掛け違いの輪舞曲(ロンド)   作:吉川すずめ

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悲しきタイムトラベラー

「人間に時間を移動できる能力があるっていうことなんですけど、それで何ができるんですか? 行った先では私みたいな幽霊なんでしょ?」

 テワタサナイーヌには、自分が幽霊になって時間を(さかのぼ)った理由がさっぱり分からない。

 葵奴(あめ)なら明快な答えをくれるかもしれない。

「自分の未来を消すため」

 葵奴(あめ)は寂しそうに一言だけ答えた。

「自分の未来を消す?」

 テワタサナイーヌは、小首を傾げた。

「そう。時間を遡ってきた人って、みんな何か辛いことや危険なことに直面してて、それを消したいと強く願ったはずなの。あなたもそうでしょ?」

「うん、訓練中に高い塔から蹴り落とされて地上に落ちる寸前で目の前が真っ暗になりました」

「それが今の意識のあなたね。で、私に見えている子供のあなたは何から逃げたかったのかしら?」

「子供の私は……」

 テワタサナイーヌの語尾が弱々しく消え入った。

「え、なに?」

「お父さんを殺したかった」

「そうなの……」

 葵奴(あめ)が悲しげに(うなず)く。

「毎日毎日、殴られて痛かったのよ。やめてってお願いしてもやめてくれなくて。ううん、やめてって言うと余計にひどく殴られて。なんで私なんて生まれてきちゃったの?! ヒマワリだって怖がってるんだから、もうやめてよ!」

「そうよ、お父さんがいなければ私だってこんな痛い思いしなくていいんだ。生まれてこなければいいんだ。私が生まれる前のお父さんを殺すことができれば私も生まれてこないはず」

「そうか、辛かったわね」

 泣きじゃくりながら父と自分への恨みを吐き出すテワタサナイーヌの肩を葵奴(あめ)が抱き寄せた。

 幼少のテワタサナイーヌは、自分を虐待していた父が継父だということを知らない。

 実父だと思っていたから、父を殺せば自分も消せると思った。

「あの日だってそう。酔っ払ったお父さんがヒマワリをいじめるから私がヒマワリを守ったの。そうしたらお父さんが何度も何度も私を蹴っ飛ばして痛かった。でも、私はヒマワリを守らなきゃいけないから我慢して。それでもやめてくれないから、私もう我慢できなくなってお父さんに大きな声でやめてって言って睨んでやった。初めて逆らった。逆らったら殺されると思ったけどもういいやっていう気持ちになった。だって、ヒマワリが私の下で死にそうに震えてるんだもん。ヒマワリが…… ヒマワリが……」

「そうしたら、急に家の中がぐるって回ってなんにも見えなくなったと思ったらここに来てた」

 テワタサナイーヌは、泣きながら自分の意思と無関係に言葉が飛び出すことに驚いていた。

 自分の記憶にないことばかりだ。

 自分が父親に殺意を抱いていた?

 信じられない。

 自分が他人を殺めたいと思うなんて。

「全然知らないところだった。でも、ここに私のお父さんがいるはずだと思って探し回った」

「それでお父さんは見つかったの?」

「見つからない。もうずーっと探してるのに見つからない。お姉さん、私のお父さん知らない?」

 テワタサナイーヌがすがるような目で葵奴(あめ)を見つめる。

「それで生き霊のまま残っちゃったのね」

「どういうこと?」

 テワタサナイーヌが、小首を傾げた。

「世間で言われている幽霊や生き霊は、みんなどこかの時代から時間を遡ってきた人の意識なの。それぞれに恨みやなにがしの危機を抱えてて、その原因を消そうとしている。でも、歴史のカってすごく強くて、過去を変えようとすると、ものすごいカでそれを阻止してくるわ。簡単に言えば、時間を遡ってきた人がもともといたところのその人を消すことになるの」

