「この銃身の下に付いてるやつは何ですか?」
テワタサナイーヌは、ベレッタM92バーテックの銃身に取り付けられた円筒状の装置を物珍しそうに覗き込んでいる。
「覗き込むのはいいが、間違っても電源をオンにするなよ。失明するぞ」
「えー、なんですかそれ! レーザー光線でも出るんですか?!」
「そのとおり。それは、レーザーサイトといって、レンズからレーザー光が発射される。ただ、レーザーで人を殺傷するためのものじゃない。レーザーで照準を合わせることができるものだ。暗いところや照星照門を見て照準する余裕のないときでも、レーザーがポイントするところに弾が飛んでいくから撃つことができる」
「ヘー、すごいんですね。まるで映画みたい」
テワタサナイーヌが目を丸くしている。
「それは逆だ。映画が本物を真似しているんだ」
SITの係長が呆れたように笑いながら実弾が込められた弾倉をテワタサナイーヌに下手から放り投げた。
「わっ、係長、弾倉を投げたら危ないですよ!」
さっきまでの好奇心に満ちたまん丸の目が恐怖に引き攣って見開かれた。
どちらも大きいことには変わりないので、見た目に区別はつきにくい。
「ははは、心配するな。落としたくらいの衝撃では激発しない」
「ほんとですかー?」
テワタサナイーヌが疑いの眼差しで係長を見上げた。
「本当だ。テワタサナイーヌさんは、回転式拳銃の安全な撃鉄のおろし方を知ってるだろ。親指を撃鉄の下に挟んで止めるな。あのとき、間違えて撃鉄を勢いよく落としたことはないか?」
「あります! あれめっちゃ痛いんですよね! 親指の爪が少し内出血しました」
撃鉄に指を挟んだときの痛みを思い出したテワタサナイーヌは涙目になっている。
「そうだろ。テワタサナイーヌさんは、圧力の性質を知ってるか?」
「圧力? えっと、高校の物理でやって以来ですよ。たしか、加えられる力に比例して接する面積の二乗に反比例するんでしたっけ?」
「よく覚えていたな。そのとおりだ。テワタサナイーヌさんが経験した痛みは、撃鉄という大きな部品に挟まれたカによるものだ。ところが、薬きょうを叩く撃針は先がとても細い。つまり薬きょうを叩く面積が極めて小さいということだ。同じ力でも加えられる面積がずっと小さいわけだから、そこに生じるエネルギーはどうなる?」
「面積が小さいんだからとっても大きなエネルギーっていうことになるんですよね?」
「そうだ。弾を激発させるには、それくらい大きなエネルギーが必要なんだ。それでも不発になることがある。だから人が手に持っている高さから落としたくらいじゃ激発に必要な力は加わらない」
そう言って係長は手に持っていた実弾を一発床に落とした。
「わーっ!!」
テワタサナイーヌが片足を上げ、手で頭をカバーし、身体を半身にして防御姿勢を作った。
防御姿勢というより踊っているように見える。
係長が落とした実弾は、金属音を立てて床に転がった。
「な」
「な、じゃありませんよ。まったく……」
テワタサナイーヌが恨めしそうに係長を睨む。
「撃ってみるか」
係長は、テワタサナイーヌに睨まれたことなどまったく意に介していない。
「はい、撃ちたいです!」
「じゃあ撃ってこい」
「え、指示はそれだけなんですか?」
テワタサナイーヌの表情が曇った。
「拳銃を撃つのに他に何の指示がいる?」
「いや、だって、普通はいろんな号令とかあるじゃないですか」
「俺が現場でそんな号令をかけている余裕があると思うか?」
「ないです……」
「だろ。現場で撃つかどうかは各人の判断だ。自分の命が危ない、そして徒手では無理だと判断したら撃て。結果の責任は上司である俺、最終的には総監が取る。それが組織だ」
「かっこいい」
テワタサナイーヌが頬を紅く染めた。
だが、獣毛に隠れてその変化は外からは見えない。
「分かったな。分かったらさっさと撃ってこい。あ、自動式だからスライドが勝手に動くぞ。グリップから手がはみ出してるとスライドでざっくり切って戦線離脱だ。そこだけは指示しておく」
係長が実際にベレッタを手にして、把持する位置の見本を示した。
「なんだかんだ言って、ちゃんと教えてくれる」
突き放すようでいて必要なところは見本を示して教える。
いちいち誘導しながら指導してくれる山口とはまったく異なる指導法だが、部下を育てようという熱意は共通していると感じた。
「あとな、ベレッタは
「ほらー、やっぱりイタリア製だから壊れるんじゃないですか」
テワタサナイーヌが得意満面で口を挟んだ。
「いや、イタリア製だから壊れるんじゃない。銃器はすべてそうなんだ。部分的にものすごく大きな力が加わる機械だからな。壊れて当然と考えられている消耗品だ」
「あら、イタリア製だからじゃないんですね。またやっちゃった。イタリアさん、ごめんなさい」
テワタサナイーヌは、たぶんイタリアがあると思う方角に向かって頭を下げた。