「久しぶりだな、ジュウザ」
ツカツカと聞こえてくるブーツの足音が近づいて、わたくしの顎を掴むジュウザ様の手が引き剥がされます。
わたくしの顔が自由になると同時に、わたくしとジュウザ様との間に踏み込んで体を割り込ませたその方は、次の瞬間わたくしの前に、片膝をついて
「リア殿、約束通り、お迎えに参上
これより先、貴女に一切の身の危険がない事、改めてこの身にかけて誓う」
そう言ってわたくしの手を取り、騎士の誓いよろしく指先を額に押し当てたその姿は、なんというか、実に様になっていらっしゃいます。
出入り口に固まってこちらを見守ってらした女性たちから、感極まった溜息が漏れました。
ううむ、イケメン無双というやつかしら。
と、その後ろから兵士が数人現れて何やら声をかけると、女性たちは笑顔になって、彼らについて外に出て行きましたが……んん?
「心配無用。
村で状況を確認した後、車を数台用意させてこちらに向かわせたので、御婦人方にはそれに乗って村まで帰っていただく手筈になっている。
私の部下たちが護衛として同行するゆえ、御安心召されよ」
「良かった……ありがとうございます、リュウガ様」
先ほどまでずっと心配していた状況が一瞬にして改善されて、わたくしは目の前の人に頭を下げます。
「なんの。単に、約束を守っただけの話。
むしろこのような事態となったのは私の責だ。
…戦死の報は、思惑あって故意にそう流したものであったが、よもやそれが貴女の身を、危険に晒すことになるとは。
私の読みが甘かった為に、貴女に怖い思いをさせてしまい、誠に申し訳ない」
そう言うと彼…リュウガ様は、跪いていたその場から、足取りも確かに立ち上がりました。
…どうやら幽霊ではなさそうですわ。
「…待て待て待て!
テメエ、半分とはいえ血の繋がった、数年ぶりに顔合わせた弟に対する挨拶を、久しぶりだなの一言でサラッと流すんじゃねえよ!」
と、ここで先ほどまで確かにこの場の主役だった筈の、今は空気にされてしまったジュウザ様が、わたくし達の会話に割り込む形でツッコミを入れて来られました。
それに対し、リュウガ様は氷点下のまなざしで彼を睨むと、憎々しげに言葉を返します。
「…貴様がこの方に、先ほど以上の無体を働いていたならば、もはや二度と兄弟などとは呼ばせぬところであったわ。
むしろこの兄自らの手で引導を渡し、その首と共にこの方をラオウのもとに返す以外、奴の怒りを鎮めることはかなうまい。
さすれば、我が将が目指す平和への道が、今よりさらに遠のく事となろう。
それでは困るのだ」
……ん?
リュウガ様がまた拳王様を呼び捨てにした事も気になりますが、それよりももっと気になることが。
「将…?いつまでラオウの奴の下にいる気なんだと思ってたが、テメエ、ひょっとして鞍替えしたか?」
と、わたくしの気になっていた一言に、代わりにジュウザ様が食いついてくださいました。
「誰の
狼が聞いて呆れるぜ。
すっかり飼い犬に成り下がりやがって」
「なんとでも言うがいい。
貴様こそ、いつまでそうして無頼を気取っているつもりだ」
「……おれの勝手だろ」
「そうはいかぬ。
五車の星はそれぞれ動き出している。
ならば『雲』もまた動くべきであろう。
…まあ、今はまだ良い。
まずはこの方を、在るべき場所へと返さねばならぬ」
言いたいことは言ったとばかりに、リュウガ様はこちらに向き直ります。
エスコートのように手を差し伸べる彼に、わたくしはふと、気になった事を問いかけました。
「リュウガ様。お怪我などはございませんの?
