転生美女世紀末伝説   作:大岡 ひじき

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 その夜。

 初めて拳王様の伽を拒否したわたくしは、居城内のバルコニーに佇んで、空に輝く稲妻を見つめておりました。

 この世界、雨など殆ど降らないというのに、雷は割と落ちるのですわ。

 別にそんな事はどうでも良いですけど。

 

 わたくしにとって、拳王様は『推し』の筈でした。

 ただ見つめて、その存在を崇める。

 それで幸せだった筈でした。

 それが。いつからこんなに欲張りになってしまったのでしょうね。

 愛を返してくださらないのは仕方ない。

 あの方は、愛など知らないのですもの。

 それでも……

 

 ああもう、気持ちがぐちゃぐちゃで、考えると涙が出て。

 最近少々すぐれなかった胃の調子まで本格的に悪くなってきて、先ほどは食べたものを戻してしまいましたし、伽を断って正解だったかもしれません。

 今夜しっかり眠って、体調も戻れば、いつも通りのわたくしにきっと戻れます。

 だから今は……こんな醜いわたくしを、拳王様に見られたくない。

 

 コツン……

 

 背後に足音が聞こえて、反射的に振り返ります。

 

「リアさん……?」

 そこには、月光と見紛うばかりの美女が…ユリア様が、立っておられました。

 

「…ユリア様。

 こんな夜更けにどうなされましたか?」

「なんだか眠れなくて。あなたも?

 ……まあ、顔色が良くないわ。

 どこか、具合が悪いのではないですか?」

 ユリア様はそう仰ると、わたくしの額に手を伸ばしました。

 …その手が、何か薄桃色の光を纏っているように見えたのは、空で輝く稲妻のせいでしょうか。

 ですが、その掌が額に触れた瞬間、少し重だるかった身体が、なんというか、スッキリしたというか、少し楽になりましたの。

 

「え…今の」

「…秘密ですけどわたし、少しですが傷とか病とか、治す力があるのです。

 余程の重症ともなればさすがに無理ですけれど、自身の病も初期段階のうちに、これで克服しましたし」

 なんか今サラッと、すごい秘密を打ち明けられた気がいたしますけど。

 つまりいまのユリア様は、死病を患ったお身体ではないということ?

 それができるのであれば、何故原作ではそうしなかったのでしょう?

 …ああ、そうでした。

 これもきっと例の『お友達』の存在。

 原作のユリアは、心のどこかで生に絶望していたのでしょう。

 けど今、ここにいるユリア様は違いますのね。

 たとえひととき愛する人と引き離されても、いつか再び出会えることを信じて、幸せを諦めなかったのですね。

 

「?顔色は…戻りませんね。

 原因さえわかれば、根本治療も…」

「少し寝不足なだけですの。

 御心配いただきありがとうございます。

 おかげさまで、だいぶ楽になりましたわ」

 わたくしが言うと、ユリア様は少し、不得要領な顔をなされます。

 ですが、それを追求する前に、やたらと聞き覚えのある重い足音に、わたくし達はそちらを振り返りました。

 

「……ラオウ」

 一瞬で色を失ったユリア様が、そのひとの名を呟きます。

 影になっていたそのひとの顔が稲妻に照らされ、険をはらんだその表情に、強い決意と僅かな躊躇いが同時に浮かんでいます。

 あ…これ、まさか。

 

「哀しみを知らねば、ケンシロウに勝てぬ。

 愛を知らねば、悲しみが見えぬ。

 ……知る術はひとつ!

 ユリア!おまえの命をくれい!!」

 …瞬間、再び雷鳴が轟くと同時に、強い雨が降り始めました。

 いや天!

 こんな時にそんな演出しなくてもよろしくてよ!!

 てゆーか言いやがったこのオッサン!!

 …そして、わたくしの心を知ってもなお、この方はユリア様を選ぶのだと、そんなどうしようもないことで、わたくしの心は咽び泣きました。

 

 ………けど、そんなこと言ってる場合じゃありませんのよ!!

 

「……おやめください、拳王様!!」

退()け、リア!

 退()かねばうぬも……殺す!!」

 突き出された拳王様の拳に必死で縋りつくと、拳王様はどこか辛そうなお顔で、強い言葉を放ちます。

 けど、わたくしもここで引くわけにはいきませんわ。

 ですが、そこにユリア様の、悲痛な声がかかりました。

 

「いけません、その方を手にかけては!

 …リアさん、わたし、覚悟を決めました。

 わたしのこの命で、この世に光がもたらされるのであれば……」

 ちょっと!なんかユリア様までこの雰囲気に呑まれて変なこと言い出しましたけど!

