売れない営業マンが幻想入り   作:池沼妖怪ブレインロスト

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メタ回

「ねえ霊夢。もしこの世界が作り物で、私たちが偽物の生き物だとしたら…貴女はどう思うかしら?」

 縁側に座ってまったりお茶しているところに、八雲紫はよく分からない言葉を投げかけてきた。

 突然で意味不明な爆弾を受けた博麗霊夢は目をパチクリさせて質問を返す。

「は?どういう意味?」

「質問を質問で返してはいけないと寺子屋で習わなかったかしら?まぁ、予想はついていたけれども」

 紫は微笑を崩さないまま、お茶を一口すする。

「つまりはそのままの意味よ。私達自身やこの幻想郷の存在は偽物で、別のどこかにオリジナルが居るとしたら、それを知ってしまったら、貴女はどう考えるかしら?」

「それは…大問題…?なのかしら?でも私は私だしね。普通に生きて、普通に食べて、普通に寝て、普通に異変解決する。特にはどうとも思わないわ。それに、会ったこともないものに偽物だとか言われたところでピンと来ないわよ」

 霊夢の答えを聞いた紫は目を細めて、

「そう」

 とだけ答えた。

 

 冷たさと暖かさが入り混じった穏やかな風が、ふわふわと桜を揺らしている。

 舞い上がった花びらが紫の湯のみへとひらひら落ちていった。

「この世界は木の実なのよ。大きな大きな木から生まれたたくさんの小さな木の実の1つ。それが土に落ちて芽を出し、成長したの。それがこの世界なのよ」

 冷めかけの湯のみにひたりと落ちた花びらを眺めながら紫は言った。

「そう。あんたがそう言うならそうなんでしょうね。私は分からないけど」

「そうなのよ」

 雑に返す霊夢の言葉に明るく反応する紫の表情は、穏やかな笑顔のまま、カチコチに固まっていた。

 

 

 今日の橋田は寺子屋で臨時講師を任されていた。慧音が訳あって不在になるという事で、たまたま空いていた橋田に声がかかったのである。

 臨時講師とは言っても、文字の読み書き・計算を見ているだけではあったのだが、知らないおっさんがやって来て講師をするというのはなかなかに新鮮だったのか、子供達は満足そうに橋田の話を聞いていた。

 

 そんな拙い臨時講師を終えた橋田は、晩飯を手元にぶら下げ自分の部屋の扉を開けた。

「お邪魔してます」

 橋田を幻想郷に連れ込んだ少女が優雅にお茶をしていた。ごくごく自然に。

 橋田が楽しみに取っていた大福もちゃっかり御茶請けで机の上に置かれている。

 普通の人間なら驚愕だの何だので、自分がいない間にくつろいでいる者に対してマイナスな感情が出てしまうだろうが、橋田はそうではなかった。安堵のため息をついていたのである。

「ああ、掃除しといて本当に良かった。すんません。お客様にお茶用意させちゃって」

「いえ、良いのよ。美味しいお菓子もいただいたし、そもそも用意したのは私じゃあないから」

「どなたか居たんですか?」

「ええ。私の部下がね」

 しれっと答える紫を見て、はぇぇと間抜けな音を口から出しながら橋田は感心していた。

「まぁ、あがらしてもらいますね」

「どうぞ」

 手をチョップして空を切りながら橋田が部屋に入っていく。どちらが家主だか分からない光景である。

 

「どうも。この度は私を幻想郷入りさせていただきありがとうございます」

 目の前の少女に手と膝をついて深々と頭を下げる橋田の姿は、最大の恩人に対しての敬意が感じ取れた。

「別に良いのよ。外の世界は恋しくない?」

 紫はそんな橋田を眺めながら肘をついて笑みを浮かべている。

「いえ。これ以上ないってくらい楽しくやらしてもらってるので、これっぽっちも」

「そう」

 紫が残り少ない大福を口にするのを見て、橋田も自分の大福をつかもうとした。

 

