売れない営業マンが幻想入り   作:池沼妖怪ブレインロスト

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言っても聞けない事柄

 橋田が幻想郷の生活に慣れきった頃くらいだろうか、木枯らしがカラカラと鳴いている時期である。

「そろそろ冬支度を考えないとなぁ。いやぁ、去年は散々だったし」

 などと部屋でゴロゴロしながらボヤいていると、隣近所の男性が焼く前の煎餅を持ってやってきた。

「よお橋田。暇か?」

「忙しそうに見えるかい?今日は羽休めの日さ」

「そうかそうか。それは重畳だ。ツマミ持ってきたからよ、飲もうぜ?」

 男性は嬉しそうにそう言うと、奥から火鉢を取り出し火をつけはじめた。まさに勝手知ったる人の家である。

「昼間から酒なんてヤクザな事できるのは仕事のない日だけだし、どうせなら悪友の酒を飲んでやろうと来たわけか」

「いやぁ悪いな橋田。こんな時分に酒をしこたま飲んでも怒らないのはお前だけだし、潰れるまで飲める量の酒をストックしてるのもお前だけだしな。つまりお前が悪い」

「言ってろ」

 そう言いながらも橋田は笑いながら奥から一升瓶を取り出した。

 無類の酒好きな橋田は事あるたんびに酒を買うのだが、コップ2、3杯飲んだ程度でヘロヘロになってしまうほどなので、酒のストックは増える一方なのである。なので定期的に長屋の仲間を呼んで小さな宴会をしていたりするのだ。

 

 パチパチと煎餅が膨らむのを眺めながらチロチロと舐めるように酒を飲む。

「ほい、醤油」

「ありがとさん」

 ほろ酔い加減になってきた頃合いで、焼けた煎餅に醤油を塗ってバリッといく。

 外の世界でよく食っていた硬い煎餅も好きだが、この柔らかい煎餅もまた絶品だ。

 酒がすすむ。

 

 日が沈みはじめ、橋田もいい加減に酔いが回ってきた頃である。

 煎餅の焼ける匂いと酒臭い談笑に気づいた長屋の飲み仲間どもがツマミを持ち寄り集まり始めた。

 魚だの鶏肉だのなんだのを焼いたりしてツマミを作っていると、1人が橋田に言った。

「そういやぁ橋田、キミは竹細工屋の爺さんの話を知っているかい?」

「竹細工ゥ?野菜なんて焼肉ん時に焼くなよ。そんなに野菜が焼きたいなら焼き野菜屋に行けェ!」

 橋田はもうヘロヘロである。瞼も半分以上閉まっており、閉店時間までのカウントダウンが始まっていた。

「野菜じゃないって、竹細工!」

「焼き野菜じゃねぇの?生野菜か!?生野菜が食いたかったら生野菜屋に行けよ!」

 もう橋田は人の話を聞いてすらいない。完全に呑まれている。

「ガハハハ!そりゃ八百屋じゃねぇか橋田!」

 別の男が橋田にツッコミを入れる。ガヤがうるさい。

「フヘヘ!たしかに!じゃおやすみ!」

 と橋田が言った途端にバタンとひっくり返って大イビキをかいて眠りこけた。酔っても挨拶は忘れない変に几帳面な男である。

「まったく…。ああ寝てろ寝てろ!酒は僕等が責任を持って処分しておくからさ!」

 騒がしい夜は更けていった。

 

 

 寒い。チチチと小鳥がさえずるのが目覚ましとなって、橋田はむくりと起きあがった。日が沈む前に寝たのもあって快眠である。

「エッホエッホ!イビキかいて寝ちまってたなこれは…。うわぁ…」

 自分の部屋を見回して、小宴会の惨状に言葉を失った。

 空の瓶を抱いて寝ているものが数名。土間に頭を垂らしてうつ伏せになっているのが1名。寒かったからなのか、男同士で抱き合ってイビキの掛け合いをしているのが何組かあった。宴会のたんびにこうなるので、最早見慣れた光景ではある。

