だんご、まんじゅう、おかき、あめだま。
橋田の趣味は食べ歩きだったりする。
文明の遅れた幻想郷でも、美味いところは美味いのだ。
人気の店は後回し、人の来ないところに率先して行くのが橋田流だ。
「む、このみたらし団子うまい。美味いよおばちゃん!」
「ありがとね」
褒められただんご屋の婆さんは素っ気なく答えた。やってらんないというような風である。
「嬉しそうじゃないね。どうしたんだい?」
橋田は素直に疑問を口に出した。褒めた方は相手が喜ばないと、褒めただけ損をした気分になるのだ。
「それがね?お迎えの蕎麦屋さんに福の神がやってきたみたいでね。客が全部取られちまったんだよ」
婆さんの返事を聞いた橋田は声を上げて笑ってしまった。
「あっはっは!だんご屋と蕎麦屋比べたらかんよおばちゃん」
笑い飛ばす橋田の言葉を聞いても、婆さんは不貞腐れたままだった。
「でもねぇ…不公平じゃないのさ。なんで迎えのうちには来てくれないのかねぇ?」
「そんなもん福の神とやらの気まぐれだろうよ。富くじみたいなもんさ。隣近所の人が当たっても恨むなんて事しないだろ?それと一緒さ」
「けどねぇ…」
「ま、嫉妬するのは自由だけどね。あんま妬みすぎると嫉妬の妖怪に食われるよ?そんなのが居るかどうか知らんけど。ごっつぉうさん。客寄せ欲しいならウチんとこに来てくれよ。じゃ」
橋田は代金置いて店を出た。
「いやぁ美味かったぁ」
満足そうに腹をさすりながら帰路につく橋田は、しばらく歩いたところで、だんご屋の方を振り向く。
「しかしまぁ…」
だんごの串で歯の間をシーシーしながら口を開いた。
「あの味で、店の空気が良かったらもっと人来るのにな。いやぁ勿体無い。まいっか。人気の店は好きじゃない」
橋田はそう言いうと、踵返して自宅へ戻っていった。
「ヤツメウナギの屋台ですか?」
年が明けてからいく日か経つが、まだまだ里の外で雪女が元気に飛び回っている頃である。
外套無しの外出はご遠慮願いたい程度の気温だった。
橋田が持ち帰りの注文を受けていたところにその話が舞い込んできた。
「ああ、それだけ外食が好きなら知ってるかと思ったんだがな」
「存じ上げないっすねぇ」
橋田はそう答えると、霧雨魔理沙にだんごを手渡す。
先日訪れたあのだんご屋で、呼び込みと売り子をしていたのだ。地道な営業努力が実った瞬間である。
「ま、普段から里の中で引きこもってればそうなるか」
だんごを受け取った魔理沙は、ひいふうみいと注文通りの数を数えながらそう返した。
「里の外に用事がないもんでねぇ」
橋田はぽりぽりと頭をかいて答える。
「じゃあちょうど良いかもな。今度、神社で花見があるだろ?あの時にヤツメウナギの屋台も出るそうなんだ」
「花見…ああ、梅の花の。いやぁ、風流ですねぇ」
「そうか?」
「言ってみただけです。万葉集とかだとやたら人気ですしね」
暇な時には必ずと言っても良いほど外食に行く橋田は、幻想入りして間もないというのに知人が多い。
自らを普通の魔法使いと名乗るこの少女もまたその1人だ。
居酒屋で得体の知れないキノコを食わされる程度には交友があった。
「しかしヤツメウナギかぁ。ヤツメウナギって言うんだから、鰻ですよねぇ?」
「そう…なのかな?分類としては多分そうだぜ」
自分の回答に自信がないのか、曖昧模糊な言い方を魔理沙はした。
「鰻かぁ。そういやぁ、幻想郷に来て以来食ってないなぁ」
鰻は川で取れるのを橋田は知っているが、幻想郷ではあまり取れないのか、里で売っているのを見かけないのだ。
以前河童が屋台で売っていたような気がしたが、なんとなく食べそびれてしまっている。
「好物なのか?」
「そりゃもう。数ヶ月にいっぺんは食わないと死んでしまうってレベルで」
「ふーん」
どうでもいいやという風でだんごをしまい、ホウキにまたがろうとする魔理沙を、橋田は腕を掴んで止めた。
「ん?何?」
「お代。まだもらってないんで」
手のひらを魔理沙に向け、ほいほいと軽く上下させる橋田を見て、バツが悪そうに彼女は代金を支払ったのだった。
