売れない営業マンが幻想入り   作:池沼妖怪ブレインロスト

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反乱分子

 その日、橋田は異様に気分が良かった。

 特に理由があったわけではない。

 ただいつものように仕事が朝から晩まであっただけだし、特別力を使う仕事でもなかったし、変に緊張する場面があっだけでもない。

 平穏無事な、変わらない一日だった。

 

 ジメジメと続く暑さが少しずつ遠のき、乾いた風が人々の身体を吹くような季節だった。

 この季節になると突然活発的になる神々が、あちらこちらで元気を振りまいている頃合いだろう。

 もう何度目だろうか。と橋田はひいふうみいと指を折り、自分が幻想入りしてからの年月を数えていた。

「随分といたんだなぁ」

 ほぅと橋田がため息をついた。

「変わったところは……」

 自分の身の回りをさぐりさぐり、顔を撫で、足回りを見回し、腹をポンポンと叩いてから一人笑う。

「老けたな!」

 ハッハッハと笑う橋田の横には、博麗神社へと続く階段があった。

「記念に一度参って行くか」

 よしと橋田が意気込み、神社の階段を降りていった。

 

「ん?」

 降りていたのだ。

 決して誤字ではない。

 橋田は間違いなく、博麗神社の階段を降りていたのだ。

 登ったつもりで1段目を踏んだのだ。

 

「なぁアンタ」

 唐突に頭の上から声をかけられた。

 橋田が振り返ると、逆さま立ちをしたまま階段の淵に座っている奇妙な少女がいた。

「私ですか?」

「そうだよ。よくわかったね」

 器用な格好でいる少女は、黒髪の中にわずかに入った白髪で、一見地味な紅白の格好をしていたが、ちらと見える角や、その不可思議な姿勢のせいであからさまに妖怪だった。

「そりゃ……もう妖怪の相手は慣れましたから」

「ハッハッハ! 神の数だけ居る妖怪を、人間に危害を与える妖怪を慣れたってか! 妖怪のこの私に対してよく言う奴だ」

「あ、っと。申し訳ありません」

 気分が乗ると余計なことまで口に出してしまう。橋田の悪い癖だった。

 ボリボリと頭をかきながら橋田は謝る。

 少女は笑顔のまま、普通の姿勢に戻り、歩いてきた。

「良い。良い。それでこそ私が求めていた人材だよ」

「人材? 商売の話ですか?」

「そうだ。ビジネスだ。だがアンタが普段やってるような1日何文何銭の世界じゃあない。もっと規模の大きなものさ」

 ケラケラと下品に笑う少女は橋田の肩を軽く叩きながらそう言った。

「へぇ、ビッグビジネスってやつですか。で、いくらもらえるんで?」

 この時期は大口契約が少なくなってきており、金が稼げると聞けば少しだけ気にはなる橋田であったが、少なからず、この少女を怪しんでいた。

 大抵そういう話を大げさに且つフレンドリーに持ってくる輩は、裏系や危ない系の仕事である。

 そういうのに手を出すと必ず身の破滅が同時に訪れる。

 橋田はこういった仕事には手を出さないスタンスだった。

 金は楽に楽しくは稼げないのだ。

 間違いなくこの少女もそういった仕事を持ってくるに違いない。橋田は心の中で身構えていた。

「聞いて驚くなよ? 私が貴様にやれる報酬はこの幻想郷さ」

「……私は鼻は良いが耳は悪くてね、申し訳ありませんが、もう一度教えていただけますか?」

「何度も言わせるな。私は本気だぞ?」

 少女は大真面目に憤慨していた。

 その姿を見て、橋田は口の中で小さく舌打ちをした。

 正直言って、橋田は思いの外の言葉に頭を抱えていた。

 規模が大きすぎて理解が出来ないし、興味もなかった。

「……私は妖怪相手の商売も平気でしますが、それは自分の身の安全という担保があるからやってるわけで、それがないものであれば、悪いが神社に駆け込ませていただきますよ?」

「やってみろ。神社の石段を登った所を降ろしてやる」

 少女は右手の親指を下に下げて、そのまま首を横になぞった。

 昔ゲーセンで流行ったゲームのボスが勝った時によくとっていたポーズだ。

「殺しはしないんですね」

「貴重な人材だからな。私は力で従えられないとなると強硬手段に出る大間抜けな強者とは違うんだよ」

 コレからどう逃げるか。そればかりを橋田は考えていた。

 そんな橋田の考えがやっぱり滲み出ていたのだろう。

 あちらこちらと動く橋田の視線を追うと、少女はニタニタと生意気な笑顔を浮かべながら橋田に詰め寄ったのだった。

 

「なぁ、聞いてくれよ? 橋田とやら。所詮この世は弱肉強食。強い者ばかり得をし、弱いものだけが外ればかり引かされる。そんな事思った経験ないか?」

「いや……」

 橋田が否定しようとしたのを、少女は人差し指を橋田の唇に当てて止めた。

「嘘は良くない。良くないぞ橋田金次郎。お前はあるはずだ。思った事が。例えばほら、射命丸とかいうブン屋。アイツ見てどう思ったか正直に言ってみろ。私は知っているぞ? ほら」