 橋田の指が空を掴むと、ポトリと橋田の大福は紫の手のひらの上に落ちた。

 これで全部の大福が、紫の胃の中へ無事に収まることになる。

 諦めた顔で橋田が尋ねた。

「で、本日はどのようなご用件でしたか」

「貴方は自分の存在について考えたことないかしら?」

「存在…ですか?」

「ええ。自分がこの世界から見てどういった存在なのか。自分から見てこの世界とはどういった存在なのか…自分は空想の存在ではないか。とかいろいろよ」

「ありますね。それって例えば、自分が本の中の登場人物だとしたら…とかそういう意味ですよね?」

「そうよ。よくわかったわね」

「ありがとうございます。しかしまぁ…自分の存在ですか」

 橋田は腕を組んで考え込んだ。

「自分自身が実在しているかの証明はできるのかというのはなんとなく考えたことあります。で、出た結論は。おそらくできない。私はそう思ったんです」

 橋田の答えにならない答えを聞いた紫は、最後の大福を飲み込んで言った。

「証明ね。なるほど。そう考えるわけか。感性の部分でなく…。その答えは、過去に大勢の哲学者たちが出した結論とほとんど同じね。なんていうか、良い意味でありきたりだから落ち着くわ。あの子や式と話しても面白くないもの。貴方くらいよ。ちゃんと話してくれるのは」

「はぁ、どうもありがとうごさいま…す?」

 橋田は頭をボリボリとかきながらそう答えた。

 

 さて、と紫は湯のみを上品に置き、口を開いた。

「例えばの話、私達の存在がオリジナルでないとしたら貴方はどう思うのかしら?」

「面白いですね。自分達が本物ではなくて、クローンだとか、はたまた別の生き物なのか…なんでもいいですけど、本物はまた別の空間に居るって事ですか。信じられるし信じられないですね」

「その理由は?」

「やっぱり証明が出来ないからですよ。自分達が偽物で、本物が本物だという証明が出来ない。今私にできる範囲内であればの話でですよ?私達は自身の記憶を持って生きています。でもその記憶は本当に自らが体験した記憶なのかというのが分からないんです。実は別の誰かが体験した、もしくは作った記憶を元に私達は動いていて、私は三十何年生きている記憶がありますけど、実は生まれて数ヶ月…もしかすると1日2日かもしれない。でも誰もそんな事は言わないし教えてはくれない。三次元の存在である私たちが四次元以上を知覚できないのと同じように、私たちが偽の記憶を持った偽の存在であると知覚する事が出来ないんです」

 橋田の話はまだ続く。一旦得意なことを喋り始めると止まらないし止める気もないのが橋田だ。

 そんな橋田を紫は楽しそうに眺めている。

「ちょっと昔の映画でシックスデイというSFアクションがありまして…ご存知ですか?」

「いいえ」

「クローン技術が発達した近未来で、実は人間のクローンを作ることが出来るようになっていたっていうSF映画なんですが、その映画の中ではクローン自身はオリジナルの記憶を持って生きて居ますし、自分がクローンだと教えられなければ自身がクローンだと気づかないんです」

 橋田がベタベタとうんちくを語る間、紫は目を細めながら彼の言葉に耳を傾けていた。

 橋田がお茶に手をつけて口が止まったところで、紫は扇子で頭をトントンしながら言った。

「自分自身がクローンね。なるほど。興味深いわ。ではこんなのはどうかしら?もし私達幻想郷の住人や幻想郷は偽物だったとします。でも、その偽物だらけの中で、唯一貴方だけがオリジナルだとしたら。それを貴方や他の者たちが理解してしまったら。貴方はどう感じるかしら?これは貴方の感性を答えていただけたら嬉しいわ」

「ゾッとしますね。殺されるかもとかそう思います」

「そう。偽物に恨まれたオリジナルの運命というかなんというか…それを想像したわけね?」

 

