掛け違いの輪舞曲(ロンド)   作:吉川すずめ

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SIT派遣を命ずる

「山口さん」

 犯抑の副本部長である坂田警視長が副本部長室から顔を出して山口を呼んだ。

「はい」

 短く返事をした山口は、作業中のデータを保存してノートパソコンの画面を閉じ、副本部長室に入った。

 坂田は警察庁採用のキャリア官僚で、警視総監か警察庁長官コースではないかといわれている。

 犯抑は副総監が本部長となり、警視庁のどの部にも属さない変則的な組織だ。

 坂田はエリート官僚でありながら、飾ることのない性格で犯抑本部員から慕われている。

 肉体派でもあり、ベンチプレスを趣味としている。

「山口さん、昨日は100キロ挙げてきましたよ」

 副本部長室に入るなり坂田は山口にベンチプレスの成果を自慢した。

「100キロですか。参事官は、何キロまで挙げるつもりなんですか」

「世界大会にでも出ますか」

「無理だと思います」

「相変わらず山口さんは容赦ないですね」

 坂田は、お世辞を言わない山口との会話が気に入っている。

「失礼します」

 山口が部屋に入ると、坂田が質素な応接セットの椅子を勧め、山口はそれに応じて浅く腰をかけた。

「最近の情勢なんですが、カード預かりの受け子が被害者宅近くで待機している例が多くなっています。犯人からの電話が入ってから受け子が被害者宅に着くまでものの数分しかない」

