「係長、出たっす!」
ログの差押えから戻った大輔が歓声を上げた。
エレベーターで上がってきたはずなのに息を弾ませている。
「ボーナスでも出たんですか?」
山口がとぼけた。
大輔が出たと言えば、IPアドレスから検索履歴を差押えることに成功したということなのは分かっている。
「そうっすね。もうボーナス並の嬉しさっすよ」
大輔は、山口のぼけを全身で受け止めてしまった。
「何が出ましたか」
「これっす!」
大輔が鞄の中から勢いよく1枚の紙を取り出して山口の目の前に差し出した。
差し出したというより、叩きつけるような勢いだ。
「ほほー」
山口は、あくまでも冷静だ。
「来ましたね」
「来たっすね」
「方角は南の方みたいですが」
「あ、そうっすね」
山口のぼけで大輔が落ち着きを取り戻した。
「白金台 and 焼き肉」
山口の目の前に差し出された紙に印字された検索ワードだ。「おそらく犯人グループの誰かが白金台に住んでいて、近くの焼き肉屋を探したんでしょうね。さて、これからどうします?」
「そうっすね、とりあえず白金台の駅で張り込みっすか」
「分かりました。それでは、山口大輔捜査官の指揮により、白金台駅の張り込みをやりましょう」
「え、なんすかいきなり」
大輔が恐縮した。
「大輔君、着眼点は?」
「えっと、いま探してる奴はたぶん掛け子なんで、そんなにサラリーマンっぽい偽装はしてないと思うんすよ。だから、中途半端な仕事人風のちゃらい奴っすね」
大輔が自分なりの見立てを披露した。
「いい着眼点ですね。その方針で探しましょう」
どうやら山口は大輔に捜査方針を考えさせる訓練も兼ねるつもりのようだ。
白金台駅で張り込みを開始して4日目。
「係長、あいつ、なんか変じゃないすか」
大輔が駅から出てきた若い男を目で追いながら山口に報告した。
山口も大輔が見ている男を注視する。
「なるほど。不審点は?」
「服装がちゃらいのに、持ってる鞄だけが妙におっさんくさいビジネスバッグっす。なんか不釣り合いっすよね」
「そう思ったら即行動です」
「了解っす!」
二人は男の後をつけた。
男は、ときどき狭いブロックを周回してみたり、行き止まりで振り返ったりと、かなり警戒をしている様子だった。
「点検がきついっすね」
「普通のサラリーマンではありませんね」
男の警戒がきついため、途中で見失いそうになりながらも、なんとか尾行を続けた。
「入った」
駅から10分ほど歩いた高台に偉容を放つタワーマンションに男が吸い込まれた。
「それにしてもすごいマンションっすね」
「いったいいくらするんでしょう」
山口と大輔は、二人で大きなため息をついた。
高齢者から巻き上げたお金でこんな一等地のマンションに住む。
なにかが間違っている。
あってはならないことだ。
「大輔君、映像は撮れてますか」
「戻って確認しないと分かりませんが、撮れてると思うっす」
大輔がCCDカメラが仕込まれた伊達眼鏡をくいっと持ち上げて不敵な笑みを浮かべた。
眼鏡に仕込んだカメラで撮影した画像は、しっかりと男の顔をとらえていた。
しかし、やや解像度が低く聞き込みに使うには荒すぎた。
そこで、顔が判別できるくらいまで画像の鮮明化処理を施した。
「さあ、次はどうしますか」
「そうっすね。この写真を持って、また白金台の駅で張り込みをするっす。で、こいつが駅に来たら後付けしてアジトを割るっす」
「なるほど、アジトの特定にはいい方法ですね。でも、こいつが誰なのかを特定しなくていいんですか?」
山口が大輔の捜査方針に補正を加える。
「あ、そうっすね。うーん、どうすればいいんだろう」
「お金を使いましょう」
「お金?」
「そうです、あのマンションのエントランスか郵便受けが見えるところにカメラを仕掛けて、部屋番号を特定しましょう。部屋番号が分かれば契約者を特定することができます」
「どうやってカメラを置くんすか? あのマンションはオートロックで勝手には入れないっすよ。それにカメラなんて置いたらすぐばれるじゃないすか」
「この前尾行したとき、マンションに清掃のおばさんがいましたね」
「いたっす」
「そのおばさんにお金を握らせます」
「協力者に仕立て上げるんすね」
「そうです。掃除のおばさんならマンションの中を自由に動き回れますし、その人がエントランスや郵便受けに何かを置いたとしても誰も不審に思いません」
