「だからね、餅の硬さとか味が決め手なんだよ!」
「人間は飽きやすい生き物なんだからそんなの気にしないよ、種類が多い方が売れるんだって!いつか逆転するんだから!」
二匹の兎が何やら言い争っている。
彼女たちの目の前にあるつきたての団子と帳簿についての口論のようだ。
唾を飛ばしながらワーキャーと互いの理論をぶつけ合う二人の姿は軍人の気迫が垣間見える。
絶対に負けないという気概で満ち満ちている空気だ。
「情報部の私が言うんだから間違いないって!」
黄色の服を着た少女が豊満な胸を張ってえばる。彼女の手には、モチモチとして大きな団子があった。
「人間と一番接点あるのは私だもん!」
青い服を着た少女はドンと畳を打って前に出た。彼女の横には別々に味付けがされた串団子が置かれていた。
黄色の少女は青の少女の横にある団子を一瞥し、フンと鼻を軽く鳴らしてから手に持っていた団子を一口で食べた。
「MGMGごくん。それなら試してみようか?」
「望むところよ!」
青の少女はそう喧嘩を買うと、横にあった団子の一つをはむっと勢いよく食べた。
幻想郷は、外の世界と比べて食べ物屋の種類が極端に少ない。
土地の広さの限界もあるし、物流が制限されているものもあるし、知識が入ってこないという理由もある。
また、狭い世界なので大半の食事処には特筆すべき事は無く、里の商店街を歩いても、蕎麦屋から十軒ほど歩いたらまた同じメニューしか置いていない蕎麦屋があったりするのだ。まぁ、フランチャイズが蔓延る外の世界でも往々としてある話ではあるが…。
反面、同じような食べ物を提供しているだけあって、常にライバルとの差を離す為の努力や情熱の入れようは外の世界よりも強い。
同じ蕎麦屋でも、混ぜるうどん粉の量を変えたり、だしの味付けを濃くしたり薄くしたりなどと、日夜顧客の研究に勤しんでいる。
また、娯楽が少ないので食い物屋に行くしかないというのもある。
だから違う団子屋が同じ場所に併設されていても、そこまで互いの店のダメージは少ないのだ。
もちろん、客は二つの店舗にばらけてしまうので多少は売り上げが減ってしまうのは確実なのだが、目に見えた競争が無かった人間の里では互いが互いを常に意識しながら営業しているスタイルが新鮮だったのか、団子屋にしてはかなり盛況な方であった。
「とは言い過ぎかな?」
己の考察に対して、橋田が一人で勝手に照れながらそう言った。
橋田は今、二つの並んだ団子屋を眺めている。
黄色い服を着た少女が経営している鈴瑚屋と、青い服を着た少女の店の青蘭屋の二つである。
開店当初から、美少女二人が売り上げを競って商売していると、娯楽に飢えた里の人間達が集まっていた。
その美少女団子屋のバトルを眺めていた。もちろん二つともの店から団子を買ってからだ。
団子の食べ比べという糖質制限をしている人間にとっては発狂ものの愚行を犯している橋田は、その危うさを感じながらも楽しんでいた。
青蘭屋の団子は種類が豊富だ。
何も付いてないもの、アンコ、きな粉、三色…etc
見ていて飽きがこない。
一方の鈴瑚屋は、何も付いていないただの焼き団子一つのみで勝負している。職人魂を感じる商売だ。
どちらも橋田の舌を楽しませる程の味である。
美少女団子屋が出来てからひと月ほど経っているが、現在は鈴瑚屋の方が優勢である。
行列の半分以上は鈴瑚屋に行っている。
理由は味の質と食感らしい。団子の甘みと大きさと食感が良いとの事だ。
しかし橋田はそのあたりが全く分かっていない。
というのも味だのなんだのについては、里一番の食いしん坊で美食家を自称する長屋の大家が『団子の甘みがうんぬんで、食感がうんたらで、大きさはなんたらで…だからこっちのが美味い!』と鈴瑚屋の団子を食って、うんちくを述べたからである。
大家の舌はそれなりに参考になるという事で、里の人間はそっちの方の団子を中心に買い始めた。
次第に里の人間達の間では『鈴瑚屋は味が良い』という風潮が流れていた。