 坂田がテーブルの上にある小皿から飴を一つ摘み上げ、包装を解いて口に運びながら苦々しそうに話を切り出した。

「ステルスの展開が間に合わなくなっています」

 山口も坂田と同じように飴を口に放り込んだ。

「そこなんだ」

 坂田が大きく頷いた。

「加えて、最近はアジトの摘発が極端に少なくなっている。奴らの警戒が半端じゃない」

「聞くところによると、極左のアジト並みの警戒と偽装工作らしいですね」

「ああ、警察に踏み込まれたくないという思いを極めていくと、同じ発想になるらしい。やっていることはまるで極左だ」

「それで、私に何をしろとおっしゃるのですか?」

「まあ、そう急くな。ところで、テワさんは、例の事故から復職して、その後の体調はどうですか」

「その節はご心配をおかけしました。おかげさまで以前と変わりなく勤務できています」

 山口は軽く頭を下げながら、この話はテワタサナイーヌに関することだろうと推測した。

「その顔は、もう察したようですね」

 顔を上げた山口を見て坂田がほくそ笑む。

「参事官がなんの脈絡もなくテワさんの話題を出すとは思えません」

「ご賢察の通りだ。テワさんは、確かカゲをやったとき捜査一課との併任辞令が出ていたな」

「はい。ステルスは全員一課との併任です。テワさんも例外ではありません」

 自分が発したこの言葉に山口ははっとした。

 テワタサナイーヌは捜査一課併任となったあと、併任解除の辞令が出ていない。

「テワさんは、まだ捜査一課の身分も持っているんですよね」

 坂田がニヤリと口角を上げた。

「まさかSITですか……」

 山口は娘が不憫になった。

 カゲで犯人追尾中に交通事故を起こして死線を彷徨ったばかりなのに、次は捜査一課特殊犯捜査係、通称SITとして現場突入をやらされることになろうとは。

 坂田が言い出すことだから誘拐や人質立てこもり事件の突入ではないだろう。

 おそらく、最近低迷している特殊詐欺犯人のアジト急襲に違いない。

 SITは、誘拐や人質事件には豊富な経験と知見を持っている。

 しかし、特殊詐欺に関してはアジト急襲を何度かやっているものの、彼らの実態やものの考え方に通じているとは言えない。

 そこに、特殊詐欺に精通したテワタサナイーヌを入れれば、突入時の頭脳として使える。

 テワタサナイーヌの身体能力は人並み外れて高い。

 だからSITとして活動することに体力的な不安はない。

 しかも、嗅覚、聴覚に至っては犬並みの力を発揮することが現場で証明されている。

 彼女を連れていけば、SIT隊員のほかに警察犬一頭を連れて行けるのと同じことになる。

 SITにはもってこいの逸材だ。

「山口さん……」

 不意に坂田に声をかけられ、山口は自分が物思いに耽っていたことに気づいた。

「あ、申し訳ありません」

「構いません。私が言いたかったことは、いま山口さんがお考えになっていたこととほぼ同じでしょう」

「低迷するアジト摘発の挽回ですね」

「そのとおり」

「かしこまりました。さっそくテワさんの意向を確認して参ります」

 山口は部屋を出ようと椅子から立ち上がった。

「いやいや、ちょっと待ってください。まだ用事は終わっていないんですよ」

 部屋を出ようとする山口を背後から坂田が呼び止めた。

「え、まだ他にご下命が?」

 部屋の出口付近で足を止めた山口がきょとんとした顔で振り返った。

「テワさんと山口さんは親子ですが最高の相棒じゃないですか」

 坂田が屈託ない笑顔を見せた。

「私にもSITをやれ、と……」

 山口は絶句した。

「山口さんにSITをやれなんて酷なことは言いません。身体がもたないでしょう」

 山口の心配した顔がおかしくなって坂田は声を上げて笑った。

「あら、珍しく参事官が部屋で大笑いしてる」

 坂田の笑い声は、外で仕事をしているテワタサナイーヌの耳にも聞こえた。

 テワタサナイーヌにとって、耳を澄ませば参事官室の中で交わされている会話を聞くことなど造作もない。

 しかし、人の話を盗み聞きするのは性に合わない。

 なるべく聞かないようにしているが、いまの坂田の笑い声は聞く気がなくても聞こえてしまうくらい豪快だった。

「まあ、座ってください」

 坂田は笑いながら山口をもう一度座らせた。

「SITのテワさんと組むのに、他の任務があるのですか?」

 椅子に腰をおろした山口は、少し憮然とした表情を見せた。

 坂田に笑われたのが悔しいのではない。

 自分の見立てがあまりにも外れていたことが恥ずかしかった。

「最近のカード預かり型詐欺は、犯人からの電話があってものの数分もしないうちに受け子が被害者宅に現れる」

「はい、おっしゃるとおりです」

「ということは、だ」

「ということは?」

「おそらく犯人は卒業名簿から卒業して、電話帳に回帰している」

「駄洒落ですか」

「渾身のおやじギャグだ」

「面白かったです」

「ありがとう。いや、おやじギャグはどうでもいい」

「失礼しました」

「電話帳を使えば、住所を絞り込んで集中的に電話をかけることができる。そうすれば、あらかじめ受け子をこれから電話をかける地域に待機させておくことも可能だ」

「私もそう思います」

「つまり、犯人はこれから電話をかける地域の地理的な状況を確認しているだろう。その上で、受け子に待機場所を指定しているはずだ。そこで、山口さんの出番です」

 坂田は、ここまで言ったのだから察しろと言わんばかりの目で山口を見つめた。

 山口には坂田の意図が読めなかった。

 いつもなら坂田の意図しているところは概ね察することができる。

 坂田もそのような話し方をしてくれる。

 ところが、今の話から自分に何を求めているのか、山口は思いあぐねていた。

「地理的というのがキーワードだ」

 坂田の意図を探るため黙ったまま思案している山口に坂田がヒントを出した。

「地理的? 地理的プロファイリングでしょうか?」

「残念だが違う。山口さんは地理的プロファイリングの第一人者ではあるが、今回の地理的は、そちらの方面のことじゃない。何しろ特殊詐欺は地理的相関がまったくないという分析結果が出ているから、地理的プロファイリングが使えない犯罪だ」

「そうですよね……」

 山口は腕組みをして考え込んだ。

「アジトという密室で外の地理的状況を確認するにはどうする?」

 坂田が山口の顔を覗き込んだ。

 その瞬間、山口の顔がぱあっと明るく輝いた。

「検索履歴からたぐれとおっしゃるんですね!」

 答えを出した山口の声が弾んだ。

「そうだ。二課はサイバーが若干苦手だ。刑事部長から私にサイバーに強い捜査員の派遣が下命された。なあに、派遣といっても山口さんは自分のデスクで仕事をしてくれればいい。それができるのがサイバー捜査のいいところだ。もちろん一人じゃ仕事にならないから、二課の若いのに手伝わせる」

