予想通りとはいえ、検索サービス会社からの回答は、山口をがっかりさせた。
「敵もなかなかやりますね。検索サービスにまで警戒しているとは」
紅茶を一口飲んだ山口が独りごちた。
山口がバトルした大手検索サービス会社から作業結果の回答が寄せられた。
「該当するログはない」
ある程度予想していた結果ではあった。
リアルでの警戒が極左並になってきている今、バーチャルな世界での警戒も相当なものだろうと思っていた。
警察が検索サービスに目をつけることくらい、犯人側でも容易に考えつくことだ。
「大輔君、今度は逆からいきましょう。マイナーな地図検索サービスから順に当たってください。交渉要領は、この前私がやったような感じでお願いします。いざとなれば、本当に記録命令付き差押えをやっても構いません」
「了解っす!」
大輔は、威勢よく敬礼して地図検索サービスのピックアップに取りかかった。
大輔が次々と検索サービス会社に電話をかけ、ときに興奮して電話口の相手とバトルを繰り広げるのを山口は内心ハラハラしながら見守った。
刑事訴訟手続きを知らない、あるいは知っていながら警察を甘く見て見下してくる相手との交渉は忍耐の連続だ。
大声を張り上げたくなることもある。
経験を積むことで自分をコントロールすることができるようになる。
経験から学ぶことができない人間を馬鹿という。
「係長! 当たりました!」
地図検索サービス会社に電話をかけまくっていた大輔の歓声が事務室に響いた。
「あ、いや、あはは……」
大声に驚いた犯抑本部員の視線を集めてしまった大輔が赤面した。
「該当のログがありましたか」
「あったっす。だけど、その会社はまだログの開示をしたことがないから、どう対応すればいか分からないと言ってるっす」
「そうですか。それではこう教えてください。『検索サービス会社は、電気通信事業者ではないので、通信の秘密を漏らしてはならないという義務は課せられていません。ですから、捜査関係事項照会書への回答で開示しても法的に問題は生じない』と」
「了解っすー」
大輔が勢いよく受話器を取り上げた。
翌日、照会書を持った大輔が地図検索サービス会社に赴き、該当する検索履歴の回答を受け取ってきた。
「やっぱりWi-Fiでしたね」
回答にあったIPアドレスを割り当てられている事業者を検索した結果だ。
「詐欺犯人が光回線を引っ張ってくるわけないっすよね」
「いつでも拠点を移動できるようにしているんでしょう」
「こうなると発信元がどこにあるのか分からないっすよね?」
「もちろんです。ただ、私がやりたいことは、このWi-Fiルーターがどこにあるかじゃないんです」
山口がにやりとした。
「え、じゃあどうするんすか?」
大輔には山口の考えていることが分からなかった。
「大輔君、誤爆って言葉知ってますか?」
「誤爆すか? ええ、知ってるっすよ。あれですよね、複数アカウントを持ってて、自分が思っているアカウントと違うアカウントで投稿したりするやつす」
「そうです。それを探すんです」
「うーん、ツイッターってIPアドレスで検索できたっすか?」
大輔は、まだ山口が考えているやり方を理解できない。
「そうではないです。このIPアドレスからの検索履歴を押さえます。履歴というか、正確には検索ワードですね」
「あ、なるほど!」
ここにきて、ようやく大輔にも合点がいった。
「検索の誤爆を拾い上げようっていうんすね」
「その通りです。どんなに警戒していても、人はどこかでミスを犯します。本来、自分のデバイスで検索しなければならないプライベートなことを犯行に使用しているWi-Fiルーター経由で検索している可能性があります。そこから犯人の生活圏や趣味などが割れるかもしれません」
「なるほどー、係長、頭いいっすね」
「恐縮です」
山口と大輔が顔を見合わせて笑った。
「さて、これもイレギュラーなログ検索になるから抵抗が予想されます」
「大丈夫っす。俺に任せてください」
大輔が胸を張った。
「頼もしいですね。ではお願いします」
これはお世辞ではない。
山口は、大輔の成長ぶりを実感している。
事業者との交渉を重ねるにつれ、激高することがなくなり落ち着いたやりとりができるようになっている。