『だから膝枕なんだ!』とか言わない(爆
「…それは、恐らくはアミバという男であろう。
一時期確かにおれのもとで北斗神拳を学んでおり、拳を盗む才にはバランより余程長けておったが、ひとつのことに集中するのがとにかく不得手な男であった。
拳も上っ面だけ修めたところで、飽きたとみえて勝手にどこぞへと行きおったわ。
返事をするならば、すでに
とりあえずトキ様の存在だけは伏せた上で、バランの手紙にあった頼み事を打ち明けたところ、バランがトラブった相手の特徴を聞くや、拳王様は心底どうでもいいとでも言うように、そう吐き捨てておしまいになられました。
原作でトキが、『アミバは拳王の部下で、命令通りに動いていた』的な説明をしていた筈ですが、どうやらそれ、トキ様の勘違いだったようですわね。
少なくとも拳王様的には、既に自分の手を離れた者という認識でしかないみたいですし、アミバ的には昔年の逆恨みを晴らそうと近づいただけなのでしょう。
「…それにしても、バランめ。
よりにもよって、そうきたか。
ヤツが神を憎んだのは、病の妹を救って欲しいと願った祈りが届かず、その命を奪われたがゆえ。
神が為しえなかった奇跡を、それに成り代わって行なう事こそ、ヤツが選んだ神への復讐という事なのだな。
まあ良い。おれの覇道の邪魔にならぬのであれば、せいぜい好きに生きるが良いわ」
………あれ?なんか、バランの現状と拳王様の認識に、微妙な齟齬が生じている気がいたしますが?
というか、北斗神拳を医術として使うことを最初に考えたのはトキ様ですけど?
そういえば原作の展開では、ラオウはケンシロウとトキが再会するのを阻止する為に、トキの身柄をカサンドラの牢獄に送っており、そのトキの代わりに奇跡の村に送り込まれたのがアミバだと思っていたのですが、バランからの手紙にある情報だけで判断する限りだと、もう奇跡の村にアミバが現れたタイミングであるにもかかわらず、トキ様は拳王軍に捕らえられているわけではなさそうです。
一体どういう事なのでしょう?
まあでも、原作には登場しない*1バランがトキ様に弟子入りしたという時点で、物語が変化しているという事なのかもしれませんけれども。*2
まあでも、わたくしは本来、居城の外のことは何もわからないただの女官。
余計な事は言わない方がいいのでしょうね。
☆☆☆
気がつけば拳王軍で働くようになってから既に2年、拳王様の傍に仕え始めてから1年ほどの時が経ちました。
その間、例のならず者たちに拐われた時を除けば、ほとんど拳王軍の居城の敷地から外に出ることのなかったわたくしは今、リュウガ様の馬に同乗させていただいた状態で、夜の闇の中を駆けております。
「疲れてはおらぬか、リア殿」
「……ええ、大丈夫ですわ」
わたくしは乗馬の経験がありませんので、ただリュウガ様に支えられて乗せていただいているだけなのです。
けど、一応は揺れに合わせて体のバランスを取ったりもしておりますので、正直そろそろお尻が痛いのですが……さすがに場所が場所だけにそこは少し言いにくいのですわ。
「こんな茶番に付き合わせる事になって、本当に申し訳なく思っている」
「茶番などと。リュウガ様がすぐに行動してくださらなければ、女のわたくし共は今頃、無事ではいられませんでしたもの」
その2日前にいつも通り軍を率いて、小規模ながら水も人々の生活も豊かだと聞き及んだ辺境の村に攻め入った拳王様が、そこであろうことか強敵と相討ちして、重傷をおわれたとの報せが、居城に届いたのは今朝の事でした。
…ええ、つまりは原作通りの展開なわけですね。
わたくしは詳細を聞かされてはおりませんが、あの拳王様に重傷をおわせられる相手となれば、
いつもならば、ザク様が代わりに兵たちの指揮をとり、情報統制などの事後処理にかかったのでしょう。
ですが今回はたまたま、彼がカサンドラへ出向いており不在で、ほかの幹部の方々もそれぞれ、他の支配地域の視察、または対抗勢力の支配地を偵察に行っていた為、その時拳王様が伴っていたのは、地元ヒャッハーを中心とした末端兵士達の一軍のみでした。
豊かであるとはいえ小さな村ひとつ、落とすのはわけないと判断しての事だったのでしょう。
実際、ケンシロウとの戦いが起きなければ問題はなかった筈なのです。
その
更に厄介な事に奴らは、『拳王倒れる』の情報を各地に流してくれやがりまして。
それの何が問題かと申しますと…拳王軍は、基本的には恐怖支配により成り立っております。
その情報が各地に流れる事で、恐怖の対象である拳王様という巨大な重石が取り除かれ、支配地域の統制がままならなくなる可能性が出てきたという事です。
端的に言うなら、地域の地元ヒャッハーが羽目を外して、暴走する事態が考えられるわけですわ。
皆さん誤解してらっしゃるようですが、本来なら弱者が当たり前にすり潰されるこの時代において、強大な力によって支配されている拳王軍所属の町や村は、恐怖という名の秩序に守られているのですよ。
