ユリア様に付ける女官を3人ほどに厳選し(途中ややトラブルが生じましたもののなんとか穏やかに収束させて)*1、何日か監督して問題ないと判断したところで、わたくしは拳王様の選任に戻されました。
拳王様の事は別として、なんだかやけに懐いてくださったユリア様のお世話は、結構楽しかったので残念なのですが、
「いつまでも女同士でイチャついておるでないわ。
人選が固まったならば、さっさとおれの側に戻ってこい」
と、事あるごとに言われましたので仕方ありません。
いくら意中の女性が靡かず、わたくしとばかり仲良くするからといって、そんなに妬かずともよいではありませんの。
…というか、出陣の際に拳王様のお世話をする方がいらっしゃらなくなったので、今度は居城内だけではなく戦場にも同行させられております。こらウサ殿どこ行った。
そして今。
「フドウよ!鬼神となりて我と戦え!!」
「めんどくせえなお前!いきなりなんだよ!!」
…わたくしはまた、一体何を見せられているのでしょうか。
☆☆☆
ことは、五車星『山』のフドウが大勢の子供たちと住み暮らしていると情報を得ていた村から、見張っていた兵たちが縛られた状態で、馬に乗せられて居城に戻ってきた事から始まります。
その後、調査に向かったその村からは、彼と子供たちの姿が忽然と消えており、何故か一番大きな家の扉に、
とデカデカと書かれた布が貼り付けてあったとかで(しかも裏返してみたら拳王軍の旗だったそうで)、その報告を受けた拳王様がフドウの捜索を命じたわけです。
「この肉体より恐怖を拭い去り、魔王となるにはフドウ、あの男の拳と命が必要だ!!」
何か変なこと言い出したこの子。
幹部の皆さんが明らかにそんな目で拳王様を見ていますが、多分知ったこっちゃないんでしょう。
拳王様はいい意味でも悪い意味でも空気が読めませんので、その手の細かいことはいちいち気にしませんもの。
というか、ここのところ毎晩わたくし、拳王様と同衾させていただいておりまして、夜中に拳王様が魘されているのに気がつき、その度に宥めておりますので(なので色っぽいことはしていないにもかかわらずちょっと最近寝不足気味です)、先の言葉も嘘ではないと思いますが…本音はその一連の出来事に、相当ムカついてるんだと思われます。
結局フドウは5日間の捜索の末、もとの村で1人でニワトリと戯れているところを発見され、その報告を聞いた拳王様が、なんでかわたくしだけを連れて黒王に乗って駆けつけ、先程のやりとりになったわけです……が。
「万人に慕われる善のフドウ。
だが、うぬが如何に善人の皮をかぶろうと、その身体には鬼の血が流れておる!」
「おいおい。皮被るとか、別嬪さんの前で下品な話してんじゃねえよ」
「誰もそんな話はしとらぬわぁっ!!
下品な方向に持っていったはうぬの方であろうが!!
てゆーかうぬのキャラそんなだったか!?」
「いいんだよ、どうせ今は子供ら見てねえし」
「見てなければいいというものではない!
普段の生活態度というものは、咄嗟の時に出るのだぞ!?
親ならば子供の見ておらぬところでもキチンとせんかっ!!」
…ああ、この精神攻撃、まだ続いてますのね。
フドウ様の反応が予想とあまりに違いすぎた為か、ショックのあまり拳王様まで、キャラ崩壊起こしていらっしゃいます。
わたくしはその光景を見て、フドウ様でっかいなと思いました。おわり。
…………はっ。
いけませんわ、わたくし意識を一瞬異世界に飛ばしておりました。
しっかりしなくては。
「そもそもひとの黒歴史、先に突っついたのはお前だろ、ラオウよ。
おれが言うのもなんだがな、いい加減落ち着いた方がいいぞお。
その
そりゃあ確かに、昔はおれだって荒んでたが、心入れ替えたの、今のお前よりずっと若い頃だからな?」
「童貞ちゃうわ!!」
…最初の方こそ口調が荒かったフドウ様ですが、徐々に穏やかな口調に戻ってきております。
『山のフドウ』といえば北斗の拳において、北斗の次兄トキや、南斗白鷺拳『仁星』のシュウと並ぶ聖人キャラのはず。
それが一体何があってこのようなことに。
いえ、そのトキ様があれだけのキャラ崩壊を起こしていた事を考えたら、不思議ではないのかもしれないですが、やはり違和感が半端ないので、戻ってきてくれて嬉しいです。
しかしながらフドウ様の、今度は不良少年を諭すような言葉に、怒りゲージがどんどん上がってきた拳王様のキャラが、またちょっと怪しくなって来ました。
「確かにきっかけってのも大事だがなあ。
…そうそう、そのきっかけについて、おれは割と最近まで勘違いしてたことがあって、失礼なことしたなって、今もそのことでちょっと落ち込んでてな。
まあそんな事はどうでもいいやな。
ほら、幸いしっかりしてそうな別嬪さんも側に置いてることだし、身を固めるにゃいい頃合いなんじゃないか?