「で、いくら握らせるんすか」
「10万くらいでしょうかね」
「10万円すか!」
大輔の声が裏返った。
「はい、今回、掃除のおばさんにやってもらうことは事件解決の上でとても重要な位置づけを占めます。それに、口止め料という意味もありますから、協力者謝礼に糸目はつけません。この10万円でこの先の被害を防ぐことができれば、むしろ安すぎるくらいです」
「なるほど、そうっすね」
「そこで、大輔君に重要な任務をやってもらいます」
「なんすか。なんでもやりますよ」
「大輔君は、掃除のおばさんと仲良くなってください。自然な形で接触して、仲良くなってほしいんです。協力を切り出すのは、それからです。仲良くなる過程では、体の関係さえ結ばない限り何をやってもかまいません」
「えーっ!? なんか難しそうっすね」
さっそく大輔は、掃除のおばさんの家庭環境、出勤、退勤時刻、退勤後の行動パターンなどを調べ上げ、どこで接触を図るのが一番自然で警戒されないか検討した。
「係長、うまくいったっす!」
頬を紅潮させた大輔が山口に報告した。
「そうですか。それではカメラのセットに入りましょう」
山口は、大輔に協力者謝礼の現金を渡し、大輔から掃除のおばさんに握らせた。
10万円という大金を手にした掃除のおばさんは、大喜びで協力を約束してくれた。
大輔は、掃除のおばさんに鉢植えに偽装したカメラを渡して、郵便受けのスペースに設置してくれるように頼んだ。
掃除のおばさんも探偵ごっこのように面白がって、鉢植えを置く位置を自分なりに工夫してくれた。
おかげでベストな画角を得ることができた。
このカメラは、本体に録画するのではなくWi-Fi経由でデータを飛ばすことができる。
離れたところからリアルタイムに監視できる優れものだ。 「ところで、どうやって口説いたんですか?」
山口は、マンションに設置したカメラからリアルタイムに送信されてくる映像が映るモニターを見つめている。
「ガスライトっす」
「私のテリトリーを侵害しましたね」
山口が苦笑した。
「おばさんの行動パターンを見ていたら、仕事帰りに一人で飲みに行くことが多いことが分かったんす。だから、おばさんが入った居酒屋で偶然相席になったように装って話を始めたっす」
「イケメンの威力発揮ですね」
「係長、それはセクハラっす」
「おっと、失礼しました」
「冗談す。で、おばさん、意外とロマンチストだってことが分かったんで、ここは雰囲気のいいバーで口説こうと思ってガスライトに連れて行ったらめっちゃ喜ばれて、ぐいぐい話が進んだっていうわけっす」
「話以上には進まなかったんですか?」
「それは大丈夫っす。俺はテワさん一筋っすから」
大輔が胸を張った。
「ごちそうさまです。うまくいってよかったです。ありがとうございます」
山口が大輔に頭を下げた。
「ところがっすね、係長」
「どうかしましたか?」
「あのおばさん、副業してたんすよ」
大輔が口角を上げた。
「ほほー、副業ですか」
「はい、なんだと思うすか」
「オレオレ詐欺ですか?」
「違うっす。デリヘル嬢す」
「なんですって?!」
山口は椅子から転げ落ちそうになった。
掃除のおばさんは、年の頃なら50歳前後に見えた。
ほとんど自分と同じくらいの年齢でデリヘル嬢とは、にわかには信じがたい。
いや、そもそも客がつくのか。
「常勤じゃないすけど、掃除の仕事のあとバイトでやってるみたいす」
「客がつくんですか?」
「それが、結構人気あるみたいで、一晩で何人も客を取ってるんすよ」
「世の中には知らない世界がたくさんあるんですね」
山口には、作業服に身を包んだ掃除のおばさんが、デリヘルで客にサービスしている図がどうしても想像できなかった。
「あともう一つおまけがあるんすよ」
「おまけですか?」
大輔がにやにやしている。
「二課長いるじゃないすか。そう、樋口さんす。二課長がデリヘル呼んでるのを見ちゃったんすよ」
「ほおー」
「新橋のレンタルルームに一人で入って行ったんす。レンタルルームに一人で入るっていったらデリヘルしかないじゃないすか」
「そうですね。でも、それは二課長のプライベートなことですから、深入りは禁物ですし、他言も無用です。本件とは関係ないことですから忘れましょう」
「了解っす」