言ったもん勝ちなんですよ。こういうのは。
無事に一年が終わり、また新たな一年が始まった。
「いやぁ、いよいよ幻想郷ではじめての正月だなぁ」
橋田は十数分前に食い終わった蕎麦の器を片付け、おせちを引っ張り出すとバクバクと食い始めた。
外の世界のと比べると大分質素であるが、美味いのには変わりはない。
塩辛い漬物や、甘く煮た豆が酒をすすめる。
「美味い!元旦はこれだよ」
1人でチロチロ酒を舐めながら盛り上がっている。
ある程度おせちを食い尽くし、さて外に出て牛丼屋か何かで新年初の外食でもするかと外に出た時にはじめて気がついた。
「…もしかして、三が日まで何処も閉まってるんじゃあないか?」
そう橋田が言った目の前には、明かり1つ無い真っ暗になった商店街が存在した。
「おせち…結構食っちまった…」
おせちとは、どの店も閉まっている三が日の間に食べる為の保存食であるという話を外の世界で聞いたことがある橋田は、自分の貪欲な腹と無計画さに加えて、一年近く幻想郷で過ごしていたのにもかかわらず、自分がまだ外の世界で年越しをしていた気分になっていた事を激しく後悔したのである。
ほろ酔い気分だった橋田の頭はもう完全に冷え切ってしまっている。
「そ、そうだ!初詣!神社なら…!屋台があるはず!」
今更ながら幻想郷と自分とのジェネレーションギャップを感じながら、橋田はすがる思いで博麗神社へと向かったのである。
駆け込み寺ならぬ、駆け込み神社。
ちなみに本来神を祀るための土地なので、神社には迷える子羊を救ったり、煩悩から解放させるとか、そんな救済機能は無い。
あくまで神中心なのである。
祀るべき神がたまたまそこにいたから出来上がった土地なのである。
うっすらと見えてきた明かりを目視して安心し始めた橋田にはそんな事を考える余裕が出てきた。
「あはははは!はははは!!」
まさに抱腹絶倒。さっきまで追いかけてきた不安感など霧散した。それほど橋田は大笑いしていた。
それもそうだろう。
つい先日までただの神社であったのに、年明けの本日行ってみると出来損ないの遊園地が出来ていたからだ。
しかも今にも壊れそうなガラクタ観覧車や、猛獣に乗るメリーゴーランド(メリー?)など、テーマの定まらない遊覧物ばかりなのである。
カッパの屋台もあるにはあるが、店も客も少なく閑散としている。
あまりのギャップに橋田は腹を抱えて爆笑していた。
閑古鳥が鳴いている状態で、呆然と立つ関係者らしき人物の存在でさらに笑い袋をくすぐってくる。
それも博麗の巫女や霧雨魔理沙など、知らない顔ではない者達が棒立ちになっているので、それが更に笑い袋をつついてくる。
仮に橋田が飯を口の中に入れていた状態でここに来てしまったらたまらず吹き出してしまうだろう。噴飯ものとはまさにこの事であろうか。
橋田の他にも参拝客はいたのだが、爆笑する橋田の様子に驚いたのか、変わり果てた神社が理解できなかったのか、ドン引きした様子で、賽銭を入れたらそそくさと帰って行くものがほとんどであった。
「そ、そんなに笑う事ですか!?」
ピンクの髪をした女性が橋田に詰め寄った。大笑いをしている橋田を見て冷や汗かきかき駆け寄ってきたのである。
「いや、すんません。あまりにも場違いで、しかも閑散としてますんで…つい」
そう答えた橋田の口元はまだにやけたままである。
そんな橋田を見て女性は深いため息をする。
奇抜な格好割に生真面目そうな女性である。
そんな印象を橋田は受けた。
白地のシャツの上に中華風の刺繍が入った赤い前掛けをしており、スカートは暖かそうな緑色だ。
更に特徴的なものは、彼女の両腕であった。
右腕は肩から指の先まで綺麗に包帯が巻かれている。
左腕の方は地肌であるが、鎖のついた鉄の腕輪を付けている。
その為なのか、線の細い体型であるのにもかかわらず、何処かしら底冷えするような厳つさが見えてくる不思議な女性であった。
よく、ゲームなどで身体の大きな囚人などが付けている手錠のような、力強さを感じさせる変わったアクセサリーである。新手の防犯グッズなのだろうか。
彼女の存在を前々から知っていた橋田であるが、声や性格などは今ここで初めて知った。
人間の里にちょくちょく降りて来ているらしく、遠目から何度か見ていたのである。
里の人間曰く、茨木華扇という仙人なのだそう。
俗世間との乖離を楽しむのが仙人だと思うのだが、彼女の場合はそうでもないのだろうか。
里の人間と愛想よくくっちゃべっている光景を目にしていた。
などという事を考えながら、落胆しきっている彼女に橋田は声をかけた。