「おう!起きろ!お前さんがた、今日も仕事じゃねぇの?ほら!」

 べしべしと蹴って、まだ酒の臭いが残る野郎どもを起こしにかかる。

「や、やめたまえよ橋田…。頭に響くじゃあないか」

 一番はじめに起きたのは会計士の男だった。頭を抑えて深いため息をついている。完全な二日酔いである。

「そういやぁお前さん、竹細工屋の爺さんがどうとか言ってなかったかい?」

「ああ…。でも今度にしてくれ。今は…口を開けたくない」

「 吐くなら便所に行けよ」

「うん…ゔっ!」

 えずいた男を便所へぶち込み、橋田は片付けを始めた。

 ちなみに橋田も今日は仕事である。

 

 

「そういやぁ、橋田さんて竹細工の話を知ってるかい?」

 大工の奥さんからそう言われたのは、昼飯を食い終わって茶で口をゆすいでいる時だった。

「なんだって?」

「ここいらで最近みんなしてる話さ。銭湯帰りの男が、竹細工屋の爺さんが売り物の籠を持って厠へ駆け込んで行くのを見てね」

「おおい、母ちゃん。そんな話は後で良いからさ、仕事に戻らせてくれよ」

「そうだね、ごめんねぇ父ちゃん、橋田さん」

 今日の橋田の仕事は新しい長屋を作る手伝いだった。

 意外にも橋田は力仕事もいける。大工の手伝いはなかなか単価が高いので結構な頻度で受けるのだ。

「いや、こっちこそすんません。じゃあ親方、手伝いますよ」

 飲んでた茶を置き、橋田は材木を取りに行く。

 昨日の今日聞いた話をまた聞いたので、なんとなく後ろ髪を引かれる思いだ。

 

 親方が急かすのも仕方がない話で、つい先日に長屋で火事があったのだ。

 長屋の火事は後処理がいろいろ面倒で、火の手が長屋全体に広がらないように火の進行方向にある部屋を潰すのだ。

 その為、最低でも火元の部屋+両端の部屋も潰れてしまうことになるので、そこに暮らしていた住人は追い出されてしまう形になってしまうのだ。

 幸い長屋は簡素な作りなので、一週間と待たずに修復は終わるのだが、大工の方はさっさと直さないと住人からブーイングが飛んできてしまうので焦るのだ。

 というわけで、まったりしている暇は無いのである。

 

「しかし気になるなぁ」

 橋田は人の話をする時、話半分で聞く。仕事や自分の事などの重要だと思った会話だけしっかり聞くのだ。

 だが、今回の奥さんの話はなかなかに興味をそそられた。

 やたら中途半端なところで止まったのだ。気になるに決まっている。

「おおい橋田ァ!クギ取ってきてくれぇ!」

「はいー」

 が、今は仕事が忙しい。親方が怒る前に世間話は一旦忘れて仕事に集中するのが吉だ。

 

 

「いてて」

「悪い橋田、若いのがやっちまって…」

 親方に謝られながら橋田は腕を冷やしていた。屋根に登って作業していた大工が手を滑らせて、材木を橋田の頭の上で落としたのだ。

 とっさに腕で庇ったのでなんとか怪我は腕だけで済んだが、その腕が痛くて仕事にならない。

「いや、仕方がないですよ。こういう仕事してたらこうなるのは分かってやってますから。気にしないでください」

「すまんなぁ」

 親方はため息をついた。他所からの応援に怪我をさせると後々面倒なのを知っているからだ。橋田の事はある程度知っている親方でも杞憂してしまう程度に。

 それは何かというと、怪我して怒った応援や手伝いが、あらぬ噂を立てて評判を落としたりするのだ。

 そんな程度とは思うかもしれないが、商売は評判で成り立つ。落とされたら食いっぱぐれてしまうのだ。

 橋田自身はそんなつもりは一切無いのだが、親方の方は気が気でない。

 

