「橋田さん、ちょいと聞いて良いかしら?」
橋田が貸本屋でたむろしていると、突然霊夢から声がかかった。
時折出入りしているのは見ていたが、まさか博麗の巫女から自分に話しかけられるとは思ってもみなかった橋田は声を上げて驚いてしまった。
「そ、そんなに驚くことはないでしょ!?何?私が妖怪か何かと思ったのかしら?」
「いえ、まさか自分が話しかけられるとは思ってもみなかったもんで…」
「もう、こっちがビックリしたじゃない」
「はぁ、すんません」
橋田は頭をガシガシとかきながら霊夢に謝った。
「いいわよ別に。ところで貴方、口が耳元まで裂けている長身の女性の怪異って知っているかしら?」
「口が…?口裂け女の事ですか?あのポマードポマードって言うと逃げていくやつ」
「聞こうと思った事まで言ってくれたわね。そう言うと退治できるのね?」
「んー…いや、逃げていくだけとしか聞いたことありませんね。というか都市伝説ですからよく分からんのですが…」
橋田が髭をなぞりながら答えると、霊夢は橋田を指差して言った。
「そう!それ!都市伝説!知り合いも言っていたけれども、なんなのそれ?」
「何と言われてもなぁ…外の世界で有名だった…いわゆる民間伝承ってやつですよ。それがどうしたんです?」
霊夢曰く、近頃里で恐ろしい怪異の被害がしばしば出ているとのことだった。それの筆頭が口裂け女であり、具体的な対処法・解決策を模索していたそうだ。
「で、なんで私が知ってると思ったんです?」
「んー…勘?」
「はぁ」
「で、貴方はその都市伝説とやらと会ったこと無いの?」
「里で?いやぁ…ないなぁ。もしかすると妖怪と間違えて見てるかもしれませんね」
霊夢は橋田の台詞を理解できなかったのか、首を可愛らしく首を傾げた。
橋田にとって、都市伝説に出てくる怪異は妖怪の現代版という認識だ。いちいちこれが妖怪だ、これが怪異だなどと判別しないのである。
「でもなんで都市伝説の怪異が今更になって出てきたんですかね?」
「さぁ?ところで、他にもあるの?その都市伝説とやらは」
「あるにはありますが…」
「教えてちょうだい。もし他の怪異が出たら対処しないといけないから」
「構いませんが…」
遠慮なく頼む霊夢に橋田は少しだけ不満げである。
何かを含むような返事に、霊夢は橋田に聞いた。
「なに?」
「いくら出してもらえるんですか?」
橋田のろくでもない質問に困ったような顔をした霊夢は、深いため息をついてしばらく考え込んだ。
カウンターの奥から「お金とるんだ…」と小鈴の声が聞こえた。
場所を橋田の家に移し、彼の知りうる限りの都市伝説を伝え終わったところで、橋田はお茶請けのおかわりを出した。
晩飯代にもならない端金しかもらえなかったが、客は客である。里の影響力もあることもあって、霊夢を丁重にもてなしていた。
「でもなんで今更になって口裂け女なんか出てきたんですかねぇ?」
「さぁ?」
「あんなもの、使い古されすぎて話のネタにもならないのになぁ…」
橋田の呟いた言葉に反応して、ポンと手を打って納得したのは霊夢だった。
「ああ、そういうことだったの」
「はい?」
「幻想郷は、忘れられたもの達の楽園よ」
「はぁ…そうですか」
それだけを言うと、霊夢は満足げな表情で神社へと戻っていった。
近頃、見知った顔が空中で戦闘を繰り返している場面をよく見るようになった。その中で聞いたことのある都市伝説的な怪異を見受けられた。どうやらよく分からない原理で怪異を使いこなして戦闘に生かしているらしい。
具体的に何時ごろからそんな状態になっているのかはっきりとは知らない。
が、橋田が一瞬思ったのは、霊夢に都市伝説の話をしてからくらいだなぁ。と、それだった。
恐らくそんなことはないだろうと橋田は考え直したし、ぶっちゃけ全く見当違いだった。
橋田が宇佐見某についての新聞記事を読んだのはそれからだった。