「ぎおんーしょうじゃのかねぇのこえぇぇ」
ベンベン
忘れかけていたが、橋田が好きなものは酒と本と楽器である。
楽器が好きだと言っても下手の横好きで、物を集めるばかりで戯れ程度にベンベンと弾くだけなのだが。
そういえばしばらく触ってないなぁと、冷やかしに入った骨董屋で琵琶を見つけた橋田は、ついベンベンと弾いてしまったわけだ。
「しょぎょーむじょーのひびぃきぃありー」
ベンベン
「若いの、そこまでだよ。それ以上は琵琶が可哀想だ」
あまりの下手くそっぷりに店主に止められた。
「すんません。琵琶なんてあると思ってなかったんで、つい」
「はぁ。下手の横好きって本当にいるんだね。音を聞いて頭が痛くなったのは初めてだ」
店主は頭をしばらく揉むと、橋田から琵琶をひったくった。
「冷やかしなら返ってくれ」
骨董屋の店主に追い出されて外へ出た橋田は、あてもなくぷらぷら散歩をしていた。
「やれやれ、しばらくはあの店には行けないなぁ…ん?」
橋田はいつのまにか里の外れまで来ていた。
夜な夜な妖怪達がよくライブをやっている場所に近い。
一度だけ見に行ったが、なかなか洗練されていて面白い印象があったのを橋田は覚えている。
里の人間の中にも少なからずファンはいるという話だ。
橋田が目にしたのは、4人の女子が何やら話し合っているところだった。
その内3人は似たような服装だ。色合いやデザインは多少違えど、小学生とかお人形さんの楽団が着ているような可愛らしい服だ。
残りの1人は比較的現代風の姿だ。ブレザーにミニタイトスカート。上下どちらも真っ白である。
「全然違うけど、なんとなく椎名◯檎っぽい」
カジュアルなスーツ姿だし、真っ赤でウェーブのかかったショートヘヤーをしているので、なんとなくアーティスト風だ。服装からか、彼女がリーダー格のような雰囲気がある。
そんな感じのちぐはぐな面子が固まっているので目立つのだ。
橋田が少しだけ近づいてみると、作戦会議(?)のようなことを話していた。
「だからね、一旦解散するのさ」
リーダー風の女性が自信を持ってそう発言した。
「なんでよ?メンバー増やすだけならそれだけを伝えれば良いじゃない」
黒い楽団風の子がそう返す。
「それだけじゃダメ。注目されるのには話題性が必要なわけ」
「でも解散するって話なら理由絶対聞かれるよ?どうするの?」
今度はピンクの子が発言した。
「そんなの、雑に答えちゃえば良いのよ。そうねぇ…『音楽性の違い』とかで良いんじゃあないかしら」
「えぇ…そんなふわっとした理由で良いの?」
赤い子がリーダー(風)の案を聞いて不安そうに言う。
「良いのよ。そういうのが逆にミステリーさが出て話題になるから」
リーダー風の女性は自信満々だ。
「まるでインディーズバンドの会話みたいだな」
話を遠くから聞いていた橋田は、幻想郷ではほとんど出会う事のない現代風の会話を聞いて、思わず感想を口に出してしまった。
「む。あ、人間」
橋田の声が聞こえたのか、会話をしていた4人が一斉に橋田の方を向いた。
「ゔっ…」
不穏な単語を聞いた。人間が人間に対して『人間』なんて三人称を使うわけがない。
ということは十中八九、妖怪等々の人外なわけである。
やたら現代風の衣装につい気を許してしまった。
この幻想郷では現代風の衣服は特異なものであることを橋田はすっかり忘れていたのである。
たった1人で複数の人外に囲まれるというのは、すなわち死を意味する。
幻想入りして以来、妖怪というものはそれはそれは恐ろしいのだと口酸っぱく言われてきた橋田は、自分が今非常に危険な盤面になっているという事を理解していた。
橋田はいつも以上に己の悪癖を呪ったのであった。
「どうしようか、逃げられるかな…」
絶望的な状況に、足がすくみ冷や汗が出てくる。
橋田が頭を発熱させて生き延びる方法を考えていると、
「ああ、大丈夫。あたし達は別に人間を襲うもんじゃあないから」
リーダー風の女性は慌てながら己の無害さを伝えた。
「そうそう!騒がしくするくらいしかやれる事ないんだから」
「まぁ…聴きすぎるとどうなるかわかんないけどね…」
「付喪神と騒霊だから、人を食べるとかないない」