「腫れてるからまぁ大丈夫だろうが、念のため医者に診てもらうと良いぞ。永遠亭に行けばちゃんとしてくれるだろう」

「医者ですか。医者ねぇ…」

 医者と聞いた橋田はあからさまに嫌な顔つきをして、痛くない方の手でボリボリと頭をかいた。

「なんだよ橋田。医者嫌いなのか?」

 橋田の反応を見た親方は訝しむ。それはそうだ。医者が嫌いな人間は大抵ガキンチョか偏屈ジジイなのだから。

「ええ…まぁ。私らが分からない知識を持ってて、それを基に診断されるのは嫌で嫌で」

「言ってる意味がよく分かんねぇが、まぁヤブ医者かどうかなんてのは素人目にはわかんねぇのはわかる。それが言いてぇってことか?」

「まぁ、そんな感じです」

「馬鹿じゃねえのか?くだらねぇこと考えてないでさっさと行ってこい。永遠亭の永琳先生は名医だから安心しろ。ほら、金は出すから」

 親方に背中をはたかれ、医者へと促された橋田は不承不承腰を上げるのだった。

「ところで、永遠亭ってどこにあるんですか?」

 

 

 しばらくして…。

 橋田は痛みが続く腕をさすりながら、迷いの竹林の入り口で人を待っていた。

「アンタが案内頼んだ人か?」

 ぼけらっと空を眺めていた橋田に突然声がかかる。凛とした若い女性の声だった。

「ああ、すんません。そうです。永遠亭まで案内をお願いします。橋田と言います」

「そう。じゃ、付いてきて」

 少女はそう言うと、モンペのポケットに手を突っ込んだまま、竹林へ入っていった。

 会話に無駄がない。というよりコミュニケーションを取りたいという気概が見当たらない。

 橋田はまじまじと彼女を見ていた。

 

 くるぶし辺りまで伸びた白髪を大きなリボンでまとめているのと、お札のようなものが貼ってある真っ赤なモンペが特徴的なこの女子は、橋田の記憶にある人物だった。

 たしか名前は藤原妹紅だったような気がする。天狗の新聞に何度か載っていた。不老不死という非常にインパクトの強い特徴を持つ女性だったので記憶に残っていたのだ。

 

 実物を見て、こんなにクールなのかと若干感動していたのだった。

「あ、ハイ。よろしくお願いします。ええっと…よろしく」

「行くよ」

 橋田がもたついていると、彼女はしっかり止まって橋田の様子を見てくれていた。どうやら口下手なだけの女子らしい。

 途中で速度を緩めてくれるがそれでもサクサクと進んでいく妹紅を見失わないよう、橋田はしっかりと付いていく。

 

「藤原さん。これって本当に永遠亭とやらに着くんですか?」

「妹紅で良いよ。苗字で呼ばれると何かむず痒いし……?」

 妹紅は足を止めて振り返った。無表情だったのが明らかに怒った顔つきに変わっている。

「なんで名前知ってんの?」

 当然の疑問である。知らない男から教えたはずのない名前を言われると不快感しかないだろう。

「あ、すんません。花果子念報という新聞で妹紅さんを拝見しまして…」

「ああ、ブン屋の売れてない方か。里の人間も読むんだね」

 橋田に言われた妹紅はそれで納得していた。

 そういえば撮られてたよと妹紅は言う。何回追っ払ってもしつこく付きまとってきた時があり、面倒臭くなって相手をしなくなったのだとか。

「ええ。妹紅さんの事かっこよく書かれてましたよ。それで覚えてたんです」

「へ、へぇ。私がかっこよく?」

 橋田に褒められると、妹紅は憮然とした顔つきから若干緩んだ顔になった。

「ええ。浪漫溢れる風でした。良いですねえ」

「そっか。私がかっこいい」

 嬉しそうだ。

 本当に口下手なだけで、会話のきっかけがあれば話せる人なんだと橋田は感じ、ツラツラと歩きながら会話を続けていくのだった。

 

 

