転生美女世紀末伝説   作:大岡 ひじき

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ただのタイトル落ち。


うぬの名は〜或る女官の拳王様観察記(愛ある脳内ツッコミ)
1


 …よくあるネタですがわたくし、異世界転生していたらしいのです。

 ええ、『北斗の拳』という漫画の世界ですわ。

 わたくしの前世だった男子高校生が生きていた時には、既に30年も前の作品だったのですが、友達に薦められて読んだ最初の1巻で厨二(ハート)がいい感じに刺激されて、初めてのバイト代を使って文庫版で全巻揃えましたの。ええ、Amaz○nで。

 と申しましても、最後までは読み終えられなかったのですけど…。

 

 転生、という言葉でおわかりの通り、その世界のわたくしは若くして死んだのです。

 寝坊して、慌てて走って登校していたら、信号無視のトラックに撥ねられて衝撃と共に宙を舞い、次に硬いアスファルトに頭部を打ちつけられた瞬間は、思い出すと寒気がいたします。

 あ、ちなみに前世が男性だったからといって、その記憶が蘇っていきなり男性の意識に塗り変わる、なんて事はありませんわ。当然でしょう?

 確かに前世の記憶は戻りましたが、この肉体で生まれた時から女として20年以上生きてきて、今のわたくしにはこの人生こそが現実。

 現世の肉体で体験していない記憶なんて、眠っている間にみる夢のようなものですもの。

 ああ、失礼。お話を戻しましょうか。

 

 わたくし、元々は辺境にある大きな街の、割と裕福な商家の出身でしたの。

 その頃のわたくしときたら、お恥ずかしい話ですが甘やかされた一人娘で、まるで自分がこの世で一番美しい女であるとばかりに調子に乗っておりました。

 …ええまあ、お察しですわね。

 あの核の炎が世界を包み込んだあの日、わたくしの世界も一変しました。

 暴力が支配し、力無き者を蹂躙する、それまでの常識が一切通用しない世界。

 お金なんて『ケツを拭く紙にもならねえ』ただの四角い紙束となり、ちょっと見てくれのいいだけの甘やかされた小娘など、こうなればなんの役にも立ちません。

 それでもわたくしにとって運が良かった事は、ある程度の資源があったわたくしの住む街が早々に拳王軍の支配下となった事で、有象無象のヒャッハー集団……もとい無頼の者たちに蹂躙されずに済んだ事と、忠誠を示すための沢山の貢物と共に、その地区で一番美人だったわたくしが、拳王様に献上された事です。

 

 …ええ、地区一番の美人とか言われても、わたくしなんぞ町内会主催のミスコンレベルだったということをそこで早々に思い知らされ、その時点でまだわずかに残っていた鼻っ柱が、ぽっきり折られたどころか完全に倒壊いたしましたとも。

 わたくしより先にここに来て、既に拳王様や幹部の方々のお世話係の任をいただいていた女官さん全員、わたくしの目から見れば『天使、いや女神か!ここは天上界か!?』ってくらいの美人さん揃いでしたからね。

 聞けばわたくし同様、制圧した街から献上された、その街で評判の美女達だったようですが、都会の女性たちは辺境育ちのわたくしなんかよりも、ずっと垢抜けておりましたわ。

 案の定、担当を振り分けた兵士さんが、わたくしをひと目見た途端、ちょっとがっかりしたような顔で、居城の管理というか要するに下働きの、掃除やらなんやら雑務を担当する部署に、わたくしを案内してくださいました…ちょっと!

 配属部署はともかく『街一番の美人と聞いてたけど、辺境の街の女のレベルなんてこんなもんか』とか呟いたの聞こえてましてよ!!

 むしろ権力で集められた美女に目が慣れすぎではありませんこと!?

