ONE FINE DAY   作:パンク侍

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LOG5……世のため人のためでもなんでもない

 

 

 スプロケット島────

 

 

 ラチェットは爆発を起こした張本人であるにもかかわらず、自分だけさっさとガレージを抜け出していた。

 

 自分のミスの何が爆発に繋がったかを考えることのほうがラチェットにとっては重要だったのだ。

 

 「うるっせぇ電伝虫だったなぁ、考え事もできやしねェ…………くっそ~、爆発したのは何でだ?アッパーシャフトか?」

 

 ラチェットは電伝虫を探すホイールとクランクに気づかれることなくガレージの外に出ると、煤だらけの軍手を外して、ツナギの後ろポケットに無造作に突っ込んだ。

 

 ガレージからいくらも離れないうちに、ふわふわした栗毛の幼い双子の女の子たちが猫のメカに乗りながらこちらをジーッと見ていることに気がつく。

 

 「ゲッ!おまえらシーッだからな!シーッ!」

 

 ラチェットは焦りながら人さし指を口許に立てる。

 

 女の子たちはコクコクと首を動かしながら頷くと、猫のメカに乗って近づいてきた。

 

 この猫のメカはラチェットが造った代物だった。

 

 危険走行しないように、前方の障害物を感知する自動ブレーキが搭載されている。

 

 猫の目が左右に離れていたり、なんとも言えない不気味さを漂わせている造形なのだが、ラチェットに動物を表現するセンスが皆無なせいである。

 

 メカから降りると女の子たちはラチェットの作業着の裾を左右からぐいぐい引っ張った。

 

 「ラチェット~、ピッピこんどね、クマちゃんにのりたい」

 

 「チッチはね~、ねこちゃん好きだからこれでいいけど、たぬきさんにものりたい」

 

 双子の幼い女の子たち──ピッピとチッチがラチェットにおねだりする。

 

 「わかったわかった!離せ!まとわりつくな!早く行かねェとホイールさんに見つかるだろうが!クマとかたぬきとかにも変形するように造り直してやっからアタシのこと見たのシーッだぞッ!」

 

 ラチェットは2人を引き剥がしながら言った。

 

 「もろちんわかった~」

 

 ピッピとチッチは声を揃えながら頷く。

 

 「“もろちん”じゃねーよ“もちろん”だって何回も教えてんだろォがよ~、つーかマジでわかってんのか怪しいな。おまえら口軽りィんだよな~…………いいか?アタシがレディーのお作法教えてやるからよく聞けよ?口が軽りィいのと尻が軽りィのは良くねェ。それがレディーのお作法だ」

 

 ラチェットは双子の4歳児たちにビシッと言った。

 

 「くち~」と、ピッピは小さな手を口許にあてる。

 

 「しり~」と、チッチは小さな手で尻を押さえる。

 

 「OKそういうわけだ、じゃあなチビ共」

 

 ラチェットは手をヒラヒラさせながら、あぜ道に向かって逃げていった。

 

 

 「図面上じゃ完璧だったんだけどなァ………全部ぶっ飛んじまったからわっかんねェな~………それか、あれか?ピストンピンの合成応力度の許容値が計算と違ってたのか…………」

 

 

 ラチェットはガラの悪いチンピラのように作業着のポケットに両手を突っ込みながら難しい顔をして歩いて行く。

 

 そんな彼女の姿を見かけた女性が「ラチェット!」と、眉間に皺を寄せながら呼び止める。

 

 近所に住むマギー。双子たちの母親で、ラチェットより一回り年上の姉貴分のような存在だ。

 

 「アンタが怪我でもしてないか見に行こうとしてたとこだったよ!その様子じゃ大丈夫みたいだけどさ、勘弁しとくれ!心配で心臓が潰れるよ!ペロティだって爆発にびっくりして起きちゃったしさぁ!」

 

 道沿いにある民家の庭先で、マギーが生後6ヶ月の赤ん坊の男の子・ペロティを抱っこしている。

 

 「ホギャア!ホギャア!」

 

 『コワイカラ~!ビックリシタカラ~!』

 

 ペロティが泣くと、その小さな手首につけられたバンドから機械的な音声が響く。

 

 「うるっせぇなァ~、計算してんだよ!話かけんなッ!オギャアオギャアすんなッ!気が散るんだよッ!」

 

 ラチェットはマギーだけではなく赤ん坊ペロティにまで中指を立てながら悪態をついた。

 

 「コラッ!またそんな汚い言葉使いしてッ!中指下ろしなッ!いいかい?レディーのお作法教えてやるよ!レディーたるもの、いついかなるときにも…………」

 

 マギーがお説教モードに入るのを見たラチェットは両手で耳をふさぎながら歩く。

 

 「ホギャア!ホギャア!」

 

 『コワイカラ~!ビックリシタカラ~!』

 

 「オラッ!ペロティ!泣くんじゃねェ!!」

 

 ラチェットはギャン泣きするペロティに向かって恐い顔で白眼を剥きながらベロベロ舌を出して威嚇した。

 

 結果、ペロティの機嫌が直る。

 

 「キャッキャ!」

 

 『カオウケルンデスケド~!』

 

 機械的な音声も変化した。

 

