ひまわりが元気にお日様を向いている様子を見ながら、橋田は大きなため息をついた。
暑すぎる。外の世界ではクーラーのある部屋に引きこもっていたばかりに、そんな便利道具の無い幻想郷に若干嫌気がさしていた。特にこの夏は暑い気がする。それでも外の世界よりは涼しいのだろうが…
死と隣り合わせの緊張感に包まれながら、太陽の畑で仕事をした後だからか、橋田は上半身だけ水をかぶったかのように汗でずぶ濡れだった。
求聞史記で危険度極高とまで書かれていた大妖怪の相手をしていたのである。割りの良い仕事だろうが何だろうが、もうあんな仕事はコリゴリである。
さっさと日陰があるところへと思いながら橋田は家路を急いだ。
あちいあちいと言いながら立て付けの悪い自分の部屋の扉をガタガタ開けたら、家主の帰りを暇そうに待っていた3人の妖精達がいた。
以前ポン菓子を作ってやった妖精達である。
「知り合いが日焼けして黒くなったんだけど、どうしたら治るかしら?」
開口一番そんな事を聞いてくる青い服の妖精に、理解が全く追いつかなかった橋田は、とりあえず挨拶を済ませてから部屋に上がる。
妖怪相手の仕事の後すぐにまたそれ関係の話は勘弁してくれ。などと心の中でぼやきながら、橋田は詳しく彼女達の話を聞いたのであった。
なんでも、氷の妖精チルノなるものの様子がおかしいらしい。普段なら夏の間は比較的大人しくしている筈なのだが、今年はやたらと元気いっぱいで、おまけに肌がしっかり日焼けしてしまっているとの事だ。
「そりゃあ…心配になるのもわからんでもないですねぇ」
氷を司る妖精と聞くと、橋田がすぐにイメージしたのが儚く可憐で色白の美少女であった。
そんな子が突然活発になり、肌を黒くするまで焼くなどという不良な行為に走るようになっては、友人としても不安だろう。
今回はわりと珍しく、商売っ気よりも彼の親切心が働いた。
基本的に橋田は子供好きである。厳密には子供とは言えないが、彼女達妖精の言動や姿形は子供そのものであるため、彼女達の相談に乗ってやろうと思ったのである。
「とりあえず、様子を見させてもらいましょうか。危険でないんですか?」
「大丈夫よ。力が溢れて仕方がないみたいだけど、ブンブン振り回してるわけじゃないから」
黄色の妖精が栗のような形に口を開き、橋田を安心させる。
少しだけ不安であった橋田は、最悪彼女達に守ってもらえば良いかと表示を戻した。
「なら安心ですかね」
座っているだけでも汗が吹き出すし、氷の妖精に会って涼みたいのもあったため、さっさと移動することにした。
里から出る途中、橋田はチルノなる名前になんとなくデジャブのような何かを感じた。
「何かの本かなんかでみたような…」
「どうしたの?早く行こうよ」
橋田が謎の違和感に首を捻っていると、赤いスカートを履いた妖精が橋田の袖をくいくい軽く引っ張り、案内を始めた。
「あ、はぁ…すんません。まぁ、どうでも良いか」
余計な考えをぽろっと忘れつつ頭をボリボリと掻きながら、橋田は先を行く三妖精達について行ったのである。
霧の湖は里と比べると、じっとりと肌に粘っこくまとわりつく湿気がよりひどく感じられる。
着替えたばかりの服をびっしょりと濡らしながら、妖精に案内されながら橋田が歩いていくと、今の時期には似合わない冷気が不意に感じられた。心地よい冷気に余裕が出てきた辺りで橋田はふと視界に入った異常に気がつく。
草葉に霜が降りていた。
それに気がついた橋田は、一人で納得していた。
「ああ、だから具体的な場所が分からなくても案内できたんですね」
「え?」
「近くに来るとひんやりするから」
「うん。大体いる場所は変わらないもんね」
そんな感じで成立しているのかしていないのかよく分からない話をしながら更に進んでいくと、唐突に橋田の足がつるりと滑り、盛大に尻餅をついてしまった。
腰の痛みに顔をしかめながら地面に手をつくと、ついた橋田の手のひらに冷たい感触があった。
驚いて周囲を見渡すと、そこそこの範囲で地面が凍り付いていたのである。
ずっこけた橋田を見てケラケラ笑う妖精たちを無視しながら凍った範囲の中心地を探すと、そこには大きな氷塊が出来上がっていた。
氷の上には、真っ黒に日焼けした少女がガースカいびきをたてながら昼寝をしていた。実に気持ちよさそうである。
「あれがチルノ?」
橋田が三妖精達に聞くと、彼女達はそろってうなずいた。
「チルノー!あーそぼー!」
3人が一斉に声をかけると、チルノはズビビっとよだれを吸いながら目を覚ました。
「稗田の娘さんが書いた本に載ってたなそういやぁ」
デジャブの正体に納得したと同時に、イメージしていた様子とは程遠い氷の妖精の姿を見た橋田は、深いため息をつきながら、氷の上を滑らないように及び腰になりながらも彼女の元へと歩いて行ったのである。