 ……思い出すと今もムカッ腹が立ってきますがそれはさておき滅べ。

 与えられた仕事を日々こなして、かつてはツヤツヤだった爪や、ささくれのひとつすら無かった手指が、見る影もなく荒れてきた頃、他の下働きの子たちと一緒に兵士さんの服を繕っていたわたくしは、見るともなしに見た作業部屋の窓から、遠目に見えた拳王様の騎馬姿に、忘れていた前世を思い出したのです。

 そして、その瞬間まで嘆いていた自身の境遇に、危うく感謝しそうになりました。

 

 ───ちょ!本物のラオウじゃん!!

 

 …そう。厨二(ハート)の持ち主だった前世のわたくしは、『北斗の拳』の中でも『ラオウ』が大好きだったのです。

 その日から騎馬で居城を出て行く、かの御方の姿を、遠くから見送るのがわたくしの、毎日の習慣となりました。

 そんなことをしているわたくしに同僚のマユが、

 

「え?ちょっとリア!?

 アンタまさか拳王様に懸想してるの!?恐くない?」

 と心配そうに声をかけてきましたが、わたくしの感情はそういうのではありません。

 推しというのは、見ているだけで日々の活力となります。

 彼女にはその後『推し』という概念をしっかり叩き込んでおきまして、今マユは拳王軍の幹部のひとりであるバルガ将軍に夢中です。

 いや趣味渋すぎるでしょう。

 ちなみに『いや待って無理無理貴い心臓痛い好きすぎて死ぬ』ってタイプ。

 

 ☆☆☆

 

 そんなわたくしに転機が訪れたのは、ここで働き始めて1年も経った、2週に一度だけ許されたお洗濯の日のことでした。

 何せこの世界、水はとても貴重です。

 拳王の居城には大きな井戸があり、一軍の喉を潤し煮炊きができる程度には豊かなのですが、それでも水をざぶざぶ使い捨てる洗濯という行為は、確実に贅沢の範囲なのです。

 ぶっちゃけ水飲まなきゃ生きられないけど、服くらい汚れてても死にませんし。

 ですがやはり、洗って干したものを身につけるのは気持ちがよく、この日ばかりは下働きだけではなく兵士さんたちも、手の空いている方は手伝いに来てくださいます。

 拳王軍も、地方に散らばる末端の組織などはいわゆる三下(ヒャッハー)の集まりですが、直属の正規兵は規律がしっかりしている為、わたくし達下働きの娘たちに悪さを仕掛けるような方はいらっしゃいませんの。

 むしろ皆さんとても御親切ですわ。

 …どちらかというと女官さん達が……ええ、御自分に自信のある方々が多いせいか、あわよくば拳王様の御寵愛を賜ろうと考える数人が互いに牽制し合っており、そこに他の女官さんが取り巻きで着くみたいな形となって、派閥みたいなものが出来上がりつつありますので、正直あの辺は、あまり空気感がよろしくありません。

 まあ、拳王様は見た目も性格も恐ろしい方ですが、ほぼこの時代最強と言って良い御方です。

 その方に選ばれた女は、望むもの全てを手にできるでしょう。

 …今その席が空いているのは、ただお一人の為だけなのでしょうけれど、それを知るのは拳王様御本人のみですし。

 まあ、また話が逸れてしまいましたわ。

 ええと、そうそう。お洗濯の日の事ですわね。

 

 あの日は朝からわたくし達下働きは、沢山の汚れた服を相手に大わらわでした。

 とにかく量が多いので、洗い水はすぐに真っ黒になってしまい、何回かに一度交代で、洗い桶の水を取り替える為、井戸の水を汲みにいきます。

 それがわたくしの番になり、両手に水桶を2つぶら下げて戻ったわたくしにマユが声をかけてきました。

 

「ねえリア。アヤ見なかった?