 ペロティの手首に巻かれたバンドはラチェットが造った物で、脈拍・血圧・発汗・声紋データが感情分析システムを通して音声言語化されるという代物だ。

 

 これは以前、ラチェットがマギーの飼い犬・ロッキー用に開発した首輪型犬語翻訳機の技術を応用している。

 

 ラチェットは門前でバウバウ吠えるロッキーに絡まれ、尻を噛まれそうになりながらも歩いていく。

 

 「あっ!コラ!待ちなラチェット!………まったく!いい年頃の娘だってのに!アタマが痛いよあたしゃ…………」

 

 立ち去るラチェットの背中を見ながらマギーはため息をついた。

 

 「子育てが楽になるようにしてくれたり、良いとこもあるんだけどねぇ……口と態度は相変わらずだよ。あたしの指導が足りなかったのかしらね」

 

 ペロティの腕のバンドを見ながらマギーは苦笑いした。

 

 「…………それでも、こんな田舎島に埋もれるには惜しい人材なんじゃないかと思うようになってきたよ…………あんなに才能が有り余ってるんだから、せめてもっと然るべき場所で、広く世のため人のためになるような道に進ませてやりゃいいのに…………ホイールさんも難くなにラチェットを手離さないんだからさ…………ん?」

 

 そう呟くマギーの胸元をペロティがグイグイ引っ張ってきた。

 

 「ダアッ!ダ~アッ!」

 

 『ママメシハマダカネ~?』

 

 ペロティの口からヨダレがあふれる。

 

 「あらまぁ、ペロティったら、もうミルクが欲しいのかい?しょうがないねぇ~」

 

 マギーはペロティのヨダレをガーゼで拭きながら家の中へ向かう。

 

 飼い犬・ロッキーは後脚を片方上げながら、ラチェットが去った方へ向かってバッバッと地面を蹴った。

 

 

 

 ラチェットがマギーの家からさらに数分歩いていると、つやつやした藁色の髪の毛を編み込みでまとめた可愛らしい容姿の女性──それはまるで絵画に描かれる天使のような美しい女性なのだが、黒くギラつく2輪駆動のメカに乗って爆走してきた。

 

 彼女が握る銀色に輝いたハンドルは、カマキリが手を振りかざしたような形をしている。

 

 「ラチェット~!」

 

 女性はニコニコと嬉しそうにラチェットの名前を呼ぶと、ブォブォンブォブォンブォ、ブォブォブォンブォンと排気音でリズムを刻みながら近づいてくる。

 

 「集中できねェ!!今度はイングリットかよ~」

 

 ラチェットがうんざりしたような顔をする。

 

 「爆発大丈夫だったの~?あのね~、今日はマフィンを焼いたのよ~、みんなで一緒にお茶しましょ~」

 

 イングリットと呼ばれる天使のような女性──ラチェットの2つ年上の幼なじみがニコニコしながらカゴに入ったマフィンを見せる。

 

 「おっ、美味そうじゃん!さすがイングリット!アタシは用事あっから先に1個貰っとく。ホイールさんとクランクならガレージにいるぜ?でもアタシと会ったことは内緒な!」

 

 ラチェットはマフィンを頬張りながら歩く。

 

 「そっか~、残念~。じゃあ私、ホイールさんとクランクとお茶してくる~」

 

 イングリットはニコニコしながらブォブォブォブォォォンという排気音を響かせると、土埃をあげて走り去って行った。

 

 このカマキリ型メカもラチェットが造った代物だ。

 

 デザインをとても気に入ったイングリットが、どうしても乗りたいというので譲り渡した。

 

 島の隅っこの方に住むイングリットはこのメカのおかげでだいぶ移動が楽になったようだ。

 

 今ではすっかり乗りこなしており、排気音でのコールもお手の物の暴走天使だ。

 

 

 他にもラチェットはメカニックとしての仕事の傍らで、今日に至るまで色々な物を発明・開発してきた。

 

 ラチェットが発明したものは爆発もするが、なんだかんだ島の住人を喜ばせ、役には立っている。

 

 このように、人々が快適で安心な生活を送れることを目指し、それを実現すべく前進し、大きく貢献するのが発明家や技術者であり…………

 

 というのが世の常だが、ラチェットにそんな気は毛頭無くて、彼女が何かを考えて造るのは、世のため人のためでもなんでもない。

 

 思いつくままに好き勝手しているだけなのであった。

 

 「わかった………なんだよ~!チクショウ!単純な計算ミスじゃねェか!99.9%成功してたのに0.1%ダメなとこがあったせいで全部パァだぜ……」

 

 ラチェットは急に立ち止まると濃い紫色をした瞳でスプロケットの青い空を見上げた。

 

 「くっそー!何回でもやってやらぁ!物理法則は時間反転対称性を持ってて可逆なのに、現実の物理現象は全て不可逆……アタシが全部ひっくり返してやるぜ……!」

 

 不敵な笑みを浮かべながら一歩踏み出すラチェット。

 

 グニャリと何かを踏む。

 

 「ゲッ!犬のウンコ踏んだァ!ロッキーだな!?あんのクソ犬がァァァ!!」

 

 スニーカーのソールについたロッキーのうんこを地面に擦り付けるラチェットであった。

 

 

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