…先ほど、戦死の報は故意に流されたと仰ってましたが、その噂がまことしやかに伝わる程度には、危険な状況だったのではありませんか?」
確かリュウガは、ケンシロウと戦う為に、彼の怒りを引き出すべく、一般の村人たちの大量虐殺を行なった上で、トキに瀕死の重傷を負わせましたが、それらを行なう前に陰腹を割っていた筈なのです。
…今のリュウガ様は返り血も浴びてはおらず…まあ服は着替えればいいとしても、先ほどの立ち上がる様子から見ても、陰腹を割っている感じではなさそうでした。
それは良かったと思うと同時に、なぜそうなったかという疑問も生じます。
明らかに、物語からは離れた展開ですもの。
リュウガ様はわたくしの問いに、少しばかりの自嘲を含ませた笑みを浮かべて答えてくださいました。
「…そのままでは取り返しの付かぬ選択をしていたところを、あるお方に助けられた。
身も、そしていつしか凍てついていた心までも。
ラオウの寵姫である貴女にそのお方の名は言えぬが、今の私の命はその方に捧げている。
ゆえにラオウから離れることを決意したが、その為には私は死んだことにするのが、一番血を流さずに済む方法だった。
そのせいで貴女には迷惑をかけてしまったが…」
あ、お話が最初の地点に戻ってきてしまいましたわね。
ともあれ、状況は少しだけわかったような気がいたします。
先ほど『将』という単語を出されたことからして、リュウガ様が新たに与する事となったのは、南斗軍なのでしょう。
何故かはわかりませんが、この時空においての南斗の将は、恐らく『天狼』が動く前に、何らかの形で彼と接触したのだと思われます。
『南斗の将』であるユリアは、彼にとっては実の妹。
彼女が生きていると明かし説得すれば、或いは兄の、そして『天狼』の心も、動かすことができたのかもしれません。
実際、原作の『雲』はそれで動きましたし。
「…なあ、おれの耳が変になったか?
今、そいつがラオウの女って聞こえた気がするんだが?」
「何をもって変とするかの貴様の基準は知らぬが、そう聞こえたならその通りだ。
リア殿はあのラオウが、我が妹以外に唯一、心を傾けた稀なる女性」
「…冗談だろ?アイツがユリアにゾッコンだった事なんて、あの当時近くにいたやつなら全員知ってることじゃねえか。
それこそ、奇跡でも起きねえ限り…」
「その奇跡が起きたのだ。
確かにうちの妹からこちらへと考えると、実に不可解なことではあろうが」
「さりげに失礼ですわよね!」
わたくしが考えに浸っている間に、なにやら勝手な事をほざいていた兄弟に、思わず声を荒げます。
ヒロインであるユリアに、わたくし如き逆立ちしたって敵わない事くらい知っておりますわよ!
けど本人の前でそれ言います!?
「…さすがに、おれはそこまで言ってねえぞ。
確かにタイプは全然違うが、この気の強さは言われてみれば、あのヤローにはむしろ似合いかもしれねえ。
今のアイツの立場で、死んだ女をいつまでもグジグジ思ってる訳にもいかんだろうしな」
わたくしが不機嫌になったのを見て、ちょっと気まずそうにジュウザ様がフォロー入れてきますが…それを聞いてちょっとだけ、勝手に落胆するわたくしがおりました。
拳王様は、ユリア様をお忘れになったわけではありませんもの。
というか、それはあなた様だって同じですわよね?
…というか、先ほど『ユリア』の名を出した時のジュウザ様の言い方、それほど苦しいニュアンスを含んでいなかった気がするのですが、わたくしが見落としただけなのでしょうか?
「……けど……は────。
よく見りゃそこいらじゃ見ねえいい女が、うまいこと手に入ったと思ったんだがなあ」
けど、なんだかチラチラわたくしを見て、ちょっと残念そうにするジュウザ様が意外で、ついツッコミを入れてしまいます。
「あなた様が気に入ったのはわたくしの声だけだと、先ほどおうかがいしましたが?」
「あ?
…ああ、それな。細かいこと気にすんな。
ちょっと……その、似てんだよ」
と、わたくしが入れたツッコミに対し、ジュウザ様は思いのほか動揺されたようでした。
なんだか視線が揺れていますし、答える言葉もどこか頼りなげです。
…わたくしと声の似ている方が、ジュウザ様の知り合いにいらっしゃるという事でしょうか。
……ユリアではないと思います。
多分ですけど、なんとなく。
「………どなたに?」
「それは……いいだろそんな事ぁどうだって!
おいリュウガ!さっさと連れてけ!!
