技術の進歩と共に我々現代人は大きな労力を必要とせず生活ができるようになってきた。反面、それまで培ってきた知識は廃れていくようになる。
技術の変革が起こり、人々の暮らしに更なる利便性が向上すると、それまで一般的で不便であった技術が淘汰され、廃れていく。
普段の生活の中で調理をする際、木の摩擦や火打ち石で火をおこす者は稀だろう。ゼロからの火起こしは、現代生活の中では必要の無い特異な技術・知識なのだ。覚える必要が無いのが当たり前なのだから、上手くできなくて当たり前である。
とか何とかグチグチ言いながら、橋田は慣れない手つきで火をおこしていた。
いくら外の世界と隔絶され、文明が遅れているとはいえ、それが幻想郷の最先端技術なのだ。火起こしも摩擦や火打ち石ではなくマッチだし、そう考えるとまだ楽な方ではあるが、火起こしなんぞ小坊だか中坊だかでやった野外合宿の時にしか経験がない。
「おおお!やっとか!」
何とかパチパチと火が立つまでになったのを見て、橋田は今日一日分の仕事が終わったかのような達成感に包まれた。
後は大量にもらった芋を投げ入れるだけである。ついでに買ったは良いが火が使えなくて食えなかった鹿の干し肉も、炙っておく。
しばらくすると、焼かれた芋の甘い香りがふよふよと漂いはじめた。干し肉もチリチリと炙られ、赤黒くコゲがつきはじめ良い具合に火が通っている。
「やあ、美味そうなのやってるな」
ふわふわと上からやって来た霧雨魔理沙が橋田に声をかけてきた。
風に乗った香りが彼女を呼び寄せたらしい。
「お得意さんから沢山もらったんでね。食くかい?」
「勿論、そのつもりでもらいに来たぜ」
相変わらず遠慮もクソも知らない少女だが、何かしらの形で礼はするし、そもそも本気で相手を怒らせるような振る舞いはしないため特に不快感は無い。遠慮しないのも相手が怒らない範囲を考えてやっているのだ。
頭の良い娘だ。伊達に実家を飛び出して独り立ちしたわけではないということだろうか。
橋田は彼女の行動力と自信を羨みながら、上手に焼けた干し肉を魔理沙に手渡した。
ホクホクに焼けた甘い芋と、塩辛い干し肉を交互に食べながら酒を飲んでいると、木陰からチマチマと豆狸が出てきた。マミゾウの仕事を手伝っているとたまに見かける小さな狸だ。
「仕方がない、お前も食うか。ほれ」
得意先の部下なだけに追い払うわけにもいかず、橋田は底の方にあった芋を放り投げてくれてやった。
「野良狸に餌付けすると後々面倒だぜ?アイツらは恩を与えるとそれにもたれかかって来るからな。今度は体良く騙したり集団で来たりするぞ」
熱々の芋を器用にくわえながらそそくさと退散していく狸を眺めていると、魔理沙からボソッと警告された。橋田が振り返ると、去っていった狸を睨みつけていた魔理沙がいた。
「ま、まぁ、周りをうろちょろされても面倒だし、さっさと帰ってもらえればと思っただけだよ。善意もクソもないからね」
「ふぅん。別に良いけどな、私は関係ないし」
最後のひとかけを口の中に放り投げると、そういえばと魔理沙は話を切り替えた。
「狸で思い出したんだが、最近里で変な噂を聞かないか?」
そう言われて橋田はあごひげを右手でなぞりながらしばらく考える。
「ん、ん、ん、んー……。ん?」
たっぷり十数秒考えて出なかった。
「噂とは?」
間抜け面で聞き返す。キメ顔で橋田に尋ねた魔理沙だったが、拍子抜けという風にガックシと肩を落とした。
ざっくりと噂と言われても、思い当たりすぎて何が目的の話題なのかが分からないというのが橋田の本音である。
そもそも異変だなんだと幻想郷では摩訶不思議な事象が起こりまくる。そんな破茶滅茶な土地で、細かい噂など覚えていられないのだ。
