気になる方は読み飛ばしても多分問題ないですが、一応このシリーズ全体のテーマとして、結構重要なこと言ってます。
「ユリア様」
「えっ……?」
わたくしが拳王様のお部屋でひと晩過ごした翌朝。
一旦はわたくしの部屋で休んでいただいたユリア様は、今朝はちゃんとお迎えの支度を整えた、別のお部屋に案内されたとの事で、わたくしはザク様に連れられてそちらにお伺いしました。
わたくしがユリア様を『拳王様の大切な方』とご紹介し、最上級のおもてなしをとお願いして用意していただいたお部屋は、拳王様のお部屋にほど近い、その次に広いお部屋です。
実は先日わたくしがお部屋を移動した際、一度こちらを使うように言われたものの、一介の女官には豪華すぎると固辞したお部屋でもあります。
わたくしが伺った時には、ユリア様は広い寝台に腰掛けた状態で俯いており、声をかけると弾かれたように立ち上がりました。
「ああ、どうぞそのままおくつろぎになって。
昨日はたてこんでおりましたもので、改めまして御挨拶に伺いました。
わたくし、拳王様付きの女官のリアと申します。
今より、ユリア様のお世話も兼任させていただくことになりましたので、どうぞよろしくお願いいたします」
ユリア様にも身の回りのお世話をする頼りになる女官をつけて差し上げるべきと、進言したのはわたくしです。
それに対し拳王様は、『うぬ以上におれが頼りに思う女官などおらぬ』と仰ってくださいましたので、恐れながらわたくしが少しの間は拳王様のお世話と兼任し、徐々に良いと思うかたを差配させていただくことにしました。
女には女同士にしかわからぬこともございます。
ましてやユリア様は捕らわれてきた身、むくつけき男ばかりの中にいて、怖いと思わぬはずもありません。
ひとまず自己紹介をしながら女官としての礼をとりますと、ユリア様はどこか戸惑ったようにわたくしを見つめております。
それはそれとして生で見たユリア様の、伏せ気味の長いまつ毛に縁取られた、潤んだ黒目がちな瞳に妙な既視感を覚えたのですが、よくよく考えたらこの目、色味はまったく違いますが、お兄様であるリュウガ様とそっくりでした。
おふたりにあんまり似た印象はなかったのですが、やっぱり血のつながりって出てくるものですのね。
「拳王様から、ユリア様にはくれぐれもご不自由のないようにと、重々仰せつかっておりますので、なんなりとお申しつけくださいませ」
彼女にしてみればここは敵地。
わたくしのこともすぐに信用はできぬでしょうが、それでも安心させるよう、できる限り穏やかに言葉をかけます。
ですが、ユリア様はわたくしを見つめたまま、何故か固まってしまわれました。
え、これは、まさか……
「…ユリア様!?
あ、昨晩はよくお休みになれなくてまだお疲れですか?
それとも、お食事がお口に合いませんでした?
ああまさか!
よもやとは思いますが、わたくしが来る前に、他の者が何か不届きな事でも…」
「い、いいえ!いいえ違います!!
お食事は手のかかった温かいものを美味しくいただきましたし、昨晩休ませていただいたお部屋はなんだかちょっといい匂いがして大変居心地が良く、思いの外ぐっすり眠ってしまいましたし、今朝こちらに案内してくださいました方々も、捕虜に対してとは思えないほど丁重に扱って接してくださいました!
…ごめんなさい、不躾に見てしまって。
あなたが、なんだかわたしのお友達に、すこし似ていたものだから」
「お友達…?」
「ええ…なんというか雰囲気と…それに、声がとても」
…どなたかに声が似てると言われたのは二度目ですわね。
確かジュウザ様の想いびとのかた(推定)だったかしら。
拳王様によれば、南斗の巫女のひとりだったとか?
