グランドライン・キューカ島────
アロハシャツを着たインチキくさい顔立ちの中年男が、【Welcome!】と書かれたプラカードを首からぶら下げて港に立っていた。
男が立つ場所には派手な色柄のパラソルが広げられ、その下には【観光案内のベンリー】と書かれた看板が掛けられている。
港へ観光船が到着し、船のテロップからぞろぞろと観光客たちが降りてきた。
観光客相手にインチキくさい中年男──ベンリーは満面の笑みを浮かべながら声を張り上げる。
「みなみなさま!キューカ島へようこそ!観光・宿泊でのお困りのことなどありましたら、わたくしガイド歴30年のプロ・物知りベンリーがみなさまのお力になります!ガイドブックには載っていないような秘密の穴場!地元民オススメの味が楽しめる名店!格安価格で何処へでもご案内いたします!!」
ベンリーは、大げさな身振り手振りを交えながら観光客の気を引こうとする。
しかし、お喋りを楽しみながら歩く観光客たちはベンリーの前を悪気なく素通りして行くばかりだ。
べンリーの声に振り向く者は誰もおらず、観光船から降りた人々はあっという間に港を立ち去った。
「チッ、けちくせぇ客ばかりだぜ!スパリゾート方面でドリンクでも売った方が儲かったかもしれねぇや」
ベンリーは悪態をつきながら派手なパラソルを畳んだ。
首からプラカードを外し、煙草に火をつけると、ふてくされながら地べたに座り込む。
そんなベンリーの背後に人の気配がした。
「よォ、物知りのオッサン。腕のいいメカニックを知らねェか?」
自分へ向けられたであろう声にベンリーが振り返ると、
【PENGUIN】というロゴの入った帽子の男が背後に立っていた。
キャスケットのサングラス男もいる。
「困ったことがありゃ、お力になってくれんだろォ?困ってんだなァおれたちゃよ」
キャスケットの男がベンリーの傍らにしゃがみこんだ。
2人とも同じようなツナギを着ていて、バカンスを過ごしに来た観光客には見えない。
ワケありなのか疑いたくなるくらい深く被った帽子。
人相が良いとは言えない容姿。
不躾な言動は、人に物を尋ねてくる態度ではない。
カツアゲでもしに来たのではないかとすらベンリーは思った。
どうもカタギでは無いような雰囲気だぞ……と、客商売に長年携わってきたベンリーの勘が告げる。
警戒するベンリー、彼らの胸元にある共通のマークに気がついた。
不気味な笑みを浮かべたジョリー・ロジャー
ベンリーはブッと煙を噴き出すと、つけたばかりの煙草の火を慌てて消しながら身を縮こまらせた。
「そ、そりゃあダンナ!キューカでの観光のことでしたらおまかせあれ!……って話なワケで……!!」
彼自身も観光客相手にまともな商売をしているとは言い難い人物だったが、海軍に目をつけられているような存在──海賊とは関わりたく無かった。
海賊の資金源になるような商売は厳しく罰せられる。
例え関係が無かったとしても、疑惑の目を向けられて自分の商売がやりにくくなってしまうような状況は極力避けたかった。
両脇を海賊らしき男たちに挟まれたベンリーは、冷や汗をかきながら視線をキョロキョロ動かす。
男たちは更に距離を詰めてきた。
「ツテが全く無いってワケでもねェんだろ?」
ペンギン帽の男が左側からベンリーの肩を組む。
「こっちとしては格安価格じゃなくても構わねぇんだよなァ」
キャスケットの男が右側でベンリーの肩を札束でポンと叩いた。
「50万ベリー!?」
ベンリーは数十日分の稼ぎに相当するような金額に目を丸くする。
目の前に差し出された札束が、海賊かもしれない男たちへの抵抗感を軽く吹き飛ばした。
ベンリーはキャスケットの男が持つ札束の端を両手でググッと握りしめる。