が、橋田が気に入っているのはもう片方である青蘭屋の団子だった。
劣勢な方に着きたいという橋田のひねくれた性格もあるのだが、1番の理由は味の種類が豊富だからである。
橋田は食うのは好きだが味の違いは分からない。
非常に不味いかそうでないか程度でしか分からないのだ。
だから団子の違いを言われても、食べ比べても、味はどちらも一緒だと思うのだ。
だから、同じ団子しか売ってない鈴瑚屋よりも、様々な味付けがなされている青蘭屋の方が好きなのだ。
橋田は二つの店の売れ行きや、買った帰りの人間の会話なんかを聞きながら、もぐもぐとしていた。
「正直、買ってる民衆の大半も味の違いなんて分かって買ってねぇよなぁ」
三本目の団子を食べ終えて、ふうと茶の苦味を楽しんでいた頃にそう言った。
すると団子を売っていた二人の美少女に、付け耳のようなものが現れてピクピク動いているように見えた。一瞬で消えてしまったが。
すぐに見えなくなった兎のような付け耳だが、一度見えてしまうと以降も謎の違和感があるように見えてしまう。
そこで橋田は気がつく。団子屋の美少女達は、人間に付いているはずの位置に耳が無かった。
はじめは髪に隠れて見えないだけなのかと思っていたが、やはり無い。というより、そもそも耳なんかわざわざ見ないのでさっぱり気がつかなかった。
妖怪と何度か交流のある橋田は、美人・美少女で珍妙な格好をしているのは大抵人に化けた妖怪であるというのに最近気づいた。
となると、
「あれ…兎の妖怪なのか…」
という帰結になる。
兎の妖怪と気づき改めて団子屋の方を見てみると、青蘭屋の娘の方が橋田の方をジッと見つめていた。
すると何処からともなく『そこにいろ』と聞こえてきた。
「また妖怪関連の仕事の匂いがする」
橋田は少しだけ身構えることにした。
結論を言うと橋田の予感は当たっていた。やはり美少女団子屋の二人は妖怪で、やはり妖怪が商売を持ちかけてきた。
「あれってどういう事?」
団子屋が閉まった夕刻。青蘭屋の少女が声をかけてきた。腰に両手を当て眉を吊り上げて、何故か憤慨している様子である。
「え?ああ、団子屋のお嬢さんですか。あれって?」
「みんな味の違い分かって買ってないって」
「ああ。やっぱりその耳聞こえてたんですね」
「質問に答えて」
青蘭屋の少女は何処からともなく大きな杵を出し、橋田の目の前に突き付けた。
かなり重いように見える杵だが少女は軽々と扱う。明らかに橋田よりもパワーがあるし、下手に怒らせると間違いなく死ぬのは明白であった。
橋田はなるべく落ち着いた表情を見せて説明する。
「そのままの意味ですよ。大衆のほとんどは味の違いなんて分かって買ってない。あれは情報を買って食ってるんですよ」
これまで妖怪と相対しても、直接武器やらなんやらを突き付けられた事が無かった橋田はかなり緊張している。脂汗がじわじわと橋田のひたいを埋めていく。
「じょ…何を言ってるの?」
「美味いと聞いたから美味いのだろうと思い込んで美味いと言って買ってるんです。…言ってて自分が混乱してきた」
「えっ…?人間ってそんなに単純なの?」
「やっぱり妖怪でしたか」
「ゔっ…。仕方がない、貴方を拘束する!」
少女はそう言いながら杵の持ち手を引っ張ると、ジャラジャラと鎖が出てきた。
橋田は少女が使うトンデモ武器に驚きながらも、まぁまぁと少女をなだめた。他人を落ち着かせると自分も落ち着いてくる。
しっかりとお互いに落ち着いた所で、橋田は説明を再開した。
「良いですかい御嬢さん。あれは味の違いがわかる里の男がうんちく垂れて高評価したって時点で、既に貴女との店の差が付けられちまったんですよ」
「んんん?言ってる意味わかんないんだけど?」
「んー。あれはいわゆるサクラというヤツです。外の世界風に言うならば、ステマというヤツです」
「えっ、あれが?」
「そう」
そう言って橋田は腕を組みため息をついた。
