売れない営業マンが幻想入り   作:池沼妖怪ブレインロスト

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物を売るときは納得してもらってから

「ついに来たか、香霖堂…」

 橋田は久しぶりに里を出て、魔法の森の入り口まで出向いていた。

 到着地は香霖堂。目的は例の宇佐美ナニガシとやらに会うためだ。

 いるかどうかは分からないが。

「しかしまぁ…。これは…」

 橋田はため息をつきながら店の外観を眺める。

 店の入り口に商品(?)が乱雑に置かれていた。

 

 橋田の経験上、入り口が汚い家や店の主人は厄介な人間が多い。

 経験上なだけで勿論例外もある。別段、統計したわけでも心理学だのを勉強した結果に基づいた思考ではない。

 単純に経験値だけではある。

 しかし、これが結構当たるのだ。

 ヤンキーな家庭、ぐうたらな家庭、だらしない家庭、金に汚い家庭、金に疎すぎる家庭…etc

 お世辞にも良い人間の住む家庭とは言えないところが多い。

 反対に、政治家や資産家の家はもちろん、中流家庭でもちゃんとした主人のいる家庭は入り口が綺麗なところが多い。

 

 そういうのがあって、橋田は結構身構えていた。はじめから気合いを入れていかないと気圧されるからだ。

「よしっ!行くぞ!」

 橋田は香霖堂の扉を押して中に入った。

 

「…」

 静かだった。客が入ってきたのにもかかわらず、挨拶は無い。というより、店主が居なかった。

 物が乱雑に置かれている割には歩きやすい店内だった。

 道具屋というだけあって、日用雑貨から何から色々置いてある。

 食器、筆記用具、傘、剣、炭、ノーパソ、キーボード、ウィジャ盤…。

「マリクが使ってたやつだ」

 里でよく見かける道具だったり、よく見かけなかったり、よく分からない物だったり、外の世界でよく見たものだったりがてんでバラバラに置かれていた。

 陳列という言葉を使わないのには理由がある。値札が無いのだ。

「お、手回し充電器がある。ちょっと欲しい」

 橋田が幻想入りした時に持ち込んでしまったスマホの充電が可能な物がそこにはあった。人力で電力を生み出す災害用のものだ。もちろん値札は付いていない。

 

 橋田がしげしげと道具を物色していると、奥からトコトコと歩いてくる音が聞こえてきた。

「やぁやぁ、すまなかったね。丁度客が来ていたもので。いらっしゃい…おや?」

 奥から出てきたのは、丈の高い青年だった。どうやら彼が店主の森近霖之助らしい。

 水色のボサボサ頭でザッパなイメージを一瞬持たされるが、服装を見るとそれが払拭される。

 手の込んだ装飾こそ無いが、キチンと手入れされているような清潔感が出ている。

 髪の色に合った色合いで、それが彼の神秘さを出している。

 そして何より…。

「眼鏡をかけている」

 眼鏡は良い。男も女も、眼鏡はかけるだけで魅力が何倍も何千倍も増す。人類が生み出した世界最高のマジックアイテムである。

 もちろん霖之助も例外ではない。眼鏡をかけている彼は、非常に知的な雰囲気を醸し出し、物静かな美青年というイメージを湧かせる。いい男だ。

 ちなみに橋田は男色家ではない。

「かけていてはダメか?君はいつも初対面の者にそんな態度を取っているのかい?」

 橋田の一言を聞いた霖之助はもちろん怒る。人差し指で眼鏡のふちをいじりながら顔をしかめていた。

 橋田は褒めているつもりでも、『眼鏡をかけている』だけでは微塵も伝わらない。霖之助には真逆なイメージが伝わってしまうのだ。

「ああ、すんません!眼鏡が似合っている珍しい方だったので、つい…」

「ほ、褒めていたのかい?それは失礼した。ところで…」

 

 霖之助はズレた眼鏡を指で上げ、言った。

「君が噂に聞く最近来た外来人かな?」

「どんな噂かは存じ上げませんが、たしかに最近外から来た人間ですね」

「そうかぁ…惜しかったね」

「何がです?」

「いや、つい先程まで君と同じ外来人が来てたんだよ。もう帰っちゃったけどね。君がもう少し早く来てくれたら会えたかもしれないって意味でね」

「ああ、残念ですねぇ。ちなみに来てた人間というのは宇佐美なんとかって子ですか?」

「へぇ、よく知ってるね。もしかして天狗が書いた新聞読んでたりするのかな?」

「あはは…まぁ、人並みには…」

「妖怪並みにはって所かな…いや、妖怪もしっかり読む輩はそんなに多くはないから…妖怪以上だね。超越者だよハハハ!」

 

 自分で言った冗談に笑う霖之助を橋田は警戒する。

 良いか悪いか判別がつかないので隠していたので、バラされると面倒なのだ。

 橋田が少し引いていぶかしんだ顔をしたのを見て、霖之助は手をヒラヒラと降って橋田の反応を否定した。

「あ、いや、別に警戒する必要はないよ。僕は半分妖怪だからね。里の人間にバラす事もなければ、妖怪の情報を知っているからと言って喰うわけでもないよ。そもそも天狗の書いた新聞なんて大した情報でもないから隠すようなものでもないし」

「はぁ、何やら貫禄があるなと思ったら、妖怪だったんですね」

 橋田は警戒を解き、頭をボリボリかきながら霖之助にそう言った。

「半分ね。半分は人間さ。里の寺子屋の教師と似たようなものだよ」

「さようですか」

 橋田は顎に手を当てて、寺子屋の教師とやらを思い浮かべた。

 教師というと1人しか居ないような気がしたが…。すると彼女は半分妖怪だったのかと。

「さようだよ」

 霖之助はクククと拳を口に当てて笑っていた。何が面白いのやら分からないが、何かが面白かったらしい。

 

