ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート6 夏の終わりのプール(後) ☆☆☆

「いえーい! たーのしー!」

 

 両手を上げた桜夜が、滑り台から水面へ盛大に突っ込む。

 その後ろから姫水が微笑みながら。

 そしてピースしたつかさが、スマートに着水した。

 

「あはは、それそれー!」

 

 大はしゃぎの桜夜が、可愛い後輩たちに水をかけ始める。

 

「もー。先輩、全力で楽しみすぎっす!」

「あははは。プールに来て楽しまないでどうするんや!」

(本当、いつも子供みたいに無邪気で……羨ましい先輩ね)

 

 日焼けしたくないのも事実だが、姫水にとっては楽しい振りをするのが辛い。

 ぬるい水温も、水しぶきの感触も、現実のものとは感じられないのに。

 もう義理は果たしたろうと、姫水はプールから上がった。

 

「では、私は休憩してきますね」

「え……」

 

 便乗して姫水に水をかけようとしていたつかさは、そのまま固まる。

 桜夜も慌てて手を伸ばした。

 

「も、もう? まだ二回しか滑ってへんのに」

「ごめんなさい。お二人は楽しんでくださいね」

 

 髪から水滴を垂らしながら、姫水は人目を引きつつ去っていく。

 つかさはしょぼんとして、顔半分を水に沈めるしかなかった。

 

(藤上さん、ほんまは来たくなかったんやろか……無理に誘って悪かったかなあ)

(でも、一緒に滑れて嬉しかった……)

 

 その隣でじっと姫水を目で追う桜夜は、決意したようにプールから上がる。

 

「ごめんつかさ。私、姫水のとこ行くね」

「え? でも先輩、あんなにプール楽しみにしてたのに……」

「ん。でも今日来られたのって、姫水のおかげやから」

 

 いつもアホなくせに、こんな時だけ先輩の顔をして、桜夜もこの場を離れていった。

(って、あたしいきなりぼっちかよ!)

 理不尽な状況に、空の太陽を恨めしげに見上げていると……

 

「つ、つかさちゃ~ん」

 

 なぜかヘロヘロになった花歩が、おぼつかない足取りで歩いてくる。

 

「来て早々なんで疲れてんねん」

「ううっ。勇魚ちゃんと光ちゃんの競泳にうっかり付き合ったら、こんなことに」

「アホやなー。あんな野生児どもに付き合うとか」

「いたたたた。脇腹が」

「ちょっ、大丈夫?」

 

 慌ててプールから上がったつかさが、花歩の脇腹を揉み上げる。

 

「うーん、もうちょっとダイエットした方がええかも」

「どさくさに紛れて何してんねん!」

「冗談冗談。ほんま大丈夫? スライダーいける?」

「い、いける。せっかくのプールやし!」

 

 二人で階段に向かいながら、花歩の目は隣の揺れる胸にどうしても吸い付けられる。

 

(相変わらずおっきいなあ……)

「いや~ん、花歩のエッチ」

「ち、ちゃうっ! そ、そんなに布が小さくて、スライダー平気なのかなって!」

「ポロリとか期待してんの? ほんまに花歩はいやらしいなあ」

「ちゃうからあああ!!」

 

 

 一方で花歩に逃げられた勇魚はといえば。

 

(姫ちゃん……)

 

 壁にタッチして顔を上げたところで、休憩所に歩いていく幼なじみが見えた。

 行こうか迷ったが、小走りに後を追いかける桜夜が目に入る。

 

(うん、先輩がいてくれるなら安心やな!)

「も~、勇魚ちゃ~ん」

 

 不満そうな光が、思いっきり水をかけてきた。

 

「今は私と一緒なんだから、私だけ見てよ~!」

「わぶっ。もー、光ちゃんて結構甘えん坊さんやな」

「えへへ、暁子先輩にもよく言われる」

「ほんなら、もう一回泳ごっか!」

「うんっ、次も勝っちゃうよ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うーん、なんで沈むんやろなあ」

 

 立火の手につかまり、必死にバタ足をする小都子の下半身は、どんどん沈んでいく。

 別に水が怖いわけではないが、とにかく沈むのだそうだ。

 

