山口は、犯抑のデスクでパソコンのモニターとにらめっこをしている。
110番や各警察署から報告される特殊詐欺の被害発生、更には被害に至らなかったアポ電の情報を集約していた。
アポ電が集中してかかっている地域と、そこで被害が発生した場合のアポ電から受け子が現れるまでの時間に着目して、犯人グループが特定の地域を狙った日時を絞り込もうというのだ。
とある日の被害発生が山口の目に留まった。
「この日なら絞り込める」
眠たげにデータをながめていた山口の目に生気がみなぎった。
「この日は、墨田区内で3件、同じ手口で被害が発生している。おそらく署長は頭を抱えているに違いない」
山口は、3件の被害について、犯人からのアポ電があった時刻と受け子が被害者の家を訪れた時刻、そして被害者宅の住所をメモに書き出して、通路を挟んで後ろ向きでデスクに向かっている大輔を呼んだ。
「大輔くん、この3件の被害でアポ電から受け子が来るまでの時間で到達できる範囲を出してください」
「え、あ、はい。GISで到達可能範囲を出せばいいんすね」
「はい、そうです」
「了解っす」
大輔が椅子に座ったまま敬礼をしてパソコンに向き直り、カチカチとマウスを操作し始めた。
「3件の被害は、どれも手口が同じです。しかも、どれも時間帯がかぶっていない。そして、アポ電から受け子が被害者宅に着くまで、最短で5分、最長でも12分で、3件とも受け子の特徴が酷似しています。このことから分か……」
「受け子を近くで待機させていて、その周辺にアポ伝を集中させているんすね!」
山口が言い終わる前に大輔が背中を向けたまま親指を立てながらかぶせた。
「そうです。そのとおりです」
「で、受け子が待機していた場所は、ここっす」
大輔がくるっと椅子を回転させて後ろを向き、山口に自分のモニターを見せた。
「ほお!」
モニターに映し出された到達可能範囲の画面を見た山口が歓声を上げた。
「見事に三点測量法成功ですね」
興奮から山口の声が上ずっている。
「そうっすね。3か所からの到達可能範囲が重なっているところが一か所だけあるっす。ここに受け子を待機させていたんすね」
「ここは……」
山口が大輔のモニターを覗き込んだ。
「都立
大輔が地図に表示された施設名を読み上げた。
「大輔くん、これは横綱ではありません。
「あ、ほんとだ! うわー、恥ずかしいっす」
大輔が身もだえした。
「よくあることですよ。気にすることはありません。この公園の中には東京都慰霊堂というものもあります。関東大震災と東京大空襲で亡くなった方の慰霊施設です」
「こんな神聖な施設があるところを特殊詐欺の出撃拠点にするなんて罰当たりすよね」
大輔が忌々しげに吐き捨てた。
「まったくです。なんとしても犯人を捕まえましょう」
「はい!」
「その地図をプリントアウトしてください。サイズは問いません。あと、今の作業を捜査書類として使えるように報告書にしてください。報告書には、被害発生とアポ電の分析までの流れ、分析の結果、アポ電が特定地域に集中していることと、時間的な連続性があるという経過も盛り込んでください。作成者の所属は捜査二課派遣にしてください。分からないことがあれば聞いてください」
山口が矢継ぎ早に指示を飛ばす。
大輔もエンジンが始動した山口の仕事のスピードに慣れ、それに合わせられるようになってきた。
山口と仕事をするようになったばかりの頃は、山口のスピードについていくことができず、ただ呆然と見ているだけだった。
「了解っす。いよいよ始まるんすね」
「はい。これで料理の材料が揃いました。これからが料理の本番です」
「ところで係長、勝手に捜査二課派遣にしちゃっていんすか?」
「併任と違って派遣は辞令が出るものではありません。どうにでもなります」
「そんなもんなんすね」
「その程度のものです」
「明日には令請すか」
「なんなら今日でもいいんですよ」
「え、マジすか……」
いくら山口でも今日手をつけたばかりの事件を翌日に令状請求まで、しかも一人でやれるとは思っていなかった。
冗談のつもりで話を向けてみただけなのに、その冗談を超えるまさかの当日中にも令状請求できるという回答に言葉を失った。
「まだ余力を残しているっていうのか」
大輔は山口が空恐ろしくなった。
とてつもない仕事量と速さを持っているにもかかわらず、部下にそれを求めない。
部下が仕事を仕上げるのをじっと待ってくれる。
急かしたり、遅いと言ってなじるようなこともない。
「仏かよ……」
大輔には山口から後光が差しているように見えた。
「じゃあ、報告書をお願いします」
山口は上気した顔で席を立つと副本部長室に入っていった。
「受け子の拠点になった場所が特定できました」
「そうですか、さすが山口さんです。で、この先どうするんですか?」
「特定できた施設名で検索された履歴を検索エンジンの運営から逆引きで差押えます」
「なるほど」
「ただ、検索エンジンの運営としてもイレギュラーな警察からのオーダーということで難色を示すのは間違いないと思います。場合によっては強硬手段に出ますが、よろしいですか」
「違法なことでなければ好きなようにやってください。責任は私と刑事部長が取ります」
坂田には、山口に任せて間違いはないという確信があった。
念のため「違法なことでなければ」という条件を付けたが、そんなものを付けなくても任せるつもりでいた。
「かしこまりました。では作業に移ります」
山口は軽く頭を下げて部屋を出ようとした。
「山口さん」
背を向けて部屋の出口に向かって歩き始めた山口に坂田が声をかけた。
「はい、なんでしょうか」
山口は足を止め、Uターンして坂田の元に戻った。
「今回の件、山口さんにはご苦労をおかけすることになるかもしれません」
坂田は、いつになく神妙な顔をしている。
「いえ、とんでもない。たまには捜査もやりたいのでちょうどいいです」
山口は屈託のない笑顔を見せて部屋を後にした。
立ったまま山口の背中を見送る坂田の表情は固く、深い翳りを帯びていた。