売れない営業マンが幻想入り   作:池沼妖怪ブレインロスト

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営業マン、地元の飯を作る

 橋田の住む部屋は台所が無い。

 というより、本当の意味で何も無い。

 鍵も何も無い木製の戸をガタガタと開けると4〜5足の靴を置けば埋まってしまう程度の玄関があり、そこから一段上がれば部屋である。

 床は畳なんて高価なものではない。フローリングと言えば聞こえは良いが、ただ単に木の板がベンベンと並んでいるだけである。

 それだけだ。

 見事なワンルーム長屋と言えよう。

 トイレは共有。長屋の両端にあり、丁度ど真ん中の部屋を借りているので、橋田がもよおした際には小走りで端まで行かねばならない。

 もちろん風呂は無し。銭湯に行って汚れを落とすのだ。

 

 橋田は食うのが好きだが、作るのもそれなりに好きなのだ。

「自炊がしたい」

 そんな事をボヤいていた。

「おや、橋田さん。料理できるんかい?」

 里の飯屋で昼飯を食いながら橋田の独り言を聞いた店主のおばちゃんが橋田に声をかけた。

「そうよぉ。外の世界で暮らしてた頃はほとんど毎日作っとったって」

「ああ、そんじゃあさ、ウチの仕事手伝ってくれんかねぇ?」

「なんだい?」

 どうやら、博麗の巫女が異変解決をするたびに、博麗神社の仲間内で宴会をするそうで、今回の異変解決に伴ったその宴会に出す料理を依頼されたのがこの食堂なのだそうだ。

 霧雨魔理沙からの依頼らしい。

 

「予算はもうもらってるんだけどねぇ、結構品数多いから、その日に作ろう思うと大変なのよ」

「良いけど俺の腕とか知らなくて良いのかい?」

 橋田はヒゲを手でじょりじょりとしながらおばちゃんに言った。

「そんなもの、野菜とか肉とか切れて炒めるだのなんだのができればそれで良いよ。味付けは私らがやるんだし」

「そんなんで良いなら分かったよ。いつからだい?」

「来週なんだけどねぇ」

 

 おばちゃんの返事を聞いた橋田は、懐からメモ帳を取り出し予定を確認した。

「お、丁度手伝えるよ。お代はこんなもんでどうだい?」

「ああ、そんなもんでいいのかい?」

 橋田は紙に依頼料を書いて、おばちゃんに見せた。

「最初はお試し料金だ。良いと思ったら色つけてくれればいいや。そのかわり、また手伝いが欲しかったら呼んでくれよ?」

「まぁ、べらぼうに高い割に全然使えないよりは良いかね。じゃあよろしく頼むね」

「分かりました!よろしくお願いします!」

 そう言った橋田はすぐさま起立してピシッと直角に腰を折り、おばちゃんに頭を下げた。

 

「おや、いきなり丁寧になったね。どうしたの?」

「そりゃお客さんになったんだから、ちゃんとしないとね」

「なんだかむず痒いねぇ」

「…いつものが良いかい?」

 ボリボリと頭をかいて言う橋田。大真面目にかしこまったのにそれを受け流されるとこっぱずかしいのだ。

「そうだねぇ。そっちのがやりやすいよ」

「じゃそうするか」

 橋田はおばちゃんに勘定を払い、食堂を出て行った。

 

 

 そして、宴会当日の昼間。

「困ったねぇ…」

「どうしたよおばちゃん」

 おばちゃんは台にある野菜を眺めながらため息をついていた。

「食材が余っちまったのさ。これだけ使うって約束なんだけどね、私らが作れるもん作ったらこれだけ余っちまったのよ」

「ふぅん」

 余った野菜を手に取りながら橋田は相槌を打つ。サツマイモ、カブ、コンニャク、ショウガ…etc

 どれもこれも単体で出せる料理がおばちゃんには思い浮かばなかった。

「橋田さん、あんた外の世界の料理でこれだけの食材使ったもん作れないかい?」

「出来るよ」

 橋田は即答した。

「じゃあ頼むよ。ここにある調味料なら全部使っちまって問題ないから。…ああ。薪代も気にしなくて良いよ」

 