 坂田は両手で膝をぽんと叩いて椅子から立ち上がった。

 山口も慌てて立ち上がる。

「あの、テワさんの訓練はどうすれば……」

「そのことなら心配いらない。テワさんには、捜査一課の庶務担当管理官のところに行かせてください。すでに話は通っている」

「まだテワさんの意向も確認しておりませんが……」

「断らんだろ、彼女の性格からして」

 坂田は、テワタサナイーヌの性格を熟知していた。

 彼女は、請われればどんな任務でも受ける。

 本名を捨てテワタサナイーヌという道化として広報啓発に注力せよとの下命にも従った。

 そういう性格だ。

「テワさん、任務です。一課の庶務担管理官のところに行ってください」

 副本部長室を出た山口が、自分のデスクの隣で仕事をしているテワタサナイーヌに事務的に声をかけた。

「一課の? なんで?」

 テワタサナイーヌは、デスクの上に広げた書類から目を上げて、まっすぐに山口を見た。

 深い海の底のような緑色をした彼女の瞳にみつめられると、吸い込まれそうな錯覚に陥る。

「SITです」

「SIT!」

 テワタサナイーヌの声が裏返った。

「テワさん、まだ併任解けていませんよね」

「うん、まだ一課併任のままだね」

「それを好都合と刑事部長が目をつけたらしいです」

「いや、ちょっと待ってよ。いくら刑事部長の命令とはいってもね。まったく経験ないのよ、SITは。できるわけないじゃん」

「それは刑事部長も参事官もお分かりです。いきなり実戦に出ろとはおっしゃっていません」

「てことは、あれでしょ。訓練でしょ」

 テワタサナイーヌは、これから繰り広げられる苦しい訓練を覚悟した。

 体力的には自信がある。

 むしろ他のSIT隊員より動けるくらいだ。

 しかし、必要な技術がない。

 偽装、潜入、突入など、身につけなければならない技術は山ほどある。

 それを短期間でやってのけろというオーダーだ。

 そのための訓練は相当の厳しさになるだろう。

 激烈を極めた白バイの再訓練とオーバーラップさせ、これから受けるであろう苦痛を想像して、テワタサナイーヌはぞくぞくするような快感を覚えた。

 身体が苦痛を求めるのは、幼児期に受けた虐待からくるPTSDの症状だというのは自覚している。

 そのトラウマが仕事に役立っているので、甘んじて受け入れ楽しむようにすることで、ずいぶん気が楽になった。

「分かった。やる」

 決意を固めたテワタサナイーヌは、デスクの上を片付け、あとの仕事を夫の大輔に引き継ぐと山口に一礼して部屋を出た。

「いやあ、テワタサナイーヌさん、よく来てくれました。また本物に会えて嬉しいです。私はテワタサナイーヌさんのファンなんですよ」

 捜査一課の庶務担当管理官は、挨拶に来たテワタサナイーヌを見るなり相好(そうごう)を崩して喜んだ。

 管理官の机には、イベントでテワタサナイーヌと一緒に撮った写真が飾られている。

「本当だ。私と一緒に写真を撮ってくださったんですね。ありがとうございます」

 テワタサナイーヌも自分のファンと仕事ができるのは嬉しい。

「課長に挨拶をしていただいて、そのあとSITの部屋に行きましょう」

 管理官に連れられ課長に挨拶をした。

 警視庁の捜査一課長といえばたたき上げの刑事として最高のポストだ。

 就任時は、新聞にインタビュー記事が掲載されるほど世間の注目を集めるが、その反面、捜査の失敗が自身の責任として重くのしかかってくる役職でもある。

「犯罪抑止対策本部から派遣されました、テワタサナイーヌです。よろしくお願いします」

 捜査一課長は、穏やかな笑顔で迎えてくれた。

 だが、その笑顔の下には歴戦の兵だけが持つ殺気のような迫力が隠されているのを感じた。

「こちらこそよろしくお願いしますね。どうもね、一課の連中は特殊詐欺には弱くてね、最近ガサに入っても空振ることが増えてきちゃってね、そのあたり、専門家のテワタサナイーヌさんのね、お力をお借りしてね、うまいことやって欲しいんです」

 捜査一課長は、自嘲気味に今回の任務をかいつまんで説明した。

「やたらねーねー言う人ね」

 捜査一課長の口癖が面白くて笑い出しそうになったのを必死にこらえるテワタサナイーヌだった。

「あの、一課長。ガサの空振りは、援助要請で突入したSITの責任ではなく、二課の捜査の失敗だと思うのですが……」

 テワタサナイーヌは、捜査一課長の話を聞いて疑問に思ったことを率直にぶつけてみた。

「あはは。テワタサナイーヌさんは頭がいい! うん、そうなんだよね。本当は二課の失態なんだけどね、それじゃあ二課がかわいそうだからね、ここは一課も泥を被ってあげようというね、なんていうかね、まあね、温情みたいなね、そんな感じでね」

