あれから半年。
あの日、わたくしを含め拐われた女官たちとバラン、ついでにあのならず者たちが他からかき集めてきた女性たちも連れて、居城に戻って参りました。
女性たちはひとまず下働きに回され、そこで適性を見てから女官を選定するようです。
というのも、これまで割と容姿だけで選定していた女官が、わたくしが拳王様の専属として抜擢された後に『ある程度実務能力のある人材持ってきた方が俺らの仕事、楽じゃね?』という事に幹部の皆様が気付いたことで、選定基準の見直しがかねてより検討されていたそうなのです。
わたくし自身は大した仕事をしているわけではないので、何かの折にそう言ったところ、
「リア殿が女官達を仕切ってくれるおかげで、彼女らの間でのトラブルや足の引っ張り合いもなくなり、こちらに余計な仕事が回ってくる事がなくなりましたからな。
我ら男にとって、それがどれほど有難い事であるか、まだ貴女にはお判りいただけないらしい」
と、マユが見たら気絶しそうなイケオジ顔で仰ったバルガ将軍の言葉に、他の皆様がうんうんと頷いていたあたり、なんかものすごい過大評価されてる気がいたします。
仕切ってなんかおりませんわよ?
相変わらず女官さん達は、内緒話にわたくしを混ぜてはくださいませんし。
…そういえば最近聞くようになった『ラオバラ』ってなんのことかしら?
皆さん、聞いても教えてくださいませんし、深く追求しようとしたら『特殊な掛け算のお話よ』ってよくわからない言葉で誤魔化されましたもの。
特殊な掛け算って何ですの!?知りたいですわ!!
というか仲間に入れて!さみしい!!
…それはさておき、一応はその功績を買われたのか、単に面倒を押し付けられたのかは判りませんが、
「うぬが拾ってきたのだ、責任もって世話をせよ」
と拳王様の命令を受けて、従兵士として所属する形となったバランの面倒をみる事になり、またこれまで通り拳王様御自身のお世話にも追われて、わたくしは以前より忙しい日々を送っております。
いや拾ってねえわ!むしろ逃がしたのにアイツが懐いてきただけだわ!!……と、失礼いたしました。
バランは拳王様に側付きを許されておりますので、この際だからと彼には拳王様のお世話を、しっかりと仕込む事にいたしましたの。
戦士ではないわたくしは戦場には付いてゆけませんので、代わりをバランが務めてくれれば、拳王様は戦地においても、城にいる時と同様とまではいかずとも、そこそこ快適にお過ごしになれるかと思いまして。
ええ、決して腹いせではございませんとも。
そんなバランは、勿論当初の目的も忘れてはおらず、日々拳王様のお側で、北斗神拳の研究も続けているそうです。
ちなみに彼、食べるものが変わったせいかそれとも単に成長期だったのか、この半年でみるみる成長してきまして。
出会ったときにはわたくしとそう変わらなかった身長が、あっという間に追い越されてしまいましたわ。
細身だった体格も鍛錬により筋肉がついて、少しずつですが逞しくなってきていますし、可愛いだけだった顔立ちにも最近はどこか精悍さが出てきたので、今はもう女の子と間違えられる事はないかと思います。
言ってることはまだ時々厨二臭いのですがね。
それはそれとして、一緒にいる時間が多い中で気がついたのが、バランはどうも女に夢見すぎというか、女は皆等しくか弱く純粋で、守らなければならない存在だと思い込んでいるフシがあるという事でした。
過去に妹さんを亡くしているそうで、特に自分より年下の女の子には、妹さんを思い出してつい絆され、世話を焼きたくなるようなのです。
こういう事は、ちょっとズルい子にはすぐに見抜かれて、いいように利用されてしまう心配があります。
実際、わたくしと一緒に手伝いに行ったこの前の洗濯の日には、気がつけば順番に行く筈の水汲みをひとりで何往復もさせられていて、さすがに注意いたしましたもの。
