「どすん!」
テワタサナイーヌは背中からエアマットに落ち、その衝撃で目が覚めた。
「あれっ? 私、どうしたんだっけ?」
一瞬、見当識を失っていたようだ。
テワタサナイーヌは、全身をぶるぶるっと震わせた。
犬が気分を入れ替えるときにするあれだ。
「そうだ。訓練塔から係長に蹴り落とされたんだった。ひどいことするわよね」
「でも、落ちるのにものすごい長い時間がかかってたみたいなんだけど……」
目が回ったような吐き気がするが、それ以外はどこもなんともない。
ただ、落下の恐怖でまだ腰が抜けたように立ち上がれない。
「おーい、生きてるか?」
訓練塔の上から係長が脳天気に呼びかける。
テワタサナイーヌは、無言のまま右手で拳を作り頭上に掲げた。
「異常なし」の合図だ。
「まったく、ろくなことしないんだから」
テワタサナイーヌは、エアマットの上をごろごろ転がり、縁のところで起き上がって地面に足を下ろした。
「こらしょっと」
まだ力が抜けている足を踏ん張り立ち上がった。
「一度落ちてしまえば懸垂下降なんて楽勝だ」
係長が懸垂下降の模範を示しながら笑った。
「そりゃそうでしょうよ。落ちるのとロープで下りるのとじゃ雲泥の差ですからね」
そう言いながらテワタサナイーヌは、係長の体重を支えているロープに持っていたナイフの刃を当てた。
「おい、やめろ!」
係長が真顔になった。
「ヘヘーん、私は係長と違って、そんな意地悪しませんよーだ」
テワタサナイーヌが係長に向かって舌を出した。
「悪い冗談はよせ」
降下を終えて訓練塔の屋上まで戻ってきた係長が笑いながら苦言を呈した。
「えー、人のお尻を蹴っ飛ばして落とすのとどっちが悪質ですかねー」
「いや、あれは訓練の一環だ」
「それにしたってお尻を蹴るのはセクハラじゃないですか?」
「ん、いや、ああ、すまなかった」
「うそでーす。全然気にしてませんよ。大丈夫です!」
係長とは現場で一緒にやっていける関係ができたと感じた。
「降りてみるか」
「はい!」
「よし、じゃあやってもらおう。なに、懸垂下降なんてたいしたことない。下になる方の手、普通は利き手だがな、それを緩めなきゃそうそう落ちるもんでもない」
「そうなんですか。蹴っ飛ばされなければそうそう落ちるもんじゃないんですね」
「もう一回蹴っ飛ばすか」
「遠慮します」
「冗談はさておき、やってみろ」
「はい」
たいしたことないと言われても、訓練塔の屋上から外に体を乗り出すとやはり恐怖感が沸いてくる。
「かかりちょー、やっぱり怖いです」
「蹴っ飛ばされるのと、自分で降りるの、どっちがいい?」
「自分で降りますよ、ひどいなーもう」
「不必要に左右や前後に揺らさなければ大丈夫だ」
「ほんとですか?」
テワタサナイーヌは、恐る恐る右手の握力を緩めた。
ゆっくりと体が降下を始める。
右手に力を入れてロープに緊張を持たせる。
降下が止まる。
「なるほどね、これならやれるわ」
降下と停止を繰り返しながら、難なくマットまで降りることができた。
「異常なし」
右拳を頭上に掲げて合図する。
このあと、何度か降下を繰り返してその日の訓練は終わった。