だとすれば、ユリア様と交誼があってもおかしくはないのかもしれません。
そういえば先ほど声をかけた時の、ユリア様が顔を上げた一瞬、笑顔を浮かべる直前のように瞳が輝いて、それが次の瞬間に悲しげな表情に変わったのを、わたくし確かに見ておりました。
あれはわたくしの声に反応したのですわね。
とりあえず睡眠も食事も取れたようで良かったです。
今朝方から幹部の方々や兵士の皆様の、ユリア様について訊ねた時の反応が微妙だった為、何かあったのかと実は少し心配しておりまして。
どうやらきちんともてなされていらっしゃったようで安心いたしましたわ。
それはそうと昨晩ユリア様がお休みになられたのはわたくしの部屋だった筈ですが、いい匂いがしたってなんでしょうか。
拳王様がお好みになられませんのでわたくし、香りのものは特に使ってはおりませんのに。
「……だからでしょうか。
今、あなたに声をかけていただいたら、少し不安が和らいだのです。
…リアさん、とおっしゃるのね。
心配してくださり、ありがとうございます」
そう言って少し寂しげに微笑んだユリア様が、なんだかとても健気に見えて、わたくしちょっと抱きしめたくなりました。
勿論、そんな衝動は危ういところで押しとどめましたが。
侮れませんわ、ヒロイン。
この世界の様々な男たちの心を奪うばかりか、同性のわたくしにまで、このような感情を抱かせるなんて。
「…いいえ。
状況が状況だけに、不安になるのも仕方ありませんわ。
改めまして、
怖い思いをさせてしまい、申し訳ございません。
ですが、拳王様は恐ろしい方ではございますが、女を無理無体に手篭めにするような真似は、その誇りにかけて、決してなさいませんわ。
その点だけは御安心くださいませ」
大事な事なので、そこは強調しておきます。
…わたくしの時は若干アレでしたけれども、『駄目だとは言っていたが嫌とは言わなかった』という事で、本人的にセーフだったらしいですから。
というか、わたくしが本気で拒否する事はそもそも想定していなかったようですし。
「わかりました。あなたを信じます。
少しの間ですが、お世話になります」
わたくしがうっかり遠い目をしていましたら、ユリア様が先ほどよりもしっかりした声で、わたくしを見つめ頷いてくださいました。
…そういえばユリア様は、昨晩はわたくしの部屋で、ぐっすり眠ったと仰っていました。
実は見た目より神経図太いのかもとひそかに思ったりもしましたが、もしかしたら、この『大きな寝台』のあるお部屋に移されたあとの方が、不安が大きかったのかもしれません。
「…ところで、ユリア様は昨日、何故あの場に?
ケンシロウ様のあの様子を見た限り、元々は来られる予定ではなかったとお見受けいたしました。
恐れながら、
持ってきた着替え一式をさりげなく示しながらクローゼットに入れ、ずっと気になっていたことを訊ねます。
原作では確か2人は、南斗の居城で落ち合う約束になっていて、ラオウがやはりユリアに向かっていると知ったケンシロウが、先にラオウと対決することを選択し、仕方なく待ってたら、海のリハクが余計なことして、待ってるユリアの上からラオウが降ってきて……の筈でした。
今回は本来なら雲のジュウザとの対決だったところに、この兄弟対決が前倒しで割り込んできたわけで。
そもそも確実に南斗軍とケンシロウは既に接触しているのだから、今更落ち合うも何もないし、だからこの状況でユリアがいるのは不自然なのですわ。
それで原作通りに、狂喜した拳王様に拐われちゃったわけで、もしかしたらこれが前世でラノベとかで読んだ、強制力とかいうやつなのでしょうか。
「…ただ待っていることができなかったのです。
あの人が、ケンがわたしに黙って、ラオウとの決着をつけに行くと、決心して出ていった時に。
ケンがまたわたしの為に、命を捨てようとしているのではないかと…そう思ったらどうしても、我慢ができませんでした」
……聞いてみれば、割と考えなしだったようです。
これだと『待ち続ける事がわたしの宿命』と仰っていた原作との行動と明らかに違いますけど、女としての感情は、もしかしたらこれが正しいのかもしれませんね。
そういえばこれより後に、ユリアは死病に冒されている事が明らかになるのですが、ユリアが常に流されるまま生きていたのも、この短い命を受け入れて、己の命と幸せを諦めていたからだと、わたくし勝手に思っているのですけれど。
