ユリア様にお付けする女官の人選は、実は少し難航しております。
元からいる女官の方には、悉く断られてしまったからです。
なので、わたくしより後に、下働きから女官にスカウトされた数人に声をかけて、まずは専任になったら任される仕事を前もって指導してから、見込みがありそうな数人を付ける事にしたのですが。
『リアさんがそこまで頼むのでしたら』と引き受けてくれた皆さんも、何故かやる気が足りないといいますか、本腰を入れてくださらないのです。
ある程度のところまでは真面目に仕事してくださるのですが、貴人女性に対してはどうしても必要になる着替えや入浴のお世話などは『あの
何故でしょう。ユリア様はあんなにお優しくて素敵な方なのに。
その中で、なんとか最後まで教授し終えた数人がユリア様と顔合わせを終えて、3日ほどわたくしがついて指示した後、なんとか合格と安心したので、次の日から2人ずつ交代で、ユリア様の専任につけることにしました。
拳王様がここのところ、出陣することもなく居城にとどまっていらっしゃる上、夜には大概わたくしをお召しになるので、指導に長く時間が割けず、ある程度からは信用して任せるしかないのです。
それでも時々不定期に顔を出して、監督するようにはしておりますけど、2日ほどそれもできずにおりまして。
ようやく顔を出せるようになって、不在のお詫びの挨拶にお伺いしようと、ユリア様のお部屋に向かっていたところ、今日の担当につけていた筈の2人の女官と、何故か休憩室の前ですれ違いました。
「あら?」
「え?……あ、リアさん!?」
「え?どうしてここに…」
「…少しの間、顔を出せなかったので、ユリア様に御挨拶をと思って伺ったのですけど…あの、間違っていたらごめんなさい。
わたくしの思い違いでなければ、今日のユリア様の担当は、あなた方ではなかったかしら?」
指摘すると2人とも、何やらしどろもどろになり、やがて1人がおずおずと、
「…あの、リアさん。
今は、ユリア様のもとには、いらっしゃらない方が…」
とか言ってきまして、これは何かあるなとピンときました。
「今、ユリア様のもとにはどなたが?」
「そ、それは…」
再びしどろもどろになる2人の答えを聞いてはおられず、わたくしはユリア様のお部屋に向けて駆け出したのです。
・・・
「いくら美人でも、他の男と2人きりで部屋に閉じこもっているような女、拳王様だって呆れて、すぐお捨てになるわよね〜」
「もしかしたら今頃自分から誘ってたりしてね。
何せ、リアさんの目の前で拳王様に色目使うような女でしょ?
カラダ使って男を手玉に取るなんてお手のものじゃないの?」
「ありそ〜」
その部屋の前の廊下で、何やら不穏な話に興じているのは、わたくしより前からこの居城に務めている、確かリュウガ様推しだった女官たちでした。
専任ならば話は別ですが、本来なら交代制である筈の幹部のお世話係の任で、他の女官を押し退けてまで推しのお世話を率先して行なっていた為、リュウガ様が去った後の今はやや干され気味で、それでもお仕事はできるので、忙しい時にはわたくしが声をかけて手の足りない部分を手伝っていただいていましたが、ユリア様のお世話係として声をかけた時は、確か被せ気味に断られていた筈です。
「それは、どういうことですの?」
「リアさん!?拳王様のお世話に戻った筈じゃ…」
「そちらのお仕事が立て込んで少しの間来られなかっただけですわ。
ユリア様に御挨拶しなければならないので、そこを退いてください!」
「あ、待って…」
引き留めようとする2人に構わず、部屋の扉の前に進みます。
扉の把手を通すように太い鉄の棒が、閂のように差し込まれており、わたくしは力任せにそれを引き抜くと、この際ノックもせずに扉を開けました。
「ご無事ですかユリア様!」
殊更に声を張り上げて足を踏み入れますと、足元に多分鏡台の前にあった猫足の椅子だったであろう木片と残骸が散らばっており、驚いたように目を瞠るユリア様と、若い兵士の姿がありました。
「やはり、あなたが助けに来てくださったのですね、リアさん。
大丈夫、わたしは何ともありません」
入ってきたのがわたくしだとわかると、ユリア様は安心したように微笑みました。
それでもやはり閉じ込められて不安だったものか、そばまで駆け寄ってきて、ぎゅっとわたくしに抱きついてこられます。
ちょっと汗ばんだ匂いがするのは、精神の動揺からでしょうか。
とりあえずユリア様の肩越しに、立ち尽くしている兵士を睨みつけますと、彼はハッとしたように、床に両手と膝をつきました。
「申し訳ありません!
女官の方にユリア様の着替えを、代わりに届けて欲しいと頼まれ…引き受けて手渡し、帰ろうとしたら外から鍵をかけられていて…!
