線を見つめるイングリット。

 

 「日が暮れるわ~……海賊船戻って来ないわ~」

 

 憂愁に沈んだ横顔が茜色に染まる。

 

 そこへ、ゴリオ爺さんの孫で坊主あたまがトレードマークの少年・カンターがホリプロに背負われてガッチョンガッチョン走ってきた。 

 

 「イングリット!さっき、東の浜でスニーカーが見つかったんだ!!」

 

 カンターはラチェットのスニーカーらしきものが砂浜に打ち上げられていることを伝える。

 

 「エエ~ッ!?」

 

 岩場から立ち上がったイングリットは血相を変えて二輪駆動メカに乗り、東の浜の方へ爆走していった。

 

 「まだラチェットの物って決まってないぞッ!!」

 

 カンターがイングリットに向かって叫ぶ。

 

 ラチェットが海賊船に乗って消息を絶ってから3時間近く経過している今、スプロケット島民は彼女の安否確認の為に四方八方手を尽くしているところだった。

 

 

 スプロケット島・東の浜──

 

 スニーカーを握り締めて必死に祈りを捧げているバァチャンたち。

 

 「ナンマンダブナンマンダブ……」

 

 砂浜の上に身を屈めて正座するバァちゃんたちの向こう側では、オッチャンたち数人が長い竿を使って海を浚っていた。

 

 「そっちの方は深くなってっから!気ぃつけろ!」

 

 「オーイ!竿あまってないかぁ!?」

 

 スニーカー以外にラチェットに関係する物が見つからないか必死に捜索している。

 

 バアチャンたちに寄り添うように立っていたチッチとピッピ、ロッキーがイングリットのメカの爆音に気がついて後ろを振り向いた。

 

 「おばあちゃん!イングリットちゃん来た!」

 

 チッチとピッピがイングリットを指差す。

 

 ロッキーもバウバウ吠える。

 

 「おばあちゃ~ん!!」

 

 砂に足をとられながらも必死に走ってくるイングリットを見て立ち上がるバァチャンたち。

 

 「これぇ~」

 

 「これだよぅ~」

 

 震える手でスニーカーを差し出した。

 

 「ハアッ……ハアッ……」

 

 呼吸を整えるイングリットの表情が僅かに緩んだ。

 

 「ラチェットのじゃないわ~」

 

 スニーカーはラチェットの物と同じ様なデザインだったが、靴紐の色が違っていたのだ。

 

 「へ………はぁぁぁぁ……」

 

 「よがったよぉ……わたしゃてっきりラチェットのかと思って……」

 

 勘違いだったことに安心したバアチャンたちはヘナヘナと脱力したように座り込み、捜索を見守っていた島民たちもホッと胸をなでおろした。

 

 「なんだぁ?バアチャンたちの早とちりか!?」

 

 「おーい!間違いだとよぉ!!」

 

 オッチャンたちが海から引き上げてくる。

 

 そのとき、ロッキーが再びバウバウ吠えた。

 

 「あっ!ママもきた!」

 

 チッチとピッピが、青ざめながら走ってくるマギーを指差す。

 

 「ラチェットのスニーカーが見つかったって!?」

 

 マギーがイングリットに駆け寄る。

 

 「安心してマギ~!ラチェットのじゃなかったわ~!」

 

 イングリットは息切れしているマギーに抱きついた。

 

 「ああ……!良かった……!さっき、うちのダンナと連絡とれたんだけど、トナーリ島に黄色い船が現れたって話は今のとこ聞かないってさ……ああ、ラチェット……どこに行っちまったんだろうね……」

 

 マギーは隣の島に出稼ぎへ行っている夫からも、ラチェットの消息に繋がる情報が得られなかったことを島民たちに伝える。

 

 「トナーリ島にも船が現れた形跡がねぇのか……」

 

 「キューカ島とハッカ島にいる息子たちにも連絡してみたけど、黄色い船を見かけたって話は聞かねぇとさ……この2、3時間移動してたら到着してもおかしくねぇ距離なんだけどなぁ……」

 

 オッチャンたちが不安げに海を見つめる。

 

 高齢ながらも捜索に参加していたゴリオ爺さんもジーッと海の彼方を見つめた。

 

 「近隣諸島でも消息が掴めない……どこか他所のログでも持っとる船でしょうかのう?……そうならいいが……念のためもう一度、海岸線を捜索してみませんか?」

 

