…さて。
時間はユリアちゃんとの会談の席に戻る。
なんというか、ちょっとすごい話聞いちゃった後、何となく圧倒されていたら、うちの女官さんのひとりが冷たいお水を持ってきてくれたので、一旦2人とも喉を潤す事にした。
「ではユリアちゃん、今、身体の調子は…?」
ひと息ついてから、ずっと気になっていた事を訊ねてみる。
実のところ、ケンシロウくんの夢の話を聞くまでは、この話題をどのように切り出すべきか迷っていたのだが、今ならば不自然な流れではない筈だ。
案の定、そう問われたユリアちゃんは怪訝な顔をすることもなく、微笑みながら頷くと、私が欲しかった答えを返してきてくれた。
「ええ。ケンがわたしの病を教えてくれたお陰で、症状もない段階ですぐに治癒を施しましたから、今はもう何ともありません」
「良かった。ユリアちゃんの不思議な力はわかっているつもりでしたが、それをちゃんと自分に使ってくれるかだけが、本当に心配だったのですよ」
…今思えばこの時の私、ユリアちゃんが病を克服したと聞いた瞬間、安心して気を抜いたのだと思う。
流れ的に不自然というわけではなかったものの、注意して聞いていれば明らかに、今聞いたことに対するコメントにしては、実感がこもりすぎていた。
…そしてユリアちゃんはその、『注意して聞いていた』人だった。
「…つまり、ケンの夢の話を聞く前から、マツリさんにはわかっていたということなのですね」
「えっ!?」
伏せ気味の長いまつ毛に縁取られた瞳が真っ直ぐに私を見つめ、睨んでいるわけでもないその視線の圧に、瞬間たじろいだ。
ついでに飲んでいた水がちょっと変なトコ入って咳き込む。
ユリアちゃんはそんな私の反応に、困ったような笑みを浮かべた。
そうして次に紡がれた言葉は、南斗の巫女の一人でありながら、ユリアちゃんの影として育ってきた私には、衝撃的な話だった。
「……マツリさん。
わたしの未来視は、今は揺らいでいます。
幾つかの星の、確かに見えていた筈の未来が、今は遥かに遠く、朧げです」
…それは、『南斗の将』の証である筈の能力を、喪失しかけているという告白だった。
ユリアちゃんにとってある種のアイデンティティだった筈のものだ。
単に物語を知っていただけの私がそうであると誤解されて、南斗に育てられるに至ったことからも、それがどれほど『南斗』にとって重要な事であるか、推して知れるというもの。
もっとも、それはあくまで将の宿命のもとに生まれた者が、副次的に持つ能力であるというだけで、その能力の喪失がユリアちゃんの将たる資格に、即時影響するというわけではないのだけど。
それでも下手すりゃ先ほどのケンシロウくんの夢の話よりよほどショッキングな事実に、覚えず身体が震えるのがわかった。
「そんな……!」
そんな私に、ユリアちゃんは身を寄せて、膝に置かれた私の手の甲に、その滑らかな手を重ねる。
優しく握られたその手から、何か温かいものが流れてきた感じがして、その温かさが何故か私の動揺を押し流し、身体の震えが止まるのがわかった。
「…逆に、治癒の力だけは以前よりも強くなりましたが、何故なのかはずっと判らずにいました」
先ほどよりも近い距離から、ユリアちゃんの穏やかな声が耳に届き、一拍遅れて、言葉の意味が頭に入ってくる。
………過去形?
「今は…判っているということですか?
それは、私が聞いていい話ですか?」
私が顔を上げて目を合わせると、ユリアちゃんは微笑んで頷く。
「わたしの中では、ケンとマツリさんにしか聞かせられない話です。
ケンが旅に出た後、シンが『
そう言ってから一旦息をつき、『ただの噂でも不愉快でしたが』と小さく呟いたユリアちゃんの言葉は聞かなかったことにする。
今は私がいるとはいえ、初恋の人にここまで嫌われているシンがとても不憫に感じた。
うん、あとで頭でも撫でてやろう。
理由も言わずそんなことをしても、『なんだ?』って反応するだけだと思うけど、アイツ私にそうされても嫌がりはしない、筈。
「どういう事だとこちらも少々混乱しましたが、すぐにシンの隣にいる『ユリア』がマツリさんだと気がついて、ああそういう事かと腑に落ちたのです。
マツリさんが、わたしの名を背負う決断をした事によって、本来なら起きていた悲しい運命を塗り替えたのだと。
それはつまり、わたしの宿命を、マツリさんが共に背負ってくれたという証」
…………………………はぃ?
私がちょっとシンのことを考えて意識を飛ばしている間に、ユリアちゃんの話がなんかとんでもないところに行っていた。
いや絶対違うと思いつつ、ユリアちゃんは私に、口を挟む隙すら与えず語り続ける。
「わたしは『南斗の将』としての己の宿命を、今はすべて受け入れています。
けど、わたしも、一人の女ですから。
遍く愛で世の人々に平和をもたらす。
皆が幸せになる世界をつくる。
けれど、そこにわたし自身の幸せは?
愛するひとと共にある、ただそれだけを望むことが、わたしにとって罪なのか。
そう考えて、本心では何故わたしだけがと、その宿命を恨んだ事もあるのです。
…でも、『南斗の将』は一人ではなかった。
それがわかったから、こんな宿命も受け入れることができました」
「あ、あの……ユリアちゃん?」
「もはや『南斗の将』はわたしとマツリさん、ふたりでひとりなのだと思うのです。
ならば、あなたが生きている限り、わたしもまた死ぬわけにはいかない。
北斗と南斗を結び、この時代の涙を微笑みに変えて、それを更なる未来に繋げていく為に。
わたし一人では不安でしたが、マツリさんと一緒なら、必ず成し遂げられます!」
「え、ええぇ〜……?」
「ふふ、逃がしませんよ?
…マツリさん。
あなたの思う通りに、わたしを使ってください。
あなたに見えている、新しい未来のために」
…かつて少女だった日の学舎で、うっかりあの
☆☆☆
「なんとなく、そういう事になるんじゃないかと思っていた。
おまえはなんだかんだで昔から、何事にもユリアが一番だったからな」
ユリアちゃんとのトップ会談を終えた後、シンに状況を説明したら、どこか呆れたような口調で頭を撫でてくれた。
それは私がする予定だったのに…と残念に思いながら、今だけは猫になったような気持ちで、私は彼の膝に、頭だけでなく上半身を預けた。
「否定はしないけど。
けど、ユリアちゃんが私の『一番』なら、シンちゃんは私の『唯一』ね。
私がこんなふうに、疲れた身体を預けられるのはシンちゃんだけだもの」
猫ならゴロゴロ喉を鳴らしてるくらい、シンの膝は硬くても何故か居心地がいい。
シンはそのまま、私の頭から背中を撫で続けてくれ、その手の温かさと心地よさに、いつしか私はそのまま眠りに落ちていた。
「…マツリ。おれの女王。
おまえの望むままに。
おれはただ、この愛に殉じるだけだ」
夢うつつに、シンの声がそう言った気がした。
☆☆☆
…というわけで。
ただ好きなひととの幸せを求めただけの私が、なぜか南斗の将の一人として、最終的にはこの世界の覇権を目指すことになってしまった…いや待って無理ゲーでしょコレ!