続けて赤、黒、ピンクの順に少女達が橋田の説得を試みる。
たしかに襲いかかってくるそぶりはない。
「はぁ、よくわからんですけど、とりあえず私は食われないで良いです?」
「そうね。安心して良いわ。ところで…」
ツカツカと橋田に歩み寄ったリーダーらしき人物(物々?)は、真っ赤な髪をなびかせながら言った。
「インディーズバンドみたいな会話って言ったわね?」
「む。手のタコがすごい」
相変わらず橋田は思ったことを口にしてしまう。
「ちょっと!話聞いてる?」
そうやってまた怒らせてしまった。
「ああ、すんません。馬鹿にしてるつもりは無かったんですけど…」
「ふん。まぁいいけど。あなた、外の世界の人間?」
「そうですね。外の世界から落ちてきましたね」
「落ち…?よく分からないけど、良い話があるの」
「仕事ですか?良いですよ」
仕事の話になると途端に元気になる橋田。仕事人間とまではいかないが、稼ぐのは嫌いでないのだ。
「内容聞かずに了承するのね」
「美人と金持ちの依頼は代金によっては断らないんですよ」
「そう」
リーダー風の女性は小さな笑顔を作ってみせた。
「あなた、人間の里で宣伝してくれないかしら?」
「宣伝?何を?」
「ダメ?」
「何を宣伝するかはわかりませんが、代金さえ払っていただければなんとかしますよ。私は業務請負屋なんでね」
ここからは仕事の話が続いた。
楽団衣装の3人は、橋田とリーダー(と思われる)の会議を聞きながら、なんとなく自分たちのプロデュース方法を理解したのである。
付喪神との契約から幾日かが経ち、橋田はここ数日、里の商店街で露店を開いていた。
何を売っているのかというと、生活必需品ばかり売っている里ではあまり見かけないものばかりであった。
妖怪楽団のポスター、レコード、ラッパやバイオリンや鍵盤などのミニチュア、写真集。
こんなもの何に使うのかと通り掛かる人々は首をかしげるばかりだった。
中には物好きが嬉しそうに買っていくのを見かけるが、大半の里の人間にとってはガラクタを売っているのと変わらなかった。
中でも特異なものが、光る棒だった。
いつまでも光っているのなら照明代わりに使えるのだろうが、たかだか数時間で灯りは消えてしまうらしい。
その度に河童のところへ持っていって金を払い、エレキテルだか何だかを補充しないといけないそうだ。
革新的なものかもしれないが、ガラクタには間違いない。
だが商品を買っていく客のほとんどが、他の商品にプラスしてその棒を買っていき、なにやら待ち遠しい感じでそそくさと帰っていくのである。
そういった光景を見ている通行人は、なんだなんだと少しずつ橋田の店へおもむくのだった。
「まいど!そういやぁお客さん、プリズムリバーって知ってます?ああ知ってますか。何やら音楽性の違いで解散しちまったんですってねぇ」
普段仕事中は愛想を振りまくばかりで会話は多くない橋田が、今回に限ってはやたら客と雑談している。
「風の噂で聞いたんですが、近いうちに騒音ライブやるみたいですねぇ。知ってました?これ、そのチラシ」
「来週やるライブで新しいバンドが出るらしいですよ。バンド?若い人がやる楽団みたいなもんですよ」
なんだか橋田の声がいつもよりでかい。通行人の耳にも意図せず入っていく。
「え?この店?楽団の関連商品を取り扱ってますよ。いわゆるグッズショップってやつですかね。私はその手伝い」
「ライブってのは…楽団の発表会ですよ。普段騒げない輩がその日に集まってこの光る棒を振るんですわ。楽団が奏でるリズムに聴衆がみんなして乗るんですよ。あ、いや、歌なんて誰も知らないですよ。ただ空気を味わうって言うんですかねぇ」
「外の世界にもライブってあるんですよ。いっぺん行きましたが、あれはもう興奮しますね。演奏してるバンドの曲なんて全く知らないのに声が枯れるまでワーって盛り上がりましたよ。来週あるんで行ってみてはどうです?」
これだけ橋田が言えば、外の世界の人間なら気付くであろう。
つまり橋田はライブの為に用意されたサクラである。いわゆるステマである。
