売れない営業マンが幻想入り   作:池沼妖怪ブレインロスト

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風邪になると健康を忘れる

 喉の痛みを我慢しながら、あつあつの粥を掻き込むと、橋田はゲホゲホと汚く咳き込んだ。

 結構激しく咳き込んだはずだが、なんと口の中に掻き込んだ米が橋田の口の中から出る事はなかった。

「なんで風邪の日の粥はこんな美味く思えるんだろうな」

 また喉の痛みを我慢しつつ、今度は熱いお茶を啜った。

 流石にお茶は痛すぎたのか、上品に年季の入った机に湯呑みを置き、冷まし始めた。

 今の時期はすぐに冷めるので、パンパンに膨れた喉には丁度良い季節だ。

 ふぅ、とため息を吐きながら溶けるように椅子へもたれかかると、橋田は豪勢なシャンデリアを見上げた。

 風邪をひくと、美しく装飾された家具も非常に煩わしく見える。

 

 

 橋田は体型に似合わず年に一度は風邪をひく。

 だが、食欲は止まらない為、結構すぐに回復するのだ。

 世間様では風邪をひくと少々なりとも食欲が無くなるので、病み上がりなんかは少し痩せたりするのだろうが、橋田といえば食って治すというスタンスなので、風邪が治る頃には体重が増えている。

 風邪をひいたからって何が食べられないとかも稀だ。

 隣人などが心配して差し入れ何が欲しい、と訊くと、

「どこそこのおはぎが食いたい。おはぎを食ったら治る気がする」

 などと肩でゼーハー息をしながら酷くダルそうに言うもんだから、橋田のチグハグな言動は、いつも見舞いに来る人間をあきれされていた。

「ダルそうな演技しやがって。元気じゃねぇか」

 などと言われてしまう始末である。

 非常に見舞い甲斐の無い男が橋田だ。

 

 

 地霊殿で書類仕事をしていたこの日も、たまたま橋田は風邪をひいていた。

 泊まり込みの仕事であったので橋田にあてがわれた部屋で療養させてもらっているわけである。

 そういう季節ではあるが、人間に合うことも稀だし、うつされた記憶がとんとない。

 せっかく仕事を請けたのに風邪をひいてしまうとは、と橋田は古明地さとりに謝ろうとしたのだが、

「いえ、風邪はあなたのせいではありません。まずはしっかり療養して回復してください」

 などと、ブラック企業でしか働いた記憶のない橋田、あまりのホワイトな返答に呆けてしまっていた。

 さとりだけではなく、見舞いに来る妖怪すべてが橋田に何故か優しかった。

 災難だったな。とか、気をつけようがないもんな。とか。

 とにかく橋田の体調管理を揶揄するような物言いをする者は居なかった。

 中には、

「いやぁ、なんだかすまないねぇ、飲みの席だとどうしてもね。あんまり近づかないよう注意するよ」

 などと何故か謝る者さえいた。

 金髪の、茶色のスカートが異様に膨らんでいた少女だった。

 鬼と飲んでいた時にそこそこ会話をしたような気がする。

 たしか名前が、黒谷ヤマメとかいう名前であったか。

 彼女はスカートをふわふわさせつつ、少し困ったような顔で橋田の枕元にりんごを置いて出て行った。

 服の色合いもあってか、大きく膨らんだスカートが蜘蛛の尻に見えてくる。

 意味はよくわからないが、風邪をひいただけで皆から心配されて優しくされるなんぞ、小坊の頃以来の出来事である。

 日頃から女性に優しくされる事が稀な橋田は、なんだかむず痒くなってしまい、さっさと治そうと無理矢理腹に食事を収めていった。

 

 

 翌日、気合いで風邪を治した橋田は意気揚々と仕事に向かおうとしたが、さとりにもう1日寝ていろと部屋に戻されてしまっていた。

「貴方は天邪鬼のような気質ですね」

「はい?」

 ちょこんと橋田の対面の椅子に座ったさとりは、いつものように少し疲れたような顔のまま橋田に言った。

「普通の人間は、見た目の良い少女達に囲まれたり優しくされたら良い気分になるのではないですか?」

「そうだと思いますよ」

「でも貴方は嬉しいと思うのと同時に、居心地が悪い、気色悪いなどと、嫌がっている感情が強くあります。意味がわからない」

 さとりはティーカップを口元に持って飲もうとするが、すぐに小さな口からティーカップを離した。

「近寄られる意図が分からない。褒められると本心が気になって素直に受け止められない。……なるほど、過去の経験から女性に対して警戒心を持っていると」

 カップをソーサーに置くと、さとりは椅子に背を預けた。

 人の話を待たずに話す彼女にしては珍しく、橋田の口が開くのを待っている。

「人間不信ですね。営業マンやってた頃は、合う人間全てが敵に思えて過ごしてました」

「幻想郷に来ても同じようですね。里の人間はどこまでいっても利己的で信用できませんか」

「妖怪相手の方が気楽です。人間より力がある分、嫌っていれば私から離れていきますから」

「人間は嫌っていてもコミュニティを崩壊させないよう、陰で溜まった膿を吐き出すと。それを貴方は強く嫌悪し、怖がっているわけですか」

 そう言うと、さとりは目頭を軽く揉んだ。

 柱時計の秒針がコチコチと音を鳴らしている。

 

 しばらくすると、お燐が人間の姿で茶器を下げに入ってきた。

 さとりは疲れたようにその様子をしばらく眺め、静かに席を立った。

「先程も言いましたが、貴方は今日まで休みなさい。貴方が手伝ってくれたおかげで、急ぐものはほとんど無くなりましたので」

「はぁ、いろいろとすんません。明日からまたよろしくお願いします」

 橋田はボリボリと頭を掻きながら答えた。

「それでは」

 そう声を橋田にかけると、いつも通り、少し疲れたような顔でさとりは部屋を出た。

 

 

「ある意味私達も同じような感覚でいるわけだけれども」

 夕食を楽しんでいる中で、ふとこいしに話を振った。

「何が?」

「あの人間の人間不信が」

 こいしは彼女の言葉の意味をしばらく考えていたが、すぐに分かったらしい。

「面白いよね。私は皆の心が分かるから心を閉ざしてるのに、あのおじさんは皆の心が分からないからって距離を置いてるんだもん。能力を交換できたらきっと幸せになる気がするよ」

 こいしは楽しそうに言いながら箸をすすめている。そんな様子を眺めながらさとりは言った。

「心を読めるようになれば、人間不信も治るのかしら」

 そうでもないような気もするが、たかが人間のためにいろいろと考えてやるのもおかしいので、さとりは食事を再開する事にした。

 しかし不思議と、あの橋田のことが気になる。

 愛おしさとかそんな甘ったるいものではなく、単純に知的好奇心から、あの世捨て人のような発想をする人間が気になるのだ。

「手伝ってくれてるのもあって、多少なりとも愛着が湧いてるのかしら」

 食事を続けているこいしを見やる。

 さとりの視線に気がついたこいしは、笑顔を崩さずに言った。

「あのおじさん、また今度も呼んでね」

「そうね。貴女もペット達も気に入ってるようだし、あまり深く考えないようにしましょう」

 綺麗に片付いた仕事部屋を思い返しながら、こいしと食事を楽しむ事にしたさとりであった。

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