…そろそろ弟のように思えてきてる子が将来女で躓くとか、あまり想像したい事態ではありませんから。
…まあ、そんな折でしたわ。
サザンクロスという新しい町の噂が、拳王軍にもたらされたのは。
☆☆☆
サザンクロスとは、KINGと名乗る男が作り上げた町で、彼が率いるその組織もまた同じ名で呼ばれております。
その正体は誰も知らず、得体の知れない拳法を使う事で恐れられていて、その力をもって最近急激に広まったその名は、前世であれば検索急上昇ワード1位といったところでしょうか。
何せ近隣を根城に暴れ回る多数の集団を、アタマを潰しては己が傘下に吸収して力をつけてきて、最近は我が拳王軍の末端との小競り合いの報告が、幾度となく上がってくるとあっては、この世に覇権を目指す拳王軍としては、ちょっと放ってはおけない事態なわけで。
今は小物と言っていい規模でも、この調子で拡大を続けていけば、いずれは拳王様の前に大きな障害として立ちはだかるやもしれません。
…と、ここまでがこの世界に生を受け、紆余曲折の末に拳王様専属女官となった『リア』としての知識なわけですが。
「…どうか、今しばらく軍を離れる許可を」
リュウガ将軍がそう仰って拳王様の前に、跪いてこうべを垂れたのは、そのサザンクロスの情報が最初に入ってきた二週間後の事でした。
「……何ゆえに?」
まあ常識的には、休暇申請に理由は必要ないのですが、それでも拳王様が問うてしまったのは、そのリュウガ将軍の目に、どこか思いつめた光が見えたからでしょう。
もっともこの方、伏せ気味の長いまつ毛のせいで、少し俯くだけで割と悲壮感出る顔だちなんですけど、それにしたって今日のは出し過ぎですから。
拳王様が思わず心配になってしまうのも、決しておかしくはありません。
「それは……私的な事情につき御容赦を」
ですが、少しだけ悩んだ様子を見せながら、リュウガ様はゆっくりと首を横に振ります。
…ここからは『リア』ではなく前世の知識ですが、リュウガ様には妹さんがいらっしゃいます。
その方こそがこの世界のヒロイン、南斗最後の将にして主人公ケンシロウの恋人であるユリア様です。
かのひとの守護星は南斗慈母星。
それは南斗と北斗の絆を結ぶ宿命を持ち、その宿命に導かれるようにケンシロウと惹かれあった彼女は、本来ならそのままケンシロウと結ばれ、その愛と優しさと、そして伴侶となるケンシロウの強さとをもって、この荒廃した世界を平和に導く筈だったのでしょう。
ですから、南斗が乱れたと同時に北斗の星までが割れた時、彼女の運命も動かずにはいませんでした。
ジャギの甘言に乗せられたシンが、ケンシロウからユリアを奪って逃げ、その彼女の心を掴もうとあさっての方向に向かったシンの努力?の結果が、先述したサザンクロスの町です。
そう、KINGの正体こそまさにそのシンであり、サザンクロスはユリアの為に作られた町なのです。
…つかぶっちゃけ、高価なだけで好みに合わないプレゼントって、普通に迷惑なだけですわよね。
完成した町を見下ろす塔の上でボンボンの童貞アプローチの如くドヤ顔をするシンの傍で、ユリアはその贈り物を喜ぶどころかドン引きしてその目に涙を溜め、この町が作られた過程で流された血と、これからも流されるであろう新たなそれに絶望して、そこから身を投げ…ケンシロウがシンと対決した時には、ユリアはこの世の人ではありませんでした。
…いえ、実は生きてるんですけど。
まあ、今はその話はよいのですわ。
とにかく最近になってやけに耳にするようになった、サザンクロスとKINGの名。
そんな折の、このリュウガ様の嘆願。
まったくの無関係であるとは思えません。
恐らくリュウガ様は独自にKINGの正体を探り、それが妹を拐った男である事を突き止めたのではないでしょうか。
「…サザンクロスへ、行かれるのですか?」