 ゴリオ爺さんの提案に島民たちが頷く。

 

 「暗くなる前にもうひとまわりしよう!ご苦労でも手分けしてたのむよ!」

 

 竿を持ったオッチャンが島民の指揮をとった。

 

 「いやあ、おたがいさまだから」

 

 「海軍は頼れねぇ状況だしなぁ……」

 

 「クランクにラチェットのふりさせて軍艦に乗せたのが水の沫になっちまうもんなぁ……」

 

 捜索隊のオッチャンたちが額の汗を手ぬぐいで拭きながら言った。

 

 「……ホイールさんには何やら深い事情があるようだが、クランクの女装で海軍を騙せますかのう……?」

 

 ゴリオ爺さんの発言を聞いたスプロケット島民たちの間にシーンとした空気が流れる。

 

 みんなが沈黙する中、マギーが生唾をゴクリと飲み込んだあとイングリットと見つめあった。

 

 「だ、大丈夫!イングリットが化粧してやったから、だいぶマシになったよ!」

 

 「つけまつけたわ~」

 

 ホイール・メカニック・カンパニーの一同が不在のまま、スプロケット島の時間は刻々と過ぎていくのだった……

 

 

 

 その頃、タイタニック准将が指揮する軍艦──

 

 

 急遽、海軍と行動を共にすることにしたホイールと女装したクランクが軍艦の甲板に佇んでいた。

 

 ラチェットとの通信が途絶えた後、すぐさま自宅へ戻ったホイールたちは、クランクにラチェットのふりをさせて海軍の訪問に備えた。

 

 自宅を訪れた海軍の用件は、ガープからの連絡にあった通り、ラチェットを科学部隊へ採用したいという内容であった。

 

 ホイールの案で2人は軍艦に乗り込み、科学研究所を目指すことになったのだ……

 

 が、ラチェットの身代わりになっているクランクの女装はただの変態野郎にしか見えない。

 

 そんなクランクを遠巻きに見つめながらヒソヒソと囁き合う海兵たち。

 

 「おい……ホイール博士の孫なんだけどよ……男か女かわからないって本部が言ってたらしいけど……現場でも判断しかねるな……」

 

 「いや、男にしか見えないだろ……」

 

 「男性だろうが女性だろうが、外見がクレイジーすぎて怖いよ……」

 

 別人なのではないかと疑われることは無かったが、変人なのではないかと警戒されていた。

 

 「しかし、ホイール博士にお会いできたのは光栄だよな!海軍学校の教科書に載ってた人だぞ?」

 

 「ああ、博士が作った海水ろ過装置のお陰で長い航海で飲み水に困ることもなくなり、大砲の威力も格段に上がったから海軍側の死傷者が減った……今はベガパンクの時代だけど、あの人の功績も挙げきれない」

 

 ホイールに対しては畏敬の念を向ける海兵たち。

 

 海軍学校の教科書にも載っているホイールは、授業中の暇つぶしで肖像画に髪の毛を落書きされる率No.1でもあるが、その功績は海兵なら誰しもが知るものだった……

 

 そんな海兵たちから離れた場所に佇むホイール。

 

 「捲き込んでしまってすまんのうクランク……科学研究所に着くまで……いや、とりあえず途中でガープの軍艦に乗り込むまで何とか堪えてくれい……」

 

 女装した悪魔の毒々モンスターのようなクランクを直視できず、遠い目をしながら呟く。

 

 「気にしないで下さいっス!この作戦が最善になるんであればオレは恥を忍んでラチェットさんになりきるっスから……!!」

 

 クランクは口紅、つけまつげ、濃いアイメイクでケバケバというかゲバゲバになった顔でホイールを見つめた。

 

 「うむ……科学班に在籍していた者としての保秘義務があるゆえ、詳しい事情は話せんがの……どうしてもラチェットを科学部隊へ引き渡すわけにはいかん……しかし、ラチェットに白羽の矢が立った今、それを拒否したとなると事が大きくなるは明白なのじゃ……これは、ワシのとある因縁と関係しておるのじゃが……」

 

 ホイールの表情に翳りが見え、それは少し哀しそうでもあった。

 

