つまり精神的・経済的・知能的に育てられる自信のない人は絶対に飼おうと思ってはいけません。
その動物も、周囲の人間も、環境にさえも迷惑をかけてしまいます。
橋田は動物は嫌いではない。
いきなり何のことだと読者は思うだろうが、とにかく聞いてほしい。
橋田は動物が嫌いではないのだ。
読者諸君はタヌキの頭領、二つ岩マミゾウに会った際の橋田を覚えているだろうか。
彼はマミゾウの体臭に辟易していた。
それだけの描写を見ると、マミゾウ自体が酷いタヌキ臭を発している半人前の妖怪のように見られたかもしれない。
だが、真実は違う。
橋田以外の里の人間達はマミゾウの体臭に対しての不快感は無く接しているのだ。獣臭いと言っているのは橋田ただ一人である。
それに気づいた読者は皆無に等しいだろう。
当たり前である。筆者はそんな描写してないのだから。
では橋田は獣臭い動物が嫌いなのかと言われると、全く違う。
外の世界で仕事していた頃は、休日なんかに鳥やら魚やら猫やら犬やらの動画を日がな一日眺めていたりしたり、猫カフェやらフクロウカフェやらなんやらに出かけてわちゃわちゃしていた経験もある。
また、無責任に飼っていたペットを放逐して生態系を乱す無責任な飼い主や、密猟やらなんやらで罪もない動物達の個体数を減らす悪人どもに対して尋常ならざる怒りを覚えている。
いわゆる好きの部類である。
「猫、はぁ…猫。飼い猫は良いなぁ。可愛いし、変な臭いするのは糞だけだからなぁ」
橋田は人一倍鼻が効くだけなのだ。
都会っ子なので、畑を荒らす犯人であるタヌキや兎や猪などを見ても殺意は湧かない。むしろ眺めて癒される方である。
が、臭くて近寄れないのだ。
今は広場の端の方を陣取り、猫と戯れていた。
たまたま大通りを歩いていたら、首輪をしている黒猫がいつのまにか着いてきており、離れようとしないので折角だからと撫でてやってたり手ぬぐいをチラチラさせたりして遊んでいるのだ。
撫でればゴロゴロと喉を鳴らして橋田にじゃれつくし、手ぬぐいをバサバサ振ってやれば夢中になる。
なんとも人懐っこい猫である。
「この辺りで飼っているなんて聞いたことないが…お前さんはどこから来たんだい?…ん?」
ペシペシと橋田の膝を叩き、橋田を見上げる猫。何かを訴えるようである。
しばらく眺めていたら、今度はニャゴニャゴと小さく鳴きながらまたペシペシ橋田を叩くのだ。
ぐうと橋田の腹が鳴る。
「そうか、昼飯の時間か。仕方がないやつだなぁ。お前の分も買ってやろう」
橋田は猫に叩かれた膝を払い、立ち上がった。
「万歳楽?」
「ああ、そうさ」
猫の昼飯と橋田の餌を受け取った橋田は、店主から耳寄りの情報を聞いたのだった。
「雅楽のアレですか?」
ペシペシニャゴニャゴと橋田の足を叩く猫に目を向けながら橋田は質問した。
「何それ?万歳楽ってあれだよ、やたらでかい魚のことさ」
「へぇ、魚」
椅子の上に風呂敷を広げ、包みの上に餌を広げる。途端に猫はニャムニャムと餌を頬張り、噛み締めていた。
「もうさ、うんとデカいんだ。人間と同じか少し高いくらい」
「はぁ〜。すごいんですなぁ」
美味そうにハグハグと昼飯を食っている猫を眺めながら橋田は雑な回答をする。
「それにな、魚のくせに鱗が無いんだ」
「ほぉ、鱗が」
もはや意識は7割ほど猫に持ってかれている橋田は、言葉尻だけを捉えて反復するだけの機械である。
「ああ。それに頭も良くってさ、人間や河童の真似もするんだ。あ、河童が飼ってるんだがね?」
「ふぅん、河童が」
「聞いてるのかい!?」
バンと椅子を叩く店主。
「ひぃ!聞いてますよ。今ちょっと猫に餌やってたんで。ほら、暴れて品物に傷つけたらダメじゃあないですか」
「しかしね君、上の空だからって、はぁひぃふぅへぇほぉ、なんて適当な相槌を打つんじゃあないよ」
「いやぁ、すんません」
こればっかりは橋田が悪いので、しっかり謝っていた。
猫はヒゲについた餌を手で落とし、満足そうに丸くなっていた。
蕎麦を食べきりキッチリつゆまで飲み干してから、ハァと満足げに息を吐いていた橋田を眺めながら、蕎麦屋の店主は目を細めながら口を開いた。
「で、万歳楽のショーは見に行くんだろ?」
つゆを飲み切ってしまった橋田は、そば湯をそのまま飲んでいた。想像してたのより熱かったのかゴフゴフとむせていた。
「ああ、ちょっと気になりますね。海の生き物なんですよね?」
「なんで分かったんだい?」
「まぁ、外の世界でも似たような生き物がいまして。鱗が無くって頭が良くってデカい魚と言えば何種類かありますんでね。全部海の生き物なんですが…なんで海の無い幻想郷に来たのか気になりまして」
「ふぅん。なんだ、ちゃんと話聞いてたんじゃあないか」
「へへへ。ところで、その万歳楽とやらのショーはいつやるんですか?」
ショーを見た時、歓声の中で橋田は思わず「うおお懐かしい!」と叫んでしまった。
ゴマフアザラシが川魚を食っている姿はどこか違和感があったがあれは大昔に見た、何とか川にしばらく住んでいはずのナントカちゃんだった。
住民票も獲得した愛らしい生物である。
頭も良かったのか河童にキチンと調教されたからなのか、水族館さながらのショーをやってみせていた。
バシャバシャと跳ねた水が時おりかかったが、まだ暑さが残る夏の終わりというのもあってそこそこ心地よかった。
海水ではないので変に粘つく事はない。
20分少々の短いショーであったが、珍しい外の世界の有名人(?)だったものと出会えて橋田は満足していた。
「今からやるならさっさと言ってほしかったなぁ。遅れそうだったじゃあないか。なぁ?」
終わったショーの片付けを横目にしながら、両手に抱えていた猫と戯れていた。
猫はかかった水が気になるようで、くしくしとしきりに気にしていた。
「む、濡れたのか。拭いてやろう」
橋田は懐から手ぬぐいを取り出し、やさしく猫の顔を拭いてやった。
猫にかかった水がいい感じに乾いただろうというところで、橋田の腕の中から飛び出してトコトコと歩いていった。
「おおい、何処にいくんだ…って飼い主のところに決まってるわな。じゃあまたな猫ちゃん」
黒猫はしばらく橋田の方を向いた後、てってと何処かしらへ駆けていった。
風のように去っていく猫の後ろ姿は一瞬、猫の尻尾が二つあるように見えたのだった。
よくよく観察したかったが、とうに過ぎ去った後はである。
もしやとは思ったが、深く考えないことにした橋田であった。