「ううっ。やっぱり、そう簡単には直りませんよね」

「まあまあ、普通にすれば人間の体は浮くもんなんやで。夕理、ちょっと足の方持って」

「あ、はい」

 

 立火が手を、夕理が足を持って、水平になった小都子をゆっくりと離す。

 ぶくぶくぶくぶく

 

「何でやねん!」

 

 沈む体に立火がツッコミを入れると同時に、小都子が情けない顔を水面から出した。

 

「何でなんでしょうね……私、そんなに重いんやろか」

「体重は関係ありません。比重が水より軽ければ浮くはずです」

「つまり小都子は中身が詰まってるってことやな。私とか桜夜はめっちゃ浮くからなー」

「文字通り軽薄ということですね……ってふざけてる場合ですか!」

 

 立火と夕理の漫才に、小都子は楽しそうに笑い出す。

 カナヅチであろうとプールに来て良かった。

 コーチ二人も微笑みあいながら、練習を再開する。

 

「ま、せっかく涼しいとこに来たんや。のんびりやってこ」

「はいっ、よろしくお願いしますね」

 

 

 *   *   *

 

 

「ひーすーい」

 

 体育座りで、人々をぼんやり眺めていた姫水の前を、可愛い水着が遮る。

 

「アイス食べる? この前のお菓子のお礼に買うてくるで」

「いえ、私は……」

「お金なら大丈夫! お小遣いもらったばっかやから!」

 

 そういえば、もう九月なのだった。

 当の桜夜が食べたそうにしているので、相手の願望に合わせる。

 

「それでは、お言葉に甘えます」

「おっけー。ちょっと待っててや」

 

 嬉しそうに更衣室へ行った桜夜は、財布を手に売店へ直行した。

 ほどなくして、カップを二個持って戻ってくる。

 バニラアイスを食べながら、おいしい?と聞かれて、姫水は曖昧な答えしか返せなかった。

 それで桜夜も思い出したように、眼前に広がるレジャー風景を見る。

 

「こんな最高のプール日和でも、姫水には現実に感じられへんのやな」

「はい……」

「なんか可哀想やね」

「はっきり言いますね」

「あ、ごめん。嫌やった?」

「いえ、変に気を使われるよりはいいです」

 

 それは姫水の本音だった。

 考え込んだ桜夜は、舌の上でアイスを味わってから明るく言う。

 

「でも、今日のことを覚えといたらええやん」

「え……?」

「いつか病気が治ったとき、思い出したらええやろ?

『あのときはラブリーな先輩とアイスを食べて、ほんま楽しかったなあ』って!」

 

 屈託なく笑う先輩に、姫水も釣られて自然と微笑んだ。

 

「……はい。しっかりと覚えておきます」

「うん! そうそう、私これ以外に水着二着買うたんやけどー。

 そっちにすれば良かったなあ。よりによって夕理とかぶるなんて」

「二人とも似合ってるじゃないですか」

「まあ夕理も見た目だけは可愛いけど……ってそんな話はええの!

 他の二着もみんなに見せたいねん! 明日の部活は水着でやっていい?」

「変態みたいなこと言わないでください、まったく……」

 

 休憩所で二人、空になったカップを横に、そんな下らない話をしばらく続ける。

 そうして、そろそろ戻ってくださいと姫水が言おうとした時だった。

 

「ち、ちーっす」

「あれ、つかさ。休憩?」

「あはは、ちょっと遊び疲れちゃいましてー」

 

 遊びの達人がこの程度で疲れるわけはないので、単なる口実である。

 行動しなければ何も変わらないと、思い切ってここへ来たのだ。

 

「つかさが来てくれたんやったら、私は遊んでこようかな」

「他の一年は流れるプールに行きましたよ」

「おっ、ええやん。私も行こうーっと」

 

 空気を読んでくれたわけではないだろうが、桜夜が立ち去って二人きりになった。

 姫水の隣に座り、しつこく口実を言葉にする。

 

「いやー、ほんま疲れちゃって」

「普段の運動が足りてないんじゃない?」

「あはは、そうかもねー」

 

 笑顔で返しながら、空気に触れる背中に冷や汗が落ちる。

 

(……ん? 部活サボったことに嫌味言われた?)

