あれから何度目かの石抱きの拷問膝枕の夜を経て、ようやく拳王様の頭の重みからの圧の逃し方を覚えてきた頃、2人きりの寝台の上(という言葉の響きほど色気のある状況ではございませんが)でわたくしは、拳王様から衝撃の告白をされました。
「…一部の限られた者しか知らぬ事だが、おれには子がひとり居る」
……ええっ!?拳王様にまさかの隠し子!!?
そんな設定があったのですか!?
もしかして前世で読みきれなかった分で、そんなお話があったのでしょうか。
ラオウ関連のエピソードは全部読んだと思っておりましたのに!
どちらにしろ、拳王様はユリア様一筋と思っていたので、何だかショックですわ。
「男児だ。名を、リュウという。
ちょうど、うぬを女官に引き上げる直前くらいに生まれておるから、もう半年ほどになる。
生まれてすぐに手を回して、母親には死産したと思わせて確保し、信用できる者に預けて密かに育てさせておる。
万が一にもおれの弱味として敵対する者の手に渡るようでは、おれの覇道に障りが出るゆえな」
「母親を騙して子供を取り上げたって事ですの!?」
「仕方あるまい。
昔から知っておるが、本人はともかく血統的に、少し面倒な背景のある女だ。
一度だけ気紛れに誘いに乗ってやったが、この状況下にておれの血を預けておけば、後々それを利用されかねん。
幸い、女は身篭った事を、己のただ1人の身内である父親にすら隠し、一人で産み育てようとしておったから、秘密裏に子を確保することができたがな。
もっとも潜入させておいた手の者に話を聞けば、女は待ち望んだ子を死産したと聞いて意識を失った後は、おれの子を身篭った事すら記憶から消してしまったらしい」
しかも話を詳しく聞けば、思ってたよりずっと酷い話でした。
というかその女性、思い当たる人物が1人いるのですが(名前忘れたけど)、そうだとすればそのリュウ様の存在、ユリア様に比べれば背景は弱いものの、既に北斗と南斗がひとつになったその結晶の筈です。
…覇道の障害となり得ると認識しつつも、拳王様が彼を殺さず保護したのは、恐らくはそれ故なのでしょう。
もう10年も早く生まれてきていたならば、彼こそがきっとこの世界の救世主になり得たかもしれない存在なのですから。
彼女もそのつもりでいたからこそ、それを失った絶望から、心を守る為にその存在自体を、なかったことにしてしまったのでしょうね。
「おれの身に何ごとかあった時には、」
「いやです」
わたくしの思案をよそに、何やら縁起でもないことを仰ろうとした拳王様のお言葉を制して、わたくしは即答いたしました。
「せめて最後まで聞いてから断れ!!」
拳王様は苛立ったように文句を仰いましたが……なんだか感情的には少しモヤるんですもの。
あと、言ってる事と態度が全然違う自覚はありまして?
膝の上から睨まれて多少声を荒げられても、全然怖くありませんからね?
つか、子供か!……失礼いたしました。
☆☆☆
「……リアさん。オレの話、聞いてるか?」
「勿論聞いていましてよ。
けどバラン、あなたも戻ったばかりで疲れているでしょう。
明日も早いのですからそろそろお部屋に戻りなさいな」
拳王軍が遠征から戻った夜は、わたくしが拳王様の湯殿や着替えの支度を整えている間、馬たちの世話を終えたバラン(厩番は例のあの時に拳王様が追い出してしまいましたので、しばらくは交代制になっていた筈ですが、いつの間にか彼の仕事になったようです)は、いつもわたくしのもとにやってきては、戦場での拳王様の様子を細かく報告してくれます。
それは、制圧した村の奇妙な習慣に怒りを露わにした話であったり、制圧しようとした村の長が、自分の片足を切り落としてまで戦いを避けた、その覚悟を買ってただ通り過ぎたという話であったり、赤い髪の派手な男が訪ねてきて少し話をして送り出した後、ずっと不機嫌な顔をしていたとか、そんなこまごまとした事です。
あとの方は、多分わたくしも知っている人物かと思います。
多分ですが拳王様は賢しく策を弄してかかる者がお嫌いなので、役に立つとは思っていても、感情的には受け入れていないのですわ。
逆に、ある種の覚悟をもって真剣に向かってくる相手には、無意識に敬意を払ってしまうところがおありのようです。
幸いにもわたくしとバランは、そう思われて傍に置かれておりますわね。
「…今夜も拳王様のお召しなのか」
「恐らくはそうなりますわ。
わたくしの膝が余程お気に召したものか、最近は遠征から戻った日は、必ずお呼びがかかりますから」
「……もっと疲れさせておくんだった…」
「?何か仰いまして?」
「……いや」
「ほら、ここはいいからあなたはもう休みなさい。
しっかり食べてしっかり眠って、もっともっと大きくならなくては」
「子供扱いするなといつも言ってるだろう。
オレはもう17だぞ。あんたと5歳しか違わない」
「そうでしたわねぇ…」
初めて会った時は華奢で女の子のようだったバランを、わたくしは13、4歳くらいだと漠然と思っておりましたが、適度な運動と栄養の摂取により急激に背が伸び始めた彼が、わたくしの見たてよりも年上だと知ったのは割と最近の事です。