「神社なんてものは、その存在自体が特別なんです。だから余分なもん足す必要は無いんですよ」
「そんなものかしら?」
頭に手を当てながら、白い息を吐いた。
「えっと、ところで…仙人様ですよね?何故神社で商売なんかしてるんです?」
「え?ええ。いろいろあるんですよ仙人には」
「はあ」
自分の質問に困惑したような顔をして返す彼女を見て、橋田は頭をかいた。
また思った事を口に出して相手を困らせてしまった。
そういう感情だった。
そんなこんなやりとりをしているうちに、魔理沙がこちらにやってきた。
いつもの調子は何処へやら行って、完全にしょげきっている。
「やぁ、魔理沙さん。あけましておめでとう」
「ああ。今年もよろしくお願いするぜ。しかしまぁ…大失敗だな」
橋田と新年の挨拶を交わした後、魔理沙は腕を組みながら首を傾げてぼやく。
「まぁ、単純に考えて需要に合わなかったんでしょうね」
「需要?」
「仙人様は俗世間と離れて暮らしていらっしゃるのと思いますんでご存じないでしょうが、客商売は需要と供給というのがあるんですよ」
「そのくらい知っています」
「ああ、すんません」
構いませんよと華扇は手を上げて頭を下げる橋田を制した。
「ということは、私たちがやっていることは需要に叶ってないという事なのかしら?」
「そうですね。私が大笑いしたり、来る人間が皆引いていたりしていたのは、期待外れすぎてまともな反応が出来なかったからなんじゃあないでしょうかね?」
「ま、そういう事なんでしょうね」
華扇はホッと口から白い息を吐きながら腰に手を当てて言った。
「じゃあ何すれば良かったんだ?守谷神社に対抗するにはさ」
「守谷神社?ああ、なんかそんなのありましたね」
橋田は視線を上に向けながら思い出した。
里で若い巫女がやたら宣伝していた気がする。
神社というものは宣伝はすれど、その他変に手を加えるべきものではないと橋田は思っているので完全に無視していたのを覚えている。
「ふつうに神社やってれば良かったんですよ。こういうもんは」
「そういうものかしらねぇ…」
「新年早々駆け回って遊びたがる人間はそうそう居ないと思いますよ。私は。どちらかというと、のんびり参拝してちょこっとばかし美味いもん食ってまったりしたいですよやっぱり」
「食いたいのはアンタばっかだと私は思うぜ?」
「はぁ、すんません」
「まぁ、今回は気合の入れすぎでうまく需要に噛み合わなかったという事で…今日はもう解散!」
「ちょっと待ってください!」
「何だよ」
「せっかくだからアトラクション楽しんできていいですか?」
照れながらそう言う橋田の言葉に2人の女性はずっこけた。
果たして閑散とした遊技場など楽しいものなのだろうか。いやそんな事はない。
寂しい雰囲気をそもそも感じさせないのが遊技場であり、人が居ないのは楽しむ要素の1つを消し去っているのである。
それでも橋田は全力で楽しんでいた。
博麗の巫女へ新年の挨拶を済ませた後は、ただひたすらに意味のわからないアトラクションを満喫していた。
「あの、あの、仙人様」
ランランとスキップを踏みながら満面の笑みでやって来る橋田に戸惑いながらも華扇は答える。
「なんでしょう?」
「その…非常に恥ずかしいお話なのですが…あそこにいる虎ちゃんやらなんやらは、仙人様が飼ってらっしゃるものでしょうか?」
「え?ええ」
「触っても大丈夫なんでしょうか?」
「ん?良いですよ。今日はその為に連れてきた者達ですから。よく躾けてありますから噛むとかそういうのはありません」
華扇の答えを聞くないなや、橋田は目を輝かせながら、
「感謝します!」
と一目散に彼らの元へと駆けて行った。
散々愛でられた猛獣達は撫でられすぎて毛玉が出来そうになっていたのは言うまでもない。
普段触ることのできない大人しい猛獣を愛でることができ、大満足で帰った橋田は、先の心配事などすっかり忘れて初日の出を見る事なくグッスリといったのである。
ちなみに橋田が悩んでいた食事の心配は杞憂に終わった。
長屋近くの食事処はしっかり営業していたので食いっぱぐれる事は無かった。
おせちは保存食だとかなんだとかは一体なんの話だったのだろうか?
大方、年明けくらいゆっくりしたいという人間が広めたデマとかそういうものなんだろう。
と橋田は思いながら、煮豆の山から一粒を取りもぐもぐしていたのだった。
また新しい一年が始まったばかりだ。
橋田は煮豆の甘さに舌鼓をうちながら、次の仕事の時間まで楽しみに待っていた。