(ま、まさかね。藤上さんがそんなに性格悪いわけが……)

「………」

 

 相変わらず、姫水の方からは何も話してくれない。

 桜夜とは楽しく会話していたのに、自分の何が悪いのだろう。

 いや、桜夜みたいに一方的にアホな話でもすれば良いのかもしれないが……。

 

「日焼け止め大丈夫? 塗ってあげよっか」

「ありがとう。大丈夫よ」

「そ、それやったらアイスとか」

「さっき、桜夜先輩におごってもらったから」

 

 健気なつかさにさすがに悪いと思ったのか、姫水は体を傾け相手を直視した。

 どきりとするつかさに優しい声が届く。

 

「無理に誘ったかもって気にしてるんでしょう?

 少なくとも来て後悔はしていないから、彩谷さんが悩むことはないわよ」

「そ、そう……うん……」

 

 ならいいか、と状況に満足してしまう。

 少なくとも目標は達成できたのだ。

 水着で二人きりの時間を過ごせるだけで、十分ではないか……。

 

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「おーい、彩谷さーん」

 

 と、邪魔しに来たのはお邪魔虫だった。

 

「何やねん瀬良。勇魚と遊んでたんとちゃうの?」

「勇魚ちゃん、ちらちら藤上さんのこと気にしてばっかじゃけん。

 ちょっと頭に来たから置いてきた!」

「そう、勇魚ちゃんが……」

 

 嬉しそうな姫水にむっとして、光は腰に手を当て挑発的に言う。

 

「それで藤上さんは、結局何しに来たの? 座っててもつまんなくない?」

(やかましいわ! あたしと一緒にいるんやからほっとけ!)

「あなたが気にする必要はないわよ」

「ふーん、まあいいけど。ねー彩谷さん、一緒に泳ごうよ!」

「何であたしと……」

「ここにいても仕方ないじゃろ? 藤上さんのことはほっとこう!」

「~~~~!」

 

 苛立ちを抑えられなくなり、立ち上がったつかさは光の背中を押して移動する。

 ちらと後ろを見ると、微笑む姫水が『ごゆっくり』と手を振っていた。

 プールの端まで来て、厳しく問い詰める。

 

「アンタさあ、藤上さんに何か恨みでもあんの!?」

「だっていつも取り澄ましてて、つまんないんだもん。

 予備予選やコピー動画のことで、才能があるのは分かってるよ。

 でも、本音で話さない人には興味が持てない」

「い、いや。確かに藤上さんはそういうとこあるけど、良いところも一杯あって……」

「その点彩谷さんは、コムズガーデンでケンカ売ってきたから面白いなって!」

「あんなことで気に入られたんかい!」

 

 あれだって結局は、姫水を侮辱されて悔しかっただけなのに。

 いい加減、この件には決着をつけたくなってきた。

 夏の始まりから続く因縁は、夏の終わりに片付けないと!

 

 プールサイドに座り、隣のブロックを叩く。

 ちょこんと腰かける天才少女に、つかさは小声で話し始めた。

 

「藤上さんを本気にさせる方法、教えたろか?」

「あるの!? 聞きたい聞きたい!」

「実は……」

 

 耳に口を近づけ、ごにょごにょと作戦を伝える。

 ほうほうと光がうなずいた時だった。

 

「みんなー! これからアイドルの時間やでー!」

『!?』

 

 場内に響いたのは、桜夜の大声だった。

 

 

 *   *   *

 

 

 桜夜の後ろにはワクワク顔の勇魚と、慌てふためく花歩が立っている。

 

「さ、桜夜先輩! ほんまにやるんですか!?」

「何言うてんの。アイドルが水着を着たら、普通はライブやろ?」

「どのへんが普通なのか全然分かりませんが!」

「花ちゃん花ちゃん! ええやん、文化祭のリハーサルやと思て!」

 

 確かに観客に慣れた方がいいとは思うけど、水着でなんて……。

 桜夜の見た目が見た目だけに、行き交う人も興味深そうに見ていく。

 子供が何人か、面白そうに集まってきた。

 泳いでいた夕理と立火も動きを止める。

 

「やめさせなくていいんですか?」

「うーん、アホのやることではあるけど……。

 でも夏休みでどれだけ成長したのか、ここで見ておくのも手やな」

 

 つかさと光も駆け付けたところで、音楽が始まった。

 もちろん音源なんてないので口頭である。

 監視員がじろりと睨んだが、単なる浮かれたアホと思われたのか、何も言われなかった。

 

「ちゃんちゃんちゃららちゃーん

 ちゃららら らららーん」

(うう……私の曲がこんな形で)

 

 赤くなる夕理の前で、フラワー・フィッシュ・フレンドが世に初披露される。

 

『それは一面の花畑

 咲くのを待つ蕾たちの上を 空飛ぶ魚が跳ねていく』

 

(って、いきなりミスった!)