 「ワシはな、長い間……見て見ぬ振りをしてきたことがあってのう……このまま何事も無くやり過ごせれば良いとばかり思ってきたが……世の流れ……この時代が、それを許さんかったようじゃ……ワシも自己欺瞞の精算をせねばならん……そのためにどうしても話し合わんといかん人間が科学研究所におる……その人間に会うために、おぬしにラチェットのふりをしてもらいたいんじゃ……お互い危険が及ぶこともあるかもしれんが……心してくれるか?」

 

 いつになく深刻そうな口調のホイール。

 

 クランクがホイールの手を力強くギュッと握った。

 

 ホイールの手を握る機会など久しく無かったが、いつのまに自分の手の中に簡単に収まってしまうくらい小さくなったんだろうとクランクは思った。

 

 昔はホイールの手の中に自分の手が収まってしまうくらいだったのに……

 

 クランクはホイールとラチェットと家族になった年月の長さをひしひしと感じていた。

 

 子供の頃、夕日が沈むこの時間帯、ホイールが遊び場まで自分とラチェットを迎えに来てくれたこと、3人で手を繋いで家路についたことを思い出すクランク。

 

 「ホイールさん……必ず家族3人揃ってスプロケットに帰りましょうね……!」

 

 夕日を見つめながらクランクが唇を噛みしめる。

 

 「うむ……家族…か……そうじゃな……」

 

 ホイールは俯きながらゆっくり目を閉じた。

 

 

 

 

 ハートの海賊団・ 潜水艦内──

 

 

 鮭の塩漬けを持ったベポが落ち込みながら立ち去った通路。

 

 ラチェットは廊下に突っ伏したまま、手術が終わるのをひたすら待っていた。

 

 その隣ではシャチとペンギンが待機している。

 

 ペンギンがラチェットに声をかけた。

 

 「大丈夫か?」

 

 「ああ、船酔いは治まった……けど、蒸し暑いし酸素が薄くて息が詰まりそうだぜ……そういえば海の中での空気はどうしてんだよ?」

 

 ラチェットは襟元を摘まみながらパタパタと手で顔を扇ぐ。

 

 シャチが通路の天井にある小さな換気口を指差した。

 

 「船に積んでるボンベから供給されてる。後は、たまに浅深度まで浮上してシュノーケルから取り込んでるんだ。時間的にはそろそろ本格的に海面に出て酸素を補わなきゃなんねーけどなァ……」

 

 「今はキャプテンの指示が無い限りは行動限界に達するまで浮上できねェ。海軍は撒いただろうけどゴッツの手術が終わるまでは余計なトラブルが起きたら不味い」

 

 ペンギンは手術が行われている部屋の扉を見つめた。

 

 「ずっと潜りっぱなしって訳にもいかねぇのな……」

 

 ラチェットは寝そべったまま通路の丸窓を眺める。

 

 「海の中か……海水は腐るほどある…………海水を脱塩して淡水化して……淡水を電気分解して酸素を生成できるな……酸素発生装置は作れる……か……」

 

 丸窓の外で揺れる水を見つめながら呟くラチェット。

 

 「ちなみにアンタら二酸化炭素濃度の上昇にはどう対応してんだ?」

 

 「苛性ナトリウムを使った空気清浄装置だ」

 

 ラチェットの質問にペンギンが答えた。

 

 「ふーん、それじゃ効率悪りぃだろ……低反応で再生不可な苛性ナトリウムよりモノエタノールアミンだな!加熱すれば炭酸ガスが再放出されるから、それを加圧して船外に排出するってシステムの空気清浄装置なんてどうだ?」

 

 ラチェットは思いつきの案を楽しそうに説明しながら起きあがった。

 

 シャチとペンギンが顔を見合わせる。

 

 「短時間でよく思いつくもんだな……アホそうだけど、やっぱりアタマ良いんだな……」

 

 ペンギンは呆気に取られたような表情をしている。

 

 「ハハッ!そんなもんがありゃ大助かりだけどな」

 

 シャチはラチェットの案を面白がった。

 

 「だろ?アタシが考えた酸素発生装置と空気清浄装置があれば、この船の連続潜航時間は確実に長くなるはずだ。乗り合わせたついでに格安で施工してやりてぇとこだけど、スプロケットに戻れたらの話しだな……あーあ、海水を脱塩する装置はうちのジィさんが発明したやつが物置きに眠ってっから利用出来んのにな……」

 