ならば兄の心情として、己の意志を無視して奪われたであろう妹を救けにいこうと考えるのは、決して不自然な事ではないように思います。
そう感じて口にしたわたくしの言葉に、跪いたまま視線を上げたリュウガ様は、ひとをそれだけで射殺せるんじゃないかってくらい鋭く冷たい目を、明らかにわたくしに向けました。
ひいい、恐いです。何かまずかったでしょうか。
瞬間、その視線の圧力から守ろうとするようにバランがわたくしの前に進み出て、2人が一瞬睨み合います。おいばかやめろ。
「ほう……?」
と、その視線のやりとりでわたくしの言う事が正解であると察したらしい拳王様が、それ以上に凶悪な顔でリュウガ様をぎろりと睨みました。
その瞬間、リュウガ様の視線の圧力がふっと消え、それまで詰めていた息が、バランの口から漏れたのがわかります。
彼も本当は怖かったのでしょうね。
わたくしをそれでも守ろうとしてくれたバランの気持ちが嬉しくて、手を伸ばして頭をポンポンしたら、『子供扱いするな』とちょっと嫌がられました。解せぬ。
「リュウガよ。
今一度問う。何ゆえ、うぬが単独で動く必要がある?」
多分ですが、拳王様はリュウガ様の、心からの忠誠を信じてはおりません。
それは彼の頂く天狼星の運命ゆえ、その孤高の星が自身の前に膝を折った事、むしろ不自然であると感じているようにすら思えます。
実際、『リュウガ』は『ラオウ』に仕えていても、その心は『ラオウ』と『ケンシロウ』どちらが乱世に必要な大木であるかを、その狼の目で見定める役どころなわけで。
ぶっちゃけ妹と恋仲でありながら易々と他の男に奪われた『ケンシロウ』よりも『ラオウ』寄りなのは仕方ないでしょうが、それでも乱世において北斗を戦いへ
また、南斗と北斗を結ぶ絆として生まれた妹の選んだ男が『ケンシロウ』であった事も、それがただの恋なのかそれとも運命なのか、わからないまでも考慮に入れないわけにはいかなかったのだと思います。
…そこまで考えて、はたと気付きました。
単独でサザンクロスを攻めたいリュウガ様の意図に。
拳王軍としてユリア様を奪還してしまえば、確かに確実にユリア様は取り戻せますが、そうなると必然的に、ユリア様の身柄は拳王様のものとなります。
だって『ラオウ』もまた、『ユリア』を欲しているのですから。
ですがそれではユリア様的に、シンのもとにいる時と状況は変わらないわけで、兄であるリュウガ様は、ただでさえ辛い思いを味わった筈の妹を、更に追い詰めるような真似はしたくなかったのでしょう。
彼が求める時代を導く巨木。
『ラオウ』がそうであると見極めたならば、妹を与える事もやぶさかではないのでしょうが、まだ見極めのつかない今は、密かに己ひとりのもとに『ユリア』を保護しておきたかったのだと、わたくしは今、この期に及んで気がついてしまいました。
本当にごめんなさい。
ですが、実際ここで拳王軍を動かそうが動かすまいが、この時点で拳王軍が、ユリア様の身柄を確保する事はできないのです。
物語の通りであるならば、拳王軍がサザンクロスに攻め入った時には、ユリア様はドヤ顔のシンを尻目に絶望の涙を流しながら、高い塔の上から身を投げたところを、彼女を守る五車星に助けられており、一足違いで連れ出されて死んだ事にされているのですから。
…結局、拳王様に再度問い詰められて事情をゲロったリュウガ様は、改めてサザンクロスの攻略を拳王様に命じられるとともに、『ユリア』の名を聞いて歓喜する拳王様も、その行軍に同行することになりました。
………なんだか胸の奥にモヤモヤする感覚をおぼえたのは、気にしない事にいたしますわ。
…数日後、なんの成果もなく戻ってきたリュウガ様の部隊と拳王様は、いつもは滾らんばかりの
同行していたバランによれば、KINGと名乗る男は確かに女性を侍らせてはいたものの、肝心の『ユリア様』は既に亡くなっていたとのことです。
物語は、確かに進行しているようですね。
