マリンフォード海軍本部────
海軍の人事や労務、各種手配に関する書類の管理や連絡を裏方で支えている部隊があった。
海軍総務部隊──事務作業のスペシャリストとして鍛え上げられた海兵たちが昼夜関係無く、海軍運営に関わる膨大な量の仕事に立ち向かっていた。
デスクには書類やファイルなどが山のように重なっている。
プルルル!プルルル!プルルル!プルルル!
電伝虫もひっきりなしに鳴り、海軍本部内にいながらも海兵たちは前線で海賊に戦いを挑むかのようなピリピリした形相で黙々と業務をこなしていた。
うんざりするくらい山積みになっている書類、鳴りやまない電伝虫、終わりの見えない仕事量、定時でなんか帰れない……メンタルの弱い海兵はこの部隊で精神を病むと言われるくらいの過酷な環境である。
この部隊は寒冷地での過酷な蟹漁業になぞらえて、マリンフォードの蟹工船と呼ばれている。
強靭な精神力をもつ事務作業のスペシャリスト集団の責任者であるベテラン将校・コショウ少将も、部署に隣接する執務室で書類の山に埋もれてピリピリしながらも高速で業務を進めていた。
【ピリッとした正義整頓・迅速・時短】というポリシーが書かれた額縁の前に座るコショウ少将は書類の整理をやめて顔をあげた。
「はァ!?孫だと!?」
「はっ!ハクション!ズズッ!研究所へホイール博士の復帰要請の件は断られたと報告しましたところ、プロジェクトに必要なのは孫の方だと言われました!」
アレルギー性鼻炎の部下が書類の束とティッシュの箱を小脇に抱えながら敬礼する。
コショウ少将の表情が苦虫を噛み潰したように崩れる。
「あーもうッ!ややこしいなァ!ピリッと孫だなんて言ってたか!?科学部隊は人事に関してピリッと独立した権限があるのにどうして直接やり取りしないんだ!?で、孫って誰それ?専門は?功績は?何かの権威なのか?一般から科学部隊への新規採用となれば試験やら何やら、手続きと書類の数がピリッと増えるのはこっちだぞ!」
科学部隊へのイライラが隠せないコショウ少将。
「孫に関しての詳細は一切不明だそうです!ハックシュン!ズビーッ!」
アレルギー性鼻炎の部下はティッシュで鼻をかんだ。
「ハァ~?そんな人間がピリッと必要だなんてどういうことだ科学部隊の奴らはッ!?」
必要以上の力をこめて書類に認印をタンタン押していくコショウ少将。
そのとき、バンッと執務室の扉が開いた。
「なにぃ?孫がどうした!ウチの孫か!」
白髪頭だが年齢を感じさせないほど筋骨隆々とした男が勢いよく部屋に乗り込んで来る。
「わーっ!ガープ中将!これはこれは!おつかれさまであります!いやいや、孫は孫でもあなたの孫ではなくて、よその孫の話であります!」
コショウ少将とアレルギー性鼻炎の部下は、その男──海軍の英雄モンキー・D・ガープに向かってビシッと敬礼をした。
「ん?なんだ?孫ちがいか!歩いとったら“孫”って聞こえてきたもんでな!ぶわっはっはっは!歳は取りたくないもんじゃのう!孫と聞いただけでついつい反応してしまうわい!」
大口を開けて笑うガープが執務室の応接用ソファにドッカリと腰かけた。
「いやはや、ガープ中将のお孫さんもだいぶ有名人になってしまいましたからな!さすが英雄の孫!だと申し上げたいところですが、その、まぁ……“海賊”というのが……心中お察しいたします」
コショウ少将は新たに金額が更新された賞金首の手配書ファイルが置かれた棚を見ながら苦笑いした。
「がっはっは!ずいぶん暴れとるようじゃからのう!そろそろ灸を据えてやらにゃあいかんと思っとるんだが、アラバスタからの足どりがつかめんようになってしまったわい!がっはっは!」
ソファで笑うガープに、アレルギー性鼻炎の部下が素早く気を利かせて茶と塩コショウ味のせんべいを差し出す。