 よしそれなら!と橋田は腕まくりし、調理に取り掛かった。

 まずは賽の目に切ったサツマイモを器に入れる。

 その中に少量の塩と砂糖を加えた小麦粉を入れ、水を少しずつ入れながらかき混ぜていく。

 そうやって角を作れば形が残る程度の粘り気を残したゆるめの生地を作る。

「で、あとはこの生地を好きな大きさに分けて、それを蒸すだけだ。紙か板を敷いとかないと蒸し器にくっつくから注意な」

「なんだ簡単だねぇ。お菓子かい?」

「そうそう。これが美味いんだ」

 蒸している間に他の食材に取り掛かる。

 

「橋田さんやい、ちなみにこれは使えるかい?」

 おばちゃんが肉の包みを指差した。

「肉屋さんにおまけでもらったんだよ。使い道無いからって」

「へぇ。美味そうな牛すじじゃないか」

 じゅるりとよだれを吸った音を出しながら、橋田は手を揉んだ。

「見た目は良いけど硬くて食べられたもんじゃあないよ。おまけに煮ても臭いのよね。おでんの時期にはまだ早いし、面倒なんだよ」

「まぁ、そうかな?俺の地元じゃ牛すじをおでんに入れるなんて勿体無いことしないぞ。おばちゃん、八丁味噌あるかい?」

「八丁味噌?ああ、あの辛くて不味い赤味噌ね。あんなもんよく知ってたね」

「まぁね」

 橋田に頼まれたおばちゃんはテコテコと奥から引っ張り出してきた小さい容器を持ってきた。

「私なんか何十年とお味噌屋さんと付き合いあるけど、八丁味噌なんてついこないだ初めて見たよ」

「そんなもんか。でもこんなもんどこで手に入れたんだい?」

 受け取った味噌をまじまじと眺めながら橋田はおばちゃんに聞いた。

「味噌屋さんが香霖堂で買ってきたって。外から来たみたいよ?試しに買ってみたけど、辛いし変に味が残るから使いにくいのよねぇ…」

「また香霖堂か…」

 橋田は思わず口に出した。『香霖堂』は今の橋田の中で一番気になるワードなのだ。

「何か言ったかい?」

 ボソッと一言放った橋田の声はあまり大きくなかったからか、おばちゃんが聞いてきた。

 特におばちゃんには関係の無い話なので、橋田は料理の話に戻した。

「いや。この味噌は味噌汁にしても美味いが、本領発揮するのは煮込み料理だ」

 そう言うと、橋田は味噌の香りを嗅いでウンウン頷き調理に戻った。

 

 牛すじを酒と水でグツグツと水気が無くなるまで煮た後、角切りにしたカブとコンニャクが入った鍋に入れ、また水を入れ火をかける。

「んで沸騰してしばらくしたら、この赤味噌を入れてまたしばらく煮込む。水が具材の半分未満くらいになったかなぁというところで完成だ。お好みで刻んだショウガとか一味唐辛子を入れれば良いぞ」

「へぇ、良い香りだねぇ。でもここまでやらないと牛すじの匂いは取れないんだねぇ」

「まぁ味噌と酒で大分臭みが取れるが結局ちびっとは残る。けどこの臭みが酒に合うんだよ。ホレ、食ってみぃ」

 おばちゃんは小皿に移された牛すじを口に入れ、しっかりと味わう。

「ああ…牛すじってこんなに柔らかくなるんだねぇ、味は…ちょいと癖があるけど、まぁ米や酒には合いそうな味だね。美味しいよ」

 一回単体で煮込んだだけあって、本来は硬いスジがホロホロになっていて柔らかい。

 味噌の香りと後味が肉の旨味を引き立てる。

 塩っ辛い味噌と、それが十二分に染み渡ったカブや味噌が絡まったコンニャクも箸を進ませる。

「薪代はかかるが、これほど酒に合うものは無いってくらい美味いだろ?」

「…まぁ、好みは人それぞれだよ。とにかくありがとさん。もうしばらくしたら、霧雨のお嬢さんが取りに来るそうよ。持ってってくれないかい?」

「はいよ」

 作った料理をせっせと器に詰めて、準備を終わらせる。

 後は運ぶだけだ。

 