で、ですが僕は指一本、ユリア様には触れておりません!
そもそも僕が好きなのはリアs」
「それを頼まれたこと自体、おかしな話だと思わなかったのですか!?」
本来ならばそれは女官の仕事であり、近くに行く用事があったからとて、兵士に頼むような事ではない筈です。
百歩譲ってそうなった場合でも、みたところ下位の兵士である彼の立場ならば直接手渡すなんて真似はせず、部屋のあるじと共に本来ならいる筈の女官に事情を説明して、そちらに渡すのが正しい手順の筈。
何故ならこの部屋は、拳王様の伴侶となる方のために整えられたもの。
末端の兵士ごとき、その尊顔を拝むことすら、許されるはずがないのですから。
「手渡すという理由で、女人ひとりの部屋に、ずかずか足を踏み入れたことは確かなのでしょう!?
ここにまんまと閉じ込められたこと自体が、あなたがこのかたの存在を軽く見ていた証拠ではありませんの!
それがどういうことかわからないと仰るのであれば、今からバルガ将軍に願い出て、新兵の訓練からやり直すべきですわ!」
それでも閉じ込められたとわかった時、それなりに脱出をはかろうとはしたのでしょう。
この壊れた椅子の残骸がそれを物語っています。
…けどこの部屋のもの全部、多分結構な物資と引き換えに手に入れたものだと思うのですがね。
この兵士の一生分の勤務ではたして贖えるのかというくらい。
とはいえ、今ここでちびりそうなくらい萎縮している彼を、これ以上追いつめるのも何ですし、彼の立場としては、たまたまそこにいてまき込まれたというか、ある意味陥れられた被害者でもあるわけで。
「いつまでそこにへたり込んでいるつもりですの!?
わかったらとっとと、拳王様の伴侶の部屋から出て行きなさい!!」
「!?は、はい〜〜〜!!!」
若い兵士はぴょんと立ち上がると、逃げるように…というよりは間違いなく逃げ出しました。
まあ、多分新兵の訓練なんて受け直さないでしょう。
バルガ将軍は厳しく、悪くいえば融通の効かない方です。
この事を報告すれば新兵レベルの降格以前に、彼を拳王軍から放り出すでしょうから。
あの様子じゃあの兵士が自分から報告するなんてできそうにないですから、ユリア様の名誉の為にも、わたくしも口をつぐんだ方が良いでしょうね。
…と、彼が走り去った廊下に、さっき扉の前にいた女官2人が、逃げ出そうとしているところを、別の女官数人に逃走経路を阻まれております。
グッジョブですわ。
「…説明してくださいな。
これがどういう事なのか」
「わ、私たちはリアさんの為を思って…!」
「そうですか。
わたくしは拳王様に最も信頼のおける者であるとして、拳王様が己が伴侶にと望んだユリア様を、くれぐれもと申しつけられた女官です。
そのわたくしが差配した者が、かの御方に危害を与えたとなれば、拳王様のお怒りに触れるは必定で、その責任を問われるのはこのわたくしなのですが。
その事を踏まえた上で、わたくしが納得できる説明をお願いします」
「……っ!も、申し訳ありませんでした!!」
恐らく彼女たちは、同じ女官仲間から拳王様の手がついたわたくしが、その伴侶に収まることで、なんらかの益があると期待したのでしょう。
突然現れてその席に収まった(としか彼女たちからは見えない)ユリア様を追い落とせば、再びわたくしにその席が戻ると考えたに違いありません。
この事で、わたくしが逆に拳王様の怒りに触れる事など、心の片隅にもなかったようです。
…少し考えたらわかりそうなものですけどね!
そもそもわたくし、拳王様の御寵愛を失ったわけではありませんし!
他の方々がどう思おうと、拳王様はユリア様を得てもわたくしを手放すおつもりはないと仰り、変わらず信頼を寄せてくださっております。
そんな状況で、わたくしがユリア様を疎ましく思う理由は全くといってありませんのよ!
