掛け違いの輪舞曲(ロンド)   作:吉川すずめ

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突入中止!

「中止! 突入中止! テワさん待て!」

 山口が反射的にマイクを握って叫んだ。

「うおっぷす!」

 今まさに壁面を蹴ろうとしていたテワタサナイーヌが山口の無線指令で膝の力を抜いた。

 その拍子に足が滑って宙づりの姿勢になってしまったのだ。 

「あっぶねー」

 体勢を立て直したテワタサナイーヌが係長を見ると、係長もぎこちない体勢であたふたしている。

「係長、大丈夫?」

 テワタサナイーヌが笑顔を見せた。

「ああ、思わずこけた」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「拠点からSIT宛て、その大きな窓はおそらく破れない。他の窓も同様だと思われる。侵入方法を立て直す。一旦屋上に戻り待機せよ」

 いつになく緊張した山口の声が響いた。

「戻れだって」

 テワタサナイーヌが肩をすくめた。

「おーい、引き上げてくれ」

 係長が無線で屋上の隊員に頼んだ。

「大輔君、平面図出してください」

「了解っす」

 大輔がアジトの入っているビルの平面図を低いちゃぶ台の上に広げる。

 視察用の拠点には立派な調度品などない。

「南に面した大きな窓と西側の腰高窓は、おそらく突入できません」

 山口が平面図を指で指しながら説明した。

「どうしてすか?」

「大輔君が教えてくれたんですよ」

「俺がすか?」

「はい、大輔君が窓から漏れる灯りの不自然さに気づいてくれました。それがヒントになったんです」

「ああ、窓の周りだけ明るくて真ん中の方は暗かったすよね」

「そうです。おそらく窓の内側に鉄板が仕込まれています。その周りにだけLEDを付けて、部屋の明かりが漏れているように見せていたんだと思います」

「なるほど。だから周りだけやたら明るかったんすね。確かに、窓に鉄板を仕込んでおけば警察の突入を防げるっす。でも、そこまでやるもんすか?」

「やります。裏カジノなんかでは、エレベーターのドアが開くといきなり目の前が鉄板で、その階に足を踏み入れることすらできないようになっています。外の非常階段まで勝手に(ふさ)ぐくらいですから」

「へえー」

 大輔が感心した。

「もっとも、今回のアジトを実際に見てきたわけではないので想像の域を出ません。大きめの窓から侵入することができないとなると、次善の策はここですね」

 山口が平面図の一点を指さした。

「ここは…… トイレみたいすね」

 大輔が平面図をのぞき込む。

「拠点からSIT、そちらにある平面図を確認願います」

「SIT了解、確認している。どうぞ」

「アジトの西側にトイレがある。その窓から侵入することは可能ですか。どうぞ」

「西側のトイレからの侵入可否についての検討、了解」

SITの係長が平面図とにらめっこをして渋い顔をしている。 

「テワさん、ひとりで制圧できるか」

「え、私だけで?」

 テワタサナイーヌは平静を装ったが頬が引きつってしまった。 

「そうだ。このトイレの窓から侵入できるかどうか検討しろという指令があった。もちろん入れなくはない。ただ、この大きさだと小柄の男性隊員でもきつい。テワさんならなんとか入れるくらいだと思う」

「そっか。だから私ひとりでってことなんですね」

「そういうことだ。もちろん、それなりの支援はする」

「いいよ、ひとりでも。でも、お尻がひっかかりそうな気がするな」

 テワタサナイーヌは自分の腰回りを眺めながら頬を赤らめた。  

 二十代の頃よりずいぶん体が丸みを帯びた。

 窓枠にお尻がひっかかって動けなくなったら、どこかで見たことがある熊のアニメみたいだと思った。

「まあ、そうなったら引っ張り出してやるから心配するな」 

「武勇伝になりそうね」

「鉄板ネタになること間違いなしだ」

「窓ガラスを割って入るんですか?」

「いや、割って入ると音で気づかれる。大きな窓を割って入るのと違い、すぐに制圧に移れるわけではないから、その間に証拠をチャリ(隠滅)される。だから窓枠ごと取り外して入ってくれ」

「それにしても結構リスキーじゃないですか? 作業中に誰かがトイレに入ってくる可能性もあるわけですよね」

「その可能性はある。そのときは、うん、頑張れ」

「え、なに、その無責任な方針」

 テワタサナイーヌが吹き出した。

 係長がそんな無責任なことをするわけない。

 それは今までの訓練や本番を通じてよく分かっている。

「手はずとしてはこうだ。テワさんがトイレへの侵入に成功したら無線で一報しろ。そうしたら、こっちでビルの主幹電源を落とす。本当はアジトのある部屋だけにしたいところなんだが、人感センサー網があって近づけない。一時的にビルの機能が麻痺することになるがやむを得ん」

「わー、私ったら責任重大だ」

「電源が落ちれば部屋の中は真っ暗になって連中は動けなくなる。それと、水溶紙を溶かすための攪拌機や電子レンジなんかも使えなくなる。テワさんは、電源が落ちたらトイレから出てスタン・グレネードだ。連中がひるんでいる間に中から玄関を開けてくれ」

「威嚇はしなくていいんですか?」

 テワタサナイーヌが残念そうな顔をしている。

「真っ暗な部屋で威嚇しても無意味だろう」

「そっか、せっかくこれを見せてあげようと思ったのに……」   

 そう言うとテワタサナイーヌは係長に背を向けて両手で顔を覆った。

「がおー」

「うわっ、テワさんなんだその顔!」

 くるっと振り返ったテワタサナイーヌは、マズルが伸び牙をむいた凶暴な犬の顔に変わっていた。

「へへへ、どう? 怖いでしょ?」

「怖いな。実用になるぞ。だが残念ながら今回は使い道がない」 

「ちぇーっ」

「あと、トイレの窓から侵入することになるから、小銃は置いていってくれ。窓枠に引っかかるとまずい。だから、万一の場合は拳銃で対応してくれ。予備のマガジンを忘れるな」

「了解!」

 テワタサナイーヌは牙をむいたまま笑顔で敬礼した。

「SITから拠点」

「拠点ですどうぞ」

 大輔の声だ。

 夫の声を聞いたテワタサナイーヌは、思わず頬が緩む。

「こちらはトイレの窓枠から侵入可能。ただし、突入のタイミングでこのビルの主幹電源を落とす必要がある。管理者対策を願いたい。どうぞ」

「拠点了解。それでは管理者対策をするのでしばらく待たれたい」

 山口がビルの所有者、管理会社に話を付け、分電盤を扱える有資格者の手配を済ませた。

 ビルの電気室には捜査員をひとり配置し、無線指令で主幹電源を落とす。

「大輔君、突入を確認したら私は現場に入ります。あとの無線は大輔君にお任せしますからよろしくお願いします」

「テワさんが心配なんすね」

 図星だった。

「な、なにを言ってるんですか。私は現場指揮官を任されているからアジトに入らなければならないんです」

 山口は、分かりやすいくらい動揺していた。

「はい、はい。こっちは任せてください」

 大輔がにやにやしながらモニターを見つめている。 

「拠点から各局、5分後に突入を開始する。各局は、所定の配置につけ。繰り返すが、各局、受傷事故防止には特段の留意をされたい。以上、拠点」

 マイクをちゃぶ台に置いた山口は、大きく深呼吸をした。

 各局宛の通話ではあったが、受傷事故防止の指令はテワタサナイーヌに宛てた山口の親心だった。

「お父さん、ありがとう」

 山口の気持ちは、テワタサナイーヌに伝わった。

「いよいよっすね」

「いよいよです」

 

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