そうでなければ小さな村ならば、僅かな水や食料の為だけに皆殺しにされる事だって、有り得ない事ではないのですもの。
そんなわけでリュウガ様は今、その火消しに奔走しているのです。
具体的には拳王配下の地域を巡って、一旦はその町や村を、彼の支配下に置き直すというやり方で。
そうしておけば、拳王様が戻った際、彼が改めて恭順する形をとれば、元通りの形に戻るだけなので。
そして、その支配を最初に受けた
この場合、兵士たちの逃亡や暴動が起きないうちに策略が練られ、留守を任されていたソウガ様がリュウガ様と戦い敗れた形をとって、現在は
なので女官や下働きの女たちが、恐怖から解き放たれた兵士たちの、不当な暴力に晒される心配は当面ありません。
その状況で、何故わたくしだけがリュウガ様に同行しているのかといいますと、わたくしに関しては『他の者には任せられない』からだそうですわ。
リュウガ様のこの火消し行動は、あくまで自軍の内部崩壊を防ぐためのもので、敵対勢力に対してはその限りではありません。
これまでは正面からこちらとぶつかる事を避けてきたUD軍や、権力の象徴を建築するのに忙しい聖帝軍などが、わたくしの存在に目をつける可能性もあるのだと。
『拳王様がこのまま退くとは、奴等も考えてはいまい。
ならば弱っている今のうちにと、何らかの手を打ってこぬとも限らない。
そして、対外的に貴女は拳王様の寵姫だ。
唯一の弱味であると判断され、狙われる可能性も考えなければならない。
だが、ソウガはそれが判っていても、貴女の為には動くまい。
むしろその可能性に気がつけば危険の芽を摘むべく、後に拳王様に粛清される覚悟をもってでも、自ら貴女を手にかけよう。
その点に於いて、わたしは誰も信用してはおらぬ』
実際にはわたくしが死のうが捕まろうがどうなろうが、拳王様が心を痛める事はないでしょうけど、自分のものを奪われる事にプライドを刺激されて動く可能性は確かにありますからね。
何せ『自分の女を取り戻す為に自ら動いた』前科が、あの方には確かにございますので。
…というか、わたくし密かに生命の危機に直面していたのですわね。
救っていただきありがとうございます、リュウガ様。
「この世には支配という名の巨木が必要なのだ」
途中の荒野で野営となり、簡単に腹ごしらえをした焚き火の前で、夜空を見上げながらリュウガ様が呟いたのは、原作に於いて何度も口にした言葉です。
たとえ恐怖支配であったとしても無法状態のままよりは、統治された状態に置けば、その地域の安全はある程度保障されるわけで。
決して暴力を正当化するわけではないのですけれども、前世のわたくしが序盤しか読めなかった、バットとリンが大きくなってからのお話では、せっかく取り戻した平和な時代は数年で去り、再び暴力の時代に突入したという描写がございました。
あれは、暴力の時代を愛によって打ち砕いた筈の救世主が、本来ならばそれを引き継ぐ形で統治せねばならなかった世界のその責任を放り出して、病に侵された命短い恋人と、さっさと荒野へ逃げたからなのですわ。
揺るがぬ巨木は、必要なのです。
人が、心を殺さずに生きていくためにも。
愛を感じるのも、恐怖を感じるのも人の心。
けれど願わくば恐怖により根付いた平和の中にも、一輪でもいい、愛の花が咲きますように。
恐らくは神ではないものにわたくしが祈ったその時、
「その枝に咲く大輪の花に、貴女はなれるのか、それとも……」
まるでわたくしの心を読んだようなリュウガ様の呟きに、わたくしはハッとしてその人を見つめます。
その伏せ気味の長い睫毛に覆われた瞳は閉じられて、わたくしを見てはおりませんでした。
☆☆☆
リュウガ様がわたくしの体力に一応は考慮してくださり、一昼夜かけて連れてこられたのは、重傷を負った拳王様を静養させている砦でした。
砦と言っても、小さな村くらいの広さの場所に、兵が滞在する為の小屋や厩なども設置されており(入りきらなかったらしい黒王はその外におりました。わたくしが着いたときはお食事中だったようです)、恐らくは地元ヒャッハーに蹂躙され逃げたか殺されたかして、人の居なくなった村の跡地を利用しているものと思われます。
リュウガ様はそこにわたくしを置いて去り、この後また支配地域の視察(という名の襲撃)に行くのだそうです。
ここにリュウガ様直属の数人の兵が待機しており、わたくしを迎え入れてくださいました。
「こちらに、拳王様がいらっしゃいます。
出血が酷く、まだお目覚めにはなられませんが…」
簡単な食事と水を出されて人心地ついたところで、そう言われて通された、粗末ながらもしっかりとした寝台のある部屋には、全身に巻かれた包帯が痛々しい拳王様が、見たこともないほど青ざめた顔色で、目を閉じて横たわっていらっしゃいました。
胸元が微かに上下していることで、生きていると確認できましたが、それ以外はまるで死んでるみたいです。
ほら、手だってこんなに冷た……てゆーか!