 

「ダメですわ!

 ユリア様は仰っていたではありませんの!

 大切なひとが悲しむから、決して生きることを、幸せになることを諦めないと!」

 感情が昂り、また涙が出てきたわたくしが必死にそう叫ぶと、ユリア様はハッとしたように立ちすくみました。

 その間に、ユリア様を隠すように彼女の前に立ちはだかって、わたくしは両腕を広げ、拳王様と向き合います。

 

「拳王様も、げんこつ引っ込めてくださいませ!!

 推しは見守り続けて愛でるものなのです!

 殺してしまってはそれができなくなります!!」

「また何か、おかしな事を言い出したなうぬは…」

「ひとのこと言えますか!

 そもそも、想うひとを失う哀しみは、サザンクロスまで出向いておいて目当てのユリア様が亡くなったと聞かされた時に、いいだけ味わったではありませんの!

 哀しみを知らねばって事であれば、あれを思い出してなんとか出来ませんの?

 あれほどの絶望的な哀しみすら、本人を前にした途端、忘れてしまうほどの鳥頭ですの、拳王様は!?

 泣きたいのを必死に堪えて、わたくしの膝に縋り付いて、そのまま眠ってしまわれたあの日のことは、足の痺れの恨みとともに、わたくしはまだ忘れておりませんことよ!!」

「いやそれは忘れろ!

 というかあの夜の事を、うぬは恨みに思っておったのか!?」

「ほんの少しですけど!

 というかあんな衝撃的な出来事、忘れられるとお思いですの!?

 わたくしは拳王様と違って、鳥頭ではございませんのよ!!」

「ぐぬぬ……!!」

 …拳王様の顔が恐ろしげに歪み、歯を食いしばるギリギリという音が聞こえてきますが、知ったことではございません。

 

「ぐぬぬではございません。

 ……わたくしがどれほど、あなた様をお慕いしているとお思いですの?

 昼間の問いの答えがお望みなら、今はっきりと申し上げますわ。

 愛しております、拳王様。

 あなた様の強さの裏にある悲しみ、弱さ、そして優しさ。

 他の誰でもないわたくしの前でだけ、隠さず見せてくださったそれら全てが、わたくしの心に刻み込まれた、大切な宝物。

 …忘れることなど、できはしませんわ。

 それが消えるのは、わたくしの命が消える時だけです!」

 拳王様の目を見据えて、はっきりと言います。

 こんな言葉だけで伝え切れる想いではありませんが、このかたは口にして伝えなければわからないのです。

 フドウ様の仰る通りでした。

 わたくしは己の『分』というものにばかり囚われて、我慢して心を殺しておりました。

 ほんとうは、わたくしを愛してほしい。

 ユリア様ではなく、わたくしを選んでほしい。

 ユリア様が仰るように、互いが共にある、それだけの幸せが、わたくしだって欲しいのです。

 …愛の告白って、こんな睨みつけながら、挑むみたいな気持ちで行なうものではないと思うのですけれども。

 

「リア……!!」

「ラオウ。

 …本当はあなた自身、判っているのでしょう?

 あなたが本当に愛しているのは、わたしではなく、このリアさんなのだと」

 …と。

 わたくしの肩に後ろから手を置いて、ユリア様が優しげにそう仰います。

 その言葉の意味が瞬時に理解できず、わたくしは数秒固まりましたが、拳王様は驚愕の表情を浮かべて、ユリア様を見つめました。

 

「な………!」

「この乱世を導くのは、力と愛。

 ラオウ、今のあなたは、既にどちらも持っている筈。

 どうか、その猛き心に愛を受け入れてください、ラオウ。

 リアさんの、そして、リアさんへの愛を」

 そう訴えながらユリア様は、そっとわたくしの肩を押して、拳王様の方に突き出します。

 拳王様は一瞬、わたくしに向けて手を伸ばしましたが、次の瞬間その手を、拳の形に握りしめました。

 

「……出来ぬ!これは宿命!!

 天を望み、北斗を砕くのはおれの宿命なのだ!