「ちぇ、バレたか」
「まいどー」
代金をきっちりもらい、飛んでいく魔理沙を見送る橋田は、空高く飛び上がった彼女を眺めながら、
「最近、飛ぶ人見てもなんとも思わなくなったなぁ」
などとぼんやり呟いたのだった。
「しかし、ヤツメウナギか…。鰻。鰻…。うう。思い出したら食いたくなってきた…。嗚呼…はやく梅見の日になってくれないもんか…」
遠く彼方の記憶に残っている鰻の味を思い出しながら、橋田は屋台の並ぶ日を楽しみにしつつ、その日その日の仕事をこなしていくのであった。
そして待ちに待った花見当日。
「あったあった。ヤツメウナギ」
目当ての屋台を見つけ、一目散に駆けていく橋田。
境内に来るまでに続いたやたら長い階段に苦労させられたことなどとうに忘れ、ゼエゼエだった息使いは鼻歌に変わっている。
ヤツメウナギの屋台の店主は妖怪だという噂だったが、橋田にとって店主が誰かだなんてのはどうだって良い情報である。
あるのは一つ。とにかく美味い食い物をよこせ。
それだけだ。
ジュウジュウと炭火で焼かれた蒲焼の音と、砂糖醤油が焦げた香りに思わず橋田は生唾を飲んでしまう。
屋台の横には水槽が置いてあり、どうやらそこでヤツメウナギを保存しているらしい。
橋田の頭の中は8割がた『食う』という単語でいっぱいであるが、でも食う前に自分が食すものがどんなものなのか一目見てみたい気もあったので、ちらりと覗き込んでみた。
「これがヤツメウナギ…」
水槽の中の石に張り付くヤツメウナギを見て、橋田はげんなりしていた。
はっきり言って食欲を無くすくらい気持ち悪い生物である。
吸盤型の口が頭の下半分をしめており、口内はギザギザの集合体だ。
胴体の途中から急に細くなるので、鰻というよりはオタマジャクシをそのまま大きくしたようなものだった。
イメージ的には、大きなオタマジャクシにヒルの要素を足したような感じだ。
「それでも…」
見た目が悪いものほど美味い。だから食う。それも橋田流だ。
「まぁ…この姿を見た後ではなんとなく勇気がいるが、せっかくこれのために楽しみにしてきたのだから買わなければ損だ!すんません、蒲焼一つ」
橋田は、一つずつ丁寧に焼いていた少女に代金を渡しながら注文した。
「はい!おまち!」
しばらく待っていると、ちんまい手に握られた蒲焼が橋田の目の前に現れた。
「ああ、どうも。いただきます」
橋田の動きに躊躇は一切なかった。受け取ってから間をおかず、はむっと行ったのだ。
そして咀嚼する。
食感、香り、味、舌触り。全てを楽しむために、何度も噛んでいく。
ようやく飲み込んだ。そこで出た感想が、
「む。鰻じゃない」
だった。
そりゃそうだよと笑う屋台の娘に橋田は頭を下げ、もう三つ四つ蒲焼を注文したのだった。
たしかに鰻ではない。
が、美味い。
食感はコリコリとしており、モツを食っているようだった。
風味は味付けが同じだからか、あまり鰻と変わらない気がする。
味は形容しがたい。これがヤツメウナギの味だ。としか言えない。
それが橋田の感想だった。
「これは…酒のツマミだな。米には向いてない」
「だったら向こうの店で酒を買えば良いさ。世にも珍しい、伊吹瓢の酒が売ってるぜ?」
ホカホカした器を持った魔理沙が、ほろ酔い加減で橋田に声をかけて来た。
「魔理沙さんじゃあないか。良いのかい?未成年が酒なんか呑んで」
「未成年ってなんだ?私は大人だし、子供のような大人だ」
いつにも増して魔理沙の機嫌は良い。
「相変わらずこの幻想郷での酒の年齢制限が分からない。というか誰も彼も皆年齢不詳だよ。目の前を走っていった3人の子供のような者もガッツリ酒を飲んでいるしね」
「あれは妖精だ。年齢なんてあってないようなもんだ」
「余計わからなくなってきた…。あー!どうしようもない時は酒を飲むに限る。その珍しい酒とやらがどこにあるか教えてくれよ」
「はーい!一名様ご案内!」
どうやら橋田は客寄せに引っかかってしまったようだった。
引っかかってしまったのは仕方ない。と諦めながら、魔理沙の勧める店へと赴いていくのであった。