「今は夢の中にいます」
「ええ。」
「夢は中にいますか?」
「いいえ?」
「では外から取ってきてください」
「わかりました」
ふわんと揺れる帽子のポンポンに気を取られながら、橋田は夢と書かれた箱の中から外を取り出した。
橋田は夢の中に居た。
それを自覚しているのではあるが、うまく頭と体が動かせないのだ。
明晰夢とは初めての体験であったが、ここまでわけのわからないものだとは思いもしなかった。
それだけ普段の刺激が強いのです。まとまってよかったですね。
ドレミー・スイートが橋田の外を食べながらそう言った。
「不思議な味のする外ですね。これは何を入れていますか?」
「二枚二倍の羊毛布団です。羊毛が二倍で長さも190cmあります。当時としては画期的な長さの羊毛敷布団です。関取が宣伝していました」
「ええと…ほんとうによくわかりませんが、とりあえず貴方がカオスに身を委ねすぎて面白いことになっているのは分かります」
橋田が夢の中で自身の意思に気がついたのは、白黒のワンピースの寝間着を来たドレミー・スイートが現れてからだ。
彼女は自身を夢食いのバクだと言って、忘れたい食い物をよこせと言ってきたのだ。
橋田がうんうんと考え込んでいるうちに、ポンポンと黒くて大きな夢の塊が空から登ってきた。
降ってきたのではない。登ってきたのだ。
落ちてないのだ。
心の奥底の戸棚にしまってある記憶が悪意の塊となって登ってきたのだ。
ドレミーはそれを1つずつ味わいながら美味いうまいと食っていく。
「今の今まで食べたことのないものばかりです。やはり外来人は幻想郷の住人と違って食文化が進んでいます。この大判焼きのようなものもとても美味しいです。白あん?これは何が入っているのですか?」
「、それは御座候です。読者向けに書くなら、ござそうろうと読みます。大判焼きではありません。松坂屋の地下で売っています。2度と間違えないでいただきたい」
「…あ、え、ええ。ごめんなさい」
夢を見ている癖に妙なところで細かい男ですね貴方は。「白あんは白インゲン豆を潰したものらしいです、これは事務の行き遅れババアどもが俺の悪口を後輩にメールで送った記憶です。早々に辞めた後輩が「大丈夫すかこれ…」と非常に申し訳なさそうに突き出してきたメールの内容です。ふふふ。職場では悪口を言わない方が良いですね。良い教訓になりました」
橋田は社会人らしく人間の暗い部分を見ては学習する生き物なのだ。
学習はすれど、それを実生活に活かしきれていないのは橋田ならではのクオリティである。
「美味しい悪夢でした。私は良い夢は残します。良い夢は麻薬です。甘美な味わいですが、取りすぎるととり殺されるからです。美味しすぎてそれしか考えられなくなるのです。それはダメでしょう?たまには味わうのも良いですが、それは悪人の良い夢だけなのです。私はバクですから」
「なるほど。貴女も大変なのですね。ではこちらの外はどうでしょうか?」
「んーどれどれ?おやこれは…冷たいうどんですね?」
「コロです。
「は?」
「コロと言います。名古屋では冷たいうどんをコロと呼びます。うどん屋に行けばどこでも食べられます。美味しいです。コロです。2度と間違えないでいただきたい」
「…あ、え、ええ。ごめんなさい」
ちゅるちゅる。
んー!もちもちのコシと適度なひんやり感と、それに見合った程よい濃さのだしがいくらでも喉を通り過ぎていきます!これは失恋の夢ですね?とても美味しいです。
「生まれて初めて出来た恋人が、知らない間に男友達と同棲していました。首元や手首にキスマークや歯型をつけて、敢えて僕に見せようとするのです。」
「打ちのめされて、また打たれて、コシが出るまで引き伸ばされて、うーん!ていすてい!というやつです。こんな記憶は食べきってしまえますわ!」
「食べても残りカスは残ります。それをどうしましょう?」
「恥を上塗り、臭い物に蓋をして、七転八倒しましょうか。そのうち過去の誰も取り出せないところにポツンと置き忘れられ、誰も取りに行くことはできないでしょう」
「わかりました。」
「ハイは一回でよろしい」
「ハイ!」
ところで、とドレミーが手袋をはめてつま先を立てると橋田の方を振り向いた。
「貴方は夢はありますか?」
「今見てますが」
ポンポンと音が鳴った。
ポンポン
「そうですね
私が言いたいことをわかっている癖にそこでおちゃらけるのは妖怪慣れしすぎたせいかしら?」
「はぁ、すんません」
「人に見せられる人間になりたいですね」
橋田が答えると、ドレミーは大声で笑い始めた。
アッハッハとドレミーが笑うと橋田の夢も笑い出した。
つられて橋田も笑いだす。
アッハッハ
笑えよ橋田。
アッハッハ。
「はぁ〜。そういう人間なんですね。現代が抱える病気だわぁ。子供の頃から抑えられ、平等になるように比べられ、社会に出たらまた頭を抑えられる。鞭を打たれる。素晴らしい」
教育が悪い。
なぜかそう言われる。
何故なのか。理由は簡単で勉強できる者規律を守る者しか教師になれないからだ。
勉強できるから勉強できない人間に教えることができない。
規律を守るから守れない人間について行くことができない。
メガネの似合うやたら規律を意識する口やかましい学級委員長を思い浮かべてほしい。
それが全員教師になったら…
地獄である。
普通を目指す。
社会に出て役立つ普通は、普通に存在する多くのサラリーマン。
だから普通を目指すのだ。
外れる人間は焼却場へ。
しかし、普通を目指す癖に普通とかけ離れた上位者には弱い。
スポーツができる者、芸術の才能がある者、広義的に見て優秀とされる者には甘々の弱々なのだ。
だから普通以下の人間たちは上位者を羨み妬む。
これが社会の縮図だ。
学校はそういうところなのだ。
「貴方がその夢になれる確率は、貴方自身が貴方である以上不可能です。また、貴方が貴方以外の貴方になる事も不可能です。よってその夢は叶わないでしょう」
「残念です。分かってはいましたが。せめて夢なら夢を見させてほしかったです」
「私にとっては夢は夢としての現実ですから」
「恐ろしい。そろそろ覚めてもよろしいですか?仕事が入ってますから。「ええ良いでしょう。文章は重なっても読めますが、音声は時間の流れと共にありますから。」
起きた橋田はすっかり爽快であった。
夢の中身もすっかり忘れていたが。
それでも橋田は爽快だった。
現実は夢と同じで甘くない。
そういう、感触だった。