売れない営業マンが幻想入り   作:池沼妖怪ブレインロスト

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赤い月の大迷惑

「うん。この未来は見えてた。というより、簡単に予測できていた。多分将来的にそうなるんだろうなぁと」

 いつもより薄く、そして香りの悪い紅茶をすすっと飲みながらパチュリー・ノーレッジは親友兼家主に対してそう冷たく言い放った。

 彼女の言葉を聞いた紅魔館の主人は、沸騰した怒りを放熱するかのように机を叩きつける。

「ちょっとパチェ!何その言い方!分かってたのなら何とかするとか考えなかったの!?」

「貴女も視えてたのなら紅魔館の主人として動くべきだったんじゃあないのかしら?この結果はレミィの怠慢から来たものなのよ」

 スパンスパンと切り返すパチュリーの正論に、レミリア・スカーレットは何も言い返すことはできなかった。

 

 彼女の言った事は事実だ。サボってしまったのは自分であるし、これもまぁ運命だよと開き直っていたのもレミリア自身が楽観的に考えすぎていた為であった。

「う…ぐぅ…」

「へぇ、ぐうの音は出せる程度にはまだ元気なのね。そんな余裕があるのはとてもとても素晴らしい事だけれども、この状況を打開しようとする余力は存在しないようね」

 パチュリーは、パジャマの裾をぎゅうっと握りながら歯噛みしている友人をズバズバ容赦なくのべつ幕なしに口撃していく。

「し、仕方がないじゃない!いくら視えると言ってもこんなに突然訪れるなんて思わなかったんだから!」

 あやふやと釈明にならない釈明を撒き散らすレミリア。床をダンダン地団駄を踏み鳴らし、杭を打つようにバンバン机を叩きつける。比喩でもなんでもなく、本当に机が床に打たれそうになっている。

 

「そんな過去の事はどうだっていいの!問題は今なの。今!今この状況を打開する事が必要なのよ!もう問題は深刻な状況まで来てしまっているのよ!その証拠にパチェ、貴女ちょっと臭うわよ?服を取り替えてくれる人間が居なくなったとはいえ、レディとしてそれはどうなのかしら?」

「ゔ…」

 不意をつかれたレミリアの指摘に思わず口撃を止めて、腕で顔を隠してしまうパチュリー。

 たしかに言われてみれば、数日ほど着替えられてなかったのでちょっと臭い。毎日しっかり風呂に入ってはいるが、さすがに同じ服を着ているのは色々と限界がある。

「まぁ、私は不出来な生物と違って、老廃物が出るなんてことのない完成された不死の生命体だから?毎日着てもそんな風にはならないけれどもね」

 立場逆転と、レミリアは鼻をふふんと鳴らしながらクルっと優雅に一回転して一礼する。

 行動は優雅であるが、くちゃくちゃになった寝間着姿の高貴なるイモータルというアンバランスさは少々見苦しい。

 

 黙って眺めている親友の視線が痛かったのか、レミリアは情けなく広がったパジャマの裾をピンピンと張り直し、ため息をついた。

 それを見たパチュリーも額に手を当て、もにゅもにゅと頭を揉みながら言った。

「ハァ…これは早々に何とかしないといけないかもね」

「うん…なんかごめんなさいね」

 ちょんと着席し、冷めた紅茶を手にしながらレミリアはそう言った。

 冷めてしまった紅茶なんて生まれて初めて飲んだかもしれない。普段であれば、いつまでも温かい茶葉の香りが口腔をくすぐり楽しませてくれるのだが…。

 それにお茶受けも無い。

 ふわふわカリカリのスコーンも無ければ、それに付ける甘々ジャムも無い。お茶に垂らす血液だけは何とか確保出来てはいるが…それもそろそろ尽きてしまいそうだ。

 そんな暗くてくしゃくしゃとしたことを考えながら味気ないお茶を仕方が無しに飲んでいると、図書館の扉が空気を揺らす轟音とともに開かれた。

 

「お、お嬢様ー!パチュリー様ー!ふ、服!着替え!ようやく見つけましたー!あう!」

 小悪魔がバタバタと綺麗に洗濯された服を両手に抱えて持ってきた。

 急ぎすぎて、乱雑に転がっている本に足を引っ掛けて思いっきりずっこけてしまった。

 困ったものだ。とそれを眺めていた2人は同時に大きなため息をついてしまう。

「まさか咲夜が倒れちゃうなんてね…」

 天井を見上げながら顔を手で覆うと、レミリアはそう言ったのだった。

 