「リアさん…どうか、叱らないでさしあげて。
この方々なりに、リアさんを思ってした事に違いありません。そうですね?」
怒りの感情もさることながら、自身の責任問題も加えて、わたくしがこの件をどう落とそうかと考えておりましたら、ユリア様が意外にもしっかりとした声で言葉をかけてきます。
そして最後には自分たちのした事によって青くなっている主犯の女官たちに、まるで女神のような微笑みを向けました。
…え、なんか後光が見える気がいたしますが、わたくしの気のせいなのでしょうか。
「ユリア様…!」
「…本当に、本当に申し訳ございません」
「私どもが浅はかでした。
あなたが、リアさんの立場を奪ったのだと思うと、憎らしく思う気持ちが止められなくて…」
「ごめんなさい!」
「ごめんなさいっ……!!」
ですが、その微笑みにあてられた2人は、涙を流しながらユリア様の前に跪くと、何故か拝むように両手を組み合わせております。
なんでかその周囲だけ、スポットライトのような光に照らされて…なにこの光景。
「…もうよろしくてよ。
ユリア様がお許しになられるならば、わたくしに否やはありません」
なんだか見ているのが辛くなって、わたくしがそう声をかけますと、幻視の光は何事もなく消えました。
いやなんだったのアレ。
「ですが皆さん、今日はもうこちらにはいらっしゃらないで結構です。
この後のユリア様のお世話は、わたくしがいたします」
「リアさん…」
「元々、ユリア様の女官選定の件は、わたくしに一任されておりますので。
ユリアさまが問題にせずとも良いとおっしゃるのを幸いに、わたくしの権限にて片付けることにいたしますわ。
ですが、これまでに築き上げたと思っていた信用が裏切られましたので、わたくしが指示するまで、しばらくはこちらに近づかぬようお願いします」
あの兵士が部屋に踏み込んだのも、お側に控えている筈の女官が、1人も仕事をしていなかったからという事。
わたくしの目が離れた途端、あの2人が指示をして、ユリア様のお世話を放棄させたのでしょう。
そもそも、わたくしが人選を間違えたことが原因なのですもの。
責任をとってもうしばらくは、忙しい思いをするしかありません。
・・・
下働きの方々にお願いして、隣のお部屋のバスタブにお湯を用意していただき、ユリア様の少し脂ぎってしまっていた
わたくしできる女官!ナイス!!
…ですがユリア様に、この2日間の状況を説明していただいて、わたくし憤慨いたしましたわ。
結局、あの閂もあの時だけのものではなく、わたくしが顔を出さずにいた間、あの部屋にユリア様を閉じ込めて、水や食事を定期的に運び込むだけの世話しかしていなかったようなのです。
ドアの外から聞こえてくる話を聞く限り、あの2人が他の女官を、この部屋に来させないよう脅していたようで、思ったよりずっと悪質だったことに頭を抱えます。
ユリア様が許してくださったからと、安易にお咎めなしにしてしまってはいけなかったのかもしれません。
「申し訳ございません、ユリア様。
わたくしの監督不行届で、お辛いめにあわせてしまいました。
…それなのに彼女たちを庇って下さったこと、本当に感謝いたしますわ」
「いいえ。彼女たちの気持ちもわかりますもの。
皆さん、あなたを慕っているのですね。
だから、わたしの存在が許せなかったのでしょう。
…ここに案内された日に、そういった感情をぶつけられる可能性がある事を、あのザクという方からうかがっておりましたし。
わたしが彼女たちの立場なら、きっと同じように意地悪をしてしまったと思います」
「まあ、ユリア様が意地悪をなさいますの?」
「あら、おかしいですか?
わたしだって女なのですよ?」
そんなふうに言って、悪戯が成功したような微笑みを浮かべた彼女は、前世で読んだ物語の『ユリア』とは、やはり微妙に性格が違うようです。
もっとも、わたくしが読んだのは究極に男性視点の少年漫画であり、そこに登場する女性たちの内面全てを、描写しきれていたわけではないのでしょうけれど。
…女心って、ひとつではありませんものね。
女として生きてみなければ、決してわからなかった事のひとつですわ。
「…けれど、ただの意地悪とみるには悪質すぎますので。
女官の選定については、今一度人材を厳選させていただきますわ。
わたくし一人ではご不自由をかける事と存じますが、もうしばらくご辛抱を…」
「それなのですけど、いまの方々、明日もう一度、顔を合わさせていただくわけにはいきませんか?」
「え?それは…」
「お願いします。
…もしかしたらですが、仲良くなれそうな気がするのです。
わたしの目が曇っていなければ、ですが」
…曇ってるだなんてとんでもない。
眩しいほどキラッキラの瞳で見つめられてそう言われれば、わたくしは頷かないわけにはいきませんでした。
あざとい!あざといですわユリア様!!
判っているのに逆らえない!何故!!
☆☆☆
次の日。
渋々ながらもユリア様のごいいつけ通り、主犯の女官の2人をユリア様の前にお連れして、しばらく様子を見ておりました。
ですが、わたくしが拳王様の御用で呼び出され、仕方なく護衛を監視につけて席を外し、大急ぎで用事を済ませて戻った時。
なんだかすっかり打ち解けた様子の女官達とユリア様が『特殊な掛け算のお話』とやらで盛り上がっておりました……ってだからなんなんですのそれ!!?教えて!