転生美女世紀末伝説   作:大岡 ひじき

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…この話を、短編前中後編で収まると思っていた半年前の自分を殴りたい。


7

 …わたくしが『自分から抱かれにきた』というのがどうやら誤解だったと気がついた拳王様は、その後は特に手を出しては来られません。

 

「本気で嫌がる女に手を出したところで勃たぬわ」

 との事です。

 わたくしの必死の抵抗が無かったことにされている事実に、思わず半目で抗議したら、

 

「駄目だとは確かに言っていたようだが、嫌だとは一言も言わなかったではないか」

 としれっと言われましたわ。ええぇ……。

 

 …まあ、考えてみれば問題はないのですよ。

 この時代、女の運命は割と悲惨です。

 強い男のもとで庇護されなければ、明日の命とて知れないのです。

 なれば、気紛れでも想う殿方にお情けをいただいて、初めてを捧げられた事は、とても幸運なことなのですわ。

 …本当に死ぬかと思いましたけどね!

 

 …そう割り切れるつもりでいたのは、前世が男だった記憶が残っていたからかもしれません。

 初めてを想う方に捧げられた、その思い出があればそれでいい……そう思っていたのに。

『身体だけの、割り切った関係』『セ○レ』なんてのは男の幻想なのだと、今ならばわかります。

 そもそも女は、強引に奪われる場合は別として、原則的には僅かにでも想いを抱かない相手とは、そういう事態には至らないものなのだと。

 情を交わせば、その僅かにでも抱いた想いが強くなってしまう生き物だなどとは、この時までわたくしは知りませんでした。

 いざそうなってしまえば、それ以上を求めてしまう気持ちが止められないのです。

 愛し愛されたい、ともに生きてゆきたいと、大それたことを願ってしまうのです。

 

 拳王様のお心には、未だにユリア様がいらっしゃいます。

 現時点でユリア様は亡くなったものと思い、今はお忘れになろうとしていらっしゃいますが、いずれはその生存を知り、長年の想いが再燃します。

 …それはそれでもいいのです。

 そんな一途なところも、あの方の魅力でございます。

 そして多分ですが、ユリア様を手に入れられた暁には、わたくしはそのお世話も任される事となりましょう。

 それくらいあの方に信頼されているという自負はございます。

 ですから少なくとも、わたくしが用済みとして拳王様から離される事はない筈です。

『女』として可愛がられるだけではいずれは飽きられるのですから、お側には居られるのであれば、それでいいのです。

 

 問題は……

 

 拳王様はいずれは、ケンシロウとの戦いの末に、その命を天へと還すのです。

 そうなった時に、こんなにも拳王様でいっぱいになってしまったわたくしは、その後どうなるのでしょうか。

 …その時になってみなければ、わかりません。

 けれど、無力なわたくしに、それを止める術がないことくらいは、嫌でもわかりますわ。

 

 

 

 ……いっそ、共に逝けたなら良いのに。

 ああ、そうですわ。

 死ぬかと思ったあの瞬間に死んでおけば良かったのですわね。はは。

 

 ・・・

 

 そんなモヤモヤを抱えながら、わたくしは未だ砦に滞在して、拳王様のお世話をしております。

 大きな傷はさすがにまだ残っているのですが、動くのに支障がない程度には快復しつつあります。

 最近は体慣らしにと、3日に一度は黒王と遠駆けをなさっておいでです。

 先日はわたくしも連れていってくださり、八割がた完成しているという聖帝十字陵を、遠くからですが見てきました。

 未完成ながらもその荘厳にして威圧的な巨大建造物を目にし、拳王様は『必ずまた戻る』との決意を新たにされたようでございます。

 兵士の方々が仰るには、メディスンシティーへ送った使者が戻らず、頼んだ薬がまだ届かないとの事でしたが、とりあえず在庫は充分ございますし、このまま順調にいけば、それを使い切らぬうちに拳王様は完全快復されるのではないでしょうか。