「ま、まぁ、いいさ。アレだよアレ、若いのが何人もひどい目あってるやつだ。長屋の息子が川に突き落とされたり、味噌屋の娘がくるぶしを切られたり、道具屋の若旦那が帳簿を食われたりするやつだ」
「ああ、アレですか。噂というか、アレ妖怪の仕業だって話じゃあないですか」
「それだよ。私も少し気になって調べてみたんだが、どうにも違うような気がしてな」
「はぁ、何でわかるんです?」
「妖怪はわざわざ襲った人間の懐に罪状なんか入れないよ。そんな悪人だけ狙った丁寧な妖怪なんていないのさ。妖怪は皆平等に人間を襲うからな」
「随分と妖怪についてご存知ですね」
「ん?まぁな、私は妖怪退治の専門家だぜ?」
橋田が魔理沙の考察に感心していると、彼女は不自然に一瞬固まって言葉を繋いだ。
ごく自然に振る舞っている魔理沙だが、橋田の経験上、大抵そんな反応をする時は後ろめたい事がある時だけだ。
とはいえ、具体的に散策するつもりもない橋田は、あえてその反応に突っ込まず、話の続きを大人しく聞いていた。
「霊夢なんかも最初のうちは調べてたんだけどな、妖怪のせいじゃないと判断した瞬間にさっさと手を引いて神社に引きこもってたぜ」
やれやれとわざとらしくかぶりを振りため息をついた魔理沙を見て、橋田はなんとなく彼女の言いたいことを察した。
「で?俺が調べろと?」
「悪いな。人手が足らなくてな。ほら、アンタなら顔も広いし」
可愛らしく手を合わせてこちらにお願いしてくる魔理沙を見ながら、橋田はため息をつきながら答える。
「私は業務請負ですよ?探偵の真似事はやってないですって」
「いや、そこをなんとか……」
「なんとかって言われてもねぇ、ノウもハウも無いわけで……」
「金はこんなもん出す。な、な、いいだろ?」
魔理沙から提示された金額は、橋田が数ヶ月暮らしていける程度のものだった。
「結構出しますねぇ」
「そりゃ、金持ちどものセガレやらなんやらが被害にあってりゃそうなるわな。私は味噌屋の大旦那から頼まれたのさ」
「どんなけ抜いたんですか?」
「ろ、6割ほど……」
「全部もらえるなら受けますよ」
生まれて初めて探偵の真似事をした橋田である。
推理物は好きだったので何をするのかは大抵わかる。紙の上の話だと、大体聞き込みに回るのだ。
「あれか、商家の聞かん坊どもが妖怪に襲われたやつだろ?怖いっちゃ怖いが、正直今回ばかりは妖怪さまさまだと思うよ。なんでって、橋田お前知らなんだか?あいつらに泣かされた人間なんていくらでもおるでよ」
「あまり良い噂は聞かなかったけどねぇ、ドラ息子だよ。いわゆるね」
「反物屋のせがれだけじゃあないか?まともな商家のガキなんざ」
「金があるからって自由にしすぎだったのよ、当然のしっぺ返しさね」
里の住人達から話を聞いて回ると、被害者達はそれほど里の者達から同情されていない事がわかった。むしろいい気味だと言わんばかりに陰口を叩いていたのである。よほどやりたい放題だったらしい。
聞き込み中に思い出した事だが、橋田自身も商家のドラ息子どもから被害を受けた事があった。
幻想郷に入ってまもなくの頃、商店街の居酒屋で晩酌を楽しんでいると、やたら舐め腐った物言いで橋田の食事を邪魔したり突っかかってきたりした若者がいたので、顔の形が変わるまで殴ってしまった事があった。
翌日から月の終わりまで入っていた仕事のほとんどが何故かキャンセルとなり、しばらく食うのに困ったことがあったのだ。
後から聞いた話であるが、どうやら殴った若者こそが商店街を牛耳る地主の息子だったそうで、酒が入っていたとはいえ暴力はダメだったなあと、その当時は若干反省していた。