 

【挿絵表示】

 

 花歩の体は思うように動かない。

 じろじろ見ていくプール客の前で、頭は真っ白になり、自分の作った歌詞すら思い出せない。

 勇魚は勇魚で、相変わらず歌とダンスのどちらかが狂う。これでも夏休み前よりはだいぶ良くなったのだが……。

 桜夜だけがさすがの経験量で、楽しそうにライブを終えた。

 

「住之江女子高校、スクールアイドル『Westa』でした!

 ありがとうございましたー!」

 

 まばらな拍手を残し、場は何事もなかったように平穏に戻る。

 後には地面に手をつく花歩が残った。

 

「こ、ここまでボロボロになるなんて……。

 私の夏休みの練習は何やったんや……」

「まあまあ、さすがに水着ライブは誰でも恥ずかしいやろ」

 

 プールから上がった立火が慰めるが、それを差し引いても緊張しすぎた。

 芽生に言われてイメトレなどもしていたのだが、やはりリアルとは違う。当日までに何とかしないと……。

 一方で楽しくライブした勇魚も、技術的に不合格なのは自覚していた。

 

「光ちゃん、うちはどうやった?」

「うん、全然ダメだった!」

「そうやね……なんでうち、一度にひとつしかできないんやろ」

 

 全国の舞台に立った光には、レベルが低すぎて逆に異次元である。

 頭をかきながら済まなそうに言った。

 

「役に立ちたいのは山々じゃけんど、どうすれば直るのか分かんないや」

「おおきに、その気持ちだけで十分やで!

 文化祭までまだ二週間あるんや。来週の土日もあるし、絶対に奇跡を起こすで!」

「さすが勇魚ちゃん!」

 

 その光景に立火と桜夜もうなずき合い、一年生たちを激励する。

 

「いきなり本番を迎えるよりは、問題点が分かって良かったやろ」

「最後まで諦めないで、必ず華麗にデビューするんやで!」

『はいっ!』

「あれ、小都子先輩は?」

 

 つかさがきょろきょろと、この場にいないメンバーを尋ねる。

 夕理がプールの中から返答した。

 

「全然泳げるようになれへんから、ちょっと休憩に行ったで。会わなかった?」

「うーん、行き違いやったんかな。って、あたしらも行くんやった」

 

 作戦を実行すべく、つかさと光も休憩所へ取って返す。

 

 

 *   *   *

 

 

 二人が舞い戻ると、小都子と姫水が雑談中だった。

 

「TVドラマはまだ話題になる作品もあるけど、実写邦画は最近あんまりやねぇ」

「問題は何なんでしょうね。アニメ映画は隆盛している以上、娯楽の多様化だけでは説明できませんし……」

(なんか知的な会話をしてる……)

 

 少しひるんだ光だが、つかさの作戦通りに姫水の前へ仁王立ちした。

 

「藤上さんっ!」

「瀬良さん、まだ何か?」

「今日、勇魚ちゃんと全然遊んでないよね! それで平気なんだ!」

「それは……勇魚ちゃんを拘束する気はないし、離れてても友達だから……」

「言い訳だね! プールは特別な場所なのに!