「苦手です」

 橋田は緑の少女に連れられて、地底に連れて行かれた時のことを思い出した。

 ばったり会った嫉妬の妖怪に散々突っつかれて気分が悪くなったのである。

 それと似たようなセリフを今この少女は吐いていた。

 何処かで橋田の知ったのだろう。妖怪のネットワークは想像を絶する広さだ。プライバシーの侵害もはなはだしい。

 まだ、少女の攻撃は続く。

「何故? 何故だ? お前はこう思った筈だ。『嗚呼、自分の能力と自信のある者は本当に羨ましいなぁ。アレを見てると本当に自分がちっぽけな存在にしか思えなくなるなぁ。俺はなんでこんなにも弱くて能力が低くてみじめなんだろうか』ふふふ。手に取るようにわかるぞ。私がブン屋の名前を出した一瞬、顔をしかめた。それはお前自身が」

「で、何のお話でしょうか!?」

 橋田のコンプレックスを刺激しまくった彼女はつとめて冷静で、まぁまぁと橋田をなだめた。

 もう橋田は逃げることを考えていない。これが人を勧誘するテクニックの一つだとも理解することなく、少女に対しての怒りでいっぱいなのである。

 

 誘いに乗った橋田を見て、少女は下卑た笑顔をさらに歪めた。

「怒るな怒るな。嫉妬の橋姫が湧いて出てくるぞ?」

「本当に神社に行きますよ」

 橋田の脅しも聞かず、少女は話を続ける。

「お前は自分の人生を悔やんでる。勉強もせず、立身出世出来ずにゴミ溜めのような所で働かざるを得ず、ガキの頃に遊んでいた分を取り戻そうと苦労して年を食ってから勉強を始めたがとうにおそい」

「今、俺はお前を本気で嫌ってますよ。妖怪じゃあなかったら殴りかかってた」

 反り返るほどの高笑いをした少女は、橋田の胸を人差し指でトントンつついた。

「弱い!」

 そういうと今度は親指で自分を指して、

「強い!」

 と自慢をしたのだ。

「意味がわからん。何をやりてぇんだコイツは……」

 嘆息を吐く橋田を面白そうに見つめながら、少女はまた意地汚い笑顔を見せながら橋田を煽る。

「来いよ弱者! 殴ってこい。そんなのだからお前は弱者なのだ」

「殴りませんよ。妖怪に勝てるわけがない。馬鹿じゃあるまいし」

「じゃあお前が強者になれば私を殴れるんだな?」

「教えてくれるんですか?」

「ならせてやるよ。出来る。私ならな。なんたって私は何でもひっくり返す程度の能力を持っているのだから」

「何でもって……」

「大事な大事なお仲間だ。名乗っておこう。私は鬼人正邪。天邪鬼だ」

 そう名乗ると、少女はブリッジの一歩手前まで反り返るという変な礼をした。

 素っ頓狂なお辞儀に橋田もつられて礼をしてしまう。

 ちなみに橋田がしたのは普通の礼だった。

 自分の行動を真似させてしまうという行為。これはもう完全に天邪鬼の流れである。

「私は弱いものが勝つ時代になってほしい。強いものは負ける時代になってほしい」

「何を突然」

 突然、正邪が手を打った。

 大きく乾いた音が橋田の言葉を遮ったのだ。

「橋田金次郎。アンタは今まで妖怪と商売している時に、一回でもお前は名前を呼ばれたことはあるか? 付喪神やタヌキの頭領、河童や天狗に魔法使い。いろんな奴らと仕事しただろう。だが、一回でもお前の名前を呼んだ奴が居たか? 居ないんだ。奴らはお前を見下しているからだ。それは何故か。答えは強者だから。弱者のお前を無意識のうちに見下していたからだ。お前に敬意もクソも何も持っちゃいない」

「言われてみれば……」

 正邪の言葉に橋田は自分の記憶を思い出し、うつむいていた。

「だが、私は違う。同じ弱者同士の橋田金次郎殿とは対等でありたいし、弱いなりに浮世を生き抜く根性に対して敬意を抱いている」

「あ、ありがとうございます」

「な? 橋田殿。我々は協力者だ。同士だ。命運を共にする仲間だ。我々は弱いが弱くない。数が集まれば弱さも強さとなるんだよ。どうだ? 人間の世界からと妖怪の世界からの板挟みで強者を追い出してみてはどうだ? 策は考えてある。な? 試しにやってみてはどうだろうか? なに、迷惑はかけんよ」