とはいえ、権力を振りかざすのはよろしくない。痛い目にあって正解なんだろう。なんてことを橋田は思いながら聞き込みに回っていたのである。
「しかし、2日3日足を棒にしながら捜査まがいの事をしているが、何もわからんな」
聞き込みをしたほとんどの里の人間は、橋田の質問に対して親切に答えてくれている一方、すべてを語りきらずに何かを隠している風であった。
橋田のなんちゃって捜査は確実に行き詰まっていた。
うっぷんばらしも兼ねて大衆食堂で昼飯をたらふく食っていた橋田の前に、「そんなに注文しても食いきれんだろうに、ワシが手伝ってやるぞい」などと二ツ岩マミゾウがふらりとやってきて、恩着せがましく飯をたかってきた。
普段から仕事で世話になっている身分である。橋田は苦笑しながら、調子の良い彼女の為に追加注文したのであった。
「なんじゃおぬし、似非妖怪事件を嗅ぎ回っとるのか?」
「はぁ、そうなんです。素人が刑事の真似事しても、何ともならんのですねぇ」
ベラベラと話している中で、行き詰まっている旨をぽろっと漏らしてしまった。
「おぬしはダメダメじゃのう。嘘を見抜けても、本音を聞き出せぬのでは意味がないではないか」
「昔から苦手なんですよねぇ、本音を聞き出すの」
「ほんっっっっとうに売れない営業マンだったんじゃな、ぬしは」
「ぐうの音も出ませんです。ハイ」
訪問販売において大事なのは、お客との信頼関係を作り、本音が聞き出せる事である。
それが出来ない営業マンは、まともに商品の紹介もできず、お客にも信頼されず、まったく売れないのだ。
橋田はその部類だった。本質なんぞ言えば簡単なことであるが、いざやってみると難しい。本質が分かっていても無理なものは無理なのである。
爪楊枝でシーシーとしていたマミゾウが、呆れた顔を橋田に向けた。
「まぁ、それができぬのであれば、誰かに頼るしかなかろうて。例えば情報通の狸の頭領とかな」
「頼ってもよろしいので?というより、今回の件は頼れるもんなのですか?」
マミゾウの言葉に目を丸くした橋田は、思わず身を乗り出して聞いた。
「我々狸は昔から付喪神と仲がええんじゃ。彼らから事の真相も聞いておる。まぁ、うちの若いモンに芋をくれてやったと聞いておるしの。恩はそれなりの恩で返さねばな」
なんと、マミゾウは答えを持っているという。今までの時間はなんだったんだと橋田は頭を抱えそうになった。
「して、さっきからはぐらかしておったみたいじゃが、ここのお代はどうするつもりかな?」
頬杖をつきながら橋田をニヤニヤと見つめるマミゾウに折れた橋田は、ため息をつきながら口を開いた。
「教えてくれるなら是非奢らせてもらいますよ。なんなら追加で酒でも頼みますか?」
日も暮れ、りんりんと虫の鳴く音を聞きながら、橋田はマミゾウから聞いた場所に来ていた。
変哲もない商店街から少し外れた、長屋の角部屋である。
4・5人の男女がよろしくない雰囲気の中でコショコショと話し合いをしていたのだった。
「なんだ、本当にこんなところで会合してたのか」
橋田の声に中の人間たちは驚き、あわてて橋田の前にやってきた。
はじめのうちは大騒ぎ一歩手前の状態だったのが、橋田を見ると落ち着きを取り戻し、彼らの正体について語り始めた。
「アタシらは自警団では取り締まれない輩を成敗する、いわば裏自警団みたいなもんさ。裏で悪さをする金持ちのボンどもをこらしめてやるんだ!」
勝気な町娘が橋田に喧嘩腰で答えた。別に喧嘩を売っているわけではないし、買うつもりもないので適当に流しながら橋田は橋田で聞きたい事を聞く。
「別にいいけどよ。なんで妖怪がやったように見せかけるんだ?変に隠さなくても良いじゃあないか」
「妖怪が関わればやばいと思うのは当たり前じゃないか」
「ん?」