コイツがラオウの女ってんなら、これ以上ここに置いとけば、おれがラオウに殺されるじゃねえかよ!」
…どうやらこの話題はジュウザ様の地雷のようですわね。
誤魔化すように声を荒げ、殊更にわたくしから顔を背けるその背中に、一応はフォローの声をかけます。
「その点はご安心ください。
拳王様は話のわからぬ方ではございませんので。
わたくしは拐われた先から救い出され、あなた様に保護されたのですもの。
そうですわね、リュウガ様?」
ここで話をリュウガ様の方に振ったのは、先ほどジュウザ様が動揺を見せたあたりで、なんとなく話に加わりたそうなそぶりを見せていたからでした。
わたくしから水を向けられたリュウガ様は、心得たとばかりに頷くと、ジュウザ様に歩み寄り、その肩に手をかけました。
「うむ。ではリア殿を
世話になった、ジュウザ」
「礼なんざ要らねえよ、クソ兄……!?」
……ジュウザ様の言葉が途中で止まったのは、一瞬にして繰り出されたリュウガ様の当身が、綺麗に決まったからでした。
なにが起きたかわからぬまま意識を刈り取られたジュウザ様の身体を、リュウガ様の一見細く見える腕が支えます。
驚いて思わず『ヒュッ』みたいな、息というか声が出てしまったわたくしに、リュウガ様が振り返って薄く笑いました。
「よいタイミングを与えてくれて感謝する、リア殿。
……悪いな、ジュウザ。
おまえを連れて戻ることも含め、全て我が将の指示なのだ。
『あの方』は、まるで未来が見えているかの如く動く。
おまえも……『あの方』にお会いすれば、必ずその心は動くであろう。
その時こそ、我ら兄弟が共に戦う時。
決して来ないと思っていた未来が、すぐそこに見える。
これも……悪くはないものだぞ。弟よ」
崩れ落ちたジュウザ様を抱えながらの、先ほどまでは欠片も見せなかったリュウガ様の優しい表情に、『身内との縁が薄い』この世界の法則が少しずつ崩れているような、そんな不思議な感覚を、わたくしは覚えていたのです。
☆☆☆
結局のところ。
『ラオウ』と『ケンシロウ』。
どちらの北斗が巨木に相応しいのか決めかねていたリュウガ様は、当初はケンシロウに戦いを挑むことを考えていたそうです。
つまりは、原作通りの展開ですわね。
その計画を練りつつ、暴走ヒャッハー狩りを行っていた時に、リュウガ様曰くの『あるお方』が接触してきたそうで。
それまでは己が命を、如何に役立てる方向に捨てるかに向けられていた意識を、180度転換させられるほどの何かを、その出会いによって叩き込まれたというリュウガ様は、『死ぬ覚悟をしていた私に、この身を
わたくしを拐ったのは『時間稼ぎ』と仰っていましたが、何に対してのものとは教えていただけませんでしたわ。
「今の私は死んだことになっている故、ここから先は部下に送らせよう。
彼はあの村の村人に扮して貴女を送り届けるから、出来れば貴女を保護していたその褒美として、私が平定した時と同様の庇護をあの村に与えるよう、貴女から拳王に働きかけて欲しい」
そう仰って途中で別れたリュウガ様が仰った通り、わたくしは居城に帰され、言われた通り数日滞在した村への庇護もお願いして、ようやくいつも通りの日々が戻ってまいりました。が…
故意なのか、それともうっかりなのかは存じ上げませんが。
別れる時リュウガ様はわたくしに、彼が生きている事に対しての口止めはされませんでしたの。
わたくしは拳王様の女官ですので、拳王様に問われれば、差し支えないことは答えるしかないのです。
「おれのもとから離れることこそ、やつの真の目的であったということか。
彼奴め、おれがうぬを手放さぬと踏んだ上で、賭けに出おったな。
天狼がこの拳王より選んだ南斗六星最後の将、どうしても会いたくなったわ!!」
色々と脇道には逸れたようですが、結局は本筋通りに物語は進むようです。
…尚、わたくしが居城から離れている間、拳王軍と五車星の軍が何度か交戦していたらしいのですが、いずれも死者が出ない、けど精神的な何かはゴリゴリ削られるような戦いが繰り広げられていたそうです。
その場面を見てはいないはずなのに、なぜか妙な既視感を覚えるのは、わたくしの気のせいでしょうか。