『ニーナ…。』
『ニーナ。』
『あなたは…。』
そこで目が覚める。
「久々に見たな…。」
昔はよく見ていた夢だ。誰かが私の名前を呼んでいる夢。
その夢の“声”に聞き覚えはないが、優しく包み込むように私の名前を呼ぶため安心してしまう。そして、何かを伝えたいのか、『あなたは…』と言うが最後までは聞けず、私はいつもそこで目が覚める。
寝起きでまだ頭がぼーっとするが、カーテンの隙間から射し込む日差しの眩しさに嫌な予感がしながらも枕元に置いてある時計に手を伸ばし時間を確認する。
「九時四十分」
やっぱりか、寝坊した。 十時にお父様の部屋に呼ばれているのだ。
お父様はここクラフト王国の国王だ。私はその娘。
昨日の夜、お父様に十時に王室に来るように言われていた、「大事な話がある。」との事だ。
ベットから飛び起き鏡台の前に座る。引き出しの中に入っているくしを取り出し、髪をとかしていく。
私は朝だけは鏡に映っている自分の顔を見ないというルールを決めている。なぜなら朝は顔がむくんでブサイクだからだ。
髪をとかしながら、昔お父様に言われた言葉を思い出した。
『ニーナ、お前の髪色はお母さんそっくりだな。』
いつのまにか髪をとかす手が止まっている。
私はお母様に会ったことも見たこともない。いや、正しくはお母様に会っていたという“記憶が無い”のだ。
聞いた話では“十年前”に殺されたのだと言う。その時の私はまだ幼く、「死」というのがどういうものなのか理解できずにいた。
「お母様…。」
お母様の事を考えて油断していた私は朝のルールを破ってしまう。鏡の自分を見てしまったのだ。だが、よく見ると鏡の自分の頬に水滴が流れていた。
私はくしを置き、自分の頬を触れてみた。鏡の私も同じ動作で頬に触れる。
「あたたかい…。」
頬を伝って流れた水滴は、私の目から流れていた涙だった。
知らないうちに自然と流れた涙。あの夢を見た後は決まって、お母様の事を思い出す。私は、夢で聞こえるあの声がお母様の声だと思っている。 だから、もしそうだとしたら、お母様が私の名前を呼んでくれている事が嬉しいのだ。だが同時に、二度と会うことができない寂しさがある。
二つの感情が混じり合って形になったものがこの「涙」だと感じた。
改めて自分の髪に触れてみる。お父様の言っていた事が本当なら、私にとってこの髪色だけが目に見える私とお母様を繋ぐ唯一のものだ。
夢で聞こえるあの“声”をお母様だと信じたいのは、お母様との繋がりを増やしたいから、お母様を感じていたいからだ。もしかしたら、この目や鼻、耳や口もお母様に似ているのかもしれない。私は嬉しくなり鏡に映る自分に見惚れる。嬉しさもつかの間、一つの疑問が浮かぶ。いつも目が覚める前に言われる言葉、
『あなたは…』
夢の“声”がお母様のだとしたら一体私に何を伝えたいのだろうか…。
時間はまもなく十時を過ぎようとしている。しかし、一度疑問に思ってしまったら、その疑問はなかなか頭を離れない。しかし、今はお父様に会うことが最優先、考えていても仕方ない。
私は深呼吸をし気持ちを落ち着かす。そして、鏡の中の自分に言い放つ。
「やっぱ、寝起きブサイクだな。」