「そ、それは……」

 正邪の言葉に橋田が困惑していると、彼女は橋田の肩にしなだれかかった。

「橋田殿ぉ……橋田殿は生まれて初めて、強者に立つという幸福を味わえるのだぞ? みじめな下の世界とはもうおさらばさ。弱者が上に立ち、強者を虐げる。思い出してみろ。橋田殿のジョウシとやらを。省みてみたか? 橋田殿のコウハイとやらを。お前は上、奴らは下なんだ。楽しみだなぁ。橋田殿が人を選ぶ側になるんだ。弱者の気持ちがわかる弱者が上に立つのさ。きっと良い世の中になる」

 

 食い下がる正邪を前に、橋田はついによしと心を決めた。

「分かりましたよ。詳しい話を聞きましょう」

 そんな彼を見た正邪は先ほどとは打って変わって、少女らしいカラッとした笑顔を見せた。

 どうやらこれが彼女の本来の笑顔らしい。

「さすがは橋田殿だ! これからよろしく頼む! では、私の隠れ家へ案内しよう。これでも追われている身でね」

 

 何の色気もない男女の二人組は、夜の森へと消えていった。

 

 

 

 青々としていた葉もとうに紅く染まってきた頃である。

 人里離れた洞穴の中で正邪は待っていた。

 洞穴の入り口に人の気配を感じた彼女は、ワクワクをこらえきれないというような表情で出迎えの準備をしていたのだった。

 小悪党らしくない、威風堂々とした様子で、待つべき来訪者に背を向けて出迎えていた。

「やぁ、同士。ついに今日が決行される日だ。逆転劇の始まり始まり。インディペンデンスデイというやつだ。ん? 違うかな?」

 カラカラと心底楽しそうに話す正邪を前に、来訪者達はコクリと頷いた。

「さぁ! 下克上の始まりだ!」

 一人で拍手をしながら振り向いた正邪は一瞬、己の目を疑った。

 しかしそれはまぎれもなく、彼女にとって不都合な事実が彼女の目の前に展開されていたのである。

「そもそもおかしいのが、妖怪が人間相手に下克上の話をもちかけるというところかしら?」

「人間より強い存在が、弱者救済・改革・革命を訴えても心に響く事がない事くらいわからないのでしょうか?」

「なんていうか、残念な結末だぜ」

 正邪の目の前には、紅白、白黒、緑色などの女性陣が展開されていた。

 声をかけた覚えのない。

 かけるはずのない存在が、洞穴の出口を塞いでいたのだ。

 

「おお、お前ら! なんで!?」

 そう言い終わるか終わらないかの所で、彼女が大嫌いな針が頬をかすった。

「わからない?」

「くそぉあの人間! 裏切りやがって!」

 天邪鬼が放つ虚しい叫びは、激しい弾幕にかき消されて消えていったのだった。

 

 

「あ、いや、裏切ったわけじゃあないんですよ? 霊夢さん」

 すずっと薄いお茶を楽しんでいる博麗霊夢に、橋田は汗をカキカキ答えていた。

「そもそも私は協力するとも何とも言ってないんですから。ああやって言わないと離してくれなさそうで……」

「それでも危ない橋を渡った事には変わりないわ。そもそも貴方、妖怪相手に商売しすぎ。妖怪は人間の天敵なのだから、もっと気をつけなさい!」

 ピシャリと言う霊夢の言葉に、橋田はぐうの音しか出せなかった。

 

 橋田は正邪の作戦を聞いた後、すぐさま神社に駆け込み、寝ぼけまなこの博麗の巫女に平謝りしつつ説明したのである。

 いち妖怪の革命作戦にしてはかなり凝っていたので、橋田の説明を霊夢は真剣に聞いていたのである。

 

「まぁ、貴方の場合、向こうから寄って来るのがほとんどだと思うけれども。はぁ〜。めんどくさい」

「はぁ、どうもすんません」

 嘆息をつく霊夢に、橋田は頭をボリボリとかいて答えた。

「別にいいのよ。妖怪の怖さが分かっているからこその行動だと思うし」

 お湯と変わらないくらいの何番煎じか分からないお茶をグイッと飲み干して、橋田は立ち上がった。

「じゃあ、今回は助かりました。ありがとうございます」

「お代は賽銭箱に入れておいてね。あとちゃんとお参りしていって。お願いします」

「はぁ。じゃあ、失礼します」

 

 石段をタンタンと降りながら、橋田は浮ついた気持ちを落ち着かせていた。

 どうにも博麗霊夢に会うと変な気持ちになる。

 恋とかそんな青春くさいものではない。

 浮世離れしている綺麗な自由人なのが彼女なのだ。

 あの手のタイプは苦手である。まだ妖怪の相手をした方が気楽だった。

「ああ、いかんいかん。さっき言われたばかりじゃあないか」

 妖怪は恐ろしい存在である。

 気を引き締めていかないと足元をすくわれるのが妖怪なのだ。

 

 頭をフリフリ、橋田は長い長い石段をゆっくり降りていった。

 

 かさかさと揺れて落ちる木の葉は、北風と共に空へと舞っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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