「あれは効果絶大ですよ。何がって、美食家と知れ渡ってる里の人間を起用したんですからね」
「で、でも一人の人間が宣伝したってそんなに広まらないでしょ?」
少女は杵を何処かへ仕舞って橋田の話を聞く姿勢に入った。もう安全だろうか。橋田は話を続ける。
「普通はね。あれの酷い所は、知名度のある買い手側の人間を使ったって事なんです。そんじょそこらの人間を使ってやったり、売り手側の輩が散々宣伝したりしても、ほとんどの人間は耳に入ってこないんです」
「ふーん。なんで?」
「例えば貴女のとても親しいご友人が蕎麦屋を紹介するのと、見知らぬ蕎麦屋自体が客引きするの。どっちの方に耳を傾けますか?」
橋田がそう聞くと、少女は目をパチクリして橋田を見た。何言ってんだコイツ?というような顔である。
「そりゃ…友達だよ」
少女は顎に人差し指を当てて、不安そうに斜め上を見上げながら答えた。
「そうですよね。で、今回の場合は大家の旦那がその友達の役をかったわけです」
「買い手側の人間が宣伝したってこと?」
「そういうわけです。しかもあれは宣伝していないんですよ」
「え?宣伝してなかったっけ?」
「いや、大家の旦那は『こうこうこうだから鈴瑚屋の団子の方が美味い』と言っただけです。感想を口にしただけで、買えとは一言も言ってないんですよ」
日も落ちかけて肌寒くなってきた。行燈に火を灯す店もチラホラ見えてくる。
「人間ってのは、押されると引く習性がありましてね。『買え』って言われると購買意欲が無くなるんですわ。だから上手い宣伝の多くは直接的には言わずに『私はこれが気に入った』というのを表面に出します」
「ふーん。で?」
「専門性の高い人間がその商品を推すと、それに関して知識の無い人間の大半は、その推された商品が本当に良いものだと思い込むんです」
「じゃあ、貴方の言ってる事をまとめると、里の人間の中でも食に関して有名な人が遠回しに大衆を扇動してるって事になる?」
「ま、そんな感じですなぁ。扇動とまでは行きませんが、似たような事やってるわけですよ。つまり貴女は情報戦に負けたという事ですね」
「かぁ〜!鈴瑚の奴、なんかやけに自信あるように見えたのはそういうわけか!」
少女は指をパチンと鳴らして悔しがった。妖怪のくせにアメリカンスタイルである。
そんな少女を見ながら橋田は頭をボリボリかきながら言う。
「まぁ商売なんてのは、本当の良し悪しなんてのは関係無くて、情報操作が大事ですからねぇ」
「そんなの関係ないと思ってた…」
橋田の言葉を聞いて意気消沈する少女。
「商品の良し悪しだけの世界だったら、iPh◯neやダイソ◯なんて日本で売れてませんよ」
「言ってる意味がわかんない」
ぶすぅと頰を膨らます少女。とても可愛らしい。このように可愛らしくする事で妖怪は人間の警戒心を薄めるのだ。
「ですよね」
「むー。じゃあどうするべきか…」
「まぁ、同じ戦法を取るか、反対に向こう側の評判を落とすかどっちかですかねぇ?」
「評判落とすってのはやだな…。鈴瑚可哀想だもん」
「じゃあ自分とこの評判あげますか?」
「そうしようそうしよう!で、どうするの?」
ぴょんぴょんと嬉しそうに飛びながら橋田に寄っていく少女。
「む…。私で良ければ…なんですが、得意ではないんですよねぇそういうの」
「手伝ってくれるならお願いするよ。聞いてるよ?貴方、外来人のフリーターでしょ?それなりに知名度あるんじゃない?」
「知名度はあっても専門性も説得力もありませんからねぇ…。あ、お手伝いするならこういう条件はどうでしょう?」
「なになに?」
人間と妖怪は日が暮れて暗くなった団子屋で、近くの店の灯りを頼りに作戦を練っていった。
そして幾日が経った日である。
相変わらず鈴瑚屋は盛況で、一方の青蘭屋は大したことのない列ができていた。
炭焼きの串団子に甘醤油を付けた団子を橋田は満足そうに持っていた。
それを見た里の人間の一人が橋田に声をかける。
「おや、橋田さん、その団子はなんだい?」