 扇子の先でピッと指された橋田はドギマギして居住まいを正しながら紫に質問する。

「ええ…まぁ。何故そんな話を?」

 橋田の言葉を聞いて、少し間を置いた紫は扇子をゆっくり広げ、口元を隠しながら言った。

「この世界は木の実なのよ。大きな大きな木から生まれたたくさんの小さな木の実の1つ。それが土に落ちて芽を出し、成長したの。それがこの世界なのよ」

 紫の不思議な回答に目をパチクリさせながら、橋田は湯呑みの中身を煽り、軽くなったのを机に置いた。

 また頭をかく。今度は少しばかり強めにかいていた。意味を考えているようだ。

「んー。でもそれって、もはや別物ですよね」

 しばらくした後に出た橋田の回答を聞いて、紫は目をつぶりそのまま答えた。

「…そうね。そうね。ふふふ。馬鹿なこと考えていたわね」

「馬鹿なのかはよく分かりませんけど、いくら同じ木の実だとしても、結局は全く同じ形や大きさの木にはなりませんから」

「その通り。何を考えていたのかしら?」

「さあ?でもその何かを解決できたみたいですね」

 橋田は首を90度横向きにして言う。今度こそ紫が何を言っているか分からないので、それっぽい感じの言葉を返してみた。

 それを聞いた紫は、扇子を何処へとしまい、橋田にお茶のお代わりを頼んでいた。

 

「ところで、幻想郷の住み心地はどう?」

 二杯目のお茶を半分まで飲んだところで、紫は口を開いた。

「おかげさまで心身ともに幸せにやらさせてもらってます。お礼をさせてもらいたいんですが…どうしましょう?私で用意できるものがあれば」

「じゃあその押入れに詰め込んでいるお酒を全部ちょうだい」

 紫が扇子で指した先は所狭しと並べられた橋田のコレクションの群れであった。

「こんなのでよろしければ是非是非。運ぶの手伝いますよ」

「いえ、もう終わったから結構よ」

 橋田が紫の顔から押し入れに視線を戻すと、何十とあった未開封の酒瓶は、全て消え去っていた。

「む。流石ですね。酒なんかで良かったんですか?」

「ええ。お酒は大好きですもの。幻想郷の住人は皆お酒が死ぬほど好きなのよ。古今東西の酒好きが集まってくるのがこの幻想郷なのよ」

「酒好きが集まる…ははは。そうですね」

 

 そろそろ正面の長屋からも明かりが見えてきた頃である。

「それじゃあ。くれぐれも妖怪には気をつけて。外来人はよく食べられちゃうの」

 紫はやおら立ち上がり、帰り支度を始めた。

「はぁ。なんとか気をつけています。接触は多いですが…」

「死なない程度なら妖怪と関わっても問題ないわ。死ぬか死なないか。その境界を踏み間違えないように」

「どうもご丁寧ありがとうございます。それじゃあお送りしますよ」

 橋田も立ち上がり、玄関の扉まで身体を動かした。

「結構よ。こちらで自由に帰らせていただくから。今日はどうもありがとう」

 紫の声は言い切るかそうでないかのところで突然途切れた。

「そうですか。なら…」

 橋田が振り向くと少女は消えていた。

 

 

 自宅へ戻ってきた紫は、LEDのついた明るい部屋に安堵していた。

「藍。帰ったわ」

「お帰りなさいませ、紫様。先ほど届いた大量の酒はいったい…」

「今日はとても気分が良いの。模造品とは違うことが分かってね。藍も飲みなさい。今日は祝い酒かしらね」

「そ、そうですか。かしこまりました。肴になるものを作ってまいります」

「そう。よろしくお願いね」

「風呂の準備もできています。先にそちらへ」

 藍が台所へ移動するのを見送った紫は、鼻歌を歌いながら入浴の準備に入った。

 

 紫が目の当たりにした事実は、心臓の奥底までヘドロに沈められていくような絶望感を彼女に与えた。

 しかし、考え方を変えることでその事実を受け入れられることができた。

 憑き物が落ちたとはこういった感覚なのかと紫は思う。

 背中を流すたびに心が軽くなっていく。

「そう思うのもそう書かれているからなのだけれども」

 紫はそう呟くと、クスクス一人で小さく笑っていた。

 

 夜はまだ長い。

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