答えになってないし意味がわからない。
「それに、間違っても関係ない里の人間が疑われるなんてことがあったら申し訳ないしな」
「んー……?」
彼らの言い分が妙に納得出来ず、首を90度に曲げて唸っていた。
里の人間たちが疑われるのがダメで、何故妖怪は良いのだろうか。そもそも妖怪の仕業にみせかけたところで、人間がやったと誰も考えないのだろうか。こいつら頭が悪いんじゃないか。
などと橋田は思いながら、珍しく返答に困っていた。
ふと、冷たい秋風が吹いた。
「ああ」
橋田の疑問が解決したきっかけは、先程風を受けた彼らが必要以上に驚く姿からだった。
突発的で予想外の出来事に対して、過敏に反応するその姿が橋田を納得させた。
つまり外の世界からやってきたばかりの橋田と、恐ろしいものだ恐ろしいものだと散々教育されてきた里の人間達とでは、根本的に妖怪に対する考え方や恐怖心がまるで違うのだ。
里の人間からしたら、妖怪は強くて恐ろしく、見られたら死を覚悟しないといけない恐怖の対象である。
河童などは多少交流があるものの、やはりどこか人間どもが壁を作っている側面があるのだ。
マミゾウの話や花果子念報の記事なんかから察するに、妖怪たちも逆に人間たちと壁を作っているような感じである。
幻想郷はそういった壁ができることによって調和を保っているのかもしれない。
などと大層な事まで飛躍しながらも橋田は考えていた。
「どうするかなぁ……これ」
橋田は非常に悩んでいた。これを素直に味噌屋に伝えれば半年は遊んで暮らしていけるレベルの報酬をもらえるが……、弱い彼らを守る為には黙っておかないといけない。
里の人間達もそれが分かっているので、橋田に真実を話さなかったのだろう。里ぐるみの犯罪である。
「頼む!橋田さん!俺たちを見逃してくれ!これはなんの権力も無い俺たち里の住人たちの希望なんだよ!」
橋田はかつて無いほど非常に悩んでいた。
「そんなこと言ったって依頼主に結果を言わないと報酬が……」
ここまで言ったところで、橋田はふと気がついた。
そうだ。依頼主に報告すれば良いのだと。
「そんなこと!大旦那に言えるわけないじゃないか!」
魔理沙は橋田からの結果報告を聞いて頭を抱えていた。
「そういうことで、後は頼みましたよ魔理沙さん。私はこれで依頼完了ということで」
大元の依頼主は味噌屋の大旦那だったが、橋田が請けたのは魔理沙からだった。
どうせ元請けからもらった金は全額払うとか言っておきながら何割か抜くのが彼女である。
ならせめて、一番面倒なところは彼女にやってもらおうという橋田の魂胆である。
「な、なぁ、私の代わりに大旦那のところに行って……」
「や、や、魔理沙さん。そりゃ契約違反ですよ。貴女が受けた仕事なのに、私が行ったら、大旦那が混乱しちゃいますよ。じゃあ、よろしくお願いしますよ」
受け取った報酬を財布に入れ、チャリチャリと小気味良い音を鳴らしながら橋田は霧雨魔法店を出て行った。
後日、魔理沙から事の顛末を聞いた橋田は少々驚いていた。
どうやら主だった商家の子供達は、真面目に教育がなされてき始めていたようだった。
魔理沙が上手く味噌屋の大旦那に報告したらしい。
ビジネスというのは権力者だけでできるものではない。その下につく労働者が無ければビジネスが成り立たないし、権力なんてものは存在しなくなるのである。労働者は権力者を、権力者は労働者を守らねばお互い潰れてしまうのだ。
それを彼女は反発が起こらないよう、上手く里の権力者達に言って回ったそうだ。
「おかげで私にも追加報酬が出てウハウハだぜ」
と彼女談である。
調子の良い事だ。橋田は苦笑しながら、残り一つとなった饅頭を口に運んだのである。