「これ?青蘭屋の新商品さ。みたらし団子。俺の故郷の味付けでね、青蘭屋の娘さんに頼んで作ってもらったんだ」
橋田は醤油色に染まった串団子を男性に見せた。
焼いた醤油の香ばしい匂いがふわりと漂ってくる団子は、空きっ腹でもないのに食欲が湧いてくる。見せつけられた男性は自然と口の中に唾が溜まってきた。
「これがみたらし団子?普通甘ミツをかけるんじゃあないのかい?しかも結構買ったねぇ」
男性は橋田の手元を見て言う。たしかにいくら橋田が大食漢だとはいえ、彼の手の中にはみたらし団子が十何個とあった。
「俺の地元じゃあこれがみたらし団子なんだよ。何個食っても何年経っても飽きない味がたまらないんだ。家族とか仲間内とか隣近所に配って食うんだよ。…む、ああ…。懐かしいなぁ」
団子を飲み込むたびにハァとため息をつきながら懐かしむ橋田を見た男性は、たまらず青蘭屋に飛び込んだ。
すいているのですぐに買いに行ける。
「お嬢ちゃん、みたらし10個ちょうだい!」
「はいー10個ですねー!ありがとうございます!」
青蘭から包みを受け取った男性は、持ち帰るのも待ちきれずに早速一本口の中に入れた。
「硬いしもちもちはしてないけど、磯辺焼きみたいな甘い醤油が焦げた香りが良いなぁ…。餅みたくやわっこくないからどんどん入るね。橋田さん、美味しいよこれ!」
必要以上に好評する男性であるが、べつに橋田と同じサクラではない。単純にこんな性格の男なのである。
橋田はそれを知った上で、あえてこの男性の目の前で青蘭屋の新商品を食っただけなのだ。
「嫁さんに食わせてやりなよ。最近夫婦仲良くないって聞いたし、これで話作りなよ」
橋田の言葉に、そうするよと返事をした男性は意気揚々と帰っていった。
男性を見送った橋田は青蘭の方を振り返り、ニヤリと笑った。
月の兎である青蘭から受けた仕事はもちろんサクラである。
橋田が目をつけた人間の前だけで団子を食べ、少々オーバーに感動する。
それに感化された人間に感想を言わすのだ。
もちろん、鈴瑚屋のサクラをしたであろう長屋の大家の前でもやった。
効果は絶大…というわけではなかったが、日が経つにつれ鈴瑚屋に並んでいた客が少しずつ青蘭屋の方へも並ぶ者が増えていった。
「ありがとう。おかげで少しずつだけどお客さん増えたよ!貴方、人間にしてはよく考えてる人なんだね」
「上手くいくかは博打でしたけど、なんとかなりましたね。いやぁこんな緊張する仕事、これで最後にしたいですよハッハッハ!」
今回の仕事は契約料をいくらいくらと決めて取ってはいない。
橋田自身慣れている仕事ではなかった為、閑散期より増えた売り上げの何割かをもらうだけにしていた。
効果が無かった場合に責任が取れないからだ。
「鈴瑚の奴、悔しがってたよ。『何でバレたー!?』って。ふふふ」
「そりゃ良かったですねぇ。悪巧みを悪巧みでやり返すと面白いでしょ」
「うんうん!あと、新商品の提案もありがと。美味しいね、あれ」
「私の好物の一つですからねぇ。どうしても食いたくなったんですよ。こちらこそ、作ってくれてありがとうございます」
橋田と青蘭は互いに負けじと頭をペコペコ下げて礼を言った。
「じゃ、また何かあったらよろしくね!仲間にも宣伝しておくよ!」
「それは…まぁ、あ、ありがとうございます。巫女に退治されない程度でお願いしますね?」
「あ、そっか、貴方人間だもんね。わかった!バイバイ!」
「どうもどうも」
青蘭はブンブンと腕が飛んでいきそうなほど振り、橋田は腰が折れそうなほど会釈して別れの挨拶をした。
2人は別れていった。
しばらくして、二つの美少女団子屋は里の人間達の中で上手い具合に住み分けがされていった。
鈴瑚屋は、行事や来客用に出す良質な団子を扱う店。
青蘭屋は、家族や仲間内に買っていくような気軽に買える団子を扱う店。
そんな風潮が流れていった。
今日も二つの団子屋は、どちらも盛況である。
青蘭の武器はテキトーに考えました。
こんな武器あったらなぁ。と。