 そこそこ歩いていって、会話もするすると進んでいた頃くらいに、そういえばと橋田は切り出した。

「ああ、妹紅さんって竹細工屋の爺さんの話ってご存知ですか?」

「竹細工ぅ?…ああ、最近里の人たちが言ってるあれか。あれがどうかしたの?」

「いや、なんとなく最後まで聞けなくて、妹紅さんは知ってるかなって」

「私も話半分に聞いてたからあまり詳しくは言えないけど…。なんだっけな?えーっと…。銭湯帰りのおっさんが、竹細工屋の爺さん売り物の籠を持って厠へ行くのを見たんだ」

「ああ、そこまでは聞いてます。それで?」

「せかすな。えーっと…。おっさんが竹細工屋の爺さんに『爺さん、なんでそんなもん持って厠へなんか行ったんだい?』って聞いたんだ。そしたら…」

 言うか言わないかのところで、橋田の視界から妹紅が消えた。本当に一瞬で消えた。

「あれ?妹紅さん?」

 辺りを見回しても妹紅の姿はない。妹紅が元いた場所を見てみると、そこの地面だけやたら暗かった。

「えっ。落とし穴か?」

 

 いわゆる落とし穴だった、しかもなかなかに深い。

 橋田が中を覗き込むと、うっすら白い影が見えた。おそらくアレが妹紅だろう。

「も、妹紅さん?」

 返事はない。

 橋田が目を細めて見てみると、妹紅の首は明らかに人間が動かせる角度を向いていなかった。落ち方が悪かったらしい。後頭部が背中にくっ付いていた。

「あ…の…だい…も、妹紅さん?」

 死んでいるのは見てわかる。呼びかけようがなにしようがピクリとも動かないし、人間がとって良いポーズをしていないのだ。

 だがそう言ったものに耐性のない橋田はなかなか頭で理解できなかった。

 汗が噴き出す。

 足の体温が一気になくなり、縮み上がる感じがする。

「ハハは…足がすくむとはこういう意味なのか」

 

 一歩、二歩、橋田は後ろに下がり、ドカリと柔らかい土の上で尻餅をついた。そして頭を抱え、震えはじめた。

「ど、どうする?俺のせいか?いや、あれは事故だ。そうだ。そうだ…よな?俺悪くない…のか?」

「大丈夫だよ。私が落ちちゃっただけでアンタは悪くない」

 凛とした声が橋田にかかる。

「で、ですよねー!いやぁ安心しましたよ妹紅さん…て?」

 目の前には落ちて死んだはずの妹紅が立っていた。

「ゆうれい?」

 指を妹紅の頭に指して言う橋田。

 それを見た妹紅は、腰に片手を当ててフンと鼻を鳴らした。

「失礼だなアンタ。永遠亭まで送ってやらないよ?」

「あ、す、すんません。でも死んだんじゃ…」

「死なないよ。一瞬気絶してただけさ」

「そうですか。あ、そういやぁそうでしたね。いやすんません。ですよね。あまりにも突然だったんで気が動転してました」

「ん?んー。うん。そうか。よくわかんないけど、納得してるなら良いや」

 妹紅はそう言うと服についた土をパンパンと払い、じゃあ行こうかと何事もなかったかのように案内を再開した。

 

 

 とうとう永遠亭に到着した。

「じゃあ、私はこれで。帰りは永遠亭のものに頼むと良いよ」

「どうもありがとうございました。お礼はまた後日」

「別に良いよそんなの。じゃ」

 妹紅は手を振りながらザクザクと竹林の中へと戻っていった。

 結局、妹紅からは竹細工屋の爺さんの話は聞けずじまいであった。

「まぁ、あんなけ話しを聞く機会があったんだ。いつか全部聞けるさ」

 ふぅとため息をつき、橋田は永遠亭に入っていった。

 

 

 その後も橋田は何度か竹細工屋の爺さんの話を聞く機会はあったものの、上手く最後まで聞くことができず、次第に忘れていった。




赤い洗面器の話の話は私は好きです。
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