 結構前に水汲みに行った筈なんだけど、まだ戻ってこないのよ。」

 アヤというのは最近下働きに入ってきた子で、なんでも既に親は亡く、2人の弟と共に聖帝軍の末端兵士に捕まりそうになっていたところを、たまたま通りかかったリュウガ将軍に助けられて連れてこられたそうで、その弟達は少し離れたところで、女官さん達の制服を踏み洗いしているようです。

 …なんか『このやろう』『化粧オバケ』『くそババア』とか聞こえるのは気のせいでしょうか。

 ひょっとしたら持ち主の女官さんに、意地悪でも言われたのかもしれません。

 子供は正直ですから気をつけた方がいいです。

 

「だから、ひとつでいいって言ったのに。

 あの子細くてちっこいし、この仕事まだ慣れてないから、大丈夫と自分では言ったけど、やっぱり水桶ふたつは辛かったのかも。

 ここはあたしがやっとくからリア、あんたもう一回行って、運ぶの手伝ってあげてくんない?」

 そう頼まれて井戸のところまで戻ると、黒い巨大な生き物の姿が、わたくしの目に入ってきました。

 それはまさしく拳王様の愛馬・黒王号です。

 よく見ればそのそばに、拳王様御自身もいらっしゃるではありませんか。

 まあまあ、相変わらずの丈夫(ますらお)振りですこと。

 今日もわたくしの推しが貴いですわ。

 

「小娘が!貴様、何ということをしてくれるのだ!!」

「も、申し訳ございません……!!」

 そしてそのそばには怒鳴り声を上げる小男がおり、その足元の濡れた地面に、じかに跪く少女がどうやらアヤのようです。

 小男は厩番のコウケツという男でしょう。

 幹部の方々には媚を売るくせに下働きの者にはやけに尊大なので、同僚や先輩のお姉さん方(下は20代後半、上は50代半ばまで)の間では、女官さん達以上に嫌われておりますわ。

 …それにしてもこれはどういう状況なのでしょう。

 水桶が転がっているところをみると、濡れた地面は汲んだ水桶を、転んだか何かでひっくり返してしまったのでしょうが、とにもかくにもそのままにしておけず、わたくしはアヤの側まで寄ると、その肩に手を置きました。

 アヤは一瞬、ビクッと肩を震わせます。

 

「リアさん……!」

 ですが、触れた手がわたくしのものだという事がわかると、アヤは泣きながら、わたくしにしがみついてきました。

 

「わたし、拳王様の足元で躓いて転んでしまって、おみ足に泥水を……!!」

「まずは落ち着きなさい。

 貴人の御前で、所作を乱すものではありませんわ」

 濡れた地面に座り込んでいた為、アヤの服も手足も泥だらけですし、それにしがみつかれたわたくしまで、同じことになってしまっています。

 今日がお洗濯の日で良かったです。

 もっともそうでなければ、そもそもこんな事にはなっていないのでしょうけれど。

 

「…拳王様。

 この度は大変な御無礼を致しまして、申し訳ございません。

 本来ならばこの場にて御沙汰を待つところではございますが、このようにお見苦しい姿でお言葉をいただくのも不敬と存じます。

 後ほど改めて、侍従長と共にお伺い致しますので、ひとたびこの者を下げる事をお許しください」

「……不要。この程度、すぐに乾く。

 このラオウ、女子供の些細な不手際などに、いちいち立てるほどの小さな腹など持ち合わせぬわ。去ね」

 …初めて自分にかけられた推しのお言葉は、意訳すれば『貴様等アリが靴に噛み付いたところで気にもならん』というものでした。

 

「寛大なる御言葉、感謝いたします。御前失礼を」

 それでも、『気にしない』という言質が取れた事を幸い、わたくしは早々にこの場を辞すべく、アヤを立ち上がらせます。

 

「リアさぁん!ぐすっ、えぐうっ…」

「落ち着きなさいと言っているでしょう。

 戻って着替えをしたら、お洗濯の続きですわよ。

 まだまだたくさん残っているのですからね」

 彼女を引っ張って水桶を拾い、ついでにちらりと拳王様を盗み見ると、何やら驚いた様なお顔で、こちらを見つめておりま……え?

