売れない営業マンが幻想入り   作:池沼妖怪ブレインロスト

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モンスターペイシェント

 橋田は医者嫌いである。

 医者というだけで偉ぶるし、彼らの判断が正しいのかそうでないのかが素人目には皆目見当付かないからだ。

 あくまでもこれは橋田の意見である。

 

 スポーツ選手やエリートサラリーマン。弁護士や会計士などの腕の良さはよく分かる。すげーよく分かる。

 結果だけがモノを言う世界だからなぁ。

 だが、一般人が関わる機会の多い医者は全く良し悪しがわかんねぇのはどういう事だぁぁー!?超ムカつくぜぇぇぇ!!

 体調悪いからって心音聞いただけで分かるっつうのか!?畜生が!

 自分の身体も100パーセント分かってないのに他人の身体が完全に分かるわけねぇじゃあねぇか!

 自分達だけで知識を独占しやがってよぉ〜、マジに許せねぇよなぁぁー!?

 だから医者の処方する薬は飲むなとかなんとかいうわけのわからねぇ本が売れる世の中なんだよクソがぁぁ!!

 などとまでは思っていないが、それに近いような感情を橋田が抱いているのは間違いない。

 

 こうも橋田が医者不信になったのには理由があったりする。

 

 橋田がまだ社会に入りたてのピカピカ新人営業マンだった頃だ。

 朝目が覚めると体全体が動かず、かろうじて動いた指を動かし、手元の携帯電話で119を押したのだった。

 救急車って119ですよねなんて呑気なこと言いながら病院に搬送された橋田は、あれやこれや検査を受けた。

 が、専門医は休暇を取っており処置も出来ず、結局時間が経つにつれ体が動くようになった橋田はそのまま返されたのだった。

 あげく金だけはしっかり取られる始末である。

 寮に戻ると、放置されていた携帯電話に上司からの着信が五分おきに入っていた。

 報・連・相は大事だろうがと怒鳴り散らされたのにうんざりしていた橋田は、寝ぼけた声で、ちゃんと食べておきますと返した後の上司の反応は言うまでもない。

 

 その日より、橋田は病院や医者に対してあまり良い感情を持たなくなっていた。

 運ばれた当時は、自分は休みの日だろうとなんだろうと、上司や客から電話があればすぐに飛んで行っていたこともあってか、キチンと休む医者と運ばれた患者に適当な処置もせずに返す病院に対しての憤りは凄まじいものだった。

 俺は休みも関係なしに働いているのに、中途半端にほったらかして金を取るだけ取って、医者ってやつは責任感もクソも無い奴らだ。

 と言うのが当時橋田が抱いていた所感であった。

 考え方が変わってきた数年後の現在でも、少なからず不信感を抱いたままである。

 

 

 そんな橋田は今現在、藤原妹紅に別れを告げ、振り返った途端にため息をついたのだった。

 彼の目の前には件の大嫌いな診療所が建っていたわけである。

 竹林に囲まれたその建物は診療所と言うよりは隠居人が暮らす庵のような雰囲気だ。

 しんしんとする緑の中にポンと存在を忘れられたかのように置かれている建物である。

 橋田は看板を見た。

「永遠亭ね。なるほど」

 看板の通りかどうなのか、時を感じさせない物静かな形である。

 しばらくぼけらっと眺めていた橋田であるが、そろそろ腕の痛みを思い出し、診療所の中へと入っていったのだった。

 

 

 だんご屋かどこかで見たことのある似たようなうさ耳に案内され、橋田は八意永琳の診察を受けていた。

 腕の怪我なんてものを内科医が診るのかと思っていたのだが、話によると彼女は内科とか外科とか関係なしのオールマイティだとか。

 有り体に言って、とても美しい人だった。

 細い線の眉、潤んだ唇、キリと尖った目には大人の色気というものが見えていた。

 流し目でこちらを見られるとドギマギしてしまうほどのものだ。

 縦に藍色と赤で色分けされた服装は、彼女のボディラインを強調し、スタイルの良さをアピールしていた。

 髪は長くて絹のように滑らかな銀髪で、大きく後ろに三つ編みで束ねられていた。

「そういうことか」

「何がかしら?」

「いえ、ちょっと考え事を」

 橋田は一人で納得していた。

 里の男どもがだらしのなく笑いながら彼女の腕の良さを語るのを思い出す。

 

 大きな落胆があった。

 美人女医という時点で医者としての評価は低い、それに加えて総合内科的なオールマイティときた。

 橋田は過去に運ばれた先の病院にいた、頭の悪い総合内科の若い医者たちと、やけにプライドの高い美人女医を思い出した。

 血液検査だのなんだのをいろいろやった挙句、体の動かない橋田に向かって、

「貴方に異常は見られません。数値を見る限り正常です」

 と言ってのけた若い医者達にはほとほと呆れ返っていた。

 また、その後の通院で、いろんな意味で頭が高い女医から食生活などを散々馬鹿にされて橋田を激昂させたのも古い記憶の中で大事にしまってある。

 