プリズムリバー楽団や鳥獣戯楽などの関連グッズを並べ、雑談風にライブの宣伝を行う。
雇い主の4人と相談して決めた宣伝方法である。
物販露店はそこそこ人が集まり、しばらく里の人間の間で話題になったおかげか、売り上げは上々だった。
噂を聞きつけやってきた博麗の巫女が来店した時は、流石に橋田はビビった。妖怪グッズを売って良いものかとあまりにも凄むのである。
しかしこれも雇い主と対策済みであった。
橋田は妖怪が雇い主だと言うことは知らぬていで通すことになっていた。
橋田から雇い主の情報を聞いて飛んで行った博麗の巫女は、すぐに露店に戻って店に問題なしと公言することとなった。
何故そうなったのかは橋田は知らない。
橋田の露店はライブ前日まで続いた。
そしてライブ当日。
演奏が終わり、満足そうな笑顔で舞台の裏へ降りていったホリズムリバー楽団の面々。
ちなみに橋田は今回のライブの裏方も頼まれていた。勿論別料金である。
「ありがとう。おかげで沢山の人間がライブに来てくれたわ」
リーダーの堀川雷鼓は、まだライブの興奮が冷めないのか、肩で息をしながら橋田に礼を言った。
「いえ、そんな。私はあんまり力になれませんでした」
「物販であれだけ宣伝してくれたじゃない。感謝しなきゃだわ」
「恐縮です。しかしまぁ、良いドラムでしたねぇ。もしかしてドラムの神さまの付喪神ですか?」
妖怪も息が上がるもんなのかと感心しながら橋田は答える。
「さぁ?外の世界のドラムから魔力をもらって生きているけど、どんな人のものなのかは分からないわ。ドラムの神さまなんて言われてる人、何人もいるしね」
「そうですか」
「それで、代金の方だけど…」
「お渡しした物販の売り上げは既に私の分引いてありますよ。だいぶ儲けさせてもらいましたし、これで結構です」
雷鼓はかぶりを振り、帰ろうとする橋田の足を止めた。
「いえ、あれだけ宣伝してくれたもの。何かお礼がしたいわ。そうねぇ…。そういえばあなた、下手くそな琵琶を弾いていたそうね」
「うっ…。よくご存知で」
誰から聞いたのか恥ずかしい事を聞いてくる雷鼓の言葉に、橋田は顔を赤くした。
「付喪神ネットワークは偉大なのよ?もし良かったら琵琶の講師を紹介してあげるわ。どうかしら?」
「そうですねぇ…」
雷鼓の提案に橋田は内心かなり困っていた。
危険だと言われている妖怪と、必要以上に直接的な接点を持ちたくないのである。
花果子念報は直接対面しないのでまだまだセーフの領域だろうが、今回は講師である。流石にアウトではなかろうか。
「お心遣い感謝します。ですが残念ながら極めるつもりはないもんで結構です。でもあれですね、プロの演奏には興味があります。月に一度程度で良いので、琵琶の先生の演奏を聴かせてもらえませんでしょうか?」
謙遜や辞退は日本人の美徳だが、あまりやりすぎるとかえって不快感を与える。
凡人である橋田が、この短い時間で考えたにしてはまぁまぁな案だろう。
丁度良い距離感をなんとか保てるはずだ。
雷鼓は笑顔のまま橋田の手を握り上下にブンブン振った。彼の提案に満足したのだ。
「オーケー。それで良いなら。ライブにも出ていた九十九姉妹よ。天狗は『女子二楽坊』なんて変なグループ名付けてたけど」
「思っくそパクりですね」
「まったくね。あの2人は琵琶と琴の付喪神なの。きっと気にいると思うわ」
「楽しみです」
いついつの何時と約束をして、堀川雷鼓は去っていった。
「さて、俺も帰るか」
「やれやれ、妖怪の手伝いというのも大概普通なんだな」
橋田は自宅に戻り、晩酌を楽しんでいた。
「…」
ふと部屋中の散乱している物を見回した橋田は、突然酒を片付け、掃除を始めた。
「付喪神ネットワークか…。壁に耳ありどころじゃないぞまったく。誰がいつ見てるか分かったもんじゃあないな」
誰に見られても何を言われても恥ずかしくないように、ちゃんと物は大切に扱って、部屋は綺麗にしておこうと思った橋田であった。
がばがば距離感。
鈴奈庵みたいに妖怪と距離を置く感じにしようと思いながら書いていたのに何故か妖怪との交流ができていく橋田。
構成が未熟な己の力を感じざるを得ません。
これからどうなっていくんだろうか…。