転生美女世紀末伝説   作:大岡 ひじき

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この世界のモブって、普通に死ぬやつやん。
言ったら、汚物消毒されて死ぬやつやん。
泣いていいですか。


愁〜転生したら種モミのジーサン以上にモブだった件
前編


 物心ついた時には、自分が異世界に転生したと気がついていた。

 けど、前世の多分2世紀は前くらいの、中国っぽい雰囲気の世界なんだとしか認識していなかった。

 その人と会うまでは。

 

 あたしの祖父は、あたしが暮らすこの村を作った人だが、その祖父が生きていた頃から、孫のあたしが割と持て余されてる事は知っていた。

 あたしは、母が野盗に攫われ、取り戻した時に身籠っていた子供だったからだ。

 その時恋人を野盗に殺された母は、連れ戻した時には気が触れており、あたしをその恋人との間の子だと思い込んだままあたしを産み、数年前に、人目に触れぬよう閉じ込められていた地下の部屋から逃げ出して、崖から落ちて死んだ。

 その頃既に病に冒されていた祖父はそこで自身の死期を悟り、いずれはひとり遺されるあたしの身を案じて、自分の親友だった男の息子に村長を任せる代わりに、あたしの事を頼むと言って亡くなったらしい。

 あたしは村長となった彼の息子の婚約者となり、日々すくすくと成長していった。

 4つ年上の婚約者とは兄妹のように育った為、恋愛感情みたいなものは持ちようがなかったけど、それだけにお互い気負うことのない、いい関係を築けていたと思う。

 …村の創設者の孫で次期村長の嫁(予定)であるあたしが、村の名産として化粧品作りを提案して、それが軌道に乗るまでは。

 

 化粧品と言っても、植物の蔓から抽出して作った化粧水や整髪料、或いはやはり植物の種の胚をすり潰してオイルで練った白粉とかいった、おままごとのような拙い商品ではあったが、物のない辺鄙な田舎のこと、そんな物でも近隣の町や村の女性たちの、心の琴線には触れたのだ。

 それは元々、あたしの母のように野盗の被害に遭い、命は助かったものの婚姻の機会を奪われた女性たちが、自ら活計を立てる手段として提案したものだった。

 だが評判になったそれは生産量と作り手を徐々に増やしていき、村の女性たちの殆どがそれに携わるようになってくると、村が豊かになると同時に、女性たちの発言力が大きくなった。

 となると、それを面白く思わない年配男性たちから、あたしは密かに疎まれるようになったわけで、その空気は次第に婚約者父子の、あたしへの感情も変えていった。

 元々持て余された子供だったあたしは、結局最初の立ち位置に戻ったわけだ。

 もっとも、それはあくまで男性視点での立ち位置であり、職と収入と立場を得た女性たちにとっては、あたしは英雄だった。

 

「すまない、ミサキ。

 おまえが悪いわけじゃないのはわかってる。

 だけどおまえとの婚約、解消させてほしい」

 そのあたしが特に親身になって仕事を回していた子持ち女性に手をつけて孕ませたという、兄とも思っていた婚約者である彼にそう言われて、祖父と暮らしていた家にあたしが戻ってから3日も経たない頃に、養父であり義父となるはずだった村長に連れられて来た男性は、年の頃は30代前半、光を失った両目の、獣の爪にでも引き裂かれたように残る傷が、未だ生々しい状態だった。

 

「この長老の家はワシが管理していたし、キミは引き続きうちに住むだろうし、住む者がないと傷むと思って、彼に貸すつもりでいたんだ。

 まさかタイキの奴が勝手に婚約解消などと言い出すと思わなかったから。

 なあ、ミサキ。頼む。

 キミの住むところはこちらで手配するから、もう少しうちに居て、ワシの顔を立ててここはまだワシに貸しといてくれんか」

 そう言って、義父になる筈だったその人が、まだ16の小娘であるあたしに両手を合わせる。

 こないだまでは、長老との約束がなかったらとっくに放り出してるとか、村のオッサン達の前で、これ見よがしに言ってたくせに。

 というかこことかそことか最近急激に育ってきたあたしを、変な目で見始めてるの知ってましたからね。

 息子の嫁になる娘だからと自重してただろうけど、その枷が取っ払われたらどうなるかわかったもんじゃないと思ったからこそ、さっさとあの家を出たわけですから、戻れって言われても困ります。