 藤上さんって勇魚ちゃんのこと、本当は大して好きでもないんじゃないの?」

「……何ですって?」

 

 姫水の雰囲気が変わった。

 つかさの予想通り、勇魚のことだとすぐキレる姫水に、隣の小都子が狼狽する。

 

「ち、ちょっと光ちゃん。急に何を言うてるんや」

「だって私の方が、絶対勇魚ちゃんのこと好きじゃけん。

 幼なじみってだけで、一番の友達みたいな顔をしないでほしい!」

「瀬良さん……」

 

 ゆらり、と立ち上がった姫水の目は、笑っているけど全く笑ってない。

 

「その軽い口が他人を不快にさせることを、少しは自覚した方がいいんじゃないかしら」

「おっ、やるかー? かかってこいやー」

 

 しゅっしゅっと拳で空を切る光に、姫水はパーカーを脱ぎ捨てる。

 麦わら帽子を外したその目は、もはや誰にも止められそうになかった。

 

「私が勇魚ちゃんをどれだけ想っているか……。

 その身で理解できるようにしてあげる」

 

 

「すいません部長さんと夕理。ちょっとコース使わせてください」

「ん、つかさも泳ぐの?」

「いえ、あたしではなくて……」

 

 他のコースはふさがっているので、開けてもらうと同時に事情を説明する。

 

「勇魚を取り合って姫水と瀬良が勝負!?」

「藤上さんはもう少し賢い人やと思ってたで……」

 

 夕理の呆れ声を無視して、姫水は光ともどもプールに身を浸す。

 小都子に連れられてきた勇魚が、上から半泣きで訴えかけた。

 

「ふ、二人ともうちの大事な友達やで! 争うのはやめてや!」

「ごめんなさい勇魚ちゃん。人には戦わなければならない時があるのよ」

「私が勝ったら京橋に転校してね!」

「ええー!? そんな話になってるん!?」

「なってないから。瀬良さん、そろそろ本気で怒るわよ」

(六王のやつ、もうちょっと後輩の教育をしっかりしてや……)

 

 とはいえ立火も勝負事は好きなので、脇から一年生たちに号令を下す。

 

「よーい……スタート!」

 

 両者とも強烈な勢いで壁を蹴った。

 瀬戸内の人魚姫は腕をかき、矢のようなクロールで水中を進んでいく。

 

(飛び込みでは渡辺先輩に負けるけど、速さではスクールアイドルいちの自信はある!)

(島育ちの私が、都会人の藤上さんに負けるわけが……ってあれえ!?)

 

 その都会人が、自分の横にぴったりくっついていた。

 焦って必死に泳ぐ光を、極度に集中した姫水が容赦なく追いかける。

 

(別に私は、勇魚ちゃんの一番の友達なんて主張する気はない)

(東京にいた時にあれだけ酷いことをして、そんな資格がないのは分かってる)

(でも勇魚ちゃんは、こんな私を友達と思い続けてくれた)

(だったら、それ以上の想いを返さずにどうするの!)

 

『同時!』

 

 25mの華麗なターンに、立火たちが思わず叫ぶ。

 息継ぎで横を向くたび、光には姫水の泳ぎがどんどん綺麗になるように見えた。

 勇魚以外のすべてを削ぎ落としていくような、儚い綺麗さだ。

 そして壁にタッチする二人の手を、立火は目を皿のようにして注視し――

 

「……姫水の勝ちや!」

 

 その判定に、Westaの面々はどっと沸く。

 つかさが得意げに水着の胸を反らした。

 

「どうや、思い知ったか!」

「つかさちゃん、えらい鼻高々やね」

「え、ええやないですか別にー!」

 

 小都子にツッコまれる一方で、勇魚は呆然とする光を心配そうに見ている。

 

「光ちゃん……」

 

 が、当の光はといえば……

 

「すっ……ごーーーい!」

 

 満面の笑みで顔を上げると、姫水の両手をしっかと握った。

 

「私を泳ぎで負かす人がいるなんて!

 藤上さ……いや姫水ちゃん! こんなに大した人だったんだね!」

「まあ、水泳は背の高い方が有利だから……」

「そんなの関係ないけぇ! ね、ね、次は勇魚ちゃんと三人で泳ごう!」

「ううっ。二人が仲良くなってくれて、うちは嬉しいで!」

 

 和気あいあいとした三人を、つかさが少し複雑な顔で見つめている。

 

(藤上さん、ほんまに勇魚のことばっかやな……自分でけしかけておいて何やけど)

(まっ、瀬良が認識を改めてくれて良かった)

(……勝ちさえすれば認めてもらえる、かあ)

 

 そんなつかさの内心を知りようもなく、立火は頭上の時計に目を向けた。

 そろそろいい時間だ。

 

「よし、もうひと泳ぎしたら帰るとするか!」

「あたし、桜夜先輩に伝えてきますね」

 