…それはさておき、マジでうちの将返してくれんか。
でないと、下手すりゃ若い頃のおれなんぞより、もっと恐ろしい人を本気で怒らすことになるし、そうなると正直おれらも恐」
「いいから話を聞け────っ!!!!」
どっかんという幻聴が聞こえるくらい、怒りで真っ赤になった拳王様が、フドウ様の言葉を遮ります。
「うぬがさっきから何を言っておるかわからぬが、おれはその恐怖に打ち勝つ為に来たのだ!フドウよ!
御託並べるのも大概にしておれと戦え!!」
ここでようやく主導権を取り戻した拳王様は、そう言って地面に手刀を振りかざしました。
瞬時に、その拳圧だけで地面に、深さ4センチほどの溝ができます。
それから、黒王の鞍の横から何かを取り出すと、それをわたくしの方に、突き出すように渡してきました。
…それはクロスボウと呼ばれる武器。
専用の矢を装填すれば、わたくしのような素人、そして非力な女でも扱える、充分に殺傷力の高い武器です。
…この世界では、達人級の拳士の実力を測る為の、ダメージを与えるに及ばない武器として使われることが多いですけど。
「リアよ!このラオウの身体、一歩でもここから
この背に向かい撃ち放てい!!」
「ええっ!!?」
いやいやいや!
なんてことを命じてくれやがりますの、このオッサン!!
てゆーか思い出しましたわ。
コレ本来の流れなら、子供たちの命を盾にして、ラオウがフドウに勝負を挑む場面でした。
その為、拳王軍の兵士が村を取り囲んでおり、それを命じられるのも彼らなら、ラオウが撃てと命じるのも、彼ら数人がかりで引くバカでかい弓と、槍みたいに太い矢であった筈。
今は盾にとる子供達も取り囲む兵士もおらず、側にわたくししか居ないから、当然のようにわたくしに命じるわけですのね!
…そして、わたくしは拳王様が本気で下した命令には逆らえません。
撃てと言われたなら、撃つしかないのです。
拳王様ご自身は、己が
ですが、その必要が生じること、わたくしはもう知っております。
「…よかろう。しばし待っていろ、ラオウ」
フドウ様は暫し考えていらっしゃいましたが、頷いて家の中に一度引っ込むと、防具と見るには必要な部分がまるで覆われていない戦装束を身につけて出てこられました。
それを見て、満足そうな笑みを浮かべた拳王様は、先ほど己が引いた
そして…
戦いは、始まってしまったのです。
☆☆☆
それは、壮絶な拳の打ち合いから始まり、拳の当たる面積の広さから、最初は拳王様が有利な感じで進んでいきました。
ですが、フドウ様は闘気の扱いに長けており、掌の触れた面に一瞬にして闘気を流して、拳王様にもダメージを与えてきます。
2人の身体から激しく血が
と、先にフドウ様が距離を詰めて、拳王様の身体をホールドしました。
そのまま筋肉を膨らませ、締め落とそうとしているようです。
ですが拳王様はフドウ様の秘孔を素早く突くと、その拘束を解き、なんとか間合いを離しました。
それから…何かに魅入られたように動きを止めます。
「死ねラオウ!!!!」
瞬間……
「いかん、止せっ!!」
「!?」
拳王様に向かって拳を振り落としていた筈のフドウ様が、その横をすり抜け、わたくしの前に立ちはだかりました。
「な…貴様、何を……はっ!
なんと、まさか…こ、この拳王が、
自身の横をすり抜けた巨体を追いかけた視線が、己の足元に留まり、拳王様は驚愕の表情を浮かべました。
それから、何が起こったのかを徐々に把握して、拳王様は、立ち尽くしたままのフドウ様の背に向けて、声を張り上げます。
「何故だ…何故、おれを庇った!
負けて敵の情けを受けてまで、命を拾おうとは思わぬわ!!」
「貴様を庇ったのではない!