 

「ああっ、ラオウ様!お靴が汚れております!!」

 と、その時コウケツが、さも今気がついたとでも言うように、拳王様に駆け寄りました。

 その足元に縋り付くようにして、泥のはねたブーツを、手にした布で拭います。

 拳王様は特に止めるでもなく、されるがままコウケツを見下ろしておりました。

 

「このような端女にお靴を汚され、さぞご不快だった事でしょう。

 さあ、きれいになりました!

 私は馬係のコウケツと申します、拳王様」

 ひとの失敗を踏み台にして拳王様に自分を売り込もうとするこの男は、見た目よりも野心家であるようです。

 けど、魂胆があまりにも見え透いていますわ。

 

「……何故、おれに媚を売る。

 おれの歓心を買って、出世でもしたいのか!?」

 そして、はたから見てもバレバレな魂胆が、拳王本人に気付かれないはずもなく。

 御機嫌取りをしようとしたその行動は、却って拳王様の怒りを買う結果になったようです。

 

「媚など男には不要!

 このラオウに必要なものは戦士だ!!」

 拳王様はコウケツの顎を無造作に掴む(大きさの対比的に、つまむと言った方が近いかもしれません)と、そのまま掴み上げて、苛立ったように言いました。

 

「下衆なドブネズミめ!!二度とおれの前に顔を見せるな!!」

 次の瞬間、手を離されたコウケツは、一度べしっと地面に叩きつけられましたが、さほどのダメージもなかったようで、情けない悲鳴をあげて、素早くその場から逃げ出していきました。

 ……うん。何という理不尽。

 怒りのスイッチが判り辛すぎますわ。

 コウケツは拳王軍での出世を望んでいたようですが、わたくしだったら絶対に御免です。

 こんなひとの側に仕えていたら命がいくつあっても足りません。

 機嫌を損ねる事に最大注意を払ってるうちに多分過労死フラグ立ちます。

 推しは遠くから愛でるもの。うん名言ですわね!

 

「待て女……名をなんと言った?」

 若干現実逃避をしながら、見なかった事にしてその場を去ろうとする背に、何故か声がかけられました。

 幻聴と思いたかったのですが、ギギギ、と音がしそうなぎこちない動きで振り返ると、拳王様は間違いなくこちらを向いております。

 女……この場合、ここにはそれに相当する者が2人おりますが、拳王様が仰っているのは、さて、どっちでしょう。

 ふと隣を見れば、アヤが今にも泣きそうな顔で、生まれたての仔馬かってくらい震えております。

 

「……あとから来た方だ」

 わたくしの心の声に応じたかのようなタイミングで、拳王様が付け加えました。

 こうなると、問われて答えないわけには参りません。

 

「………リアと申します、拳王様」

「リア……か。うぬは今日より、おれの専属だ。

 おれの身の回りの事を賄うが良い。」

「………は?」

 理解不能な言語を聞いたような気がして、わたくしは間抜けな声を発する事しかできませんでした。

 

「さっきのドブネズミほどあからさまではないが、おれに媚びようとする女どもには、いい加減うんざりしていたところだ。

 うぬはおれを前にして、(へりくだ)りはしても、媚を売ろうとはしなかった。

 何より、おれを恐れもせず、堂々とした態度でこの場を収めようとした。

 これほど(はら)の据わった女の方が、おれの側仕えには都合がよかろう」

 いや今、都合いいとか言わなかったかこのオッサン!!

 ……失礼いたしました。

 …けど多分というか絶対に、今言った理由なんて後付けでしょう。

 拳王様が最初に気になったのは、恐らくわたくしのこの名前ですわ。

 拳王様にとっては、意中の女性の名前の一字抜きですものね。

 アタマんトコちょっと足りない…ってやかましいわ。

 あら、またまた失礼いたしましたホホホ。

 

 そんなわけで拳王様の独断により、その日よりわたくしは下働きから、いきなり拳王様付きの女官に格上げになったのでした。

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