「冷え切っているではありませんの!
毛布か何かございませんの!!?
出血が多かったのでしょう?
このままでは体温が下がって、最悪死んでしまいますわよ!!」
なんで手当ては完璧なのに、むき出しの状態で置いておくかな!
わたくしの言葉に兵士の方が、慌てて数枚の毛布を持ってきてくださいましたが…まさかとは思いますけれど、この大きな身体に止血や手当てを施すのに手間取って、それが全部済んだら達成感みたいなのが出て、そのあとのケアを忘れたとかではないでしょうね。
核戦争より前のこの世界は、前世よりも文化的には遅れておりましたが、防災に関しての意識は前世よりも高かったので、わたくしも救命救急の講習などは、3ヶ月に一度くらいは授業で受けておりました。
…ええと、こういう場合、手足といった末端から急激に温めると、心臓に負担がかかり最悪ショック死の危険があると聞いた気がします。
なので、湯たんぽ的なものの使用は却下です。
意識があれば温かい飲み物をゆっくりと
無理矢理飲ませたら窒息してしまいますもの。
まあ、拳王様は元々は丈夫で血の気の多い方ですし、大きな生き物はそう簡単には死なないというのはわたくしの持論ですが、これ以上冷えなければ大丈夫な気がいたします。
「……うむ。ならばあとはリア殿が添い寝して温めてくだされば大丈夫でしょうな。
今宵はこのまま、ごゆっくりお休みください。
我々はここで失礼いたします」
「はいぃ!?」
「何かありましたら遠慮なく、外の兵士に声をおかけください。では」
…と安心していたら、その場で一番位が高そうな兵士の方がそう言って、一礼して退出していきます。
それに倣って他の方々も部屋を出ていって、部屋には相変わらず寝台に身を横たえる拳王様と、わたくしだけが残されました。
……待って!これ決定事項なんですの!?
ひょっとしてわたくし、この為に連れてこられたんですの!!?
…とはいえ。
多分この砦に、わたくし1人の為に用意できる部屋はないでしょうし、その必要があるとも思われていないでしょう。
リュウガ様が余裕をもって駆けてくださったとはいえ、旅慣れていないわたくしには、ここまでの移動はやはり辛い行程で、そう気がついた途端、今になってドッと疲れが出てきております。
わたくしの眠る場所が拳王様のお隣しか用意されていないのであれば、そこで寝るより他にありません。
そう、わたくしはとても眠いのですパトラッシュ。
意を決して、着の身着のままで出てきた女官服の、腰紐だけを外して、わたくしは拳王様の毛布に潜り込みます。
「……おやすみなさい、拳王様…」
まだひんやりとした拳王様の身体に、少しでも体温が伝わるように身を寄せると、睡魔の導きに従い、わたくしはそのまま眠りに落ちました。
…その翌朝、
「男の寝台に自分から潜り込んでおいて、何事もなく済むとは思ってはおるまい?」
と目を覚ました拳王様に起こされて、『傷に障る』と必死に説得するも虚しく美味しくいただかれてしまうことになるのですが、その時のわたくしにそれを知る術はありません。
…あれのどこら辺が瀕死の怪我人だったんですの!!?
わたくしの方が死ぬかと思いましたわよ!!
彼らは各地を放浪しながら、様々な情報を拾っては、拳王軍にそれを報告しています。
今回たまたまその地にいた彼らは、本来の物語の流れならば、その時点で奇跡の村の噂を聞いて、ラオウが探しているトキの存在をそこに確認していた筈でした。
ですがこの時空においては、病を治す奇跡を起こすと評判の村に、最近までラオウのもとで修業していたバランがいました。
バランは北斗神拳の下地は理解しており、完璧とまではいかずとも、この時点である程度の身体の不調は治すことができるようになっていますので、バランの存在がカムフラージュとなって、旅のヒャッハーはこの奇跡の村を、バランがつくったのだと勘違いしたのです。
バラン自身に拳王軍に敵対する意志はなく、それ故に制圧の必要もない、むしろ拳王配下の村として機能していると判断された結果、本当に偶然ですがトキの存在を、拳王軍の目から隠す結果に。
また情報を流す可能性があったアミバを、そんなつもりもなくその前にサクッと始末した件も、その一助となっております。
リアさんに自覚はありませんが、彼女がバランと関わり合わなければ起きなかった事態なので、間違いなく彼女の存在が引き起こしたバタフライエフェクトでした。