 …というか確かあの町を任せていた犬好きヒャッハーは、あの戦いの次の日か遅くともその次の日にはケンシロウとレイに始末されていた*1筈なので、ひょっとしたらそのせいで町が混乱しているのかもしれませんね。

 リュウガ様は恐らくあちらにも立ち寄られるでしょうから、それもすぐに治安を取り戻す事でしょうけど。

 やはりリュウガ様お一人では手が足りないのですわね。

 

 ちなみにそのリュウガ様と戦った時の傷がもとでソウガ様が亡くなられたそうで(!?)先日妹のレイナ様が悲痛な面持ちで、かの方が最後に残されたというお手紙を届けにいらっしゃいました。

 わたくしは席を外すよう言われたので部屋の外に出ておりましたが、普段クールビューティーのイメージを崩さない女剣士の感情的な声が『許せない』『リュウガに復讐する』と叫んでいるのが、部屋の外まで漏れ聞こえてきました。

 それに答える拳王様の言葉までは聞き取れませんでしたが、多分何やら宥めていたのでしょう。

 ひょっとしたらレイナ様は、あれがお芝居であると聞かされていなかったのでしょうか。

 けど、実際にソウガ様は亡くなられているわけですし、どういう事なのでしょう?

 

 ……ともあれ数十分後、泣き腫らした顔で出てきたレイナ様に、冷たい水で濡らしたサラシを差し出したところ、一瞬だけ驚いた顔をされたものの、次には少し寂しそうにですが笑ってくださいました。

 

「…ラオウの事、頼んだわ」

 そう言って馬を駆り砦を去っていくレイナ様を見送りながら、ああこの方、拳王様とはお名前を呼び捨てにできる関係だったんだなと、割とどうでもいい事を考えていました。

 

「……ソウガは病に侵されておったのだ。

 だからリュウガの策にも乗ったのであろう。

 奴は病よりも、戦いの中に斃れることを望み、その通りに逝きおった」

 その夜、砦の建物の屋上でそう言った拳王様の、代わりに泣くような星が一筋、見上げた夜空に流れました。

 

 ☆☆☆

 

「…こそばゆい。息を吹きかけるな」

「そちらではない、もっと下、その反対側だ。

 同じ箇所ばかり擦ってどうする」

「もっと丁寧に扱え。

 ここは身体の中でも、鍛えることのできぬ繊細な場所だ」

「…そう。そうだ、上手いぞ。それで良い。

 フフッ、やればできるではないか。

 うむ。ようやく心地良くなってきたわ」

「……け、拳王、様?」

「………………ん?」

 

 …この砦にやってきてから数週間。

 ザク様が拳王様に御目通りを求め通されたのは、わたくしが拳王様の耳掃除をしているタイミングでした。

 …いえその、実はその前、居城とは比べ物にならない簡素な内容の夕食を済ませた後で、この砦に備蓄してあるワインを1本持って来るよう、拳王様が兵士のひとりに命じたのです。

 ですが、まだ怪我が治りきっていないのだからと、わたくしが却下しておりまして。

 少し機嫌を損ねた拳王様(子供か!!)に仕方なく、この砦に滞在してからはまだ行なっていなかった膝枕を申し出たら、どうせならばと命じられたもので。

 

「ザク様。お久しぶりにございます」

 入ってきた瞬間、明らかに見てはいけないものを見たような顔をしていたザク様に、ここは狼狽えたら負けだと判断して先に御挨拶いたしますと、ザク様は目を(みひら)いてわたくしを凝視しました。

 

「……リア殿か!?ご無事だったのですな!

 リュウガ将軍に拐われたと聞いておりましたが」

 …そういえばザク様は、リュウガ様とソウガ様が居城にて戦われた際、カサンドラ方面に出向いており、あの場にいらっしゃいませんでした。

 おふたりのこの度の計略について、レイナ様同様聞かされていなかったのでしょう。

 というか、ならばリュウガ様に早々にネタバラシされて連れ出されたわたくしの立場って一体…?