 

「はぁ、住み込みバイトですか?まぁこの数週間は空いてますし、今日からでも行けますけど…」

「本当ですか!?」

 橋田の予定を聞いた依頼人は真っ赤な長髪をふおんと揺らし、簡素な机に手の平を叩きつけて身を乗り出して言った。勢いが良すぎて彼女が被っていた帽子がころんと頭から落ちてしまった。

「え、ええ。帽子、落ちましたよ?カッコいい帽子ですね」

 橋田は自分の手元に転がってきた帽子を紅美鈴に手渡した。

「ありがとうございます」

 美鈴は丁寧に帽子を受け取り、しっかりと被り直した。どちらの意味で礼を言ったのだろうか。

 

 橋田の元へきた依頼者の話を聞くに、紅魔館では現在深刻な人事不足に悩まされているという。

 普段1人で主人の世話から炊事洗濯掃除家事親父の全てを行なっているメイド長がいたそうなのだが、その人間が倒れてしまったようなのだ。

 現在は永遠亭にて入院中らしい。

 紅魔館というものを霧の湖へ赴いた時に遠目から見たが、掃除だのなんだのというのはとても一人でこなせるようなものではないような大きさであった。

 しかし、倒れた女性はそれをやってのけていたという。それも何年も。

 どんな化け物だと思っていたら、なんと人間らしい。

 幻想郷は本当に常識では推し量ることが難しい土地である。

 

 メイド長が不在となって数日が経過した現在の紅魔館は、橋田の目の前に座っている門番と司書が主人達の身の回りの世話をやったり清掃したりと分業しているそうなのだが、いかんせん手が回らない。

 紅魔館に勤めているメイド妖精どもは自分の事を自分でやってるだけらしく、家事ができて頼れる妖怪もそれほどおらず、里の人間なんかは怖がって近寄らない。

 どうするべきかと悩んでいたところに、妖怪相手にも商売をする人間がいるらしいと風の噂を耳にし、橋田の元へとやってきたそうだ。

「でもどこからそんな噂がやってきたんですかねぇ?」

「妖精なんかも噂好きですから」

「ああ」

 納得のいく回答であった。

 橋田は最近、何故か金を持っていた妖精のいたずらを手伝ったばかりなのだ。

 が、その話はまた後日としよう。長くなる。

 

 ボリボリと頭をかきながら橋田はもごもごと言いづらい風に言った。

「えっと…1つ聞いておきたいんですが…」

「なんでしょうか?」

「あのー、非常に聞きにくいのですが…。血を吸われるとか…喰われるとかは…」

 美鈴は橋田の質問を聞き終える前に大笑いし、手を振りながら橋田の懸念事項を否定した。

「あはは!ないない。ありませんよ。我々の当主とそのご友人は、契約した相手には危害を加えようとはしません。人間だろうがなんだろうが、無礼を働かない限り大切に扱っていただけますよ!」

「そうですか。いやぁ、それを聞いて安心しました!お受けいたしますよ。よろしくお願い致します」

「わー!ありがとう!ありがとうございます!それじゃあ今からでも良いんですよね?案内します!」

 そう言ってバタっと立ち上がった美鈴は、部屋を破壊せんばかりの速さで外に出て橋田に手招きを始めた。

 橋田は彼女の行動にギョッとしながらも、看板に不在日数を書き込み、最低限の荷物を持って美鈴と共に紅魔館へ赴いたのである。

 

 

 吸血鬼の住む屋敷ということで、おっかなびっくりで仕事を受けた橋田だが、それが杞憂であったとすぐに知ることとなる。

 紅魔館の主人であるレミリア・スカーレットというのは、人間であれば誰でも血を吸いたくなる野蛮な吸血鬼ではないそうで、橋田は好みではなく血が欲しいとも何とも思わないのだという。

 また、図書館の住人らしいパチュリー・ノーレッジは、はなから橋田に興味がないようだった。

 なので彼女らを怒らせないように立ち回れば安心という美鈴の話を、働いて初めて理解した橋田であった。

 

 住み込みバイトなるものは橋田にとって生まれて初めての経験だが、やる事は普段の仕事と大差ない。

 食事や洗濯などの主人の直接的な世話のほとんどは、元いる従者が行なっているので、橋田のやる事といったら掃除と整理整頓くらいだ。たまに彼女らの話し相手になる事もあったりはするが、それもほとんどまれであった。