今頃はユリア様は密かに南斗の都へ匿われ、そこから時代の流れを、ただ静かに見つめているのでしょう。
…なんだかホッといたしました。
ええ、その、万が一物語の通りにならず、ユリア様の身柄が拳王様に渡ってしまったらと考えると、何だか判りませんが胸の奥が締め付けられるように痛くなるので。
☆☆☆
「……………リアか。今は、おれに構うな」
多分、めっちゃテンション上げて奪いに行った意中の女性の死を聞かされ、喜んだ分落ち込みが激しいのであろう拳王様にそう言われて、わたくしは着替えとお湯の支度だけをして、そのまま退がる事にいたしました。
「…かしこまりました」
出来れば着替えをさせて脱いだものは回収したいのですが、洗濯の日までもうしばらくありますし、それは明日でもいいでしょう。
今回の件はさすがの拳王様でも、落ち込みたくなる事態なのでしょうし、今はそっとしておいて差し上げますわ。
「…………うぬは、本当におれに構わぬのだな」
ですが、一礼して退がろうといたしましたところ、その拳王様から、思わぬ声がかかりました。
振り返ると兜すら脱がないまま、その下から恨めしそうな目がこちらを見つめております。
「……そういう御命令でしたので」
拳王様は割と余計な真似は嫌う方ですもの。
わたくしとしては、ベストな選択をしたつもりでしたが、何かお気に召さなかったようです。
仕方なく御命令を待つ事にして、再びお側に控えましたが、拳王様は数瞬の沈黙の後、吐き捨てるように仰いました。
「………もういい。下がるが良い」
「はい。失礼いたします」
「待てい!ほんとに下がる気か!!」
ええぇ〜〜……………………………………………
…ええと。
あくまで心の中だけでキレてもいいでしょうか。
めんどくせえ!拳王様めんどくせえわ!!
彼女か!おまえは察してちゃんな彼女か!!
『わたしのことが好きならわかる筈』的なやつか!
いい歳したオッサンがやっても可愛くねえわ!!
……ぜえはあぜえはあ。
と、とりあえず落ち着きましょう。
いくら心の中だけの叫びとはいえ、推しに対する言葉ではありませんでしたわ。
「……矮小な身のわたくしには、拳王様がなにを求めていらっしゃるのか、測りかねます。
わたくしにさせたい事がおありなのでしたら、いつもどおりご命じくださればそのようにいたしますわ」
そういえば前世の何かで、会話の中に男は解決策を求め、女は共感と肯定を求めるというものがありましたわね。
女が単に聞いて欲しいだけの事を、男は無意識に相談と受け止めてしまい、『これはそうじゃない』『こうした方がいい』などとと意見を述べてしまうし、男が解決策を求めて相談しても、女からは的確な答えが返ってこないというすれ違いは、いつだって起こりうる事なのですわ。
ならばここはお互いの為に、というかわたくし自身の為にも、問題をはっきりさせておく必要があります。
「………ならば、今宵は伽を命じる」
「はえっ!?」
そして、拳王様がようやく口にした言葉は、わたくしにとっては意外すぎるものでした。
驚きの声が、まるで北斗神拳を受けて倒れる
言葉の意味が徐々に理解できるのと比例して、わたくしの顔に血がのぼっていくのが、自身でよくわかりました。
その……つまり、そういう事ですわよね?
「命じればそのようにするのであろう?
たった今、自分でそう言ったではないか」
拳王様は言いながらわたくしの肩を、その大きな手で掴んで引き寄せました。
・・・
…次の日、わたくしは全ての業務を、バランに任せてお休みをいただきました。
夜はほぼ一睡もできなかったばかりか寝台の上に座らされ、拳王様の頭を一晩中乗せられていた脚が痺れて立てず、腰にも痛みが出て、とても仕事にならなかったのですもの。
……膝枕だけだったのかと?とんでもない!!
あれは膝枕などではなく石抱き*1ですわ、石抱き!!
『憂萎奇弊泥阿』より