なので頭では判っていても、それまでの認識と行動を、急に変える事は難しいのですわ。
「けれど、あなたから見ての5歳上って、結構な年齢差でしょうに」
「今はな。けど、40歳と45歳なら、もうそれほどの差じゃないだろう?」
「そんなに長く、わたくしと居るつもりですの!?」
彼のことはなんとなく弟のように思えてきてはいても、わたくし達はほんとの姉弟ではないのですから、人生のどこかの時点でお別れする事になる筈です。
というかほんとの姉弟だって、そんなに長く一緒には居ないでしょう。
こんな小姑がずっと近くにいたら、将来彼の奥さんになる人が可哀想ですし、わたくしだって嫌ですわ。
「あんたが将来、拳王様に飽きられた時に、オレが空いてる状態で近くに居なきゃ困るだろう?」
「なんの話をしていますの?」
「拳王様に捨てられたら、オレが貰ってやるって言ってるんだ」
「余計なお世話ですわよ!!」
まったく、こんな生意気な口をきくようになったのは誰の影響なのでしょうか。
探し出して〆るべきか、一瞬本気で悩みましたわ。
そんな軽口を叩いていたと思ったら、バランの表情が唐突に引き締まりました。
「……最近、妹の顔が思い出せないんだ」
………?
なんでしょう、急に話が飛んだ気がしますが。
ちなみにバランの妹さんの話も、割と最近になってから詳しく聞かされました。
幼いながらとても信心深かった彼女は、病に伏しながらも『神が許さないから』と、バランが他人を傷つけてまで手に入れてきた薬を飲むことを拒み、ただひたすら神に祈り続けた末に、その幼い命を召されたのだと。
「正確には、病に苦しんでいた時や死んだ時の顔……オレが神への憎しみを新たにし続ける
そしてそれらは、あんたが拳王様の事を話している時と、同じ顔だったと気がついた。
だから、判ったんだ。
妹にとっての神とは、あんたにとっての拳王様と、同じ存在だったんだと」
…まあ、推しは確かにわたくし達にとって、神のようなものですからね。
「…妹を奪った神への憎しみが、オレの中から消えたわけではない。
けど、もしかしたら神がユウカを…妹を奪ったのではなく、ユウカがオレよりも、神を選んだということなのかもしれぬと、最近ではそんなふうに……思えてならない」
堪えていたものを吐き出すようにそう言う彼の、ウェーブのかかった長い髪を、ほぼ無意識に指で梳くと、バランはそのわたくしの手を止めるように掴み、何故か指を絡めてきます。
「…ひとつ、答えてくれないか。
その、もしもの話として聞いてほしいのだが。
オレが…オレが拳王様より強くなれたとして、その上であんたに求愛したら、あんたはそれを受けてくれるか?」
「はへっ!!?」
「だから、もしもの話だ!……どうなんだ!?」
そうですか。もしもの話ですね。
ものすごい真剣な顔で言うからびっくりしました。
うん、ちょっとだけドキドキしましたよ。けど…、
「……無理でしょうね」
「やはりそうだろう。そういうことだ。
…オレは今まで、オレが神よりも強ければ、ユウカはオレの言うことをきいてあの薬を飲み、命を
けど、例え神以上の強さを手に入れても、ユウカはそれでも神を選んだかもしれない。
……あんたが、それでも拳王様を選ぶように。
つまり、今オレがやっていることは、全くの無意味だということだ」
…バランは、神を憎むと同時に、自分自身を責め続けてもいたのでしょう。
その思いを、強くなるという目標に変えて、これまで努力してきた筈です。
それが無意味に思えた時、彼の心は絶望に染まってしまうのではないでしょうか。
……けれど、そんなことにはさせません。だって。
「…無意味ではない、と思いますわよ?」
「え?」
「あなたが忘れている事がひとつあります。
…ひとの心は、力のみに従うものではないという事です。
この時代を生きていると、つい忘れてしまう事かもしれませんが」
「……っ!?」
たとえどんなところから発した思いであれ、バランがこれまで必死に努力してきた事を、否定していい筈がありません。
それがバラン本人であろうとも、そんな事はわたくしが許しませんわ。
「ひとの心を動かすのは、やはりひとの心。
それは恐怖であったり、憎しみであったり、悲しみであったり……愛であったり。
あなたは力のみを求めて、ここにたどり着いたかもしれません。
けど、これからはもっとひとの心に目を向けて、生きていけばいいのではないかしら。
あなたは、こんなにも若いのですもの。
回り道をする時間は、まだまだたくさんありますわよ」
そう言って、目をまん丸く瞠いているバランの頬を、両掌で包みます。
男の子なのに、やはり若いから肌の感触がぷりぷりですわ。
……まあ、今はそれはいいのです。
嫉妬なんかしてません。ええ、全然。
「それに、神なんてものは実際のところ、己の中にある良心とか道徳といったものを、わかりやすく擬人化した存在に過ぎませんのよ?