 

「いやいや、婚約関係でなくなったなら、あたしがそちらのお宅に厄介になる理由もないでしょう。

 今までお世話になりました。

 こちらのかたの事は、新村長であるあたしが責任持ってお預かりいたしますので、どうぞご心配なく」

「は?」

「いや、だってあたしを最終的に自分の娘にする約束で、祖父に村長を任されたんですよね?

 その約束が反故になったんですから、本来なら継ぐ筈だったあたしに返してもらうのが道理ですよね?

 大丈夫、今のあたしなら充分やっていけますから。

 女性たちが村の収益を担うようになって肩身が狭くなった頭の固いオッサン達はさておき、今や村の稼ぎ頭である女性たちは、ほぼ全員あたしの味方です。

 彼女たちの協力があれば、立派にこの村を治めていけます。

 それに、母屋に住んではいなくても畑は使ってたし、家畜小屋だったところを改装して作業場にしてたの知ってますよね?

 職場を奪えばまた、女性を家に閉じ込めて威張り散らせる生活が戻ってくると、オッサン連中に唆されたんでしょう?

 けどそこで生産されてるあれらが村の名産として利益を上げてる以上、その利益を損なう背任行為と認定されてもおかしくなかったんですよ?

 その場合、巻き込まれたこのかたにだって迷惑がかかるところだったじゃありませんか。

 そうなる前にあたしがここに住み始めていて本当に良かった。

 タイキには是非、婚約を破棄してくれてありがとうとお伝えください。

 ええ勿論、今まで育てていただいた恩もありますから、あなた方父子をこの村から追い出すような真似はしませんよ。

 あなた方のあの家で、今まで通り暮らしていっていただいて結構です。

 もっとも収益は村長のあたしのところに集められて、皆さんの働きに応じて然るべく分配しますから、今までのように搾取して甘い汁を吸う事はできなくなりますが、父子ふたり、質素に暮らしていけば生活できますよね?

 あ、もうすぐ4人、いや5人になるんでしたっけ。

 お疲れ様でした、前村長殿」

 一方的に言って、なにやら喚き始めた養父だったオッサンを無理矢理外に追い出す。

 少し欲を出してしまいあたしから婚約者を奪った形になった、あたしの代わりに嫁入りすることになる彼女には申し訳ないが、彼女を仲間外れにしないでやって欲しいと他の働き手たちに既に手を回してあるから、これまで通りあたしの下で仕事はしてくれるだろうし、その収入があればオッサンはともかく、夫婦と子供ふたりなら、暮らしに困ることは無いと思う。

 そんなあたしたちのやり取りを聞いていた、その場に取り残されたそのひとは、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

「わたしが来たせいで、なんだかとんでもない事になってしまったようだね…」

「いいえ。こちらの方こそお見苦しいところを…いえ、あの、もと村長を頼っていらしたのでしょうに、こんな事になっていて、本当に申し訳ありません」

 目の見えない人に『お見苦しい』はなかろうと思い、慌てて訂正する。

 しかし、彼は特に気にした様子もなく、ゆっくりと首を横に振った。

 

「いや、わたしが頼ったのは彼ではなく、こちらの村を作った長老殿なのだ。

 …よもや亡くなっているとは思いもよらず。

 その家が住む者もなく荒れそうだと聞かされて、ならば住まわせて欲しいと甘えたのがいけなかった。

 どうかわたしの事は気になさらず。

 このように光を失った身ではあるが、これはこれで、自分の身の回りのことは一通り行なえるゆえ、滞在先などは自分で探しましょう」

 穏やかに話す落ち着いた声に、大人の男性としての思慮深さを感じさせ、あたしはこのひとに好感を抱いた。

 それに、真っ先に目につくその顔の傷ですっかりわかりにくくなっているが、よく見れば鼻筋の通った、ちょっとそこいらでは見ないようなスッキリしたイケメン顔ではないか。

 服装も清潔感のある趣味のいいものを身につけていて、少なくともこの村よりははるかに開けた街で生活していた人であっただろうし、なぜこんな傷を負うことになったかはさておき、それ以前はきっと女性にもてていたに違いない。