 

 1日の流れはこんな感じである。

 まず夜明けと共に起き身を整える。

 美鈴と門番を交代し、その間に彼女がレミリアとパチュリーの着替えと朝食を世話する。

 橋田の方は、時折門前に来る妖精や魔法使いの相手をしながらムシャムシャと朝食を取る。

 昼前、美鈴と交代し、清掃。その後昼食。

 夕暮れ前、また美鈴に主人組の世話を任せる間、門番を交代する。

 夕食を手早く済ませて、就寝。

 このような形である。それなりに忙しいのもあって、身の回りが妖怪だらけなのに怖がる暇もなく、数日が瞬く間に過ぎていった。

 

 

 紅魔館で過ごすこと一週間。

 橋田も要領が分かってきて自分の仕事の他に手伝える余裕が出来てきた頃合いである。

 

 たまたま庭の掃除に手をつけ始めた頃が午後のティータイムと被っていたのか、主人組がテクテクとやってきて呑気に熱々の紅茶を飲みはじめたのだ。

「あら、ちょうど庭掃除するところだったのね」

「はぁ、すんません。どきますか?」

「いや、いい。庭の景色も見飽きたしちょうど良いわ。仕事を続けなさい。面白い感じで、アクロバティックに」

「えぇ…まぁ、できる限り激しくは動きますよ」

 武芸家でもなんでもない橋田は、己の中でできる拙い動きを混ぜながら、できるだけスタイリッシュに掃き掃除を始めた。

 

 はじめのうちはレミリアも橋田の素人パントマイムにケラケラ笑っていたのだが、数分もすると完全に飽きて親友との会話をはじめたのだった。

「しかしまぁ人間一人が入るだけでこれだけ余裕ができるというのも驚きだけれども、アイツがいなくなって咲夜が戻ってきたとしたら、またすぐに咲夜が病院送りになるのも目に見えているな」

 将来を憂いながらすっと紅茶をすするレミリア。

「そうね掃除くらいは手伝ってくれる何かが欲しいわね」

 レミリアの言葉にパチュリーは橋田のカクカクした動きを横目にしながらそう返した。

「パチェ、貴女何か良い感じの人形とか作れないの?ほら、あの人形師みたいな」

「無理。物を持つだけとか喋るだけとかそういう単純なものは作れるけど、人間のように家事とかいろいろできるゴーレムやオートマタなんて作れないわ。だから彼女は自立が出来る人形を作る研究をいつまでも続けているのよ?」

「ふぅん。魔法も案外制限多いのね。そうなると結局何かを雇うしかないのか…お前はこの屋敷に永久就職する気ない?」

 パチュリーの答えを聞いたレミリアは、カチャリとカップを置いて橋田の方を向いて言った。

「申し訳ありませんが…」

 もちろん橋田は妖怪の巣窟にずっといる気はない。なるべく丁寧に断わった。

 

 レミリアは橋田の返事が分かっていたのか、鼻をフンと鳴らし、

「じゃあ代わりに何か良い案とか話とか出しなさい」

 と無茶振りをした。

「えぇ…」

「何かあるでしょ?里の人間を拉致するとか。ほらほら」

 レミリアは手のひらを上にして出せよ出せよと困惑する橋田に迫った。

「拉致ねぇ…そういえば拉致で思い出しましたけど、里から座敷わらしが突然消えたとか戻ったとかなんとか」

「座敷わらしぃ?そんな話今は関係ないでしょ?」

「いえ、座敷わらしの代わりにって博麗の巫女だったか誰だったかが、ちっこい妖怪を連れてきたんですよ。家事とかやってくれるみたいで」

「へぇ。人間の里でもそういうの雇うんだ」

「いやぁ…実はそうでもなくて。ホフゴブリンとか言ったんですが、見た目が悪すぎて座敷わらしほど人間にはウケなかったんですよ。幻想郷に連れて来られた彼らは路頭に迷ってる感じですね」

「ふぅん。能力も見ずに見た目だけで判断するなんて、相変わらず人間は抜けているわねぇ」

 橋田の話を聞いたレミリアは、手のひらに小さな顔を置き、しばらくンーと考え始めた。

 そして何か閃いたのか、指をパチンと鳴らし、納得した風に橋田へ言った。

「…そうか!それをうちで雇えばいいってこと?」

「そういう事ですなぁ」

「ふふん。あぶれた在野の有能な人材を拾い集めようなんて、私にピッタリの行動ね」

 レミリアは得意げになって腰に手を当てる。

 