 全てを望むことはできぬ!!」

 …わかっております。

 それが、拳王様のプライドです。

 今の拳王様の心には、ケンシロウとの決着しか見えておりません。

 女の…わたくしの愛など、邪魔なだけなのです。

 ですから…わたくしは拳王様の足元に、ゆっくりと膝をつきました。

 

「……………ならば、殺してください。

 ユリア様ではなく、このわたくしを」

 先ほど、このシーンが原作にもあったものだと気がついた時、わたくしは、拳王様が手にかける決意をしたのが、やはりユリア様であったことが、とても悲しかったのです。

 それは、彼が愛しているのが、やはりユリア様であるという証左でありましたから。

 でも、もしも。

 そのお心が一片でも、わたくしに向いているというのであれば。

 

「自ら手にかける事こそ愛だと仰るのであれば。

 わたくしが愛した拳王様の、その激しく熱いお心のままに、どうぞ、この命をお召しください。

 既にこの身も心も、あなた様に捧げておりますもの。

 最後に残ったわたくしのこの命が、あなた様の糧となれるのでしたら、わたくしは本望ですわ」

 そう言って笑いかけると、拳王様は一瞬息を呑み……やがて意を決したように、大きな拳をこちらに向かって振り上げました。

 

「………リア、恨んでもかまわぬ!

 我が心に哀しみとなって生きよ!!」

「やめて────っ!!」

 

 そして。

 みたびの雷鳴が、一際強く輝きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……!」

「リアさん!?」

 …同時に、唐突に込み上げてきた吐き気に、わたくしは必死に口を押さえました。

 これ多分ですが、推しの過剰供給で胃が圧迫されたのでしょうね。

 これこそまさに、仰げば尊死(とおとし)…うえっぷ。

 ………はあはあ。失礼いたしました。

 

 …ふと気がつけば、ユリア様がわたくしの背中をさすっており、拳王様は固まったまま、何が起きたかわからんという表情を浮かべて、わたくしを見つめております。

 これはいけません。

 なんとか、場の雰囲気を戻さなければ。

 

「も、申し訳ございません。空気を読まず。

 どうぞどうぞ、ここはわたくしに構わず続きを…」

「…ラオウ。リアさんの中に、新たな命が」

「なに……!?」

「……………………ほへっ!!?」

 唐突に告げられた、あんまりにも突拍子もない冗談に、つい変な声が出てしまいましたが。

 思わず目を合わせたユリア様は、一向に『なんちゃって』とは仰ってくれず、むしろ真剣な目で、わたくしに向かって頷きました。

 

「ほ……本当か?」

「リアさん。お腹の子は、ラオウの子ですね?」

 え、待って。理解が追いつきませんわ。

 とりあえず2人同時に質問すんのやめて。

 

「お、お腹の子!?

 いえその、いきなりそう言われましても」

「…念の為聞くが、おれ以外に他に心当たりでも?」

「い、いえ!わたくしが身篭っている可能性があるとすれば、子の父親は、確かに拳王様しかいらっしゃいませんけども!!

 で、ですが……そんな事、ある、筈が」

 言われて、わたくしは反射的に、膨らみどころかなんの兆候も顕れていない、自分のお腹に手を当てます。

 その手の上に、ユリア様の柔らかな手が重なって、その唇が美しい弧を描きました。

 

「間違いありません。わたしには見えるのです。

 ふたりが互いに愛し愛された証の、ちいさな生命(いのち)の脈動が。

 そして、この世に待ち望まれて生まれてくる、その輝かしい未来が」

 …ああ、けどそういえば確かにここのところ、な〜んか胃の具合が悪かったのですわ。

 てっきり夜も満足に寝られなかった時の疲れが、今になって出ているのかと思っておりましたのに!

 というか以前ザク様の仰っていた事、一周まわって当たっていたんじゃありませんこと?

 

「まさか、子ができるなんて…わたくしと拳王様の間にだけは、絶対にそれはあり得ないと思っておりましたのに」

「…確かに驚いたが、健康な男と女が、やる事はやっていたのだから当然の結果であろうが。

 むしろそのできないという自信はどこからきた」

「ぐぬぬ」

「ぐぬぬじゃない」

 なんかさっきとは逆のやり取りになっており、理不尽ですがちょっと悔しくなって、わたくしは拳王様の顔を見上げ…ん?

 なんだか距離が近くありませんこと?

 そう思った次の瞬間、視界が大きな壁に塞がれて、わたくしの身体は拳王様の腕の中に、すっぽりと包まれておりました。

 

「……負けたわ。

 おれには捨てられぬ。捨てる事はできぬ。

 うぬの存在全てが、今や我が血肉と同様。

 誰もうぬの代わりにはなれぬ。

 このラオウ、もはや拳王の名は要らぬ!