 頭の中で頭を抱えながら、しかし表面上は平静を装いながら彼女の診察を受けていた橋田であった。

「そんなに時間がかかるものなんですか?」

 意味もなく大きなため息をわざとする橋田に、永琳は眉をひそめながら答えた。

「ええ。かなり深いところまで切れていますから、傷から菌が入って化膿するといけませんし、しばらくはこのままで安静になさってください」

「なんていうか…塗っただけで治るとか、そんな薬は無いんですか?医者ですよね?」

「貴方は医者をなんだと思ってるの?」

「そりゃ医者ですよ。金もらって診てるんだから、即効性を求められるのは当たり前の話じゃあありませんか?」

「呆れた…。稀にクレーマーも来るけど、貴方は飛び抜けてひどい人ね。そんなに医者が嫌いなら来なければいいのに」

「私だって来たくて来たわけじゃあないですしね。付き合いですよ。こんなもん」

「とんだとばっちりだわ」

「あのね、病気や怪我というものは基本的に自然治癒に任せるだけなの。塗っただけで治るとか、飲んだだけで回復できるとか、そういうものは存在しないし、もしあったとしてもそれは人間には強すぎて使えない薬よ」

「さいですか」

「なんでそんなに医者が嫌いなのよ。貴方の場合はっきり言って異常よ?」

「まぁ、散々裏切られてきましたからねぇ。医者には」

「外の世界でどんな医者に会ってきたのかは分からないけれども、人それぞれという言葉を覚えてほしいわね」

「貴女は良い医者なんでしょうか?」

「はい?」

「いえ、腕の良い医者なのか、悪い医者なのか、素人には皆目見当がつかないので疑わしいんですよ」

「そんなものを疑っていたら何の医者にもかかれないじゃあない!」

「でも分からないものは分からないんですから。仕方がないですよ。インテリの言うことは間に受けてはいけませんしね」

「ああ、なるほど」

 橋田の返しを聞いた瞬間。永琳は何かに納得したような様子を見せた。

 その反応に橋田がいぶかしんでいると、橋田から視線を逸らしながら永琳は言った。

「そんな見た目して学歴コンプレックスなのね貴方」

 

 唐突に言われた言葉にしばらく目を見張っていた橋田だが、しばらくしてモゴモゴと言いずらそうに口を開いた

「言われたことは…」

「ないでしょうけど、貴方の根本的な考え方としてそんな印象を受けるわ。貴方、勉強や仕事ができる人間嫌いよね?」

「いや…まぁ…そう…ですね」

「妬みというものは憧れが悪い方向に進みすぎたもの。薬と一緒で、適度に扱うなら人生において最善の手になり得るものよ。深く考えすぎないことね」

 永琳は、ひどく動揺している橋田の肩に手を置き、彼に落ち着くよう言った。

「努力できる人はそういった習慣が身についているから努力できるのよ。そうじゃあないなら自分で考えて努力できる環境を作らないと何も出来ない」

「そんなこと言われましても、努力できる人だから言えることであって、努力できない人からそう言われないと説得力のかけらも無いですし…」

「自分が感じていないだけで、他人からすれば努力と取られるものもあるかもしれないわ。例えば貴方は妖怪相手の商売もするのでしょう?噂で聞いているわ」

「ええ、まぁ、自分の命が保証されてる前提の仕事だけですが…」

「その安全はどこで担保するのかしら?」

「そりゃ、書物とか伝聞ですよ。稗田の方々が書かれた幻想郷縁起とか、博麗の巫女とかに聞くとか」

「それは普通の人間にできることなのかしら?」

「さぁ?特には気にせずやっていましたが、でも自分の命がかかっているんですから、当たり前の行動だと思いますがね」

「それは貴方の才能よ。誇って良いわ」

「はぁ」

 橋田は頭をボリボリかいて答える。

 あまり意味がわかっていない様子だ。間抜けな顔して考えながら、永琳の話を続けて聞いている。

「外来人の多くが幻想入りしてすぐに死んでしまう話は聞いていると思うけれども、貴方はそれを聞いてどう思ったかしら?」

「そりゃ、それだけ危険なんだから注意しないととは思いますよね」

「そうね。でも外来人のほとんどはそれを間に受けずに妖怪に喰われて死んでしまうのよ。外来人は月に何人か来る。貴方が幻想郷にやってきた後にもね。でも貴方以外の外来人とは会ったことがないでしょう?」

「忠告を守らずにすぐ死んでしまうんですね」

「その通り。貴方のように、人の話をしっかり聞いた上で適度に妖怪と接するということは、里の住人にとっても難しい事なのよ。幻想郷縁起なんて読む人どころか存在自体知らない人の方が多いのではないかしら?」

「そういうもんですか…」

「誇っても良いかもね。それは貴方だけが持っている才能であり、努力の証なのだから」

「すんません。なんか心配していただけたようで」

「これでも医者ですから。患者さんの心の病を治すのも務めです」

「はぁ。すんません。で、なんの話でしたっけ?」

「腕の痛みは忘れた頃に取れますから、そのままで結構よ。お大事に」

「あ、ああ。そうですか。ありがとうございます」

「帰りはうちの兎が案内するから、それに従ってくれれば問題ないわ。それでは」

 

 

 迷いの竹林から戻った橋田は部屋に戻り、綺麗に巻かれた腕を眺めていた。

「学歴コンプレックス…言われてみればだな」

 医者が嫌いだったのは過去の経験に加えて、その気があったからなのだろうか。

 彼女の言葉を思い出しながら、疑問も持ちながら、己の医者に対する見方について考えていた。

「八意先生だけは医者として信用しても良いのかもしれないな。はぁあ。しばらくは仕事を休もう。先生がそう言っていたからな」

 

 ゴロンと横になった橋田は、そのまま目を閉じて夢の中へと落ちていった。

 

 

 

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