「あんたこれ、ちょいとまけておくれよ」
恰幅の良いおばちゃんが橋田にねだった。
「良いですよ、これも買ってくれたらおまけしちゃおうか」
橋田の今日の仕事は、道具屋の店番だった。
人間の里に来て以来、なんとか仕事を探そうと始めたのは業務請負だった。
いわゆるアルバイトである。
門前の騒動を機会に仕事を募集し、ボロの空き家長屋を二足三文で借りて、そこを事務所兼生活スペースとして暮らしている。
家には表札の代わりに看板が置いてあり、
『仕事請け負います 橋田金次郎』
とあった。
金額は応相談である。
のんびりと時間の流れる人間の里でも、割と人手が欲しいところも多く、食いっぱぐれる事がない程度には稼ぐ事が出来ていた。
過剰サービスが蔓延っていた現代社会に慣れた橋田は、清掃だの陳列だのを馬鹿丁寧にやってくれるので、店番や売り子を頼んだ店からはそこそこ好評である。
「すみません、インクを一ついただけませんか?」
「はいただいまー」
橋田が皿の位置を気にしていたところに、凛とした少女の声が聞こえてきた。
「すんませんね、お使い…じゃあなさそうですね」
文房具屋は近所にあるが、もちろん道具屋にも万年筆のインクは売っている。
ただ、種類が少なく値段も割高な道具屋に行く必要がないので、インクを買い求めに来る客は大抵小坊主かお使いの子供である。
しかし、今回の客はそうでもなかった。
身につけている衣装は昭和初期の新聞記者だ。
こげ茶のジャケットに、ひざ下程度のパンツ。全く同じ色のハンチング帽。
一見女の子が無理して仕事衣装を着ているように見えたが、なかなかしっくりと自然な風に着こなしている。
浪漫派、そんなイメージだ。
どことなく里の人間とは違った者のように橋田は感じた。
里の人より都会的な服装をしているわりには人間臭さがなく、山の香りがする。ちょこっとばかし浮いている感じだ。
「またこりゃ全時代的な新聞記者だ」
橋田は見たままの感想を口に出していた。
「失礼」
早速怒られていた。第一印象を口に出して不興を買うのは分かっていたはずなのにどうしても出てしまうのだ。
今も少女はムッとしている。
「すんません。で、貴女は?」
橋田の質問に少女はこほんと咳払いをし、持ち直してから名刺を差し出した。
「私、こう言うものでございます」
名刺を受け取った橋田は中身を読み上げた。
「社会派ルポライター 射命丸文」
ただそれだけが書いてあった。会社名だの住所だの、そんなものは一切ないシンプルな名刺だった。
「はい。清く正しい幻想郷最速の記者、射命丸文でございます」
「最速ぅ…はぁ。すごいですなぁ」
「ええ!」
橋田のどの言葉に気を良くしたのか不明だが、先程の尖った唇はくわっと開き、自信満々にそう答えた。
「やっぱり記者ですか。いるんですねぇ、幻想郷にも」
「まぁ、趣味みたいなものですが、『文々。新聞』という新聞を発行しておりまして」
「ああ!鈴奈庵の!あれですか」
「読んでいただいてます?」
「人並みには」
『文々。新聞』は、人間の里で唯一と言っても良い新聞だ。
鈴奈庵という貸本屋と契約しているらしく、そこで販売されている。
仕事中によくもらうので活用させていただいている。
窓の汚れは新聞で拭くとよく落ちるのだ。
「その記者さんが…もしかして私に用事です?自意識過剰でしたか」
「いえ、合ってますよ。貴方について取材をさせていただきたく」
インク代を払うと早速それに万年筆をつけてメモ帳を取り出す。文花帖と書かれている。自分の手帳にタイトルをつける珍しいタイプだ。
一瞬、手帳の中身が見えてしまった橋田は、スッと自然に目をそらす。
あまりにも一瞬だったのでよく見えなかったが、馬鹿でかい絵をぶん投げている女の子の写真に、『漢は黙って金閣寺』と書かれていたような気がする。多分橋田の見間違いだろう。
「いやぁ、インタビューなんて生まれて初めてだなぁ。私生活とか聞かれるんですよね?ああ、緊張するなぁ」
「いや、別に貴方の生態だの何だのはどうでも良いのですが」
話を聞いてみると、どうやら橋田が人間の里に現れた前後の話を聞いてみたいようだった。
神隠しはどういった感覚なのか、幻想入りした時は何処にいたのか、何故無傷の状態で門前で寝ていたのか。
テンポの良い応報だったので、橋田は店番も忘れて文の質問に答えていったのだった。
「なるほど。ありがとうございました!」
質疑応答が終わり、文はパタンと手帳を閉じて挨拶をした。
「ギャラはくれないんですか?」
橋田は当然の疑問を口にした。店番をサボって答えてやったのだ、それなりの見返りは欲しい。
「んー、そのインク代で」
文は橋田に手渡したお金を指差した。思わず橋田は自分の手の中を見てしまう。
「こんなの使え…」
橋田が顔を上げた頃には既に少女は消えていた。
まさに一瞬だった。文がそこにいた形跡はどこにも見当たらない。
「はぁ。苦手だなぁ。ああいうタイプは」
店内に戻った橋田はため息をつく。
文のような、出来の良い人間は苦手だった。
もっと言うと、出来が良いのを自覚していて、自信に溢れた態度を取っている人間が苦手なのだ。
多くの人は、そういった人間を賞賛し、憧れ、慕うのだろうが、橋田はそれになれない自分を無意識に比較してしまう為、近くにいたり会話したりすると、愚かな自分を恥じてしまうのだ。
外の世界で働いている時は、そんな人間が成績を上げていた。
楽しそうに仕事をして、周囲に影響を与える。そんな事は橋田には出来ない。嫉妬に近い何かだった。
「とりあえずは今の仕事しないとね。落ち込むのは仕事が終わってからだ」
橋田は気持ちを切り替えて皿の整頓に戻った。
今日の橋田も好評だった。