掛け違いの輪舞曲(ロンド)   作:吉川すずめ

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Xデー

 Xデー当日。

 東の空がうっすらと明るくなるころ。

 テワタサナイーヌは、アジトがある雑居ビルの屋上にいた。

 山口の指揮によりアジトの急襲をするためだ。

 地上からはまだ騒音がほとんど上がってこない。

 ときおり通るトラックの音が街の鼓動のように聞こえる。

 今日のバディはSITの係長が務める。

 過去最大規模のアジト急襲になるかもしれないということで、テワタサナイーヌと係長が先駆けとして突入することになった。

 テワタサナイーヌたちに続いて4名の隊員が突入し、合計6名のSITでアジト内の犯人を制圧する手はずだ。

「拠点からSIT」

 イヤホンから山口の声が聞こえた。

 テワタサナイーヌは、ここ数日、山口や大輔と顔を会わせていない。

 二人は数日分の着替えを持って張り込みに行ったきり帰ってきていなかった。

「SITです。どうぞ」

 無線担当が落ち着いた声で応答する。

「突入予定時刻は午前10時とする。それまでの間、SITは秘匿待機とせよ」

 山口の声に高揚感は感じられない。

「SIT了解」

 とにかく相手に気づかれないようにしなければならない。 

 SITのマイクロバスは近くの警察署に待避させた。

 テワタサナイーヌの突入後アジトに踏み込む捜査員は、数台の覆面車両に分乗して、分散待機している。

 無駄口を叩く者は一人もいない。

「来たっ!」

 視察に当たっている大輔が声を漏らした。

 無線のマイクを握る手に汗がにじむ。

 午前9時を回り、アジトに出入りする犯人たちの姿を確認することができるようになった。

 白金台のマンションに住んでいる男もアジトに入るのを現認することができた。

「あれっ?」

 大輔が首をひねった。

「どうしました?」

「係長、これ、掃除のおばさんすよ」

 大輔がモニターに映った一人の女性を指さした。

「ほんとですか? 私はもう顔をはっきり覚えていません。なぜここに?」

 山口も何が起こったのか理解できなかった。

「なにか用事があって来たんすかね。それにしてもすごい偶然すね」

「世の中狭いものです」

「小ぎれいなかっこをしてると、四十代くらいに見えるっすね」

 大輔がため息を漏らした。

 山口が腕時計を確認すると午前10時ちょうどを指していた。 

「ふうー」

 山口は大きく息を吸って吐いた。

 大輔には次に来る指令が分かっていた。

「拠点から各局、突入を開始せよ。SITは南側の大きな窓を割って突入。中の犯人を制圧したのち、中から玄関を解錠して捜査員を受け入れよ。なお、各局、受傷事故防止には特段の留意をされたい。以上、拠点」

 山口の無線指令を受けて、分散していた総勢30名の捜査員がアジトの入っているビルに集まる。

「それにしても係長、結局アジトは毎日10時きっかり消灯だったすね」

「そうですね。うっかり目張りがないものかと思うところでした」

「LEDで偽装するとは考えたもんすね」

「本当です」

 山口と大輔は、緊張をほぐすためわざと他愛もない会話を交わした。

「じゃあテワさん、行くぞ」

「オッケー」

 テワタサナイーヌが係長に親指を立てた。

 二人は目で合図を送り、タイミングをそろえて屋上の縁を蹴った。

 二人の体が宙に舞う。

 途中、何度か壁面を蹴りながらするすると降下していく。

 もうテワタサナイーヌの視界がブラックアウトすることもない。

「不自然なLED……」

 無線を握りしめた山口がぶつぶつとつぶやいている。

「SITから拠点、突入部隊は所定階まで到達。突入の指揮を()う。どうぞ」

「……」

「SITから拠点」

「係長、呼ばれてるっすよ」

 大輔が心配そうに山口の顔を見る。

「あ、すみません。拠点です。どうぞ」

「SITは所定場所まで到達、突入の指揮を請う。どうぞ」

「拠点了解」

「いつも冷静な係長が無線を聞き逃すなんて珍しいっすね」 「いや、すみません。ちょっと考え事をしていました」

「そうすか。そろそろ突入すか」

「はい」

 山口は両手で顔を軽くはたいて気合いを入れた。

「拠点からSIT宛て、突入せよ!」

 山口の額に汗が浮かぶ。

「いいか」

「オッケー」

 ロープに身をゆだねたテワタサナイーヌと係長は無線越しではなく声に出して確認した。

 二人は膝に力を込め、壁面を蹴る体勢を取った。

「それにしてもずいぶん人工的な白い光すね。窓の縁の方ばっかり明るくて真ん中の方は暗いす」

 その瞬間、山口の脳裏に大輔の言葉がフラッシュバックした。  

 山口は頭をハンマーで叩かれたような衝撃を覚えた。

 

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