おのれは、自分が何をしたかわかっておらんのか!!」
「な…」
一度振り返って、拳王様があげた以上の怒号を響かせるフドウ様に、拳王様が明らかに慄きました。
そして、わたくしは。
「あ……ああっ」
「ははっ、よ〜しよし。
大丈夫だよ〜別嬪さん。
よぉく見ろ、この身体。大きいだろう?
おれは、この程度の矢では死なぬよ。
落ち着きなさい」
矢を放った後のクロスボウを、ゆっくりと歩み寄ってきたフドウ様にさりげなく奪われて、優しい声をかけられ、更に指先で頭を撫でられております。
なにかはわからないけど何か、喉の奥に詰まった感じで、息が苦しくて、その場に座り込みます。
「わた…わたく、し、は……」
「うん、いい子だ。
さあ、息を吸って〜、吐いて〜。
どうだね、少し落ち着いたかね?」
言われた通りに深呼吸すると、息苦しさは無くなりました。
その代わり、別の何かが込み上げてきて…
「ひっ…えっ……」
「そうだね。泣きなさい。
頑張り屋さんなのはとても素敵だが、ちょっと我慢しすぎたね」
トドメとばかりに頭の上から、優しい声が降ってきて、ついにわたくしは決壊いたしました。
「うっ……わああぁぁ〜ん!!!!
拳王様のばかっ!極悪人!
鬼!魔王!!本命童貞────!!」
何が何だかわからなくなって、わたくしは我儘な子供のように泣き喚きました。
涙がとめどなく溢れてきて、感情の奔流が止められません。
「今なんか最後に物凄く失礼なこと言われた気がするがそれはさておき…どういうことだ、リア…」
「どういうことも何も、貴様が命じたのだろう?
『愛する男を、その手で殺せ』と。
彼女は、言われた通りにそれを実行した。
それがどれほど
「!!」
拳王様の右脚が線を越えた瞬間、わたくしは絶望しました。
けれど、わたくしの『生きていてほしい』というただの願いの為に、拳王様の誇りを穢すこともできませんでした。
ばかなひと。ばかなひと。ばかなひと。
けどほんとうにばかなのは、こんなおとこのことを、それでもすきなこのわたくし。
だから、せめて。
わたくしの放った矢が、拳王様の命を奪うなら。
わたくしは次の矢をフドウ様に向けて、彼に討たれようと思いました。
なのに、まさか助けられるなんて。
「愛…だと。そんなもの……」
「…ラオウよ。
今は、その女を連れて戻るがよい。
言ったろう。おれは、この程度では死なぬと。
勝負ならば、後日いくらでも受けてやる。
……それで良かろう?」
「……っ」
「その女は、貴様の『きっかけ』になり得る存在。
大切にするが良い」
そう言ってフドウ様が去った後。
泣き喚き続けるわたくしを胸に抱きしめて、拳王様はその場から、しばらく立ち上がらずにいました。
わたくしが力任せに、拳王様の胸を叩き続けるのも構わずに。
やがて。
「………リア」
「…………………………はい」
ようやく落ち着いたわたくしに呼びかける拳王様の声に、少し躊躇いながら顔を上げます。
拳王様は、やはり少し躊躇った後、意を決したように問いかけてきました。
「うぬは……おれを愛しているのか?」
この期に及んでなんて訊きかたをするのでしょう、この男は。
「…………知りません」
そしてその問いに、拗ねてそんなふうに答えてしまう自分も相当ですけど。
「そうか……」
ただ一言、そう呟いた拳王様は、わたくしをもう一度抱きしめたあとは、兵士たちが迎えに来るまでの間、もう一言も言葉を発しませんでした。
「もう!なんでラオウの挑戦を、まともに受けたりしたんですか!
下手したら死んじゃってたかもしれないんですよ!?」
「悪い悪い。そんなに怒らんでくれよ。
アイツもあの子も必死の覚悟決めちゃってたから、なんかちょ〜っと逃げられない雰囲気でね。
口八丁で誤魔化すのが失礼に思えてきて、おれも本気で立ち合わなきゃ〜って。
というか…ん〜、あれだな。
ホラ、あの日の人違いが判っておれ、死ぬほど恥ずかしい思いをしたからさ」
「………は?」
「二度は死なないだろうなって思ったんだよ。なんとなくだけど」
「なんですかそれ!?
…もう。とにかく、無事に帰ってきてくださって良かったです。
傷の手当が済んだら、子供達が待ってますから、元気な顔を見せてあげてくださいね?」