「それって殺されるっていうこと?」

「そう。そうなると、意識だけでは存在できなくなって、意識の方も消滅するっていうわけ。もし、なにかの理由で殺すのを思いとどまったり、あなたのように殺す相手がみつからなかったときは、ずっと意識のままで彷徨い続けることになるわ。それが幽霊や生き霊」

「からん」

 軽快な鐘の音を響かせて店のドアが開き、外の光が差し込みテワタサナイーヌと葵奴(あめ)を照らす。

葵奴(あめ)さん、いる?」

 ドアの向こうから制服警察官が顔を出した。

「大輔くん!」

 警察官の顔を見たテワタサナイーヌは、反射的に声が出てしまった。

 ドアの向こうから顔を出したのは、さっき交番にいた警察官だった。

 しかし、テワタサナイーヌの声がその警察官に聞こえることはない。

「あ、悟郎さん、また仕事中に寄り道? ダメよ、仕事さぼっちゃ。ごめんね、いまお客さんがいらっしゃるの。またあとでね」

 葵奴(あめ)が鼻にかかった甘ったるい声で言うと警察官にウインクした。

「また見えないお客さん? じゃあ明日非番だからまた来るよ」

 警察官は、葵奴(あめ)が見えないお客さんと話ができることを納得しているようだ。

葵奴(あめ)さん、今のお巡りさんは?」

 正気を取り戻したテワタサナイーヌが涙と鼻水をハンカチで拭きながら訊いた。

「彼氏。いまね、あの人の赤ちゃんがお腹の中にいるの」

 そう言って葵奴(あめ)は愛おしそうにお腹をさすった。

「結婚は?」

「無理よ。警察官の妻が売春婦の奇奴等(きめら)じゃ世間体が悪いでしょ」

「そうなんですか? 好きな人同士が結婚できないなんておかしいですよ」

「そうね。でもね、それだけじゃなくて、あの人はいずれ実家に帰って家業を継がなきゃならない身。田舎で私みたいな奇奴等(きめら)が受け入れられるわけないし」

 葵奴(あめ)が頬を濡らした。

「そんなことないですよ! 私だって夫の田舎で受け入れてもらえましたよ!」

 見た目で差別されることが多かったテワタサナイーヌだけに許せない話だった。

「そうだったんだ。いいご家族に恵まれてよかったわね。だけど、今はまだそういう時代じゃないの。あなたの時代に今のような偏見がなくなっていてよかった」

「今だって、きっと分かってもらえます!」

 食い下がるテワタサナイーヌに葵奴(あめ)は黙って首を横に振った。

「コロセ」

 突然、テワタサナイーヌの目の前に火花が飛び、正体不明の声が飛び込んできた。

「ソノオンナヲコロセ」

「誰っ?」

 テワタサナイーヌは、正体不明の声に怯えた。

「なんでこの人を殺さなきゃいけないの?」

「コロセ」

「いやよ。理由もなく殺せるわけないでしょ!」

「コロセ」

「コロセ」

「コロセ」

 何を言っても正体不明の声はコロセと繰り返すばかり。

 その声を聞いているテワタサナイーヌの中に怒りと殺意がこみ上げてきた。

「だめっ、この人を殺しちゃだめ。やめて、私!」

 自分の心をどす黒く染めていく殺意に抗うテワタサナイーヌだったが、間もなく理性が覆い尽くされるのを感じた。

「ごめんなさい!」

 テワタサナイーヌは、カウンターの中にあったアイスピックを逆手に持ち、大きく振りかぶると葵奴(あめ)に向けて振り下ろした。

 自分の意思に反して体が動いてしまう。

「ぎゃっ!!」

 悲鳴とともに一人の女性が崩れ落ちた。

 崩れ落ちたのはテワタサナイーヌだった。

 葵奴(あめ)は呆然と立ちすくんでいる。

 葵奴(あめ)にアイスピックを振り下ろした瞬間、テワタサナイーヌは背中に激痛を感じて全身の力が抜けた。

 崩れ落ち意識を失う直前、目に映る店内の風景がぐるっと回転した。

「掛け違い」

 暗闇の中で葵奴(あめ)の声がこだました。

 

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