 

 まあそんなこんなで説明が面倒だなと少し考えていたら、拳王様に『力を抜け、固い』と文句を言われました。

 どうやら無意識に身体に力が入ったようです。

 

「…おれが居らぬ間を繋がんが為の、リュウガとソウガが仕組んだひと芝居に巻き込まれたそうだ。

 おれが居らねば危うい立場の女ゆえな、それも仕方あるまい。

 それよりザクよ、どうした。なにかあったのか」

 わたくしの膝から、わたくしに代わって答える拳王様のちょっとめんどくさそうな問いに、ザク様は跪きながら、何かはわからないけど確実に何かを諦めたような目をして答えました。

 

「は……ケンシロウが、サウザーに戦いを…」

「なに!!」

 さっきまでの気怠げな態度は何処へやら、一瞬にして緊張感を纏った拳王様が身体を起こし、わたくしはその勢いで床に背中をぶつけます。痛い。

 

「なにを寝転がっておる。

 リア、すぐにおれの外出(そとで)の支度をせい!

 クッ、馬鹿め!

 まだ早い!やつではサウザーには勝てぬ!!」

 …寝転がったわけではなく、それまで膝に乗ってた誰かさんの頭の重みが、急になくなった反動なんですけどね!

 どういう状況なのかまったくわからないまま、命じられるままに簡単な身支度を整えて、ザク様と黒王と拳王様を送り出したわたくしは、薬や替えの包帯の用意をしておくことにしました。

 まだ拳王様のお身体は完治されてはいないのです。

 あの様子では何かあって、傷が開くことにならないとも限りませんから。

 無茶をされなければいいのですが。

 

 ・・・

 

 ……ですが、わたくしがそれらを使い手当てを施したのは、数時間のちに戻られた拳王様御本人ではありませんでした。

 

「さすがだな。用意がいいではないか。

 ならばこの男の手当てはリア、うぬに任せる。

 …こやつにはこの拳王の為、サウザーの身体の謎を解いてもらわねばならん!」

 そう言われてわたくしの前に横たえられた血塗れの男性こそは、北斗神拳正規伝承者にしてこの世界の主人公、ケンシロウだったのです。

 そういえば確かに、一度サウザーに挑んで敗れたケンシロウが、ラオウに助けられるシーンがありましたわ。

 つまり、今がその場面なのでしょう。

 てゆーか拳王様、自分で調べる気ゼロなんですのね。

 ちなみに聖帝サウザーにケンシロウが敗れたのは、臓器や秘孔の位置が全て左右逆だったから、みたいな理由だった筈です。

 シュウがケンシロウに『南斗聖拳ではサウザーを倒せない』的なことを言ってた記憶があるのですが、こういう特異体質っぽい敵の場合、むしろ北斗神拳よりも南斗聖拳の方が相性いいんじゃないかと思った事も覚えております。

 

 ……それにしても。

 止血の為の秘孔は押してあるとの事でしたので、纏わりついているだけの布切れと化したシャツは切って捨て、血と泥にまみれた身体を綺麗に清拭して、兵士の方々にも手伝っていただいて然るべき処置を施しながら、しみじみ思います。

 こうして見るとケンシロウ、イケメンですわね。

 しかも、普段拳王様を見慣れているわたくしからすると、非常に目に優しい気がします。

 拳王様基準を捨てて見れば、普通に背も高く手脚も長いし。

 いえ、わたくしの好みは勿論拳王様なのですが。

 …あ、結構まつげ長い。

 

「ユリア……」

 ん?

 このイケメン主人公、今、何か呟きましたわね?

 と思っていたら突然、ガシッと手を掴まれ、

 

「えっ!?……きゃ」

 いきなり腕を引かれ、バランスを崩したわたくしの身体は、唐突に身を起こしたケンシロウの腕に、一瞬にして抱きこまれました。

 

「ユリア…来て、くれたのだな…!」

 …あ、これ完全に寝ぼけてますわね。

 まさかあの冷徹無表情ドS主人公が、実は寝起きが悪いタイプだったとは知りませんでした。

 そして、

 

 

ガコオッ!!!!!