それを見たペンギン帽の男はニヤリと笑った。
「話が早くて助かるぜ」
「その金はアンタへの報酬分だ」
キャスケットの男が札束からパッと手を離した。
「エエッ!修理費用込みじゃねェんですかい!?そりゃありがてェ!!任せて下さいダンナ!大至急、心当たりに連絡してみるんで、少々お待ちを……!!」
ベンリーは自分の手に渡った札束をそそくさとバッグの中にしまうと、そのかわりに電伝虫を取り出した。
電伝虫を手にしながら通信を始める。
「もしもしデンキューか?おめェ今忙しいか?」
『ああ、忙しいね!今週いっぱいはグランドホテルの設備点検が入っててよォ!』
電伝虫からはメカニックと思われる男の声が聴こえてくる。
「そこをなんとかよ~、誰かひとりくらい腕の良い奴こっちによこせねェかな?緊急なんだよ!修理費用とは別に10万ベリー手数料つけてやるって言ったらどうだ?」
ベンリーは電伝虫に顔を近づけながら交渉した。
『そ、そりゃあ……!!なんとかしてやりてぇけど、こっちだってホテルからの信用ってもんがあるからよォ………つーかよ、何を修理しようってんだ?』
デンキューと呼ばれるメカニックは破格の手数料に心が揺れている。
「ええっとダンナ、何を修理すればいいかって話なんですが…………」
ベンリーは男たちにへつらうように聞いた。
「医療機器だ」
ペンギン帽子の男が答える。
「医療機器だとよ」
ベンリーはそう伝えながらも内心、首を傾げた。
あきらかに海賊であろう男たちが、どうして医療機器の修理を必要としているのだろう?
似つかわしいにも程がある。
『ハァ?医療機器だァ?そんな小難しいもん、うちじゃ無理だ!』
技術的な問題がある内容だったようで、デンキューがきっぱりと断りを入れてきた。
「そこをなんとかできねぇかよ?おれとオマエの仲じゃねェか~、頼むよ!!」
ベンリーは既にバッグに納めてしまった50万ベリーのために食い下がった。
報酬を返金する事態だけは避けたいが、メカニックの心当たりはデンキューしかいない。
『なんとかって…………そりゃアレだ!スプロケットのホイール・メカニック・カンパニーだ!あそこなら、たいていのもんなら何でもやれるぜ?なんせあそこのジィさんは別格だからな!頼めばこっちまで出張してくれるんじゃねーか?』
電伝虫の向こうのデンキューが、パッと思い出したように他の業者を紹介してきた。
「おおっ!デンキュー!ありがとよォ~!さっそくそこに連絡してみるぜ!今度なんか驕るから仕事頑張れよ、じゃあな!」
ベンリーは電伝虫で通話を終えると、仕事用の分厚いアドレスブックをバッグから取り出した。
「ダンナ、この島のメカニックにゃ医療機器の修理は無理だと断られたが、近くの島の業者が腕利きらしいんで…………」
アドレスブックを高速でパラパラめくりながらベンリーは男たちの様子を伺った。
「近くの島ァ?」
ペンギン帽子の男が口をへの字に曲げる。
「どれくらいかかるんだよ?」
キャスケットの男は舌打ちをした。
「だっ、大丈夫です!この島のメカニックを待つより早い!」
男たちがあまり良い顔をしていないのを見て、ベンリーは冷や汗をかきながら状況を説明した。
「あそこに見える島から3つ隣にある島だけど、帆船でも2時間かかりやしませんッて!この諸島は島同士の距離がそんなに離れてねェから隣の島が見えるんでさァ、それを順番に渡っていけばログが貯まるのをわざわざ待つ必要はねェし、気候が安定してるから海も穏やか!すぐですよ、すぐ!」
アドレスブックを指でなぞりながらベンリーは電伝虫で通信を始める。
プルプルプルプルプル…………
相手方への呼び出し音が鳴る。
ベンリーと海賊らしき男たちは電伝虫の呼び出し音に耳を傾けた。