 だからというわけでは勿論ないし、直感でしかなかったが、あたしはこの男の人を、信用のおける人物と判断した。

 

「いいえ。

 祖父を頼って来てくださったのならば、あなたはあたしの客人です。

 どうぞごゆるりと滞在なさってください。

 この母屋は女一人では広いと、ちょうど思っていたところです」

 だがあたしの言葉に、彼は再び首を横に振る。

 

「…それは、外聞的に良くはないでしょう。

 うら若き女性が、村の外から来た男を家に引き入れたと、良くない噂でも立てられては…」

 おやまあ、なんという紳士。

 先程まで村長だったあのオッサンに、爪の垢でも煎じて飲ませたくなる。

 もっともその男らしい大きな手の指先の、平たい爪は綺麗に短く切りそろえられており、恐らく垢など一欠片も残ってないだろうが。

 

「さっきのもと村長の息子に、婚約破棄されたばかりの女ですよ。

 今更落ちる名誉も何もありません」

 自分を心配してくれるその紳士に、見えていないと知りつつも胸を張ってみせる。

 見えていない筈なのに、彼は空気だけは感じ取ったものか、フッと唇に笑みを浮かべて、言った。

 

「…その男は、馬鹿だな。

 この世に二つと無い宝を労せずに手に入れられたのに、それを自ら捨てるとは」

「……は!?」

「わたしにはわかる。

 あなたは、身も心も美しい人だ。

 これから村を背負って立つあなたの姿は、さながらドラクロワの絵の女神の如くなのだろうな。

 この目にそれを映せないのが、残念だ。

 ならばせめて、それを守る騎士としての栄誉を、賜わらせていただこうか」

 そう言うと、大人の男性である彼が小娘のあたしの前に跪き、あたしの手を取って指先に口づける。

 えええっ!?

 この世界でも前世でも、素面でこんなことをするような男性と接したことのなかったあたしは、その慣れない賛辞と行為に、一瞬で顔面に血がのぼった。

 

「い、いいいいやいや、あたしなんぞただの、そこらへんの村娘ですから。

 ああええと、じ、自己紹介が遅れましたが、長老の孫娘で今日から村長を務めさせていただきます、ミサキと申します。

 よよ、よろしくお願いしましゅ」

 うああ噛んだ。メッチャ噛んだ。

 動揺して滑舌が怪しくなったあたしの挨拶に、だがその人はますます優しい笑みを返してくる。

 

「わたしは…」

「おやまあ!誰かと思ったらシュウ君じゃないの!」

 と、そこに場違いに明るい声が響いてきて、あたしだけでなくその人もそちらへ顔を向ける。

 そこに居たのはエルマさんという、現在化粧品製造のスタッフを取りまとめてくれている人だ。

 他のスタッフの夫たちが嫌な顔をするという相談を受けるたびに、

 

『そうやって威張ろうとするアンタの旦那だって、よその綺麗なお姉さんには進んで尻に敷かれにいくんだよ?

 私ら嫁が綺麗になれば、旦那方はヘコヘコして擦り寄って来るに決まってるさ!

 ここはその、綺麗になる為のものを作る場所だよ!