「で?何処にいるの?ホフゴブリンは?」

 早く行動しなければとワクワクしながら橋田に当該の妖怪の行方を訪ねるレミリア。

 しかし橋田はそれを聞かれると一気に真顔となり、歯切れの悪い風になった。

「む…」

「何処よ?」

 レミリアは眉をひそめて再び訪ねる。最早尋問に近い空気である。

「えー…んー…」

「分からないのかしら?」

 橋田の言いにくそうな顔を察したパチュリーは横から口を挟んだ。

「ええ…まぁ…そう…ですね」

 橋田のもごもごとした返事を聞いたレミリアは、一瞬目を丸くして直後に口を動かした。

「つっか…!」

「みなまで言わないでください。居場所聞かれた時点で私もそう思ったんですから」

 橋田はレミリアの言葉を聞き終わる前にぶった切った。

 自分で解決策を提案しておいて竜頭蛇尾に終わるのが非常に恥ずかしかったのだ。

 つっかえないわねぇ!と言われても仕方がない。

 

持ち主の顔よりも大きな本に目を通しながら、パチュリーはボソッとつぶやいた。

「ま、そんな事だろうと思ったわ。人間がいちいち妖怪の動向を把握しているわけないもの」

そんな親友を横目に鼻を鳴らし、カップを置くレミリア。

「ふん!こんな事でいちいち怒ってられないわ。なんとかしてホフゴブリンの目を紅魔館に向かせないといけないわね…。お前、話を振ったのだから奴らを寄せる方法を言いなさいよ」

「む…そうなってくると掲示板とかに広告出すしか無いですかねぇ?」

「ふうむ広告ねえ。そんなもので来るのかしら?」

 あまり乗り気でないレミリアは、背もたれにガッツリもたれかかり眠そうに言った。

 

 橋田はまぁそうなんですがねと枕を置いた上で話を続けた。

「広告ってのは、直接客とかユーザーを増やすのを狙ってるわけじゃあなくって、認知度を上げるためにやるものなんですよ」

「そうなのパチェ?」

「聞いたことは無いわね。というか専門外よ」

 肩をすくめるパチュリー。

「多くの人間は気にしないのが当たり前ですが、その中でも広告に目がいく人物は必ずいる。どういう人間だかわかりますか?」

「周りの目を気にする人間?」

「残念ながら不正解です。正解はその広告に関連した悩みや欲求がある人間です。そんな人間を探すのが広告の役割なんですよ」

 首をかしげるレミリアに橋田は柔らかく笑いながら話を続ける。

「だから上手い広告というのは、その悩みや欲求に訴えかけたり解決できそうな文句を書いたり絵を描いたりしています。という事を踏まえた上で、紅魔館が訴えるべき内容は?」

「ん…パチェ?」

「私に振らないでよ。そうねぇ…。衣食住が保証される程度かしらね?」

「だそうよ?流石パチェね」

 まるで自分が出した回答であるかのように橋田へと返すレミリア。得意げになって可愛らしくえばる彼女を見た橋田は若干苦笑いを浮かべながら、そうですかと返事をした。

 

「じゃあそれっぽい文句を書いて広告を出してちょうだい!」

「そいつは依頼ですね?」

「え?それは勿論」

「じゃあ…その…大変恐縮ですが…依頼料を…」

「当たり前じゃない。住み込みバイトとは依頼内容が違うんだから。また別に払うわよ」

「ご理解いただけて感謝します」

 

 数日後、里のはずれに1つの看板が立っていた。

 

『職も住処も何も無い妖怪・妖精・ホフゴブリン

  紅魔館までいつでもどうぞ』

 

 看板にはこう書かれていた。

 橋田が出した広告である。

 

 橋田の広告が功を奏したのかどうかは不明である。

 しかし、無事に退院した十六夜咲夜が紅魔館に戻って来る頃には、行き場に困っていたホフゴブリン達がこぞって紅魔館に住み着くこととなった。

 見えない所が綺麗になっていて快適ですわ。とメイド長談である。

 後日、報酬を美鈴から受け取った橋田は、その話を聞いてなんとなく安心したのだった。

 

 紅魔館は平穏に戻っていった。




肩をすくめるアトラスという小説を買ってしまいました。
古い小説は読みにくいので読破するのには難儀しますね。
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