 

「ほうほう、今日のはアンタが作ったのか?んー!美味いな。酒が進みそうだぜ」

 受け取りにやってきた魔理沙は珍しそうに橋田の作った物をつまみ、感想を口にした。

「一部だけな。そういやぁ魔理沙さんって魔法使いだろ?あんたがつまんだその料理は温めても美味いから、火を出すなりしてやってみてくれ」

「わかった。ありがとさん。じゃあ手伝ってくれ」

「何を?」

 突然の魔理沙の頼みを橋田は理解できなかった。腕を組みつつキョトンと90度に首を折って質問する。

「乙女にこれだけ全部運ばせるのか?頼むよ」

 エヘンと偉そうに腰に手を当てて踏ん反り返える魔理沙。

 おおよそ、物を頼む人間の姿ではない。

「駄賃はいくらで?」

「サービスだろ?」

「そんなのは食堂からの依頼の内に入ってなかったもんでね。残念ながらタダ働きは無理だ。ボランティアの方々に頼んでくれ」

 顎をかきながら橋田は答える。

「男なんだし、力あるんだろ?良いじゃないか」

 笑顔は崩さず魔理沙は食い下る。

「魔法使いなんだし、空飛べるんだろ?運べるじゃないか」

 同じくらいにこやかな笑顔で橋田はそう返す。人間はまるまる同じ風にやり返されるのが弱いのだ。実際魔理沙も折れた。

「わかったよ。悪かった。安くても良いんだな?」

 魔理沙は本当に駄賃程度の金額を提示した。

「ええ。そんなもんで結構ですよ」

 ニコニコと橋田は金を受け取ってから、料理を運び始めた。

 

 実際のところ、サービスはできなくもないし簡単にやれてしまう。

 しかし一度無償奉仕の前例を作ってしまうと、その話を聞いた他の客にもサービスしないといけなくなる。

 そうなってくると、いよいよをもって都合の良いボランティアマンの出来上がりだ。

 金持ちなら何とかなるが、あいにくと橋田はその日暮らしの貧乏人である。

 安くても良いから金を取った方が後々面倒にならないのだ。

 

「こんな駄賃程度で運んでくれるのは結構だが、妖怪がかなりいるからな、ビビるなよ?」

 ルンルンで運んでいた橋田は、その魔理沙の一言で凍りついた。

「やっぱもうちょいもらって良いですかね?」

「ダメだ。それで契約したんだ。ちゃんと働いてくれよ?」

 魔理沙はニヤニヤと笑いながらそう返す。そのニヤついた顔を見た橋田は理解した。

「仕返しですかい。くそぉ!」

 もはやヤケクソで博麗神社までの階段を登っていった。

 

 魔理沙と一緒に大量の料理を運んだ橋田は博麗の巫女への挨拶もそこそこに、妖怪が集まりきる前にさっさと帰っていったのであった。

 

 

 後日、橋田は報酬を受け取りに食堂へ赴いていた。

「あんた雇って良かったよ。霧雨のお嬢さん喜んでたわ。これ、おまけね」

 渡された金はそこそこあった。かなり色をつけてくれたらしい。

「そういえば…。あれ、あの二つのやつ、なんて名前だい?」

「あれ?鬼まんじゅうとどて煮」

「おに?なんだって?」

「鬼まんじゅうと、どて煮だよ。愛すべきわが故郷の郷土料理さ」

 橋田は少しだけ得意そうに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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