祈れば願いを叶えてくれるような都合のいい存在などではなく。
神にすがるということは、己の中にそれがある事を再認識して、安らぎを得る事。
それだって結局はひとの心じゃありませんの」
「ひとの……心」
まあ、この考え方は前世日本人、信仰が生活に密着していない、世界で見れば特殊な思考の民族であった故のものではあるのでしょうが。
「…先ほどの問いの答えですけれど。
あなたの強さが拳王様を超えただけであれば、わたくしはあなたを選びはしないでしょう。
けれど、あなたの心がわたくしの心を動かす事ができたなら、その時は違う答えを出す可能性もあります。
…バラン。『いい男』に、おなりなさい。
必ず、なれる筈ですわ。あなたは、優しい子だもの」
泣きそうに潤んだ目を見つめて微笑んでやれば、バランは微かに唇を動かして、なにかを言いかけました。
けれどそれは言葉にはならず、吐息としてわたくし達の間の空間に溶け、わたくしはバランの両頬から、そっと掌を離します。と、
「愛と優しさだけでは、この時代を生き抜く事はできぬ」
背後から聞こえた地を這うような低い声に、わたくしとバランがハッとして振り返ると、そこには圧倒的な質量の、この世で最も完璧な肉体が立っておりました。
「拳王様……!」
確かにここは拳王様のお部屋なので、居ること自体は不思議ではないのですが、遠征後の幹部ミーティングが終わっていた事に、わたくし達は話し込んでいて気がついていませんでした。
拳王様は一体いつから、わたくし達の話を聞いていたのでしょうか。
「だが、うぬがそれでも生き延びる事ができたなら……その上で、まだ心が変わらなかったならば、その時はこの拳王に、命懸けで戦いを挑むがよい。
…よいか、殺すつもりで来ねば、おれからはなにも奪えぬぞ」
拳王様は真っ直ぐにバランを見据えており、バランもまた、拳王様を真っ直ぐ見返しております。
いつも思いますが、この子の胆力は半端ないです。
そうして、見つめ合うこと暫し。
バランは口元に笑みを浮かべると、『はい』と一言だけ答え、一礼してその場を後にしました。
どういう事かと拳王様を見上げて視線で問えば、拳王様もまた、似たような笑みを浮かべております。
「女には判らぬ、男同士の話だ。
それより、今宵もまたうぬに伽を命じる。
おれが湯を使った頃に合わせて、またここに戻って来い」
……はい『いつものやつ』入りました──!
☆☆☆
…バランは翌日、新たな修業の旅に出ると言って拳王軍を離れました。
…それから数ヶ月後、旅のヒャッハーが居城に届けてきたわたくし宛の手紙には、差出人のところに『バラン』の署名があり…そこに書かれていた内容に、わたくしは肝をつぶすことになります。
旅の途中でたどり着いた村に、北斗神拳に似た医術を使う男がいた事。
彼の人柄に惚れ込んで、弟子入りを志願した事。
師となった男は病に侵されており、今日明日ということではないものの、限られた命をひとを助ける為に生きている事を知り、いつか彼の意志を継ぐと共に、その最期を看取る決心をした事。
あと、その師が留守にしている時に村を襲撃してきた賊を倒し、更になんか知らないけど師が帰ってきたふりをして村に入ってきた怪しい男を、とりあえず秘密裏に始末したら、どうも拳王軍の関係者だったぽいのでちょっとまずい気がして、わたくしから拳王様にとりなして欲しいとの事。
……って!
それ多分、拳王様の実弟とそれ装った偽物!!
てゆーか、原作主人公がそのうち倒す筈の敵キャラを、なんであなたがサクッと始末しちゃってるの!?
バラン「キャラが被ったから」
バランさんに対する拳王様の心情は、父親の息子に対する不器用な愛情みたいなものであり、けどそれが伝わりきらなかった結果が原作のアレだった…という書き方をしています。
父親だけで伝わらなかったものが、もしそこに母親の存在があったならどうだったか…的な話。