 

 

 …次の瞬間、なにやら衝撃と共にケンシロウの身体が足元に沈み、その側に、デカい拳を握りしめた拳王様が立っております。

 あの…わたくしの見間違いでなければ今、拳王様、ケンシロウの脳天にげんこつ落しませんでした?

 

「………もたもたするな。

 こやつが眠っておる間に、さっさと済ませてしまえ」

「いやいや今明らかに、拳による実力行使で眠らせましたわよね!?

 むしろ眠ってるではなく、気絶してますわよね!?」

「この拳王の女に手を出そうとしたのだ。

 この程度ならば、逆に温情が過ぎるというものであろうが」

「今の感じからすると寝ぼけただけでしょう!?

 というか、今ので治療すべき箇所、いっこ増えましたからね!」

「問題ない。いいからさっさと済ませろというのに。

 終わったらまた、元のところに捨ててくる。

 …念のため言っておくが、おれの時のような保温は必要ない」

「いやそこは必要あるわ!

 放り出すつもりならば毛布か、せめて新しいシャツの1枚なりとも着せて差し上げて下さい!!

 てゆーか、助けたいのか殺したいのかどっちなんですの!!?」

「フ…その質問に敢えて答えるなら、両方やもしれぬな……!」

「ちょっとかっこよさげに答えてますけど誤魔化されませんからね!?

 よくばるんじゃありません、どっちかひとつにしなさい!!」

「リ、リア殿。毛布とシャツを持って参りましたので、もうそのくらいで」

 気がついたら妙な言い合いになっているわたくしと拳王様の会話に、焦ったように割って入ってきたザク様の手を借りて、新しいシャツを着せた(サイズは少し大きかったのですが逆に着せやすかったです)ケンシロウを冷えないように毛布で包んだ頃には、東から朝陽が昇りかけておりました。

 …よく考えたら、初めて顔を合わせた頃からは考えられないくらいわたくし、拳王様に言いたい放題言ってますわよね。

 ザク様は、これ以上わたくしが拳王様のお怒りに触れないように、気を遣ってくださったのでしょう。

 顔は厳ついですが優しい方なのですわ。

 もっともその拳王様はといえば、ザク様がちょっと慌ててたっぽいのに気がつくと、

 

「構わぬ。何を言い出すか判らないところも、おれがこやつを気に入っておる理由のひとつよ」

 とか笑って仰っていましたけど。

 

 ・・・

 

「…あの男はケンシロウといい、先の戦いで拳王様に、リア殿も目にされたでしょう、あの傷を負わせた男です。

 拳王様にとっては、かつて拳を争った相手であり、義弟(おとうと)であり、いずれは倒すべき宿敵でもあるのです。

 ですが、拳王様自身決して口には出されませんが、共に育ち拳を学ぶ過程で、兄としての感情を、全く抱かなかったわけではないのでしょう。

 彼奴に対しては、様々なものの混じり合った、複雑な思いを抱いておる筈です。

 今回はケンシロウに、サウザーの謎を解かせる為とは仰いましたが、なればこそ聖帝ごときに殺させるわけにはいかないというのも、偽らざる本音でありましょうな」

 先の宣言通り、手当てが終わったケンシロウを乗せて黒王を駆る拳王様に、今度は同行せず砦に残されたザク様が、そう説明してくださるのを、わたくしはどこか遠くに聞いておりました。

 

 拳王様は、この先に待ち受ける御自分の運命にある程度気付いて、それに精一杯抗おうとしていらっしゃるのかも…ふと心を掠めたそんな思いに、その時のわたくしは、深く、とらわれていたのです。

*1
リアさんは知らない事ですが、実はとある事情により、この時空でこのエピソードは起きていません。つまりこの町の住人は、この時点ではまだ狗法眼ガルフに虐げられている状況であり、送った拳王軍の使者も彼の一味に殺されています。


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