 胸張っていなさいな!』

 と励ましてくれたりする。

(ちなみに製造に携わるスタッフは化粧品使い放題。最近は年齢がいっていても肌のきれいな女性が増えて、近隣からは美人が多い村だと評判になっているとか)

 今回あたしが婚約破棄された事にも一番心を痛めてくれ、例のあたしから婚約者を奪った彼女を叱り飛ばしてくれたわけだが、その彼女がこの先村八分にならないようにと、一番気を配ってくれているのもこの人だ。

 

「エルマどの。永らく無沙汰を致しておりました」

「おやおや。すっかり男前が上がっちまったみたいだけど、そういう堅っ苦しいところは変わらないんだね、シュウ君は」

 気軽な調子で笑うエルマさんの介入に、少し落ち着いたアタマが情報を整理する。

 …そうか、このハンサムでジェントルマンなスカーフェイスはシュウという名前なのね。

 祖父の知り合いだったというし、エルマさんのこの反応からすると、かつてこの村に住んでいたか、少なくとも滞在していた事のある人なのかもしれない。

 

「エルマさんは、このかたをご存知なの?」

「ご存知もなにも、この人はアンタのお母さんを連れ戻してくれた人だよ」

 言われてその人を振り返ると、彼はなにかを言おうと口を開いた。

 だがその声は、発するより前にエルマさんに遮られる。

 

「ねえシュウ君。

 アンタはあの頃、ユキトが殺されてミハルが攫われた事に、後悔しかないって言ってたけど、あの時ミハルの胎にいた子がこんなに大きくなって、今じゃこの村を支えてるんだ。

 運命ってのは不思議なもんだよねえ」

 …ミハルというのはあたしの母の名だ。

 話の流れからすると、ユキトというのは、その時母の恋人だったという人の名前なんだろう。

 あたしが生まれたのが16年前で、野盗に攫われた母が連れ戻された時には既にあたしを身籠っていた。

 この人のおおよその年齢を考えると、当時はまだあたしと同じくらいか、下手すりゃそれより下の少年だった筈だ。

 エルマさんの言葉に、シュウと呼ばれた人が、感慨深げに息をついたのがわかった。

 と、唐突にエルマさんがあたしの肩を掴み、シュウ様の方へと向き合わさせる。

 

「ねえミサキちゃん。

 シュウ君は頭もいいし、なんとかっていう拳法の達人でとっても強いのに、それを鼻にかける事もない、昔から本当にいい子なんだよ!

 アンタとは歳は離れてるけど、タイキ坊なんかよりよっぽどいい男だと思うよ?

 この村に滞在してる間に、モノにしちまう事をお勧めするね!」

「なっ!エルマどの、それは冗談にしてはたちが悪い!」

「おや、私は割と本気で言ってるんだけど?」

 エルマさんとシュウ様があたしを挟んで言い合いを始めたが、あたしはそれどころじゃなかった。

 今、耳に入ってきたワードにより、突然閃いた記憶が、水門を開いたように溢れてきたからだ。

 

 何とか…拳法………南斗、聖拳。

 

 攫われる子供たち。

 聖帝の名の下に築かれる南斗十字陵。

 愛を否定し葬ろうとする帝王。

 その前に立ち塞がる盲目のレジスタンス。

 光を閉ざした両目三条の傷跡は、いずれ世を救う少年の未来を守った証。

 

 仁の宿命を星に持つ男、南斗白鷺拳のシュウ。

 記憶にある漫画で見たその姿が、目の前にいる人と重なる。

 

 蘇った記憶に、あたしはようやく理解した。

 ここ、北斗の拳の世界だったんだ…と。

 しかも恐らくは、核戦争前の。

 

 つまりあたしは、その中の名もなきモブだ。

 

「…ミサキどの。

 先程は自己紹介が途中で止まってしまったが、わたしの名はシュウ。

 かつてこの村で暮らしており、君の母上とも顔見知りだった。

 親戚のおじさんか何かだと思って、必要なことがあればなんでも申し付けてくれていい。

 しばらく厄介をかけるが、よろしくお願い致す。

 ………ミサキどの?」

 …ねえ、あたし泣いていいですか。

 この世界のモブって、普通に死ぬやつやん。

 言ったら、汚物消毒されて死ぬやつやん。

 

 

 

 そして、あたしの意識はブラックアウトした。




つづきます。
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