 つかさは桜夜と花歩がいるウォータースライダーへ向かう。

 夕理が一瞬躊躇したところへ、小都子が優しく声をかけた。

 

「夕理ちゃんも行ってきたら?」

「で、でも小都子先輩の練習は」

「残念やけど今日はここまでや。小都子、泳がせられなくてごめんな」

「いえいえ! 一朝一夕で何とかなるとは思ってませんし。せやから夕理ちゃん、ね」

「は、はい……」

 

 ここのスライダーはカナヅチは使用禁止。

 先輩二人に後ろ髪を引かれつつも、夕理は少し心を弾ませつかさの後を追う。

 それを見送った後、立火が指し示したのは流れるプールだった。

 

「私たちは、最後に流されるとしよか!」

 

 

 *   *   *

 

 

 立火が借りてきたビート板のおかげで、小都子も沈まずに流水に乗れた。

 

「今日は何から何まですみません」

「何を言うてるんや、水くさい。プールの中だけに」

「ふふっ」

 

 小都子が休憩した一時以外、立火はずっと付きっ切りでいてくれた。

 それは嬉しいことだけど――。

 

「……あの、立火先輩」

「ん?」

「もし……もしも先日の話を気にされてるんやったら、それは私の本意ではないので……」

「………」

 

 後輩が生き地獄を味わっている間、助けるどころか気づくこともできなかった。

 あの過去は取り返しがつかないし、今日も結局泳がせられなくて、償いにもならない。

 それは立火も分かってはいるが……。

 小都子のビート板を掴み、流れを一時停止させる。

 

「先輩?」

「小都子は、後輩に甘えて欲しいやろ?」

「え? は、はい、それはもちろんです」

「なら、まずは自分が先輩に甘えなあかんやろ」

「……はい、ふふ、そうですね。その通りです」

 

 立火は手を放し、再び二人で流されていく。

 色々なしがらみや悩み事は、水の流れに全て溶かして。

 クラゲのように漂いながら、ビート板に寝転ぶ小都子は、今だけは遠慮せず独占した。

 いずれ、部長を受け継ぐ人の横顔を。

 

「来年の夏休みは、名古屋へ遊びに行きますね。その時にまた泳ぎを教えてください」

「……ああ、約束や」

 

 花歩が帰ろうと呼びに来るまで、二体のクラゲはいつまでも流されていた。

 

 

 *   *   *

 

 

「満足したー!」

 

 プールを出た後、ご満悦の光は姫水に親愛の目を向けた。

 

「姫水ちゃん、ラブライブでは負けないからね!」

「そうはいかないわよ。私たちは次こそ必ず全国へ行く」

「あはは、やっぱりWestaの人って面白いなー。一年生だけじゃなくて……」

 

 親愛の視線は上級生へと動く。

 その先では桜夜が、スカートの前後を恥ずかしそうに押さえていた。

 

「体を張って笑いを取るなんて! さすがは大阪の人です!」

「ウケ狙いとちゃうから!」

 

 下に水着を着てきた桜夜は、お約束通りに下着を忘れてきたのだった。

 完全にアホを見る目の夕理の隣で、つかさがわきわきと指を動かす。

 

「早く何とかしてくださいよ。スカートめくりたくなるやないですか」

「鬼か!!」

「ほ、ほら桜夜先輩、お店ありましたよ」

 

 小都子の指す先にはショッピングセンターがあり、ここなら下着も買えそうだ。

 が、桜夜は脅えたように後ずさる。

 

「わ、私、まだ髪湿ってるし……。

 店員さんに『こいつプール行くのにパンツ忘れたアホやな』って思われるやろ!?」

「事実やないか……」

「先輩が恥ずかしいんやったら、うちが買うてきます!」

「い、いや人に下着買わせるのも……ねえ?」

「どないせえ言うねん! とにかく入るで」

「ついでにお茶していきませんか?」

「おっ、ええなあ」

 

 立火と花歩に先導され、一同は涼しい店内に入っていく。

 桜夜だけは入れずうろうろしている。

 心配で戻ってきた姫水の前で、太陽に向かって絶叫が響いた。

 

「あーもう、高校最後の夏休みやのに!

 何でこんなオチやねーーん!!」

 

 

<第22話・終>

 

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