 ラチェットは大きなため息をついて項垂れた。

 

 そして、すぐにバッと顔を上げた。

 

 「そうだ!ジィさんだ!つーか、子電伝虫が繋がらねーから諦めてたけど、この船にも電伝虫ぐらいあんだろ?家に連絡してーから使わせてくれよ!なんでアタシが匿ってもらわなきゃなんねぇのかアンタらだって謎すぎんだろ?」

 

 海賊船に乗ってからあまりにもバタバタした展開になっていた為、ラチェットは自分の身の上に関わる肝心な事を失念していたことにやっと気がついた。

 

 「ああ、そうだったな……でも電伝虫の使用はキャプテンからの許可が必要だ」

 

 ペンギンが難しい顔をする。

 

 「はぁ?電伝虫もモコモコの許可がいんのかよ~?じゃあ結局は手術終わるまで待つしかねぇな」

 

 ラチェットは子電伝虫を手の上に乗せながら渋い顔をした。

 

 「モ、モコモコォ!?キャプテンのことかよ!?」

 

 「お、おい!うちのキャプテンがモコモコした帽子かぶってるからって変な呼び方すんじゃねェよ!!」

 

 ローに対してモコモコなどという、ふざけた呼び方をするラチェットに焦るシャチとペンギン。

 

 それを全く意に介することなくラチェットは手の上の子電伝虫を工具で弄り始める。

 

 「い、いきなり何してんだ?」

 

 「げっ!そんな小さいやつ苛めんなよ……」

 

 シャチとペンギンがラチェットの手元を覗いた。

 

 「イジメてねェよ!こいつの部品を外してやろうと思ってさ。どうせもう使える距離じゃねーし、この船に電伝虫あるなら必要ねぇだろ?」

 

 ラチェットはドライバーで子電伝虫の体内に埋め込まれたネジを外した。

 

 「 電伝虫に頼っちゃいるけどよ、生き物を改造したり動力にすんのって不自然で気持ち悪りぃんだよな~」

 

 生き物に機械の部品を取り付けて動かそうとすることには、死んだトムの遺体を動かそうとした一件以来コリゴリだったうえに、命があるものとメカを融合させることにはどうも興味が持てないラチェットだった。

 

 寿命がきて廃棄された……つまり、死んだ電伝虫からパーツを外すこともラチェットたちメカニックの仕事だったが、いつもモヤモヤした気持ちになる嫌な作業なのだ。

 

 ゆえに、ホイール・メカニック・カンパニーの電伝虫は寿命が来るまで使うのではなく、ある程度の期間使う度に自然に帰してやることになっていた。

 

 「こいつら人間にエサもらえるから持ちつ持たれつで共存してるなんて言うやつもいるけどよ、それは人間側の言い分で実際のとこどうなんだか……カタツムリが何か考えてるかなんてわからねぇけど、死ぬまで人間の道具にされてんのもなぁ……奴隷みてェで嫌なもんだぜ」

 

 ラチェットは子電伝虫が傷つかないように、取り付けられたパーツを丁寧に外していく。

 

 「いちいち不思議なこと考える奴だな……」

 

 シャチとペンギンはラチェットの手によって、ただのカタツムリのような姿に戻っていく子電伝虫を眺めた。

 

 ラチェットは自然の姿に戻った子電伝虫を手のひらに乗せると廊下にそっと降ろす。

 

 「ほら、行けよガラパゴス……ありがとうな!」

 

 ノロノロ這っていく子電伝虫のガラパゴス。

 

 「ちょ、まてまて!廊下に解放するのかよッ!?」

 

 「うちの船に解き放つんじゃねェ!!」

 

 シャチとペンギンが慌ててガラパゴスを保護する。

 

 

 そのときカチャリと手術室のドアが開き、血に染まった手を拭うローが姿を現した。

 

 その場に一瞬で、緊張感漂う空気が張り詰める。

 

 廊下で待機していた3人の視線がローに集中した。

 




 恥の多い作品ですが、ここまでお読み頂いていることに大感謝です!
 お付き合いして下さって本当に有り難うございます。
 更新遅くなってしまいすみませんでした(ゾンビ映画見すぎて……)
 前半がトトロ過ぎたこともすみませんでした(ジブリ映画見すぎて……)
 
 もう数日で新しい年が始まりますね、よいお年をお迎え下さい♪
 

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