 リアよ、いつぞやの約束、果たしてもらうぞ。

 どんなことがあっても、おれから離れることは許さん。

 そのかわり、このラオウの全てをうぬにやろう」

 抱きしめる腕はいつもよりも優しく…その温もりに精一杯の『愛』を感じ取ったわたくしは、涙に濡れた頬を、その熱い胸に預けたのです。

 

 ☆☆☆

 

「……本当に、良かったのですか?」

 大海原を往く船の上。

 わたくしは広く逞しい胸に寄り添って、その顔を見上げながら、そっと呼びかけます。

 海風は少し冷たいけれど、寒さを感じる事はありません。

 わたくしの肩をずっと抱いたままの大きな手が、とても温かいから。

 

「ここの天地はケンシロウとユリアにくれてやるわ。

 もとよりおれが最後に目指すのは、この海のむこう、我が故郷よ。

 こうなれば故郷にこのラオウとうぬの血を、この名と共に永遠(とわ)に根付かせてくれようぞ。

 これが生まれても、うぬの腹があく暇などないかもしれぬゆえ、覚悟しておくのだな」

 なんかとんでもなく恐ろしい事を言って、悪そうな笑みを浮かべながら、そのひとはもう片方の掌で、わたくしのお腹にそっと触れます。

 まだなんの膨らみも感じられませんが、心なしか内側から温かくなった気がして、この子も父の愛を感じているのだと、何故かそんな事を思いました。

 同時に、あの地を発つ前に、一度だけ遠くから様子をみた、よちよち歩きの幼子の姿を思い出して、ほんの少しだけ胸が痛みました。

 

「…せめてリュウ様と、この子を会わせたかったですわ」

養父母(おや)から引き離すのは哀れと言ったのはうぬではないか。

 …案じずとも、やつもおれの子。

 いずれはこの血に導かれて渡って来よう」

 あなたのお父様を奪ってしまったわたくしを、あなたは許してくださるかしら。

 けれど、もしいつかお会いできた時、それでも胸を張れるよう、せめてあなたのお父様は、わたくしが幸せにいたしますわ。

 

「ラオウ様…」

「なんだ?」

 まだ馴染まない呼び名に、それでもそのひとは、自然に問いを返してきました。

 ただ名前を呼び、応えが返される。

 そんな当たり前のことが、どんなにこの胸を満たすものであるか、本来辿るべきだった物語を知らないこのひとには、きっとわからないでしょう。

 だから、伝えるのです。

 この胸に溢れる想いを、真っ直ぐに。

 

「わたくし……幸せですわ」

 

 

 

 

 


 

「ユリアちゃん!」

「迎えに来てくれたのですね。

 …けど、駄目でしょう?

 南斗の将が2()()()()、街を離れてしまっては…」

「だって心配だったんですよぅ。

 ユリアちゃんは、いざとなったら自分のことは二の次になってしまうから。

 本当に…本当に無事でよかった。

 …ああ、影武者はマミヤさんとアイリさんにお願いしてきました。

 旦那さん方に『貸してください』とお願いしたら、どっちにもすごく嫌な顔されましたけど、本人たちはノリノリで引き受けてくれましたし!」

「済まない。おれも止めたのだが。

 ユリア………ラオウはどこに?」

「彼は旅立ちました。

 ………胸に、ただひとつの愛を携えて」

「あの女性(ひと)か……そういえば、彼女は」

「…ケンシロウくん?」

「……いや、なんでもない。帰ろう、ユリア」

「ええ…」「はい!………あ」

 


 

 修羅の国にて。

 

「フハハハハ、嬉しくて肌が粟立つわ!

 この世に命のやりとりほど面白いゲームはない!!

 さあ、ショーを続けよう!続けねばならん!!」

「去ね変態」(瞬殺

 

「最後に生き残るのは愛ではなく悪!リア充滅べ!!」

「誰がうまいことを言えと」(瞬殺

 

 …この世界線では本当にラオウが戻った事と、原作より修羅編の開始が早まった事でカイオウが仕上がっておらず、割とあっさり修羅の国平定されました。

 かくして伝説成就(爆

 ヒョウとサヤカも無事結婚式を挙げ、のちに北斗宗家の血を再びひとつとする子が、この2人の間に誕生します。

 

 尚、この時のリアのお腹の子は女の子で、リオと名付けられました。

 父親の最初の意気込みの割には、彼女の後に子は生まれず、彼女は長じてのち修羅の国の女性たちの地位の低さを憂い、女性解放運動を起こす事となります。

 スローガンは『北斗を生んだのは女性』。

 




ラオウ編、ひとまず完結。
この後、幕間を一話更新した後、新章の更新には、少しまた期間をいただこうと思います。
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