なんというか、今わたくしの目の前にいるユリア様からは、そういう諦めというか、悪い意味での悟った感というか、そういうものは一切感じられません。
むしろこれからを生きる決意というか、運命と戦う覚悟のようなものが、瞳に現れている気がしてならないのです。
わたくし、これでも拳王軍の女なので、『死への恐怖に怯えながらも、一方で生を諦めている』男たちをたくさん見てきておりますのでね。
そういう感じは、なんとなくですがわかるのですわ。
…というか、物語序盤での、シンに連れ去られる前の反応を思い出すと、この嫋やかでも芯の強い、戦う目をした彼女の方が、実は本来のユリア様なのではないでしょうか。
そんな事を思っていたら、ユリア様は少し俯くと、再び言葉を紡ぎはじめました。
「…わたしの、南斗の将としての宿命は、遍く愛で世の人々に平和をもたらす事。
けれど、わたしも心の中では、わたし自身が幸せになることを望んでいました。
愛するひとと共にある、ただそれだけの幸せを。
そんなわたしの、身勝手な思いを肯定してくれたのが、先ほどリアさんに似てると言った、彼女なのです。
彼女はずっとひそかに、わたしを守ってくれていました。
ずっと親友だとは思っていましたが、その一方で、彼女が守っているのは『南斗の将』なのだとも、その時までは思っていたのです。
…けど、彼女はケンに言ってくれた。
『命に代えても守るなんて言うな。あなたがいなければユリアちゃんは幸せになれない』と」
「それは…」
「彼女はわたしをただの『ユリア』として、一人の女としての幸せを、当たり前に願ってくれたのです。
それをわたしが掴む事を、当たり前に肯定してくれたのです。
だから…わたしは諦めたくない。
ケンがいて、わたしがいる…ただそれだけの幸せを」
考えてみれば当たり前のことです。
ユリア様とて、ひとりの女。
たとえこの世界を救う鍵のひとつとして、天の配置したパーツであったとしても、泣いて、笑って、時には怒って、ひとを愛して、生きている生身の女なのです。
そもそも作中、ユリアを欲する男たちは数多いても、その幸せにまで言及した男がどれだけいたでしょうか。
シンは身勝手な愛を押しつけ、トキは傍観し、ジュウザは絶望し、ラオウはただ手に入れることだけを望んだ。
彼女の求める幸せが『ただ、愛するひとと共に在る』、それだけのことであったのは、今もそして作中のユリアにも、一貫して変わらないことだった筈なのに。
「そう……だから、ケンシロウ様を追いかけたのですね。
彼にもう一度、お友達の言葉を伝える為に」
『お友達』というひとの言葉はもはや、ユリア様の生きる根幹として、彼女を支えているのでしょう。
たとえこの先の命が短くとも、ユリア様はご自分の幸せを諦めることはないのだろうと思うと、それは良い変化であるように思えました。
「そのような方にわたくしが似ているのでしたら、光栄なことですわね。
ユリア様とは名前も似ているので、わたくし勝手に親近感を抱いておりましたものですから」
…多分その方が、ここ一連の原作クラッシャーなのでしょうけれど、今それは考えないことにいたします。
わたくしがそう言うと、ユリア様は俯いていた顔をあげ、ゆっくりと口角を上げました。
「まあ……ふふっ」
…ああ良かった。少しですが笑っていただけましたわ。
・・・
…このあと、こちらの部屋に立ち寄った拳王様が、相変わらず恐ろしげな顔でユリア様に、
「おれの女官を手懐けたつもりだろうが、この女はおれとの二択となれば必ずおれを選ぶ。
うぬに残された選択は従順か死、それだけだ。
いつまでも自由にはさせておかぬゆえ、選ぶべき答えを用意しておくのだな」
と、愛している女性にかける言葉としては最低な事を言ってのけましたので、去り際にうっかりを装って足を踏んでおきました。
せっかくユリア様に心を許していただいたのに、これでは台無しですわ!!
☆☆☆
「リアさんは……単なる女官ではありませんのね」
「リア殿は拳王様の、ただ一人の寵姫です。
御本人は弁え過ぎるほど弁えられた方ゆえ、そう呼ばれる事を好まず、一介の女官でしかないと仰られておいでですが、我らの知る限り拳王様は、あの方以外他のどの
拳王様の伴侶となる方をお迎えする為に整えていたこの部屋も、これまで誰にも使われていなかったものの、いずれあの方のものとなる事を、ここの者誰もが信じていた事でしょう。
…貴女が御自分の意志でここにおられるわけでない事は存じております。
それでも貴女の今の立場を快く思う者が、ここには居らぬと思っていただいて間違いございません」