「で?うちの孫じゃなけりゃあどこの孫の話しだ?」
ガープがボリッとせんべいにかじりついた。
「科学部隊に所属していた機械工学の権威ホイール博士の孫であります!お懐かしいでしょうガープ中将?」
コショウ少将も仕事の手を休めて茶をすする。
「おう!ホイールか!」
せんべいを頬張りながらガープが身を乗り出す。
「そうです、私がこの部隊の新人だった時代……ガープ中将、あなたの器物破損届けやら始末書を何回ホイール博士へ申請する手続きをしたか………とまぁ、ピリッと話がそれましたが、そのホイール博士の孫が科学研究所で現在進行中のプロジェクトに関してピリッと必要な人材らしいのです!」
素早く茶をのみ終えたコショウ少将が手元の書類をトントン整理しながら言う。
「ほ~う!」
ガープは腕組みをすると、ソファにのけぞった。
「全く詳細不明、男か女かも解らない………ガープ中将はホイール博士のお孫さんについて何かご存知ですか?」
プロフェッショナルな手さばきで書類をファイルに挟めながらコショウ少将はガープに尋ねる。
「いや、知らんな!そもそもホイールのとこにゃあ従業員はいても孫なんていたっけかなあ?」
ガープは身体を仰け反らせながら天井を見つめた。
「ええっ!孫がいるかどうかもピリッと不明!?」
コショウ少将が怪訝そうな顔をする。
「孫がいたとしてもどうじゃろなぁ…………ホイールは科学部隊にベガパンクが来てからお払い箱同然にされた男だぞ?自分ちのじいさんがそんな仕打ちを受けたところになんぞ協力するかねぇ?」
ガープが難しい顔をしながら顎に手をやる。
「それはたしかに…………あ、そうだ!それならガープ中将の方からホイール博士にピリッとお口添えして頂けないでしょうか!ピリッと旧知の仲ですし…………」
コショウ少将は名案だと言わんばかりに手のひらに拳をポンッと合わせる。
「ぶわっはっは!無駄無駄!だいたいアイツはわしのほーがモテたことをひがんどるしな!自分はハゲたのにわしの髪がまだフサフサしとるのも気にくわんらしい!昔から小言の多いやつだったが、小難しいジジィになったもんだから、もうかなわん!ぶわっはっは!」
茶を飲み終えたガープがソファから腰をあげた。
「はっ!お待ちくださいガープ中将!そういえば、別件ですが、あなたが第153支部から連れてきたという雑用2名の編隊届けが未だに提出されておりませんので早めにお願いします!正式に採用するのであればマリンコードの発行手続き等もありますので……」
コショウ少将が退室しようとするガープを呼び止める。
「ぬぁにぃ~?東の海の支部だろうが本部だろうが同じ海軍だというのにそんなめんどうくさいことせにゃならんのか?うっかり提出せんかもしれんが、まぁ覚えとくわい。どうでもいいけどな」
せんべいを袋ごと抱えたガープは片手で鼻をほじりながら退室していった。
「ハァ~、このピリッと忙しいときに仕事が増える一方だな!とりあえずホイール博士には確認のためにもう一度ピリッと連絡をしてくれないか?それとピリッと迅速に対応できるよう、スプロケット島に一番近い支部へ連絡を入れておいてくれ!科学部隊のプロジェクトには多額の資金が投入されてるから我々もピリッと最善を尽くさねばならん!」
コショウ少将はひとつため息をついたあと指示を出した。
「はっ!ハックシュン!ピリッと迅速に対応いたします!ズズッ!」
アレルギー性鼻炎の部下は敬礼をし、執務室から急ぎ足で出ていく。
バタンと閉まった執務室の扉の陰から姿を現したのは、聞き耳を立てながら身を潜めていたガープだった。
「…………さて、こりゃどういうことじゃ?おせっかいのひとつでも焼いてやらにゃあいかんようだな」
ガープはバリッと音を立てながら塩コショウ味のせんべいを口に入れた。