「一課の人は、毎日よく耐えられるわね」

 テワタサナイーヌは、笑いをこらえるのが辛くなってきた。

「まあとにかくね、訓練頑張って」

 そう言うと捜査一課長は、ぬるいお茶で満たされた湯飲みに口をつけ、音を立ててすすった。

「やーねー、下品」

 テワタサナイーヌは、顔に出さずに蔑(さげす)んだ。

「じゃあSITの部屋に行きましょう」

 捜査一課長室を出ると、庶務担当管理官はテワタサナイーヌをSITの部屋に案内した。

 庶務担当管理官に連れられて何も表示のない部屋に入ると、初めての部署にもかかわらず、懐かしさと安心感を覚えた。

 それもそのはずで、SITには犯抑のステルスから多くの人材が異動している。

 その部屋にいるのは、よく顔を見知ったメンバーばかりだったからだ。

「やあ、テワさんようこそ。待ってましたよ」

 若い隊員が椅子から飛び上がるように立ち上がってテワタサナイーヌを出迎えた。

「久しぶり! 元気だった? まあ見るからに元気そうよね。元気じゃなきゃ SITやってらんないしね」

 テワタサナイーヌが若い隊員にウインクしながら微笑んだ。

「本日から併任でお世話になります。テワタサナイーヌです。よろしくお願いします」

「お待ちしていました。短い期間になるかもしれませんが、よろしく」

 SITの係長の前に進み出たテワタサナイーヌが節度のある敬礼で挨拶をすると、デスクで座っていた係長が立ち上がって迎えてくれた。

「私も以前、犯抑のステルスにいたんですよ。テワタサナイーヌさんが着任するより前のことですが」

「そうだったんですか。私はステルスで事故を起こして死にかけました」

 テワタサナイーヌは苦笑しながら頭をかいた。

「聞いています。その追跡が犯人逮捕につながったそうですね。死ななくてよかった」

 係長の言葉は、最後の「死ななくてよかった」に特に力が込められているように聞こえた。

 SITの係長は、自ら現場に出て隊員を指揮する。

 自分が突入することもあるし、部下に死を覚悟させなければならない現場もある。

 部下の命を預かる身として、テワタサナイーヌの事故は他人事ではなかったのだろう。

「もう聞いていると思うが、テワタサナイーヌさんには、ガサの突入支援をやってもらう。そのために必要な技術を身につけてもらわなければならない。これから訓練をしてもらうことになるが、じっくり構えている時間がない。突入に必要なところだけやってもらえばいい」

「それって何になるんですか?」

 テワタサナイーヌが小首を傾げた。

「SITで使っている銃器とスタン・グレネードの取扱い、室内の偵察、ロープ降下からの突入要領くらいなものだ」

「くらいって、いかにも簡単そうなこと言ってるけど、十分たくさんあるじゃない」

 係長が事もなげに言い放ったのが少し腹立たしかった。

 できる人にはたいしたことではなくても、未経験の者にしてみれば大変なことなのだ。

「ところで、スタン・グレネードってなんですか?」

「閃光弾のことだ。我々が突入するとき、犯人に危害を加えないまま一時的に行動不能にするためのもので、強い光と大音響を発生する」

「それをスタン・グレネードっていうんですね」

「そうだ。弾とはいっても爆発するものじゃない。アルミニウムの急激な燃焼で光を発生させる。だから犯人を爆風や物の破片で傷つけることがない。我々は刑事だ。テロリストと対峙するSATとは目的が異なる。いかに犯人を殺さずに逮捕して法による裁きを受けさせるか、それのみが目的だ」

「そっか、射殺しちゃいけないんですね」

「いけないわけでもない。場合によっては射殺しなければならないことも当然ある。しかし、それは本当にそうしなければ被害者の身に危害が及んだり、我々が殺されるという極限の状況になったときだけだ。まあ詳しくはこれからの訓練で追々教えていくから心配する必要はない」