「ところで…宇佐美君の名前が出てきたって事は、君は彼女に会いにきたのかな?」

「概ねあってますよ。外の世界と行き来が自由だと聞いて、どうやっているのか知りたくてですね」

 橋田がそう答えると、霖之助は腕を組み、少しだけ難しそうな顔をした。

「むぅ。彼女の場合は特殊だからねぇ…。君には難しいかもしれないな」

「それならそれで結構なんですよ。持ち運びができるならやってもらいたいことがありますし」

「そうかい?そうしたら彼女が来たら伝えておくよ。次はいつ来るんだい?」

「次ですか?さぁ…て…」

 橋田は懐から手帳を開き、パラパラと予定を見ていた。

 残念ながら、来月まで毎日仕事が入っていた。休みはない。

 

「んー。丁度予定が埋まってるんで、来月になりますねぇ」

 ため息をつきつつ手帳をしまいながら言った橋田を見た霖之助は腕を組み、椅子の背に深くもたれた。

「それは残念だ。まぁ、彼女はかなり頻繁に来るからいつでも来ると良い。丁度今くらいの時間だ。外来人はこの時間よく寝てるのかな?」

「寝てる?」

 霖之助の言葉に首をひねる橋田。

「ああ、彼女は幻想郷には夢を見るという形で来るんだよ。一応、物の持ち運びは出来るみたいだけどね」

「なるほどなぁ、たしかに私には無理ですね。夢を使って移動するなんて出来ませんから」

 

 宇佐美氏の特殊能力を聞いて少しだけ残念に思った橋田だが、それほどのショックは受けていなかった。

 橋田が気にしている点はその事実ではない。

「それにしてもこんな時間に寝るのか…」

 こんな時間に寝られる宇佐美氏についてである。

 新聞の写真を見た感じ、行って20代程度の女の子である。

 はたしてそんな娘が寝られる職業なんてあるものだろうか。

 そう考えていた。

「こんな時間に寝られるなんて学校に通ってる子供か外回りの営業くらいですよ」

「そうそう。彼女は高校生(?)とか言ってたね。外の世界の中等教育(?)とやらを受けている学生さんらしいよ」

「なるほど、不真面目な生徒だ」

 高校生なら今くらいだと、ちょうど昼飯が終わって5限目が始まった程度の時間だろう。

 頻繁にくると言うのだから、授業の内容なんてものは全く聞いていないだろう。教師泣かせである。

「なのかな?分からないけど、寺子屋のような授業が1日中ずっとあると思うと、寝てしまうのも分かる気がするけどね」

「たしかに」

 橋田は一度だけ寺子屋の授業を聞いていたが、慧音の話があまりにもつまらないので眠っていたのを思い出した。

 過去の話を文章読み上げソフトのように淡々と読み上げていくだけなので、睡眠導入にはぴったりのものだったのだ。

 授業の途中で目が覚めたのだが、それは額の痛みに気がついたからだ。

 目を開くと慧音氏の無表情な顔が眼前に映っていた。彼女の額は若干赤くなっていた。

 慧音を目視した瞬間に謝った橋田は賢明と言えよう。

 

「というわけで、今日はもう帰ってしまったからまた今度来ると良いよ。何か伝えときたい事あるかい?」

 橋田が慧音の頭突きを思い出していると、霖之助が伝言を提案してきた。

 しかし、橋田には特に宇佐美氏へ伝えたい事は何もない。

 橋田自身が外の世界へ戻れない事と、宇佐美氏は物の持ち運びが可能という情報で十分ではあったのだ。

「そうですねぇ…。まぁ、特に何も伝える事はありませんよ。私が訪ねてきたって事だけを言ってくれれば」

「わかった。君が彼女を訪ねに来るかもしれないという事を言っておこう」

「ありがとうございます。ところで…」

 橋田はずっと手に持っていた充電器を霖之助の目の前に置いて言った。

「これ、いくらですかね?」

 

 

 そして日が暮れ、人間の里が静まる時分。

「しかしまぁ、今月の生活費の8割持ってかれたな…。使い方も知らないのによくもまぁあんな金額を出せるよな」

 じーこじーこと手回し充電器を回しながらぼやく橋田がそこにはあった。

 持ち金のほとんどの値段を言われた橋田は、迷いもせずに充電器を購入していた。

「おっ。ようやくついた」

 長い間電気が供給されなかったスマホに光が灯った。

「電波も来てないし、使い道は…。音楽聴くのと手帳とそろばんの代わりくらいか。後は…。計測と照明だな」

 スマホに電源が入っても、じーこじーこと動かす橋田の手はまだまだ止まらない。十分に溜めておきたいのだ。

「でも、行って良かったな…。出来ないことと出来ることが分かったし、充電器も買えたし」

 じーこじーこ。まだ充電は終わらない。

「森近さんはなかなか良い青年だったなぁ。まぁ、経験則なんてもんはアテにならないんだな」

 じーこじーこ。そろそろ満タンになる。

「よし、満タンだ。ああ!疲れた!明日は貸本の回収か。さっさと寝るかぁ」

 100%と表示された充電の表示を見て満足した橋田は、そのままパタンと後ろに倒れ、眠ってしまった。

 なんだか外がざわざわとしているが、それも気にならない程度には橋田は疲れていた。

 明日も早い。

 橋田の意識は少しずつ落ちていった。

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