「あたいがなんで日焼けしたかって?」
真っ黒に焼けた健康優良児の出で立ちをしている氷の妖精チルノは、橋田からの質問に目を細めて聞き返した。
「そうそう。なんでなんですかねぇ?」
「そりゃあ…」
初めから分かっていたかのような口ぶりを一瞬してからなかなか言葉が続かないチルノ。言い淀んでいたわけではなく、本当に何も思い付いてなかった様子だ。
彼女が答えるまでしばらくかかった。
「ジージーとうるせぇなぁ」と橋田がセミに意識を持っていかれる程度には長かった。
「あたいが天才だからよ!!!」
言葉が詰まった後のはずだが、自信満々に答える彼女がひどく可愛らしく見えてしまい、橋田はついチルノの頭をくしゃくしゃと撫でてしまった。
バカだこの妖精。しかも答えになってない答えを言って満足そうにしている。
あまりにもおバカすぎて幼稚園児を見ている気分になった橋田は、幼い子供を褒める時のように、彼女の頭をつい撫でてしまったのである。冷やっこくて気持ちが良い。
「ねぇ、シゴトウケオイニンさん。日焼けしたチルノってずっとこのままなのかしら?」
栗の口をした妖精からそう聞かれたときに、橋田はふとアメコミのキャラクターなどが出てくる格闘ゲームを思い出した。
「日焼けしたんなら瞬獄殺でも使えそうなんですがねぇ…」
「何それ?」
「いや、二作目の話です」
「意味がわからないわ。さっぱりよ」
「まぁ、そうでしょうな」
頭にハテナマークを浮かべながら首を傾げる三妖精達を流しながら、橋田は考える。
「今のあたいなら永久凍土も朝飯前に作れちゃうわ!お夕飯は食べたいけどね!!」
訊いてもいないことを得意げに語るチルノに橋田が和まされていると、ふと妙案を思いついた。この時期にこれだけ涼しくできるのだから、なんとかならんものかと。
「じゃあ絶対に溶けない氷なんてもんは作れますかね?」
氷の妖精チルノへ橋田は問いかけた。想定外の返しにチルノは一瞬言葉に詰まる。
「えっ」
「あ、無理なのかぁ〜。残念だなぁ〜。さすがの天才でも出来ないもんは出来ないもんなぁ〜」
「な、なにおう!?天才で最強のあたいがそんな事くらい出来ないとでもいうの!?」
「じゃあ作って見せてもらえますか?」
「見てろよくそう」
最強なら絶対に溶けない氷を作ってみせろとハッパをかけると、ムキになって作り始めたのである。
ムムムと唸りながらなにやらを練っているチルノを眺めながらしばらくの時間が経った。
「どう…!?こ、これが、あたいの最強の氷よ!まさに『完璧な氷(パーフェクトフリーズ)』ね!」
ぜえぜえと肩を上下にしながらえばる彼女の前に出来上がったものは、長さは橋田の腕くらい、厚さは橋田の靴ほどの長方形の氷塊だった。
「普通の氷じゃないか。どこがパーフェクトなのよ」
赤い妖精ができたての氷を触った瞬間、カチンと彼女が凍ってしまった。
「周りを凍らせる完璧な氷よ!空気も凍らせるから溶けることはないんだ。触ったお前は一回休みね」
「こりゃ…原子力発電並みに危ない代物ですね…」
「こんなもの何に使ってどうやって運ぶのよ!バカじゃないの!?」
「そんなことも分からないのね、これだから天才じゃないやつは…」
「じゃあどうやって運ぶのよ!!」
「そりゃあ…」
黄色い妖精に突っ込まれて自信満々に答えようとするチルノだが、その後がまったく続かない。
「いやあ、これだけの冷気があれば助かる。持ち運ぶのは引っ張るなりなんなりすればできるさ」
橋田が手を揉み揉み話に割って入った。
「何に使うのかしら?」
「これを吊るして部屋の冷房にできんかなと」
橋田の案に、はぇぇ…と口を開きながら橋田を見上げて感心する妖精達だった。
橋田に上手いこと乗せられた妖精達は、よいしょよいしょと彼の家まで運び込み、冷房をセットしたのだ。
ついでに、橋田はチルノにまた同じ氷塊を頼み、保冷庫を作った。
そんなこんなで、数日が経過した。
何故かは分からんが橋田の家が涼しいらしいと、長屋の住人たちが噂をし始めた。
「それもなんだがよ、橋田のやつ、キンキンに冷えた冷酒を出しおったのよ。外が暑いのもあって昇天するほど美味かった…」
「良いねぇ、私んところも冷えるようにならないかねぇ…」
「しかしまぁ、うまくはぐらかして教えないからなぁ橋田やつ」
「俺は隣だからよぉ。ちびっと冷たい空気が入ってきて心地良いぞ」
橋田は、今回の仕事に大満足していた。
金こそもらっていないが、それ以上の代物を手に入れたのだから。
あれからチルノは日焼けが突然治り、いつも通りの肌の白さに戻り、いつも通りの夏に弱いただの氷の妖精に戻ったという。ちなみに解決にあたって橋田は全く解決の役に立っていない。
適度にひんやりした部屋の中で、橋田は気持ちよく夢の中へと入っていった。
日焼けしたサクラがわかる方は、天空璋をやってニヤッとしたと思いたいです。