「分かりました。よろしくお願いします」

 愛想はよくないが、質問には丁寧に答えてくれる。

 この係長は信頼してよさそうだ。

 そういう人柄でなければ現場で部下がついてこない。

 先頭を切って現場に乗り込んだはいいが、部下が続かず自分だけだった、なんてことにもなりかねない。

 翌日から都内の訓練施設で訓練が開始された。

 テワタサナイーヌは、白バイの再訓練を受けたときのような苦しい訓練が繰り広げられるものと期待していたのだが、現実は違った。

 SITの係長は、苦しむための訓練は一切行わないというのが方針だった。

 苦しいのは現場だけでいい、訓練は続けたいと思えるものでなければならない。

 これが係長のポリシーだ。

「まずは拳銃の扱いを覚えてもらう。これがSITで使っている拳銃、ベレッタ92だ。テワタサナイーヌさんにはこの銃を使ってもらう。命を守る大事な相棒だ」

 係長は、ベレッタから弾装を引き抜き、遊底を引いて薬室に弾が入っていないことを確認してからテワタサナイーヌに手渡した。

「うわ、なんかごつくないですか? 交番で勤務したときに使ってたニューナンブより大きく感じます」

 テワタサナイーヌは、冷たい金属のずっしりとした感触を手に感じながら、これからこの拳銃を相棒とすることへの期待感に胸を高鳴らせた。

「一見するとごつく見えるが、使われる弾はニューナンブやSAKURAなんかと大して違いはない」

「えっ、そうなんですか? こっちの方が大きい弾で威力が高いのかと思いました」

「それはよくある勘違いだ。拳銃は、弾が大きければ威力が高いと思いがちだが、そうではない。弾の大きさ、つまり銃身の内径よりも弾そのものの種類や構造で大きく変わってくるんだ」

「そうなんですか。私、ずっと拳銃の大きさだけで威力が決まるのかと思ってました。あと、さっき係長が『使われる弾はニューナンブとかと大して変わらない』と言いましたけど、同じではないんですか?」

「厳密には同じではない。ベレッタは9ミリ拳銃でニューナンブは38口径だ」

「ちょっと待ってください。9ミリっていうとこれくらいですけど、38口径って38ミリっていうことですか? ニューナンブはそんなに大きくないですよ。それに38ミリもあったら拳銃じゃなくて砲ですよね?」

「そうだな。38ミリもあったら警察官が持てる小型武器の範疇を越える砲になってしまう。実は、拳銃の大きさを表す方法は、インチ・ヤード系とメートル系の2種類があるんだ。メートル系は分かりやすいな。このベレッタなんかがそうで9ミリ、読んだままの大きさだ。ところが、インチ・ヤード系になると38口径のような書き方になる。これは、数字の前に小数点が付くんだ。つまり、0.38インチ。1インチが2.54センチだから0.38インチだと9.652ミリだ。だいたい同じようなものだろ」

「ほんとですね。同じくらいの内径だったとは知りませんでした。このベレッタってどこの国の拳銃なんですか?」

 テワタサナイーヌは、気になったことは確認せずにはいられない。

「ベレッタはイタリアの拳銃だ。アメリカあたりじゃ軍隊から警察官、はては民間人にまで広く普及している」

「イタリア! 大丈夫なんですか?」

「どういうことだ?」

「イタリアって、なんか能天気な感じがするんですよ。だから機械ものを作るのに向いてなくて故障とかが多いんじゃないかなって……」

「おいおい、そんな信頼性の低い拳銃だったらアメリカで広く使われんだろ。それにイタリアに対して失礼だぞ。イタリアに謝れ」

「ひっ、ごめんなさい。係長、イタリアってどっちですか?」

「あ、ああ、あっちの方だ」

 係長は、一瞬戸惑いながら自分の背後を指差した。

「ありがとうございます。イタリアさん、ごめんなさい!」

 テワタサナイーヌは、イタリアに向かって深々と頭を下げた。

「ところで係長、係長はよくイタリアのある方角が分かりましたね。SITは世界地図も頭の中に入っているんですか?」

「いや、すまん。適当に指さした」

 係長が申し訳なさそうに照れ笑いを浮かべた。

「あ、この人、こういう面もあるんだ」

 テワタサナイーヌは、係長の意外な一面が見られて嬉しかった。

「自動式拳銃を撃ったことはあるか」

「ありません」

「そうか、難しいことはない。弾装をぶち込んで、安全装置を外して、スライドを引いて初弾を装填する。あとはトリガーを引くと弾が出る。以上だ」

「すごくざっくりした説明ですけど、よく分かりました。警察学校だと座学だけで何日も聞かされるから、今日もそうなのかと思っていました」

「基本を分かっている人間にくどくど話をしたってどうせ聞いちゃいないだろ」

「そうですよね」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 

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